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善良で疑り深い40代男性が「銀行口座を騙し取られ、前歴者になる」までの全プロセス

プレジデントオンライン / 2022年5月19日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

「短時間で、自宅周辺でできる仕事」。収入減に困り、そんな副業の求人コピーに目を留めた40代男性。もし怪しい仕事や面倒くさい仕事なら、すぐやめればいい。そう思って始めた結果、男性はまんまと銀行口座を騙し取られ、前歴者になってしまった。善良で警戒心の強い人でも騙されてしまう巧妙な手口とは――。

■「小金もうけ」願望のある在宅ワークの人の落とし穴

「私はただ、ごくふつうの求人サイトを見て、副業に応募しただけなんです……」

都内在住の40代の男性はそう話します。でも、男性はその後、自分の銀行通帳(口座)を騙し取られました。なぜ、そんなことになってしまったのか。

男性は、巧妙な詐欺グループのやり口に、自分と同じようなことを繰り返す人が出てほしくないという思いから、重い口を開いてくれました。

男性は、脱サラして飲食業界で仕事を新たに始めようとしたものの、仕事が少なく収入が減っていくなかで、何か自宅でできる副業はないかと、ネットで上位に出てくる求人・副業サイトを見ていました。すると「短時間で、近所でできる仕事」に目が留まります。

収入事例として「1カ月目は約5万円稼げて、その後は、15万円ほどの収入が定期的に得られる」とあります。そこで住所、名前、メールアドレスを記入して応募すると、さっそく、「山下」と名乗るその会社の担当者からメール連絡がありました。

「ご自宅周辺での作業になり、不動産関連のお仕事です。作業自体は難しくはありません。報酬は期間にもよりますが、月額1万円〜50万円になります。詳しい話をお聞きになりますか?」

自宅ででき、うまくやればコスパの高い副業になるのではないか、と男性が仕事に前向きな返信をすると、詳細な内容が送られてきます。

「ご紹介するのは、秘匿性が高いクライアント先企業の税金・節税対策を手伝う仕事です。あなた様にはまず会社を設立して頂きます。ただし2年後には、税務調査対策のために廃業させて頂きますので、2年間しかできないお仕事になります」

会社を設立して廃業させる……。何やら裏のありそうな案件に思えます。そこで「借金など背負わされる危険などはないでしょうか?」と強い警戒心を持って、男性が尋ねると次のような回答がありました。

「そもそも、新しい会社に誰も簡単に融資などしてくれませんよ。あなた自身が申し込まないと、借金などはできませんから、ご安心下さい」
「でも、2年後に会社を廃業するんですよね。その後のこちらの生活には何か悪い影響が出るのではないですか?」
「いいえ、例えば、個人で借りるローンやクレジットなどに影響はまったくありませんので、どうかご心配なさらないで下さい」

その後も男性は時間をかけて、あらゆる角度から質問しましたが、すべてのことに丁寧に答えてくれる姿勢に警戒心が徐々に緩み、「この人に任せれば大丈夫だろう」という気持ちになっていったといいます。

そして頃合いを見はからうかのように、「詳しい説明を電話でさせて頂きたいと思いますが、いかがですか?」と尋ねてきました。男性は話だけでも聞いてみようと思い「はい」と返信します。万が一、途中でヘンだなと感じたら、その時点で断ればいい、と。

■副業で最高月50万円稼げるかもしれない……

ここまでのやりとりにかかった期間は1カ月。騙す側は拙速ではなく、じっくりと攻めてきます。本人がやる気になるまで、親身な対応をして待ち続けるのです。

後日、これまでメールでやりとりしていた「山下」とは違う「安部」という男性から電話がありました。

「すでに、山下から説明されていると思いますが、あなた様が代表になって会社をつくってもらいます。そこに節税したい企業のお金を流して、取引があるようにします。その際、赤字経営の形にしますので税金などは、一切、かかりませんので、ご安心下さい」

