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戦争での「核使用」はありうるのか…専門家が解説する"現代ロシアの軍事戦略"

プレジデントオンライン / 2022年5月26日 10時15分

2022年5月9日、ロシア・モスクワの「赤の広場」を走行する戦車 - 写真=時事通信フォト

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)――。

■イントロダクション

ウクライナ情勢が深刻さを増している。ロシア軍によるとされる攻撃で民間にも多数の犠牲が出ており、ロシアに対する国際世論は悪化する一方だ。

なぜ、ロシアは2014年と2022年に、ウクライナへ軍を差し向けたのか。ロシアの目的は何か。世界地図を広げ、ロシアの外交や軍事戦略を探る必要がありそうだ。

本書では、冷戦後の国際情勢を背景にしたロシアの軍事戦略を、各種資料などをもとに読み解く。2021年5月刊行のため2022年3月現在のウクライナ情勢は反映されていないものの、そこに至るロシアのプーチン政権、軍、軍事思想家たちの思考や思惑を理解する糸口をつかめる内容となっている。

かつてのソ連時代には米国と並ぶ超大国としてのプレゼンスを保っていたロシアだが、ソ連崩壊、東西冷戦の終結とともに国力、軍事力、他国への影響力が低下。ウクライナをはじめとする他国への侵攻の根底には、NATO拡大による脅威への対抗があったようだ。

著者の小泉悠氏は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て現職。

はじめに 不確実性の時代におけるロシアの軍事戦略
1.ウクライナ危機と「ハイブリッド戦争」
2.現代ロシアの軍事思想――「ハイブリッド戦争」論を再検討する
3.ロシアの介入と軍事力の役割
4.ロシアが備える未来の戦争
5.「弱い」ロシアの大規模戦争戦略
おわりに 2020年代を見通す

■バルト三国はほんの30年前まで「ソ連の一部」だった

エストニア、リトアニアとともにバルト三国と呼ばれるラトヴィア。今でこそ北大西洋条約機構(NATO)加盟国となったラトヴィアだが、ほんの30年前まではソ連の一部とされていた。バルト海を挟んでフィンランドとスウェーデンを目前に臨むバルト地域にはソ連の陸海空軍が配備され、冷戦の最前線となっていた。

しかし2004年3月29日に、バルト三国は揃ってNATOへの加盟を果たした。「東側」の総本山から「西側」の一員へ──オセロ・ゲームのような劇的な転換がほんの15年ほどのうちに起きたのである。

この「オセロ・ゲーム」を、ロシア側の視点で考えてみよう。日本第2の都市である大阪から西に150kmほどというと、ちょうど岡山県の倉敷あたりが相当する。ここに中国人民解放軍の基地ができたとしたらどうだろう。冷戦後のロシアから見ると、これは現実の出来事であった。150kmという距離は、ちょうどサンクトペテルブルグ(*ロシア第2の都市)からエストニアの国境に相当する。戦闘機ならばほんの数分だ。

■東欧諸国とバルト三国のNATO加盟で失われた「戦略縦深」

1997年に結ばれた『NATO=ロシア間の相互関係、協力、安全保障に関する基本文書(NATO=ロシア基本文書)』では、両陣営の敵対関係を終結させるとともに、NATO新規加盟国には核兵器や「実質的な戦闘部隊」を常駐させないことを謳っているが、ラトヴィアにはバルト領空警備(BAP)の枠組みでNATO加盟国の戦闘機部隊が3カ月交代で(したがって「常駐」ではないという建前で)配備されている。

さらに重要なのは、これと同じことがかつてソ連の勢力圏だった東欧全体で起きたということであった。こうした動きがロシアにとって極めて面白くないものであったことは、改めて述べるまでもあるまい。

NATO拡大はロシアにどの程度の軍事的な不利益をもたらしたのか。まず指摘できるのは、それがロシアにとって戦略縦深の喪失につながったという点である。「戦略縦深」とは、広大な空間を保持しておけば、それだけで敵の侵略に対してより有利な対応を取るための時間的余裕として機能させられるということである。

冷戦期の東欧はまさにソ連にとっての「戦略縦深」そのものであった。しかし、東欧諸国とバルト三国がNATOに加盟したことによって、ロシアの戦略縦深は1000~1400キロも東へと後退することを余儀なくされた。

地球儀
写真=iStock.com/Juanmonino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Juanmonino

■ロシアが国防に割ける額はそう大きくない

軍事面でもう一つ特筆すべきは、NATO拡大によって兵力バランスが著しくロシアに不利に傾いたことである。

ロシアの国内総生産(GDP)は米ドル換算で約1兆7000億ドル、世界第11位に過ぎず、国防に割ける額もそう大きなものではない。このような状況下で東欧・バルト諸国がNATOに加盟していった。冷戦期にはソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍が兵力の面でNATOに対して優勢であったが、これが逆転したのである。

■ウクライナとグルジアへのNATO拡大論の影響は大きかった

また、一口にNATO拡大への反発といっても、その意味するところは様々である。ロシアにとって受け入れ難かったことの一つは、NATO拡大の政治的側面、すなわち東欧や旧ソ連諸国に対するロシアの影響力が大きく損なわれることであった。

