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兵力不足なのに北方領土で軍事演習…ウクライナ戦争で苦しむプーチンがやせ我慢を続けるしかない理由

プレジデントオンライン / 2022年5月18日 11時15分

2022年4月26日、ロシアのプーチン大統領は、ロシア・モスクワのクレムリンでアントニオ・グテーレス国連事務総長と会談した。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシアとウクライナの戦争はいつ終わるのか。ジャーナリストの池上彰さんは「年内の終結どころか、数年単位で考えなければ終わらないように思える。これにはプーチン大統領の見通しの甘さなど3つの理由がある」という。ジャーナリストの増田ユリヤさんが聞く――。(連載第2回)

■戦闘がやんでも、ロシア軍は占領地域に駐留し続けるほかない

【池上】5月9日の対独ソ戦勝利記念日、ロシアのプーチン大統領はウクライナに対する「特別軍事作戦」の継続を明言しました。この戦争は、さらに長引くことが確実になったわけです。

実際にロシアは、ウクライナ東部のドンバス地方のうちルハンスク州はほぼ手にしましたが、ドネツク州は半分ほどしか占領できていません。マリウポリについても勝利宣言はしたものの、ウクライナは認めていませんから、これからも攻防が続きます。ドンバス地方では過去8年間、親ロ派分離独立武装勢力とウクライナ軍の戦闘が続いてきました。それと同じことが、ウクライナ各地に広がって続くことになるでしょう。

この戦争は年内の終結どころか、数年単位で考えなければ終わらないように思えます。その先を考えると、ドンバス地方とマリウポリを含む黒海沿岸のすべてを占領すれば、ロシアは軍隊を引き揚げるでしょうか。そんなはずはありません。撤退すれば即座に、ウクライナ軍に取り返されてしまうからです。

つまり戦闘がやんだとしても、ロシア軍はこの先もずっと占領地域に駐留し続けるほかないのです。何万人もの軍隊にかかる軍事費たるや、膨大な金額になることは間違いありません。

ただしプーチン大統領は、ウクライナの首都キーウの占領は諦めたようです。キーウや西部のリビウへ散発的にミサイル攻撃を行っているのは、これらの場所を守るウクライナ軍がドンバス地方の増援に回るのを牽制するためです。

仮にウクライナが、ドネツクとルハンスクの両「人民共和国」を独立国家として承認すれば、戦争は終わるでしょう。しかし、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が承認するはずはありません。自国の国土を守れなければ、その瞬間に失脚してしまうからです。

■兵力不足も深刻…ロシア軍がこんなにも苦戦する3つの理由

【増田】ロシア軍がこれほど苦戦して、今後も戦争が長引いてしまう理由は、何でしょうか。

【池上】いくつか要素があります。1つ目は、アメリカが開戦前に機密情報を公開したのが役立ったこと。ロシア軍の侵攻を警告したのに対して、プーチン大統領は軍事演習だと反論しました。そう語ってしまった以上、緻密な侵攻計画を現場に徹底させることができなくなりました。ウクライナで捕虜になった若いロシア兵が、「ベラルーシで軍事演習をすると言われたら、ウクライナへ連れて来られた」とぼやいていたのは、そのせいです。

2つ目は、プーチン大統領の見通しの甘さです。戦前の情勢分析では、ウクライナへ攻め込めば、電撃作戦でキーウを占領でき、ゼレンスキー大統領はあっという間に降伏するだろうと考えていたんです。そのため補給がおろそかになり、食料も水も燃料も数日で切れてしまいました。

特に、キーウの北部にあるホストメリ空港を空挺(くうてい)部隊で制圧して、そのままキーウを襲撃する予定だったのが、ヘリコプターから降り立った空挺部隊はその日のうちにウクライナの守備隊に撃破されてしまいました。

プーチン大統領は4月上旬になって、アレクサンドル・ドボルニコフ南部軍管区司令官(60)を、ウクライナの全戦域を統括する司令官に任命しました。シリア内戦で作戦指揮を執ったこの人は、空爆によって多くの民間人に犠牲を出したと言われます。

2月24日の侵攻開始からこの時点まで、全体を指揮する総司令官を置かなかったのも、それぞれの部隊に勝手にやらせておけば数日で終わると見込んでいたことの表れです。しかし総司令官が不在では、各部隊間の調整は取れません。

