東大の助教を辞め、5年任期の教員に…シジュウカラにすべてを捧げる「小鳥博士」の壮大すぎる野望
プレジデントオンライン / 2022年5月24日 12時15分
■世界で初めて鳥の言葉を解明した男
「今、ヂヂヂヂッて鳴いたでしょ。シジュウカラが集まれって言ってます。向こうに何羽か残ってるから、こっちに来てって呼んでますね」
「今、ヒヒヒって聞こえました? あれはコガラが『タカが来た』と言ってます。それを聞いて、シジュウカラも藪(やぶ)のなかに逃げたでしょ。日本語と英語でダイレクトに会話しているような感じで、ほかの鳥の言葉も理解してるんです」
某日、まだ雪が残る軽井沢の森のなかを、京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴とともに歩いた。シジュウカラの研究を通して、世界で初めて「動物が言葉を話していること」を突き止めた鈴木は今、国内外で脚光を浴びている研究者だ。
鈴木の研究は、「知能の高い動物が人間の言葉を理解する」とか、「特殊な鳴き声や音波でコミュニケーションをとっているらしい」というレベルのものではなく、シジュウカラが20以上の単語を持ち、それらを組み合わせて話していることを明らかにした。つまり、言語能力を証明したのだ。これはまだ、ほかの動物では実証されていないことである。
![シジュウカラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/0/1200wm/img_a03f757808eaeae6b56a8757931c0e61463337.jpg)
鈴木によると、軽井沢には80種類以上の鳥が住んでいて、他の地域と比べるとシジュウカラの数も多いという。この森のなかで、鈴木は1年のうち6カ月から8カ月を過ごす。
山のなかにいると、鈴木が常に鳥の声に耳を澄まし、動きを目で追っているのがわかる。あちこちから聞こえてくる「シジュウカラ語」
■一人で始めた「動物言語学」という新領域
古代ギリシアの時代から現代まで、「地球上で言葉を持っているのは人間だけ」というのが、科学の常識だった。それをたったひとりで覆した鈴木の研究は国際的に非常に高い評価を受けていて、今年8月にスウェーデンで開催される動物行動学の学会では、基調講演を担当する。そこで「動物言語学」の創設を提言するという。
「これまで、動物の声に個体差があるとか、感情を表現していると調べた人はいましたが、そこに人間の言葉と似たような能力が隠されているかどうかは、誰も調べてきませんでした。動物言語学という学術分野を作ることで、イルカは? サルは? とほかの動物に広がりが生まれてほしいんです。言葉を持っている人間だけが特別な存在というのはおかしいと思うから」
日本発で、新しい学問のジャンルが生まれるかもしれない。その学問によって、ドラえもんのひみつ道具「ほんやくコンニャク」を実現するような、種を越えたコミュニケーションの可能性も拓ける。人類の歴史に一石を投じるような研究を進める鈴木は、「小さい時から、やってることはぜんぜん変わらないですね」と笑った――。
![京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/1200wm/img_0ae3a4efff75207c998f5a37cefb7744502417.jpg)
■「それなら、図鑑を書き直せば?」今も忘れない母親の言葉
1983年、東京都の練馬区で生まれた鈴木の少年時代は、生き物の思い出で溢(あふ)れている。身近で捕獲できるバッタなどの昆虫、カエル、トカゲ、カタツムリなどのほか、魚やカニなど20種類ほどの生き物を常に自宅で飼育していた。
「今思うと、親がよく許してくれたなと思うんですが、とにかくなんでも飼っていました。愛(め)でるのとは違って、とにかく彼らの世界を知りたかったので、ずっと観察していましたね」
幼少期から生き物に強い関心を抱く鈴木を、両親は微笑(ほほえ)ましく思っていたのだろう。4、5歳の時、家族で茨城に引っ越すのだが、後に鈴木が理由を尋ねたところ、「俊貴を自然のなかで育てたかったから」と明かされたそう。父親はそこから片道2時間かけて、東京に通勤した。
