降格や休職につながる…中高年の「五月病」が若者よりも複雑で深刻な理由
プレジデントオンライン / 2022年5月23日 8時15分
■五月病の正体は「適応障害」
5月のゴールデンウイークを過ぎたあたりから増える心身の不調を俗に「五月病」といいます。4月に新年度が始まり、新入社や人事異動などで環境が変わったあと、5月になってもなかなか新しい環境に適応できないために起きます。
ただ、「五月病」とは通称で、正式な病名は「適応障害」です。俳優の深田恭子さんが適応障害で一時休養されたことで広く知られましたが、落ち込んで元気が出ない、何をするにも意欲が出ない、強い倦怠(けんたい)感や息苦しさ、頭痛、腹痛など、心身ともに、いろいろな症状が出てくる疾患です。
症状はうつ病と似ていますが、うつ病と大きく異なるのは、原因がはっきりしていること。この原因をとり除くことが、治療の中心になります。
新入社員や若い人が五月病になる場合、その原因の大半は仕事のストレスです。若い人は、社会人経験が浅いこともあり、新しい環境になると、対人関係や仕事の内容でストレスを抱えることが非常に多い。はたから見ると、それほど大変でないようなことも、本人からすると、その対処法がわからず、しんどくなるわけです。
特に今の20代はゆとり教育の影響もありますし、比較的ストレスのかからない生活を送ってきたことから、社会の荒波を余計にきつく感じることもあるといわれます。
その点、中高年の人たちは、それなりに経験を積んで、ストレスの対処法を身に付けているため、仕事のストレスからすぐに五月病になるとは考えられにくく、4月に異動などで職場の環境が変わっても、慣れているのですぐに変化にも対応できると思われがちです。しかし、実は五月病になる中高年は意外に多いのです。
■仕事でも家庭でも負担を抱える中高年
そもそも今の中高年は、高齢化社会と少子化社会のどちらも支えなければならない、社会的なひずみを受ける年代です。たとえば、少子化で会社に入る若者が少ないため、慢性的な人手不足が起きる。すると、中高年はマネジメントをしながら、第一線でも働かなければならず、プレイングマネージャーとしてやっていくしかありません。仕事の負担がものすごく増えます。
プライベートでも、子どもが思春期になったりして親子関係が変化してストレスが増えることがありますし、親の介護の問題も出てきます。さらに、自分自身ががんなどの病気になる可能性も高くなります。
そんなふうに仕事でもプライベートでも責任を負う中高年は、この時期になると、さらに周囲の環境の変化から大きな負担がのしかかります。仕事面では自分が異動したり、部下が変わったりしますし、プライベートでは子どもの進級や進学などもあるでしょう。もともとストレスが多い状況に加えて、環境の変化でさらに負担が増えて、五月病になってしまうのです。
つまり、若者の五月病の原因が仕事の環境変化なのに対し、もともと負担が多いところに仕事やプライベートの環境変化といった原因が複合的に絡み合うのが中高年なのです。
■ストレスの源を取り除く
先述したとおり、原因をとり除くことが五月病の治療になります。若い人の場合は、原因はほとんど仕事に関することなので、比較的コントロールしやすいといえます。しかし、中高年の場合は、簡単ではありません。
仕事や職場環境が原因であれば、主治医や産業医、人事の協力を得ながら、原因となっている仕事内容や人間関係から本人が離れられるよう、環境を整えます。いちばんの治療は、原因となっているものから物理的に離れることなので、いったん休職するのも一つの方法です。
ただ、中高年、特に管理職の人の職場環境を変えるのは、若手を異動させるほど簡単なことではありません。
■時には降格も考える必要が
その環境が変わらないまま元の職場に戻っても、ストレスがたまるのは時間の問題なので、関係各所と連携しながら戻り方を考えることになります。理想は、例えば合わない部下がいるなら、その部下がいるチームを指示系統からはずしたり、部署自体を異動させたりといったことです。
