日本の皇族には「基本的人権」がない…その恐ろしい事実に日本人がまるで違和感をもたない根本原因
プレジデントオンライン / 2022年5月25日 12時15分
※本稿は、佐藤直樹『「世間教」と日本人の深層意識』(さくら舎)の一部を再編集したものです。
■キリスト教の普及で「個人」の意識が誕生した
法律上の「契約」という概念があります。
これは『新約聖書』や『旧約聖書』にあるように、神との約束が原型です(『新約』は神との新しい約束。『旧約』は古い契約の意味)。
法律上の契約は、そこからきているといわれています。
欧米の場合、キリスト教が、近代法が成立するときに大きな影響を与えました。
またアメリカ憲法修正1条では、「政教分離」や「宗教の自由」や「表現の自由」がうたわれています。
あれは明らかに、キリスト教の自由な布教のために、国家権力にその活動を邪魔されないようにすることを意味していると思います。それがアメリカ憲法に反映された。
憲法の基本的人権がそこから生まれてきたわけです。人権は、個人とワンセットになっているものです。
■日本では「個人」と「社会」が生まれなかった
では、個人が生まれなかったのは、日本だけなのでしょうか。
世界標準は「一神教」といっていいと思います。一方、日本は「多神教」で、宗教的なあり方が異なっています(とはいえ、本書は「世間教」というある種の一神教である、という立場で述べていますが)。
「社会」は、基本的に一神教を基礎にしてつくられています。おそらくイスラム教でも、神様との関係で個人が形成され、それで社会ができてきたという歴史があると思います。
中国は儒教の影響がありますが、中国人はものすごく自己主張が激しい。あれは、個人だと思います。インディビジュアルです。そういう意味では、やっぱり中国も「社会」なのだろうと思います。
韓国は3分の1がキリスト教徒です。つまり個人。韓国は儒教の影響もありますが、一神教の影響がものすごく強いところではないかと思っています。ですから個人と社会が生まれたのは、キリスト教の普及の影響が一番大きい。
そしてもう一つは、「都市化」です。農村が解体して、農村の次男、三男が都市に流れていき、いろいろな仕事を新たにはじめました。都市でさまざまな人間関係を新しくつくっていくことになり、社会が形成されるきっかけになります。
都市化は、日本にもやはり同じようにありました。
第二次大戦後、集団就職で上京する若い労働者を「金の卵」といったりしましたが、その日本になかったのはキリスト教です。キリスト教が支配するという伝統が、歴史の中で日本にはありませんでした。そのため、個人と社会が生まれず、「世間」は維持されていったのです。
■明治になってようやく近代法が入ってくる
統一国家が成立する前の中世ヨーロッパは、法分裂の時代であるといわれます。
法は地方法、領邦法、都市法、家人勤務法、荘園法などに分裂し、同じ地域に種々の法が並立して存在していた。とにかくいろいろな法律があったわけですが、その後近代国家に統一されてゆく過程で整理され、憲法などの近代法ができます。
一方、日本でも江戸時代には、幕府の武家諸法度とか、伊達藩など各藩が定めた藩法もありました。が、これらは一応法とはいえますが、近代法とはまったく別のものです。
すでにふれたように、日本に近代法が入ってくるのは明治時代です。
■現在の日本に「人権はない」といえるワケ
近代法の重要な概念として、「権利」や「人権」という言葉がありますが、「権利」という言葉は「Right」の翻訳で、「Human rights」が「人権」です。
江戸時代にはなかった言葉・概念ですから、それを翻訳したわけですけれども、では、現在の日本に権利、人権があるかといわれれば、はっきりいって、ないと思います。
辞書を引けばすぐわかりますが、英語の「Right」は、権利以外にもう一つ「正しい」という意味があります。「You are right.」といったら、「あなたは正しい」。権利を持っているだけで正しいわけです。
でも、そういうニュアンスが日本語の権利の中にはない。人権ももちろん「正しい」権利です。
■「感染者差別は人権侵害ですよ」が通じない
ところが日本人の感覚では、「あいつは権利ばっかり主張する嫌なヤツだ」みたいな言い方をふつうにするわけです。日本語の権利には「正しい」というニュアンスがほとんどない。
それゆえ、人権にも「正しい」というニュアンスがない。「人権屋」などと蔑むような言い方をしたりします。
プロローグで、長電話をするドイツの男性が「私には権利がある」といったエピソードを紹介しましたが、日本人はふつう生活の中で「私は権利を持っている」とはいわないし、ましてや「あなたには権利がある」なんていいません。
そこが、個人と社会のあるエリアと全然違うところで、依然として、本来の意味での「人権」とか「権利」という概念が定着していない。