その頃に母親から言われたことを、鈴木は今も忘れていない。当時、飼育している生き物の様子と図鑑に書いてあることを照らし合わせ、その性質や特性を確認するのが日常だった。
![鳥を観察する鈴木さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/5/1200wm/img_55561202c67095cf72c4e2fbe5c103ef418264.jpg)
ある日、家の外でカブトムシがジョロウグモの巣に引っ掛かり、食べられているところを見つけた。鈴木少年は、図鑑に「カブトムシは森の王者で最強だと書いてあったのに!」と目を疑った。帰宅した鈴木少年は母親にその様子を話し、「この図鑑に書いてあることは、間違ってる」と訴えた。すると、母親はこう言った。
「それなら、図鑑を書き直せば?」
この日以来、鈴木は自分が観察した内容を図鑑に書き記すようになった。書き込みで埋まったその図鑑は、今でも実家で保管されている。
「図鑑って正しいと思っちゃうでしょ。でも間違っていることもあるし、自分の目で見たものが正しいんだっていうのをその時に学んだんです。でも、母はもう覚えてないって(笑)」
もうひとつ、鈴木の人生に大きな影響を及ぼした母親の言葉がある。小学2年生の時、自然や動物を特集したNHKの番組を観ていたら、母親が「生き物ってまだわかってないこといっぱいあるから、動物の学者とか面白いんじゃない?」とつぶやいた。
その言葉を聞いた鈴木少年は、小学2年生の文集に将来の夢を「動物学者」と書いた。
■スズメのヒナとの出会い
父親の仕事の都合もあり、何度かの引っ越しを経て、10歳ごろに東京に戻った鈴木は、東京の国立市にある桐朋中学・高等学校に入学。そこで生物部に入り、同好の士と出会って、6年間、観察三昧(ざんまい)の日々を過ごす。
この部活で、鳥と出会う。高校2年生の春に開催された文化祭の時、たまたま文化祭を見に来ていた一般の人が、生物部に「巣から落ちたようだ」とスズメのヒナを持ってきた。
巣立ちの練習をするヒナが道端に落ちてしまうのは珍しくなく、たいてい、近くで親鳥が見守っている。そのため、落ちたヒナはそっとしておくのがいいそうだが、それを知らず「かわいそう」と拾ってしまう人も多い。
部員がヒナを受け取った際、どこで拾ったのかを聞き忘れてしまい戻せなくなったため、やむを得ず、一時的に部室で保護することになった。数日後、元気になったスズメは、鈴木を覚え、餌をねだるようになった。その様子を見て、鈴木は「知性」を感じたという。
「それまではインコを飼ったりしていましたが、スズメのヒナとの出会いから、野鳥の暮らしがとても気になるようになったんです」
これを機に初めて本格的な双眼鏡を買った鈴木は、鳥の観察にのめり込んでいく。
![軽井沢の森の中](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/5/1200wm/img_85e85eb1302a180b4fbdbd17d8794ef5503961.jpg)
■「ヂヂヂヂッ」は「集まれ」と気づいた日
東邦大学の理学部生物学科に進んだ鈴木がシジュウカラの言葉に出会ったのは、2005年、大学3年生の時だった。2月、卒業論文のテーマを決めようと、軽井沢を訪れた。「1泊500円で宿泊できる大学の山荘がある」というのが理由で、「1週間ぐらい滞在すれば、なにかテーマが見つかるだろう」と気楽に考えていた。
前述したように軽井沢の森のなかには80種類以上の鳥が生息しているが、そのなかでもシジュウカラが多く、観察しているうちに「ずいぶん複雑な鳴き声をしているな。鳴き声の多様性がほかの鳥と比べてもずば抜けている」と感じた。
鳴き声に注目しながら身を潜めて観察していた時に、ハッとした。複数のシジュウカラが、エサ台に置かれたひまわりの種を食べに来た。そのうちの1羽が「ヒーッ!」と鳴いた瞬間、一斉に藪のなかに飛び去った。その1秒後、タカがエサ台に舞い降りてきた。シジュウカラを捕獲して食べるタカは、天敵だ。この時、鈴木は「タカが来たことを知らせたんじゃないか⁉」と感じた。
![ヒーッ(タカだ!)と聞いて空を見上げるシジュウカラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c9803522aa210a5408a5ac19590fdfb8432402.jpg)