この時、架空の取引を装うなど「グレーな仕事かもしれない」との思いが頭をよぎったといいます。

しかし安部は、その気持ちを見透かすように「実は、どの企業も節税対策としてしていることなんですよ。税務署に何か指摘されるようなこともありませんので、ご安心ください。当社では、専任の税理士や行政書士、司法書士と共に、長年こうした業務をさせていただいております」と話します。

それを聞いた男性は「税理士、司法書士などが絡み、どこの企業もしているのなら、大丈夫なのかもしれない」と思っていると、安部からは「具体的に、お仕事を進めてもよろしいですか?」との問いが投げかけられます。

男性はそれに「はい」と答えてしまいます。

当時の気持ちを振り返り「企業の節税対策はよく聞く話でした。会社をつくり、節税の手伝いをするくらいなら問題はない。もし、自分自身のお金を投入してほしい、といった流れになったら、即刻やめようという気持ちで、やってしまった」と後悔を口にします。

その後、会社設立に向けての指示がきます。

「印鑑証明書を取り、携帯カメラで撮影して送って下さい」

男性が送ると「確認がとれましたので、これより書類作成へ入ります」との連絡があります。

さらに「資本金は**万円です。ご自身の口座に、建前上、その金額を預け入れして下さい。そして、通帳の表紙、見開きの1ページ目と最後の残高ページのコピーをとって下さい。その後、お金は引き出してしまって構いません。これは法務局へ提出する書類となります」

キーボードでの入力
写真=iStock.com/Nicholas77
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nicholas77

数日後、男性の元には、必要箇所がすでに記載された法人登記の申し込みの書類や、法人の印鑑、電子化された定款(CD-ROM)が郵送で届きます。

これを見た男性は「会社は、植物の名前になっていて、雑貨の販売をする事業内容になっていました。お金を騙し取られるどころか、向こうがこれだけの手間と金を使って、書類などをそろえているのだから、しっかりとした仕事で、事前に伝えられていた報酬額を払ってくれるのだろうと、不安が消えた思いだった」と話します。

1カ月目は数万円ですが、翌月以降からは約15万円、その後も月を重ねるごとに増えていき、最終的には50万円以上となる。そんな報酬も魅力的なものに映ったのでしょうが、よもや詐欺行為に巻き込まれるとは、考えてもいなかったのです。

そして法務局に向かい、一連の資料を提出します。登記には数万円が必要でしたが、報酬のなかに後で含まれるということで立て替えます。

安部からは「1〜2週間後に、登記が完了しますので終わりましたら、再び法務局で法人印鑑証明書などを取得した後に、税務署にも行き、それらの書類の提出をして、書類の控えをもらって下さい」

男性は税務署に赴き、法人設立届出書などを提出して、控えをもらいます。

■「キャッシュカードをお預かりします」なぜ承諾したか

しかしここまでは、詐欺グループの事前準備にすぎません。ここからが詐欺行為の核心だったのです。

「それでは、税務署でもらった資料を持って、銀行に行き、法人名義の口座の開設をお願いします」

男性の近所にある複数の銀行に行くように指示します。その時、銀行への対応マニュアルも指示されています。

「事業内容の質問は必ずありますので、しっかりと答えられるようにして下さい。特に、会社名は何も見ずにスラスラと書けるようにして下さい。もし海外送金はするかと尋ねられたら、『しない』と、答えて下さい」など、事細かに問答が指示されます。

その時、男性が驚いたことがあるといいます。

「安部からは、『すでにホームページがありますので、銀行にはURLを伝えて下さい』ということでした。見ると、すでに通販サイトが作られていたのです。会社概要の代表者には、私の名前。インテリア系の商品を扱うネットショップでした」

さらに男性は、今後の事業展開として「アマゾン・楽天などにも出店を考えていると話すように」とも言われたといいます。

こうして男性は、指示された複数の銀行に法人名義の口座を作りました。

さらに指示は続きます。「会社としての取引なので、1日当たりのキャッシュカードのお振り込み・お引き出しの限度額の引き上げを窓口にて行うように」と言われて、再度、彼は手続きをします。

