「小室圭さんがパラリーガルのままでもよいですよ」秋篠宮さまが眞子さんの結婚相手に望んでいたこと
プレジデントオンライン / 2022年5月18日 17時15分
■家族ぐるみの付き合いがある元記者が描いた実像
話題の本『秋篠宮』(小学館)を読んでみた。
著者の江森敬治氏は元毎日新聞記者で、社会部宮内庁担当や編集委員を経験して、今年3月に退社してフリーになった。
著書には『秋篠宮さま』(毎日新聞社)や『銀時計の特攻 陸軍大尉若杉是俊の幼年学校魂』(文春新書)などがある。
秋篠宮と親しくなるきっかけは江森氏の妻にあったという。今から約40年前、大学を卒業した江森氏の妻は、学習院大学経済部で川嶋辰彦教授の副手をしていたそうだ。
川嶋教授の研修室には、川嶋夫人やセーラー服姿の紀子さんもよく顔を出していたため知り合い、仲良くなったという。
江森氏は川嶋教授とタイ北部の山村を訪れ、寝食を共にしながら川嶋教授が国際ボランティア活動にかける情熱を間近で見たこともあったそうだ。江森氏が結婚する際は仲人をお願いしたという。
秋篠宮と初めて会ったのは、紀子さんと結婚した翌年の1991年2月。秋篠宮夫妻が京都へ来ると聞き、江森氏は京都支局にいて、妻と一緒に宿泊先を訪ねたときだったそうだ。
以来、秋篠宮との個人的な付き合いは31年を超えた。宮内庁担当記者だったころ、誕生日前の記者会見で記者から毎回、「この一年を振り返って感想を」と聞かれるが、「漠として一年の感想をと言われても困ります」と、困惑した顔で江森氏に話しかけてきたというから、秋篠宮の相当な信頼を得ていたようである。
■婚約内定に「おめでとうございます」と挨拶すると…
江森氏は秋篠宮をこう見ている。
「彼は秋篠宮としての特別な立場をなんら疑いもなく素直に受け入れるのではなく、自分をあくまでも客観的にとらえようとしていた。その姿に、私は新鮮な驚きと誠実さを感じた。皇族である前に一人の人間である――」(同書より)
この本全体も、人間・秋篠宮が何を考え、何に悩んでいるのかを読者に伝えようというトーンで貫かれている。
第1回のインタビューが始まったのは2017年6月。秋篠宮眞子さんと小室圭さんの婚約がNHKでスクープされた直後であった。
来客用の応接室で待っていると、スーツ姿でネクタイを締め、髪を黒く染め上げた秋篠宮が入ってきた。江森氏は婚約内定の祝意を伝えるために「このたびはおめでとうございます」と、“注意深く”挨拶したという。
「なぜ注意深くしたのかといえば、秋篠宮が眞子内親王の相手男性に対して不満を抱いているかもしれないと思ったからだ。男性へのバッシングが既に始まっていた」(同)
だが秋篠宮はにこやかで、婚約内定を喜んでいると感じたそうだ。今回の結婚に反対されたことはないかという問いには、「反対する理由はありません」ときっぱり答えた。
そして憲法二十四条を持ち出したというのである。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と書かれてある。自分は立場上、憲法を守らなくてはいけない。したがって、2人が結婚したいという以上、ダメだとはいえないというのである。
■「憲法に書いてあるから」は心からの祝福なのだろうか
その後の誕生日会見でも、秋篠宮は憲法を持ち出して「反対はできない」というのだが、私には以前から違和感があった。
戦後といわれていた時代なら、息子や娘が結婚したいというのを、親が反対すると、「お父さんは古い。憲法にだって書いてあるじゃないか」と反撃をされ、親が渋々承諾するということはよくあった。
だが今では、娘の結婚相手を父親が、「憲法にはそう書いてあるが、あの男はカネにだらしなくていけない。結婚を考え直したほうがいい」というのではないか。それでも親の意見などどこ吹く風で結婚してしまうケースはよくあるが。
私は憲法を遵守する。ゆえに、2人が結婚したいのなら反対はできませんというのは、心からの祝福ではなく、親としての責任を“放棄”してしまっていることにならないのだろうかと、以前から疑問に思っていた。
相手の男性がパラリーガルで年収が300万円ほどではないかと、懸念する記事もあるが、江森氏が定職について確認しようとすると、「今のお仕事が定職ですよ」「パラリーガルのままでもよいですよ」と気にしていなかったという。