特に旧ソ連諸国については、ソ連崩壊後もロシアはこれを「勢力圏」とみなし、自国こそが政治・経済・安全保障などの中心であるという理解が存在してきた。もちろん、既に独立国となった14の共和国をモスクワの完全な支配下に置くことは困難であるとしても、その主導権を他国に握られることだけは容認せず、「消極的な勢力圏」のようなものを維持しようとしてきたのが冷戦後のロシアであった。

その意味で、2004年のバルト三国へのNATO拡大は極めて面白からざる出来事ではあったが、最終的にロシアはこれを受け入れた。これと大きく様相を異にしたのが、2008年に持ち上がったウクライナとグルジアへのNATO拡大論である。

2000年代の原油価格高騰で国力を回復させていたロシアはこの動きに強硬に反発し、2008年にはグルジアとの戦争にまで発展した。この戦争の後、メドヴェージェフ大統領(当時)は勢力圏を実力で守る姿勢を示し、2014年にウクライナで政変が起きると、クリミア半島とドンバス地方に軍事介入を行った。

ウクライナの国旗
写真=iStock.com/Silent_GOS
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Silent_GOS

■「大国」としてのロシアの地位が危ぶまれている

NATOの拡大をロシアが苦々しく思っていたもう一つの理由は、それが「大国」としてのロシアの地位を損なうものとみなされたことである。「大国」はロシア語で「デルジャーヴァ」というが、一言でいえば、外国の作った秩序に従うのではなく自らが秩序を作り出す側の国であるということだ。

本来は欧州の集団防衛を意図して結成されたNATOが今や世界中のあらゆる紛争に介入すること、しかもこれらの軍事行動が(ロシアが常任理事国として拒否権を有する)国連安全保障理事会の承認を経ずに行われてきたこと、そして軍事力行使の結果がしばしばユーゴスラヴィアやリビアなどでの国家体制の崩壊にまで至ってきたこと──ロシアから見れば、冷戦後のNATOの振る舞いは「大国」としての地位に対する脅威そのものであった。

したがって、ロシアから見ると、まだNATOに加盟していない国々の中立をいかに維持するかは、安全保障上、特別の重要性を有していた。具体的には、旧ソ連欧州部でまだNATOに加盟していない6カ国──アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モルドヴァ、ウクライナがその焦点である。この中からロシアの「勢力圏」を脱出しようとする国があれば、軍事力行使に訴えてでもこれを阻止するというのがグルジア戦争以降のロシアの基本方針であり、2013~14年にウクライナで起きた事態はまさにこれに該当している。

■ロシアが採用する「核戦略」の中身

ソ連の崩壊とロシアの国力低下、そして中・東欧諸国のNATO加盟によって通常戦力で劣勢に陥り、ハイテク戦力でもNATOに水を開けられたロシアでは、「地域的核抑止」と呼ばれる戦略を採用する。戦略核(*明確な戦略的目標に向けて使用される威力の大きい核兵器)戦力によって全面核戦争へのエスカレーションを阻止しつつ、戦術核兵器(*通常兵器の延長として用いられる射程距離の比較的短い核兵器)の大量使用によって通常戦力の劣勢を補うというのがその骨子である。

一方、これと並行して発展してきたのが「エスカレーション抑止」とか「エスカレーション抑止のためのエスカレーション(E2DE)」と呼ばれる核戦略である。限定的な核使用によって敵に「加減された損害」を与え、戦闘の継続によるデメリットがメリットを上回ると認識させることによって、戦闘の停止を強要したり、域外国の参戦を思いとどまらせようというものだ。

ロシアの「抑止」概念においては、相手の行動を変容させるために小規模なダメージを与えることが重視される。軍事的事態においては限定核使用による「損害惹起(*損害を引き起こすこと)」がこれに相当するということになろう。

■現在の主流は「非核エスカレーション抑止論」

そして、近年のロシア軍では通常兵器を用いたエスカレーション抑止戦略が盛んに議論されるようになった。現在のロシアにおいて主流となっているのは、こうした非核エスカレーション論であるという。

小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)
小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)

非核エスカレーション抑止論は、単なる理論ではない。2010年代を通じて巡航ミサイルなどの長距離PGM(精密誘導兵器)に集中的な投資を行なった結果、現在のロシア軍は米国に次ぐ巨大な通常型PGM戦力を保有するに至っているからである。

ただ、非核「エスカレーション抑止」は万能ではない。敵が戦闘の停止や参戦の見送りを決断するに足るダメージのレベルを見積もることはもとより極めて困難であり、これが(核兵器ほどの心理的衝撃をもたらさない)通常戦力によるものであるとすればその複雑性はさらに増加するためである。この意味で非核手段はロシア軍においても核兵器のそれを代替し得るとはみなされておらず、両者の関係性についての議論は現在も進んでいる。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメントby SERENDIP

本書には、プーチン政権が「非線形戦争」の一環として国内外にロシアの正当性を訴えるためにメディアをコントロールしたり「愛国教育」を施すといった戦略をとっていることも書かれている。実際、2022年のウクライナ危機の最中にも、こうした戦略は実行されているようだ。もちろん、民間人に多数の犠牲者を出すロシアの軍事行動は決して擁護できるものではないが、気をつけなければならないのは、ウクライナや同国を支援する西側諸国もまた、メディアを利用しているということだ。「情報戦」に巻き込まれ、過剰に感情を左右されるのを避け、冷静かつ客観的に情勢を見極める目が必要だろう。

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