ある銀行では、振り込みを*千万円に、そして引き出しを*百万円に引き上げました。

すべての作業を終えて、しばらくすると男性の元にキャッシュカードが届きます。

クレジットカードとノートパソコン
写真=iStock.com/kyoshino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyoshino

それを告げると、安部は「クライアントの配送スタッフが取りに伺います」と言いました。一瞬、男性の反応がなかったのを察したのか、「私どもの会計士が帳簿をつけながら、現金の預け入れ・引き出し・振り込みをしていくので通帳を預かります。2年後の廃業時には返却しますので、ご安心して下さい」と付け加えます。

「どうしても、渡さなくてはできないものか?」と尋ねましたが、「はい。実際に現金をATMから預け入れたり、出したり、通帳にメモしたりすることもありますので」と言われて、自分のお金は口座に入っていないし、これまでの話のなかで安心感を覚えていたため、暗証番号までも伝えてしまいます。

そして、やってきた20代ぐらいのスーツ姿の男に、通帳、カードを入れた紙袋を渡します。

■結局、副業の収入は得られず、銀行口座を騙し取られた

手間暇かけて、信頼を勝ち取り騙すのが、詐欺の手立てです。

その後、報酬の受け取りについて、男性は確認するべく何度かメールを送りますが、「後でお伝えします」との返信がありましたが、その後の連絡はなく、安部の会社に電話をかけても通じなくなります。結局、報酬を受け取れないまま、2カ月ほどがたち、男性の心に不安と焦りが生まれます。「信じたくないが緻密に仕組まれた詐欺だったのかもしれない」と。実際、その通りだったのです。

男性はこう反省の弁を述べます。

「銀行口座の売買が詐欺グループで行われて、闇の情報サイトを通じて、犯罪に手を染めてしまう人がいることは知っていました。しかし、それは自分とは関係のない世界の出来事でした。まさか自分のところに、しかも時間をかけて、あんなにも手の込んだやり方でやってくるとは、思いもよりませんでした」

「自分は犯罪行為をしてしまった」。そう考えた男性はすぐに警察へ相談に行き、一連の経過を話します。

当然、自分が利用する目的以外で、不正に銀行口座を作っているので、犯罪行為に問われる可能性があります。警察からも「何かしらの罰は受けてもらうことになるだろう」と言われ、何度も、何日も長時間の聴取を受けました。

男性は警察に「口座は詐欺に使われていないか?」を尋ねましたが、現状そうした被害は入っていない」と聞き、少し安心したといいます。当然、銀行にはすぐに警察から連絡が入り、口座が凍結されました。

話にはまだ続きがあります。警察の聴取から2年が経過した頃です。

「もうすべて終わったと思っていました」と男性は話します。しかし突然、別の管轄の警察から電話があり、刑事らが自宅にやってきました。どうやら男性が過去に開いた口座に「1件入金があった」というのです。

高齢者が多額の金を騙し取られたのか……。「血の気が引いた」と言います。おそるおそる被害について尋ねると「当たる馬券の情報があるといって、1万円ほどを振り込んで被害にあった男性がいた」との答えが返ってきます。

警察関係者も「被害額は小さいけれど、念のために調べている」とのことでした。この時、男性の口座が競馬情報詐欺に使われていたことを知ります。

競馬新聞と赤鉛筆
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

「会社名は植物の名前と思っていましたが、調べると、競走馬の名前ということがわかりました。刑事さんからは、『あなたの一件は書類送検後に不起訴になったようだ』と言われましたが、当然、前歴がつきました」と、悔やむように話します。