この時、「もっと鳴き声の種類を調べてみよう」と考えた鈴木は、ひまわりの種をほかの場所に蒔(ま)いてみた。ほかの草木に紛れて、シジュウカラはなかなか気づかない。1時間待ち、2時間が過ぎた。それでもじっと待っていたら、1羽のシジュウカラが飛んできて「ヂヂヂヂッ」と鳴いた。すると、次々にシジュウカラが集まってきた。
鳥の図鑑には、シジュウカラの「ヂヂヂヂッ」という鳴き声は「警戒を表す」と書かれていたが、仲良くひまわりの種を啄(ついば)んでいる様子を見て、「そんなわけない」と思った。そして、「これは仲間を呼ぶ声に違いない。図鑑を正そう」と決めて、卒業論文のテーマに据える。
「どうやって証明したらいいんだろうと考えました。それで、ヂヂヂヂッという声を録音して聞かせた時に寄ってくるかどうか、調べました」
実験してみると、録音した鳴き声でもシジュウカラが集まってくる。サンプルとして録音したほかの声では、集まってこない。
「これはやっぱり、集まれという意味だ」
そう確信して卒業論文を書いた鈴木は、大学院に進み、シジュウカラの研究を深めていく。
![シジュウカラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/8/1200wm/img_3809c4f718e8f17cc050607101add635457026.jpg)
■200以上のパターンを集めて見えてきた“法則”
そもそも、シジュウカラの鳴き声はどれだけの種類があるのか。鳴き声を収集し始めると、200パターン以上あることがわかった。これらがなにを表しているのか解き明かすには、ひたすら観察するしかない。幸い、何時間も動物の行動を見続けるのは、少年時代からの得意技だ。
森のなかに、シジュウカラが巣を作るように28ミリの穴を開けた巣箱を作り、ひとりで80個を設置。毎日、毎日、巣箱を見て回っているうちに、肉食で天敵のモズが現れると、2パターンの反応をすることがわかった。
ある時は、1羽のシジュウカラが「ピーツピッ」と鳴く。それを聞くと、ほかは周囲をキョロキョロとし始める。これを「警戒せよ」と仮定する。
別の時は、「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴く。二語を合わせると「警戒せよ、集まれ」になるこの言葉を耳にすると、シジュウカラはいつも複数で群がり、モズを追い払う。モズの剝製を置いて実験した時も同様に2つの反応を示し、博士課程に進学していた鈴木は、「すごい! ふたつの言葉を組み合わせて使っている!」と驚愕(きょうがく)した。
もし、これが「二語文」ならルールがあるはずだ。そう仮定し、録音した音声で「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴らすと、複数のシジュウカラが集まってきて、周囲を警戒するような仕草(しぐさ)を見せた。そこで言葉を逆にして「ヂヂヂヂッ、ピーツピッ」と鳴らすと、なんの反応も示さなかった。ということは、語順を認識しているのだ。
![ピーツピ・ヂヂヂ(警戒して集まれ)のサウンドスペクトログラム](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/1200wm/img_8ce1675b159b9fa5ee8e7a91dcda02da248921.jpg)
■「ダーウィンの進化論は正しかった」
鈴木は実験を重ねて、科学誌『Nature Communications』に論文を発表。Nature誌の編集部からその週のベスト論文にも選出され、世界中から注目を浴びた。自信を得た鈴木は先人なき荒野、
もっとも印象に残る発見は博士後期課程1年、立教大学大学院に在籍していた時のこと。2008年6月10日、軽井沢の森のなかで決定的な瞬間を目撃した。
巣箱をチェックしてまわっている時、それまで聞いたことのない「ジャージャーッ、ジャージャーッ」という声が響いた。なにごとかと鳴き声のした方向を見ると、アオダイショウが木を登り、巣箱に迫っていた。そして、次の瞬間、なんと巣箱のなかにいたヒナが一斉に飛び出してきたのだ。