秋篠宮は、眞子さんも働くとか、東京都心は家賃が高いから近県の賃貸マンションを探して住むとか工夫すればいい。「二人が身の丈にあった生活をすればよいのではないでしょうか」と率直に語ったという。それでいえば、世界一物価の高いニューヨークに住み、高額な家賃を払う生活をしている眞子さん夫妻は「身の丈にあってない」生活をしていることになるのだろう。
■小室圭さんについて「身元調査をしなかった」理由
興味深いのは、江森氏が、秋篠宮が結婚するときは紀子さんの身元調査をしたそうだが、今回は相手の男性の家庭状況などを事前に調べたのかと聞いたときであった。答えづらそうに少し間をおいてから、
「事前に、宮内庁には調査を依頼しなかった。しかし、宮内庁と関係がある人物には相談していた。週刊誌報道で伝えられているような内容はやはり把握できなかったという」(同)
個人情報がいろいろとうるさい時代なので、調査すること自体に問題があるともいったそうである。
これは私の推測でしかないが、宮内庁長官は歴代、警察出身者が多い。この宮内庁と関係がある人物とは、警察関係者ではないか。だが、彼らをしても、小室圭さんの母親と元婚約者の金銭トラブルというごく私的な問題は把握できなかったのだろう。
小室圭さんは、婚約内定会見で、記者から、「ご自身の性格についてどう思うか」と聞かれ、こう答えている。
「性格でございますが、ひと言で申しますと、単純ということになると思います。どちらかと言えば、鈍いほうかもしれません」
江森氏は「不思議とその言葉が耳に残った」と書いている。
謙遜していっていたのかと思ったが、今振り返って、その後の彼の生き方を見ていると、どうやら、正確に自分の性格を見抜き、正直に答えていたように思える。
■金銭トラブル報道後、面会に身構えていると…
“世間”も2人の婚約を寿(ことほ)ぎ、順調かに見えた。2018年には結婚すると記者たちも思っていた。だが、17年の末に、週刊女性が小室さんの母親と元婚約者との金銭トラブルを報じると、「風向きは瞬く間に変わった」(同)
年が明けると、週刊文春や週刊新潮も報じ始めた。その直後に、江森氏は秋篠宮と会っている。秋篠宮はどんな表情で現れるのかと思っていたが、普段と変わらない穏やかな表情で現れ、拍子抜けしたという。
しかし、金銭トラブルについては、問いかけても何も答えなかった。
後で分かるのだが、そのときすでに秋篠宮は、「結婚を延期する」という決断を下していたそうだ。
2018年2月6日、宮内庁が延期を発表した。同じ月に、江森氏は秋篠宮を訪ね、結婚延期はいつ決めたのかを聞いている。
秋篠宮は、1月初旬には決めていたらしい。延期は眞子さんのほうから提案されたものだった。“男性”からは説明したいという申し出があったが、秋篠宮は、娘から聞くから結構だと断ったという。
それでも江森氏に対して秋篠宮は、「二人はそれでも結婚しますよ」といったというのだ。
「今回の発表は結婚の再検討ではなく、結婚準備に時間が必要なため、延期を決めただけだという。だから、本人たちの結婚の意志は変わらない。二〇二〇年に二人は結婚すると彼は平然と言った」(同)
■小室母子に何度要求しても…秋篠宮さまが見せた静かな怒り
元々秋篠宮は、結婚の発表は17年秋を考えていた。それまでに新居のこととか将来の生活設計についてある程度決めておく予定だったが、それが、NHKのスクープにより準備作業がストップしてしまったため、再来年にしたというのである。
だが、秋篠宮はつぶやくようにこうもいったという。
「先のことは、誰にも分かりませんからね」
このままズルズルと娘をあの男と結婚させていいのだろうか。1人の年頃の娘を持つ父親として悩んでいたのであろう。
そのことは、次の訪問で明らかになる。
「突然、『これだけ週刊誌でいろいろと書かれているのだから――』と雄弁に語り始めた。(中略)書かれている金銭トラブルは全て、小室家の話だ。秋篠宮家は、まったく関係ない。だから、きちんと国民に対して説明するように本人に話してある……』
秋篠宮が小室圭への不満について、自分から進んでしゃべったことはこれまでなかった。何かが彼の中で大きく変わったようだ」
江森氏によると、小室圭さんはもちろんのこと、彼の母親も何度も呼び、国民に対してきちんと丁寧に納得のいく説明をせよと要求したという。そしてこういった。