プーチン大統領としては、北京オリンピック開会中に侵攻を始めれば習近平主席の顔に泥を塗るので、閉幕の2月20日を待ち、パラリンピックが開幕する3月4日までに終える心づもりでいたんでしょう。2月末ならウクライナはまだ路面が凍結していますから、戦車や装甲車を動かしやすい。ところが3月に入ると氷が溶けて地面がぬかるみ、進軍の妨げになります。短期決戦のもくろみは、すべて裏目に出たんです。

モスクワ地下鉄の駅
写真=iStock.com/Elena Odareeva
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Elena Odareeva

3つ目に、兵力不足が挙げられます。ロシア陸軍の実働部隊は25万人しかいませんが、19万人をウクライナへ投入しています。4月下旬にイギリス国防省が発表したように1万5000人が戦死したとすれば、負傷者は3倍いるはずです。戦力としては、4万人から6万人をすでに失っているわけです。いまモスクワの地下鉄には、兵士を募集する広告が出ているそうです。経験や専門知識がなくてもできる軍務なら、砲弾を運んだりする後方支援でしょう。

対するウクライナ軍は、実働20万人。予備役を含めれば90万人です。2014年にクリミア半島を一方的に併合された当時、ウクライナ軍は5万人しかいませんでした。その現実に危機感を抱き、NATOの指導を受けながら増強に努めてきたんです。

■「自衛隊が攻めてくるかもしれない」とロシアは真剣に恐れている

【増田】ロシア軍は兵力不足と言われながら、北方領土を含む地域で3月末から軍事演習を繰り返しています。

【池上】3月25日には3000人が参加したという発表は、この地域には3000人の兵士しか駐留していないことを意味するのかもしれません。だから「いまこそ、北方領土を取り戻すのに絶好のチャンスだ」というブラックジョークがあります。自衛隊の精鋭を1万人送り込めば、あっという間に制圧できるでしょう。

もちろん現実的ではありませんが、自衛隊は日本の国土を守る必要最小限の実力組織です。加えて北方領土は、わが国固有の領土です。わが国固有の領土を守る必要最小限の実力行使をするという理屈が、成り立たないわけではありません。もちろんそんなことはしませんが、ロシアとしてはそれを真剣に恐れているので、示威のために軍事演習を行っていると考えられます。

2015年5月17日、陸自霞ヶ浦航空祭でホバリングする陸上部隊支援用の攻撃ヘリコプター、ベルAH-1S コブラ
写真=iStock.com/viper-zero
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/viper-zero

■フィンランドだけじゃない! 立ち上がり始めた国々

【増田】5月15日、ロシアの隣国フィンランドは、NATO(北大西洋条約機構)に加盟申請を行うと正式に決めました。翌日、スウェーデンも加盟申請すると正式に表明しました。

【池上】フィンランドの戦時兵力は約28万人で、予備役も含めると90万人になります。今のロシアにはフィンランドやスウェーデンを脅すだけの兵力はなく、加盟を阻止するのは難しいでしょう。NATO拡大を阻止するためにウクライナに侵攻したのに、裏目に出てしまいました。

これを見て、ロシアの隣国ジョージアは南オセチアへ攻め込みたい誘惑に駆られているはずです。ジョージアにも、親ロ派が2008年に一方的な独立を宣言した地域があるからです。「南オセチア共和国」と「アブハジア共和国」です。国際的には承認されていませんから、ドネツク、ルハンスクの両人民共和国と同様の存在です。

南オセチアに駐留していたロシア軍が急きょウクライナ戦線へ投入されているので、取り戻す好機となります。しかし軍事的には取り戻せても、住民には親ロシアの人たちが多いので、その先は見通せません。

もうひとつ注目しているのは、ウクライナの西に位置するモルドバ共和国です。ここにもまた、ロシア系の住民が1990年に独立を宣言した「沿ドニエストル共和国」があります。やはりロシア軍が駐留していますが、活発な動きがあるという程度の情報しか入って来ませんから、ウクライナへ投入されている可能性があります。

【増田】モルドバは、ウクライナと同じく旧ソ連から独立した国で、2020年に女性のマイア・サンドゥ大統領が誕生しました。

【池上】前大統領は親ロ派でしたが、サンドゥ大統領は親欧米で、ロシアに依存する経済からの脱却を目指しています。今年3月には、EUへの加盟も申請しました。この動きは、プーチン大統領にとって認めがたいものです。できれば、モルドバへ取材に行きたいと思っているんです。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=石井謙一郎)

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