詐欺グループは騙しのプロです。言葉巧みに詐欺行為に加担させるのもプロです。

「言い訳になるかもしれませんが、最初に求人サイトを見た当時、収入が少なく家賃や日々の生活費などで毎月赤字がかなり出ていました。お金に困って視野が狭くなり、正常な判断ができなかったのかもしれません。それまでは、絶対に、自分は詐欺に騙されないと思っていました。しかし、詐欺師はその想像を超えてやってきた。しかも自分が被害者ではなく、加害者にもなってしまう。法務局への申請、法人印鑑、WEBサイトの制作、電子定款などをそろえてやってくる。詐欺グループの恐ろしさ、プロの手口の恐ろしさを思い知りました」

コロナ禍で金銭的に困窮している人が多くいます。そうした人たちを狙って「簡単に稼げるよ」と副業を釣り餌にして、犯罪グループはやってきます。

今、在宅ワークが広がり、ネットと電話だけでつながり、仕事の請負をすることも珍しくありません。しかしこうしたなかには、詐欺まがいのものも多くあります。もしグレーゾーンかもしれないと思ったら、ちゅうちょなく断る。それが、自分自身の身を守ることにつながります。

犯罪に手を染める人たちが陥りがちなのですが「ちょっとくらいの嘘や不正なら」との気持ちが、闇に引きずり込まれてしまう一歩になってしまいます。くれぐれもグレーな仕事だと思った時点で断って下さい。その先には底知れぬ、犯罪の闇が待っています。

生活費に困って、闇金などにお金を借りる人もいる一方で、軽い気持ちでネット上のやりとりで、案外、今回のような副業に手を染める人は多くいます。持続化給付金詐欺に手を染めた人が多くいたことからも、わかります。この時も副業から手を染めた人もいました。

■コラム:詐欺グループは銀行口座をどう不正取得するか

昨年度(令和3年)の特殊詐欺の被害額は、警察庁発表によると、約278億円で、1日あたり約7620万円になっています。特に、激増しているのが、還付金詐欺です。被害額は約45億円で、前年度比の20億円以上の81.2%の増加というすさまじい数字になっています。要因はさまざまにありますがその一つに不正口座の売買がかなりの数、横行していることがあります。

ご存じのように還付金詐欺は「あなたには、保険料の過払いがあるので、戻します」と言って、高齢者をATMに誘導して逆にお金を振り込ませますが、振り込む先にあるのは、不正に取得された銀行口座です。詐欺が発覚して警察がいくら口座を止めても、詐欺グループはおびただしい数の口座を持っているので、それを次々に繰り出してきて、被害が起きるという悪循環が続いています。

銀行口座の通帳
写真=iStock.com/utah778
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/utah778

口座取得の方法はさまざまですが、よく知られるのは「口座を高値で買います」という闇バイトの書き込みです。また闇金業者が高利の金を払えない人に、キャッシュカードや通帳を渡すように言ってくることもあります。いずれにしても、お金に困っている人が狙われています。しかし最初から悪事に使われるとわかっていて、良心の呵責(かしゃく)を感じずに口座を渡す人の数は限られています。

そこで詐欺グループは考えます。

ネット上には、多くの副業情報が載っていますので、そこに詐欺グループは紛れ込みます。

その情報はどこにでもあるような募集に見えますので、応募者はまさか、それが犯罪行為につながるとは思わないまま話を聞くことでしょう。人は会話の交流が長く続くほど、相手の話を断り切れなくなります。そして良心の呵責をあまり感じさせないままに、なし崩しで、犯罪行為へと駆り立てるのです。

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多田 文明(ただ・ふみあき)
ルポライター
1965年生まれ。北海道旭川生まれ、仙台市出身。日本大学法学部卒業。雑誌『ダ・カーポ』にて「誘われてフラフラ」の連載を担当。2週間に一度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。これまでに街頭からのキャッチセールス、アポイントメントセールスなどへの潜入は100カ所以上。キャッチセールスのみならず、詐欺・悪質商法、ネットを通じたサイドビジネスに精通する。著書に『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』、『迷惑メール、返事をしたらこうなった。』、『マンガ ついていったらこうなった』(いずれもイースト・プレス)などがある。

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(ルポライター 多田 文明)

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