「ヤバい……」
鈴木は鳥肌が立つのを感じた。実は大学院に入ってからの研究で、カラスを見た親鳥が「ピーツピ」と鳴くと、ヒナが鳴き声を静めてうずくまることがわかっていた。居場所を悟られると捕らえられ食べられてしまう危険性が高いため、親鳥が「カラスだ!」と知らせているのだ。
![ジャージャー(ヘビだ!)と聞いて地面を探すシジュウカラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/1200wm/img_ef9cb56421688683fda6ffcf2c9a5bf9434613.jpg)
しかし、ヘビが木を登って迫っている時に巣箱でじっとしていたら、全滅してしまう。そこで、親鳥が「ヘビだ!」という意味で、「ジャージャーッ」と鳴くと、巣箱から飛び出すのだ。ここで重要なのは、ヒナは巣箱から出たことがなく、カラスもヘビも見たことがないということ。
「ヒナが親鳥の声をそこまでちゃんと聞き分けているなんて、想像していませんでした。親鳥が『ヘビだ!』と警告すると、ヒナはとにかく巣箱から外に出なきゃいけないと認識するんだと思います。同じように、『カラスだ!』と言われると、声を潜める。本能的に親鳥の声を識別してるんです」
カラスとアオダイショウを恐れるシジュウカラは、いつの頃からか、カラスとヘビを表す言葉を使い分けるようになり、それを生まれた時から聞き分けることができるヒナだけが生き延びてきた。まさに自然淘汰の結果である。シジュウカラの進化の過程を目の当たりにしたように感じた鈴木は、「やっぱり、チャールズ・ダーウィンの進化論は正しかったんだ」と、その場で強く実感したという。
鈴木は、興奮しながらこの発見を教授に伝えた。しかし、返ってきたのは「そんなに、たいしたことはない」という冷淡な反応だった。ここで落ち込む学生もいるだろうが、図鑑すら信じていない鈴木は、「先生は間違ってる!」と突っぱね、独断で論文をまとめ、3年後、著名な米科学雑誌『Current Biology』に投稿した。
![京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/1200wm/img_8100e3f162b0a5dfc97db778d2bdd0d1474678.jpg)
■「ジャージャーッ」は悲鳴か、単語か
シジュウカラの研究で博士号を取得した鈴木が次に証明しようと考
「シジュウカラがヘビを見た時、ただ単に怖いという感情で鳴いていて、その感情が仲間に伝わっているだけって可能性もありますよね。まさに、一度もヘビを見たことのないヒナが巣箱を飛び出せるのは、そういった能力だと思うんです。でも、実はこの声、つがい相手(親鳥)にもある行動を促すんです。『ジャージャーッ』という声をスピーカーから聞かせると、親鳥はまず、地面を見る。それで見当たらなければ、木の穴や茂みまで探しに行くんです。ヒナと違って親鳥はヘビの姿をよく見ているはずなので、『ジャージャーッ』という声からヘビをイメージし、探しているんじゃないだろうか、と考えたんです」
もし「ジャージャーッ」という声がヘビを意味する単語であれば、それを聞いたシジュウカラはヘビの姿をイメージしているはすである。ちょうど私たちが、「ドラえもん」と聞いてその姿を思い描けるのと一緒だと鈴木は話す。
誰もが納得できるような形で、科学的に証明するすべはないか……。日本学術振興会の特別研究員SPDとして研究を続けていた2014年のある日、軽井沢の民宿でボーっとしていたら、ひらめいた。
「見間違いを利用しよう!」
■直面した難問、10年越しの答え
心霊写真を思い浮かべるとわかりやすい。「白いモヤがかかった部分に女の人の顔が写っている」と言われてから、その写真を手に取ったとする。ハッキリとは映ってなくても、それっぽい陰影があると、なんとなく「女の人の顔」に見えてくる。
脳が「女の人の顔」
同じように、シジュウカラに「ジャージャーッ」という声を聞かせる。その時、まるで木を這うヘビのように木の枝を動かしてみるというアイデアだ。木の枝はどこにでもあり、多少動いたところで普段のシジュウカラは気にしないが、「ヘビだ!」という声がした時にどう反応するか?
