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「ウクライナ難民は歓迎するが、中東難民は拒否」そんな矛盾政策が欧州でまかり通る深刻な背景

プレジデントオンライン / 2022年5月13日 12時15分

2022年4月21日、ウクライナ西部リビウの駅で列車を待つ人々。ポーランドなど避難先へ向かおうと大勢詰め掛けた - 写真=時事通信フォト

■多様性のスウェーデンで移民の暴動が相次ぐ

4月半ば、ヨーロッパでイースター休暇が始まっていた頃、スウェーデンのあちこちで暴動が起こり、警官が襲われたり、自動車に火がつけられたり、学校が燃えたりした。ドイツの主要メディアは、「右翼のデモを認可したら暴動が起こった」と報道したが、これは部分的にしか正しくない。暴動の主勢力は右翼ではなく、移民だったと言われる。

これを聞いて思い出すのが、15年ほど前にフランスのパリ郊外で、移民の第2、第3世代によって引き起こされた大規模な暴動だ。当時、現地では公共施設が破壊され、9000台の乗用車に火がつけられた。公道に集まった若者たち(旧植民地だった北アフリカ系)は完全に戦闘モードで、辺りは3週間ほど内戦のようになった。

スウェーデンは人口が少なく、人口密度も低いので、パリ近郊のような騒動にはならないにせよ、ショックだったのは、これまでこの国がマルチカルチャー社会の模範国として知られていたからだ。人口あたりの移民の数はEUで最高。国民国家など時代遅れという考え方が基本にあった。難民として入ってきた人は永住を認められ、最初から移民に等しかった。要するに、世界一と言ってもいいほどリベラルな移民政策を敷いていたのがスウェーデンだった。

■「移民反対」に転換せざるを得なくなった

ところが、その理念が徐々に壊れ始めてすでに10年以上。一部の移民がスウェーデンの文化に適応できず、しかも豊かな社会福祉制度にぶら下がったままで何十年もいる。しかし一番の問題は、移民やその2世によって犯罪組織が構成されたこと。次第に殺傷事件が頻発するようになり、発砲事件は2021年だけで342件。マフィアのいるイタリアよりも犯罪率が高いという。

かつてはやはり移民を歓迎していたノルウェーやデンマークは、とっくに方向転換をしている。決定的に変わったのが2015年秋、ドイツのメルケル首相が中東難民を無制限に入れた後だ。デンマークでは伝統的に移民導入賛成派だった社会民主党が、「移民政策は右翼と共に、経済政策は左翼と共に」というビックリ方針を掲げ、2019年の選挙で首相の座を勝ちとった。

またスウェーデンでは、現在の与党である社会民主労働党が、安全な国を取り戻すという公約を守れなかったという批判が高まっており、今年9月の総選挙の行方が注目されている。

■ドイツでも暴走族vs犯罪組織の抗争が勃発

治安の乱れという現象は、やはり移民の多いドイツでも起こっている。去る5月4日、ノルトライン=ヴェストファーレン州のデュースブルクという町で、オートバイを乗り回すヘルズ・エンジェルズ(地獄の天使)という暴走族(元は米国の非合法組織)と、トルコ=アラブ系犯罪組織がぶつかり合い、100人以上の戦いとなった。その時、少なくとも19発の銃弾が発射され、4人が負傷、15人が拘束された。それも深夜の話ではなく、夜の8時半、まだ普通の市民が出歩いている時間の出来事だ。

ヘルズ・エンジェルズのほうは違法行為や暴力に染まった愚連隊という感じだが、後者は趣が違う。こちらはたいていイタリアのマフィアのように血縁でまとまっており、ドイツの文化からは完全に浮いている。このデュースブルクもそうだが、ベルリンやハンブルクその他の大都市では、彼らが根城にしている地域には、警察も足を踏み入れたがらない“no go area”ができてしまった。

ロシア、ウクライナ、ルーマニア、ポーランド、アルバニア、コソボなど移民の出身別にさまざまなグループがあり(デュースブルク市だけでも140グループと言われる)、麻薬、売春、密輸、窃盗団、物乞い集団など、多岐にわたる犯罪に手を染めている。しかも、何十年もの間に彼らなりのビジネスノウハウが確立しており、今さら下手に起訴しても検察が負ける可能性もあるという。要するに移民ギャングたちはプロなのだ。はっきり言って、一番気の毒なのは、普通の、真面目に働いている移民の人たちだ。

■移民問題に揺れる中、新たにウクライナ難民が…

ただ、一部の移民がどれほど暴走しても、ドイツでは過去の歴史のトラウマのせいもあり、これまで政治家が外国人にはっきりとモノを言うことがなかった。しかも、「多文化共生」などとお茶を濁してきたため、犯罪が増え、一部地域では治安が大いに乱れた。

そこに敢然とメスを入れようとしたのが、ノルトライン=ヴェストファーレン州の内務大臣だ。2019年1月より彼の勇気ある英断で大々的な犯罪取り締まりが始まり、今に至っている。それでも残念ながら時々、前述のような抗争が起こるが、今回の事件の後、同州では早速、15人からなる殺人捜査チームが組まれたという。

さて、長年の移民歓迎、およびマルチ・カルチャー・ブームが終焉を告げようとしているように見えたヨーロッパだったが、今、新たに、ウクライナからEUへと、続々と難民が到着している。ウクライナ人は3カ月ならビザなしでEUに入国できるので、多くの人が隣国のポーランドに逃げ込んだ。