ただそれは、本人の責任の範囲が狭まることになり、降格に近い扱いになったり、目指していたキャリアパスから外れてしまうこともあるでしょう。ある程度のポジションをキープしたまま異動という虫のいい話はなかなかありませんし、そもそも理想のポストが空いていないこともあります。それでも、本人の健康を守るためには、それが必要な選択肢になることもあります。
非常に難しくはありますが、仕事面については何とか解決策を見つけられたとしても、プライベートとなると、なかなか難しいのが現状です。
■まず現状を受け入れる
親の介護や自分の病気などの悩みは、極論をいえば、現状を受け入れるしかありません。そのうえで少しずつ視野を広げていくことです。
たとえば、自分の病気で悩んでいる人は、患者会などに足を運んで、自分と同じ病気の人がどういう生活をしているのか、どういう心構えをしているのか、といったことを知る、などが考えられます。
また親の介護をしている人も、誰もがつらい思いをされているわけですから、同じ境遇の人の話を聞いてみたり、行政や民間の支援団体に頼れるところがないか情報を集めてみると良いと思います。中高年は、親の介護を自分だけで抱え込み、本人まで体調を崩して共倒れするケースが多いので、そうならないように、どんどん外部に頼ってほしいと思います。
■目の前の問題にフォーカスする
そんなふうに視野を広げて「今、自分にできることは何か」をもう一度、考えてみましょう。コツは“今”に焦点を当てること。「あの時ああしておけばよかった」と過去を振り返って後悔したり、「この先こんなふうになってしまったらどうしよう」と将来の不安にばかり気を取られないことです。過去や未来を考え過ぎると、そこにエネルギーを取られて、「今何ができるか」が考えられなくなってしまいます。悩んで何もしないと、何も変わりませんから、なかなかよくなりません。
今、自分の目の前にある一つひとつの問題に対して、何ができるかを探していくのです。例えば患者会に行く、ヘルパーさんに頼ってみる、親を介護施設に入れるなど、何かしらのアクションを起こして、その結果、どうだったかを試すというプロセスが大切なのです。もちろん、うまくいかないこともあると思いますが、少しずつ前進している感じが持てますし、小さなことでもうまくいけば自信につながります。こうしたプロセスそのものが、治療になっていくわけです。
同時に、自分の趣味や好きなことを生活の中に積極的に入れて、少しでも気持ちが晴れることを実践していきましょう。特におすすめなのは、運動したり、マッサージやサウナに行ったりといった、身体的な癒やしです。ストレス解消につながりやすいので、短時間であっても、ぜひやってほしいです。
■「3カ月」を目標に
夜寝て朝起きるという生活リズムを整えることは非常に重要です。夜、寝られないというのは、いわゆる五月病、適応障害やうつのよくある症状です。対処療法的に睡眠薬を使うことはありますが、できるだけ自分で生活リズムを整えたほうがよいです。
逆に、睡眠の乱れが病気の引き金になることもあります。予防のためにも、ふだんから良質な睡眠をとることは大切にしてほしいです。仕事やプライベートで環境の変化があったという人は、特に5月、6月に不調になりやすいですから、この時期はしっかりと睡眠をとるよう気を付けてください。
環境の変化への対応を考えたときに、一つの目安となるのが3カ月です。ですから、例えば4月に大きな変化があった場合、7月くらいまで何とかやっていけたら大丈夫です。環境にうまく適応できているということになるので、3カ月を目標にするとよいと思います。
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産業医・精神科医
島根大学医学部を卒業後、様々な病院で内科・外科・救急科・皮膚科など、多岐の分野にわたるプライマリケアを学び、2年間の臨床研修を修了。その後は、産業医・精神科医・健診医の3つの役割を中心に活動している。産業医として毎月約30社を訪問。精神科医・健診医としての経験も活かし、健康障害や労災を未然に防ぐべく活動している。また、精神科医として大阪府内のクリニックにも勤務。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)
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