「例えば集まれ、ヂヂヂヂッ(集まれ)という声で呼んで棒を見せても近づかないし、ほかの天敵を追い払う声、例えばピーツピ・ヂヂヂヂ(警戒して集まれ)でも見向きもしませんでした。でも、ジャージャーッという声の時だけ、12羽中11羽が1メートル以内にまで近づいて、棒を確認しました。残りの1羽も、1メートル近くまで来ました」
この実験により、「ジャージャーッ」という鳴き声がヘビを見た恐怖心を表す悲鳴ではなく、「ヘビ」という単語であり、ヘビそのものをイメージしていることが想定される結果になった。この実験は準備に時間がかかったため、論文として発表したのは2018年。これは、アメリカの科学誌『PNAS』の表紙を飾る成果となった。「ジャージャーッ」という鳴き声を聞いてから、10年がたっていた。
![巣箱を確認する鈴木さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/c/1200wm/img_dc581fff92fae725c2d7933e61a052a8486569.jpg)
■新たな発見のヒントになった「ルー語」
この論文と同時進行で、2016年にはルー大柴が日本語と英語を組み合わせて使う「ルー語」を応用したユニークな実験も行った。
例えば、ルー大柴が「藪からスティック」と言った時、多くの日本人は「藪から棒」と理解する。それは、「AからB」という日本の文法に沿ったうえで、棒=スティックという日本語と英語の変換が脳内で行われるからだ。「藪、棒」という単語だけだと意味がわからないし、「棒から藪(BからA)」では意味をなさないから、理解の前提として文法が重要だということがわかるだろう。
![鳥の鳴き声を解説する鈴木さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f74767619e1d0c2afa5c7d04ed330f1f457317.jpg)
冒頭に、シジュウカラはコガラの言葉も理解すると記した。コガラ語の研究もしている鈴木によると、シジュウカラに比べてコガラ語のバリエーションは少ないながら、「ディディディ」は「集まれ」、「ヒヒヒ」は「タカ」などの異音同義語があり、シジュウカラはその言葉にも瞬時に反応する。
それでは、ルー語のようにシジュウカラ語とコガラ語を組み合わせた時、どうなるか? 鈴木は、「警戒せよ、集まれ」を意味するシジュウカラ語の「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」の音声を、「ピーツピッ、ディディディ」に変えて聞かせてみた。
そうすると、シジュウカラは警戒しながら集まってきた。自分たちの言葉とコガラ語が混ざっても、しっかり理解していることがわかる。
![コガラ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/1200wm/img_21eaf0198408f1982400e02f1905a05c506560.jpg)
■シジュウカラ語の文法の存在を解き明かす
ところが、「ディディディ、ピーツピッ」と順番を入れ替えると、反応を示さなかった。この実験から推測されるのは、どういうことなのか?