■33万人の定住者から25万人、さらに61万人増え…

ポーランドはしっかりした国なので、入国しようとしているのが本当にウクライナ人なのか、あるいは、どういう素性のウクライナ人なのかを、かなり念入りに審査しているようだ。テロリストではないまでも、違う国籍の人がウクライナの偽造パスポートで入国を試みているという噂は最初からあったし、今も消えない(ドイツはコロナの簡易検査だけで、素性の審査はしていないという)。

実は、1991年のソ連の崩壊後、99年までの約10年間で、163万人以上の人々が旧ソ連地域からドイツへ戻ってきた。「戻ってきた」というのは、彼らは数十年、あるいは100年以上も前にソ連に移住した元ドイツ人の子孫たちだったからだ。

そんなわけで、ウクライナ侵攻前のドイツには、すでに33万人以上のウクライナ系の人々が定住していた。そしてそれに加えて、さらに25万人のウクライナ人が、ビザ免除で3カ月滞在できることを利用して、出稼ぎ者としてドイツとウクライナの間を定期的に行ったり来たりしていた。出稼ぎの人たちは、介護関係が多いので、その64%が女性だ。

その上に、今、ウクライナの難民が押し寄せている。ドイツの移民難民局の発表によれば、ロシアのウクライナ侵攻以来、4月末までの2カ月余りの間に入国したウクライナ難民の数は61万人。その7割が女性だ。

■ウクライナ難民を受け入れる利点は多い

ヨーロッパにはシェンゲン協定というのがあり、加盟国の間では国境が取り払われているので、現在、ポーランドに入ったウクライナ難民が、すでにドイツで暮らしている親戚や友人を頼ってどんどんドイツに移ってくる。ポーランド政府も特別列車を仕立て、難民の交通費は無料にして、積極的に西への移動を助けた。

ドイツ・フランクフルトのカタリーナ教会とハウプトヴァッヘ金融街が見渡せる景色
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

ドイツのほうがポーランドよりも難民保護の手当は厚いし、働き口も多そうだし、何より通貨が憧れのユーロなので(ポーランドはまだユーロ圏に入れない)、特別列車に乗り込む人は多い。ただ、ウクライナ人は自由に動けるので、難民として届け出ず、親戚の家などに転がり込んでいる人も多いはずだし、さらに違う国を目指して出国した人もいるだろう。つまり、正確な数は把握できない。

現在、産業界も医療界もウクライナ難民に白羽の矢を立てている。産業界では、技術職から単純労働まですべての部門で人材が不足しているし、医療現場では看護師、介護士が絶望的に足りない。ウクライナ難民は、まさに棚からぼたもちだ。

それに、ドイツ人にしてみれば、ウクライナ難民は、中東難民に比べて圧倒的に利点が多い。元がソ連なので、社会主義国の常として初等教育が整っている。つまり、皆、読み書きそろばんができ、ドイツ語習得のハードルも低い。また、高学歴者も少なくない。

■「白人優位主義ではないか」批判の声も上がるが…

それに、何よりキリスト教という地盤を共有しているので価値観も似通っており、文化的摩擦が起こりにくい。要するに、ヨーロッパ人であるという連帯感を持ちやすい。多くの自治体では、すでに子供たちは幼稚園や学校に通っているし、また、大人はなるべく早く就職口が見つかるよう支援されている。難民というより、すでに移民扱いである。

川口 マーン 惠美『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実2011-2019 世界一安全で親切な国日本がEUの轍を踏まないために』(グッドブックス)
川口 マーン 惠美『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実2011-2019 世界一安全で親切な国日本がEUの轍を踏まないために』(グッドブックス)

難民に対して突然、親切になってしまったのはデンマークも同じだ。デンマークはシェンゲン協定の加盟国ではあるが、どの規定を適用するかは独自に決定できるという特権を有しているので、EUと完全に足並みを揃(そろ)える必要もない。これまでの厳しい「難民ゼロ政策」をあっさり覆し、ウクライナ人には難民申請を免除、2年ビザを出すことにしたという。子供たちももちろん学校や幼稚園に通える。

ウクライナ人に対する態度が、中東難民の時に比べてあまりにも親切であるとして、白人優位主義ではないかと批判する向きもある。そういえば、ポーランドやハンガリーは、EUの欧州委員会からどれだけ責められても中東難民には門戸を開かず、その理由として、イスラム教は文化的に遠すぎて、国内が不安定になるからという理由を挙げていた。冒頭に挙げた移民の暴動はその懸念を物語っている。しかし、今回、キリスト教徒であるウクライナ人には援助の手を差し伸べており、言行は一致している。

■侵攻が終わったウクライナに人材は残っているか

ウクライナは貧しい国だ。だからこそ生活のために、多くの女性が3カ月間、家を離れてドイツに出稼ぎに出る。できることならそんなつらい思いをせず、職があり、努力次第で豊かな生活のできる国に、家族と共に暮らしたいと思うのは当然だ。そして、今ならウクライナのパスポートさえあれば、難民として入国でき、しかも永住も夢ではない。つまり、今、ウクライナを後にしているのは、焼け出されたり、夫を亡くしたりした本当に気の毒な人たちもいれば、今、このチャンスを物にしようと思っている人もいるだろう。

そして、優秀な人ほど、そのチャンスは大きい。しかも、安くて優秀な労働力が欲しいEUの多くの国が、それを望んでいる。

移民は、受け入れる国に経済的メリットをもたらすが、送り出す国には長期的にはあまり利はない。外国人が多ければ多いほど、差別がなくて良い社会だというのも妄想だ。移民は常に貧しい国から豊かな国に流れるので、新しい形の植民地主義が形成される危険さえある。

いつかこの戦争が終わり、破壊された都市や農村が復興するとき、ウクライナに人材の枯渇という深刻な問題が立ちはだかることを、私は今から懸念している。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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