いくら法務省が「感染者差別は人権侵害ですよ」といっても、誰もそんなことは信じていない。困ったことに、そういうことが日本では依然として起きているのです。
■法律よりも世間のルールが大切
現代の日本は、人権侵害が頻発するような状態になっています。
やはり法律より「世間」。人々は「世間のルール」を信じているので、「人権侵害」といわれても、そんなことはまるで念頭にない。
日本人が人権という言葉を本格的に聞いたのは、憲法の「基本的人権」によってでしょう。それまでは、一般的ではなかったし、憲法自体も、敗戦によって、いわば上から降ってきた憲法です。人々が勝ち取ったものじゃない。
フランス革命も、アメリカの独立革命もそうですが、憲法というものを彼らは血を流して勝ち取っています。血で血を洗う争いをやって勝ち取ったという意識が、いまだに非常に強い。だから権利を侵害されたとなれば、デモなどで徹底抗戦するのです。
日本人はその感覚が全然ないわけです。これは当たり前といえば当たり前の話で、「世間教」を信じるこの国では、初めから「法のルール」というものはタテマエだったのです。当然のことに、憲法の基本的人権だっていまだにタテマエなわけです。
■日本の皇族には基本的人権がない
日本の皇族には、基本的人権がありません。また天皇・摂政だけですが、犯罪をおかしても訴追されません。
秋篠宮家の長女、眞子さんの結婚の際には、外野がやめろ、やめろ、許さない、みたいに大騒ぎをしましたが、そういうこと自体が基本的人権の侵害ではないのでしょうか。
日本には皇室があり、イギリスには王室があります。天皇制は他の国の王室となにが違うかというと、歴史の長さが違うというのが一つあります。
もう一つは神との関係です。エリザベス女王にはイギリス国教会というものがあって、神が存在します。一神教ですから、神は一人しかいないし、当然のことながら女王は神ではない。
ところが、戦前の天皇は「現人神(あらひとがみ)」だった。これは、「この世に人となって現れた神」という意味で、人間ではなく神そのものだったのです。天皇という存在が頂点にあって、それと一体になっているのが「世間」です。
「世間教」の教義の一つに、「身分制」ルールがあります。
この身分制の中で、一番身分が高いのは天皇。そこからミルフィーユみたいに、重層的にずっと下まで、上下の身分というものが積み重なっている構造になっているのが日本です。そのいちばん下に存在しているのが被差別部落の人々となる。
「世間」においては、天皇と被差別部落が表裏一体となっているのです。部落問題の根底には、「世間教」の「身分制」が存在しているわけです。
■法律的に矛盾を抱える天皇制
ところで、憲法の1条から8条までは天皇の話ですが、この部分で例えば2条には、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とあります。つまり、天皇というお仕事は世襲であるといっている。
ところが、同じ憲法にある「職業選択の自由」を規定する22条は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とあります。
そうすると天皇は自由に自分の職業を選べないのだから、天皇の世襲制を規定する2条は、22条の「職業選択の自由」に反しないのか。
これは日本の憲法の中に、世襲制という本来は「世間のルール」であるものと、基本的人権としての「職業選択の自由」という「法のルール」が、矛盾をかかえながら混在していることを意味していると思います。
なぜ天皇だけそんな特別扱いをするのか。天皇は「世間のルール」である「身分制」の頂点に立つ、そういう特殊な存在だからです。日本の天皇制というものは、非常に不思議な制度です。そこのところが、他の国の国王とは決定的に違う点です。
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九州工業大学 名誉教授
1951年、宮城県に生まれる。九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。英国エジンバラ大学法学部客員研究員、福岡県立大学助教授、九州工業大学教授などを経て、現職。専門は世間学、現代評論、刑事法学。著書に『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史との共著、講談社現代新書)、『「世間」の現象学』『犯罪の世間学』(以上、青弓社)、『暴走する「世間」で生きのびるためのお作法』『目くじら社会の人間関係』(以上、講談社+α新書)などがある。
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(九州工業大学 名誉教授 佐藤 直樹)
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