「恐らくシジュウカラの頭のなかには、『警戒』が先、『集まる』が後みたいな文法のルールがあるんです。その文法に当てはめることで、彼らにとって外国語にあたるコガラ語も含めて、柔軟に鳴き声を組み合わせてコミュニケーションを取っているんだと思います」
ちなみに、鈴木はルー大柴が好きで、YouTubeをよく観ていたこともあり、ある日突然、ルー語を応用するというアイデアが舞い降りたそう。この実験はそれほど時間がかからず、2017年に論文が発表され、話題を呼んだ。
ニュートンは家の庭でリンゴの木からリンゴが落ちるのを見て「万有引力の法則」を思いついたとされる。同様に、ルー大柴というひとりの芸人の存在が、シジュウカラ語の文法の存在を解き明かすカギになったのだから、どこに世紀の発見のヒントが隠されているのか、わからない。
■「言葉は人間だけのものではない」
1年の大半を軽井沢の森のなかで過ごす鈴木だが、所属先は転々としてきた。日本学術振興会の特別研究員を3年で離任した後、京都大学生態学研究センター機関研究員(2年)、総合研究大学院大学特別研究員(4カ月)、東京大学教養学部学際科学科助教(1年)を経て、2019年から京都大学白眉センター特定助教を務める。
周囲からは「東大の先生になって辞めるやつはいないぞ」と何度も言われたという。しかし、5年の任期ながら自由に研究ができる今の立場になんの不満も感じていない。
![京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/b/1200wm/img_eb54d8e16f00b744e0547a6f4b6b2a3d334313.jpg)
「僕は本に書いてあることから仮説をひねり出すんじゃなくて、観察から見つけていくから、ネタが尽きないんです。ひとつの言葉がわかるだけで発見があって、論文にするとまた発見がある。そうやって、どんどん新しい疑問が湧いてくるんですよ。だから、職業的な安定よりも研究を進めるためにベストの道を選ぼうと思ったんですよね」
ここ1、2年でシジュウカラ語の研究が広く知られるようになり、鈴木がメディアに露出する機会も増えた。現在、新しい研究に取り組んでいる最中で、これまで通り観察と実験に没頭していたいはずだが、合間を縫って対応している。
それは、「自分が見てきた新しい世界を、人間の世界につなぎたい」という想いがあるからだ。特に、子どもたちに伝えたいという気持ちが強く、NHKの科学番組に出たり、中学生の国語の教科書に説明文を書いたりしてきた。
「僕は小さい時の経験が今に続いているし、その頃からいろいろ観察してきたことで、今、ほかの人と見える世界が違うと感じています。勝手に人間だけが高貴な存在と思ってしまうと、例えば環境を守らなきゃいけないと言われても、本当の意味で理解できないと思うんです。でも、言葉を持っているのが人間だけじゃないとわかったら、ほかの動物の見方も変わるでしょう。この豊かな世界を知ることが、自然に対して人間はなにができるのかを考える上で大事だと思っています。子どもたちがそういう観点を持つことは、すごく大切なことだと思うんです」
■寝ても覚めてもシジュウカラ
冒頭に記したように、鈴木は「動物言語学」という学問を創設しようとしている。この学問が国境を越えて広がり、シジュウカラ以外の動物も言葉を話していることがわかったら? 今、人間が見ている世界は、表層なのかもしれない。
ところで、古今東西の動物学者のなかで、なぜ、鈴木だけが動物の「言葉」を解き明かすことができたのか? この言葉が、答えだろう。
「僕は、シジュウカラという動物を世界で一番見てるんで。ほかの人が追いつかないぐらいの時間をかけて観察しようと思っていて、そしたらほかの人が気づかないことに気づくんですよ」
著名な芸能人と一緒にテレビに出るようになった今も、軽井沢では格安のゲストハウスが定宿。朝はシジュウカラのさえずりで目覚め、夢にはシジュウカラの鳴き声の波形が出てくる。寝ても覚めてもシジュウカラに囲まれた生活だ。息抜きする時は、なにをしているんですか? と尋ねたら、間髪入れず、こう答えた。
「公園に行ってシジュウカラを見る!」
![動物言語学の創設に向けて鈴木さんの挑戦は続く](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/1200wm/img_efaf6963cdad8006b99752fd367f45ca510953.jpg)
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フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)
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