「今のままだと納采の儀は行えません」
その年の11月の誕生日会見で、そう語ったが、7カ月も前から秋篠宮は決意していたのだ。
だが、秋篠宮が投げたボールが、小室圭側から返ってくることはなかった。それだけではない。アメリカで弁護士資格を取るために、ニューヨークへ“逃げ”てしまったのだ。
そうした相手側の対応に業を煮やしたのだろう。11月の誕生日会見で秋篠宮は、相応の対応をして、多くの人が納得し、喜んでもらえる状況にならなければ、納采の儀は行えないといい切ったのである。
■割り切れない態度が国民からの批判を招いてしまった
いくら鈍い人間でも、秋篠宮の怒りは分かったのだろう。翌年1月に小室圭さんは、「金銭トラブルはすでに解決済み」という、秋篠宮の心を逆なでするような文書を出すのである。
秋篠宮は、この文書をどう思うかと聞いても、口を開かなかったそうだ。それは、眞子さんの気持ちには揺るぎがないことを物語っていたと江森氏は推測している。
あのような無責任な男のことを思い切れない娘に、諦めにも似た感情が秋篠宮の中にあったのかもしれない。
2021年4月に、小室圭さんは膨大な文書を公表した。そこで自分側のいい分を詳細に書き連ねてはいるが、金銭トラブル解決が頓挫していることも明らかにしていた。
江森氏は、この問題に強い関心を持っている理由を2つあげている。1つは、特別な立場だと見られている秋篠宮も、娘の結婚問題では苦悩していること。2つ目は皇族という立場にあっても、秋篠宮も国民と地続きの葛藤を抱えていることを知ってもらって、皇室をより身近に考えてもらいたかったというものだ。
江森氏のいうとおり、娘の結婚問題で、秋篠宮がうまく立ち回れたとは、私も思わない。
失礼だが、秋篠宮の優柔不断とも思えるやり方が、娘を頑なにし、国民からは、もっと毅然と対処すべきではないかという批判を招いてしまったのではないか。
■結婚問題が混迷したのは「恋愛の不自由」のせい?
江森氏は、この結婚問題が混迷を深めてしまった背景に、眞子さんの恋愛の自由が制限されていることが根差しているのではないかと見ている。
外出すれば国民の目やマスコミに注目される。どこへ行くにも警護がつく。こうした環境では、彼女が異性と交際を楽しんだりするチャンスはかなり限定されたものにならざるを得ない。
もし彼女に一般女性のような恋愛の自由が認められていたら、心に余裕ができ、親の意見に素直に耳を傾けていたのではないかというのである。
そういう一面は確かにあるだろうが、それが、この結婚問題を拗(こじ)らせた大きな要因だとは、私は考えていない。美智子上皇后、雅子皇后や秋篠宮紀子妃のように、一般人から皇室へ入った人は、四六時中衆人環視の中にいる生活に慣れるのは大変だったと思う。
だが、皇室に生まれた人たちは、われわれが思っているほど「自由がない」とは考えないのではないか。たしかに、学校の友達と遊べない、同年代の異性との出会いや付き合う機会が少ないという“不満”があるのは分かる。
江森氏は、「彼女を取り巻く環境や皇室制度そのものが、もはや今の時代にそぐわなくなっているのではないか」と問題提起している。
憲法で定められた「象徴天皇制」が時代と共に変化し、いまの時代にそぐわなくなっているのではないかと、私も思っている。
サンデー毎日(5月22日号)で元毎日新聞の皇室記者で、成城大学の森暢平教授もこう書いている。
■「開かれた皇室」を閉ざそうとする宮内庁にも問題がある
「戦前の天皇制のあり方の反省のうえに成り立つ日本国憲法は、皇室を封じ込める機能を果たしてきた。しかし今、憲法は天皇・皇族の人権を侵害するものとなっている。(中略)眞子さま問題が明らかにしたのは、憲法の矛盾だ。天皇・皇族は、生身の人間である。恋もすれば、意見もある。その自由をどう考えるのかという議論が、今、必要ではないか」
いま一度、ここで立ち止まって、象徴天皇制とはどうあるべきなのか、皇室と共にわれわれ国民も原点に立ち返って考え、議論してみる必要があるというのは、その通りである。
さらなる問題は、宮内庁が、美智子上皇后が努力してきた「開かれた皇室」を、閉ざそうとしていることではないかと、私は考えている。
門戸を閉ざし、国民との距離を離そうとするから、国民は好奇心を掻き立てられ、彼ら彼女たちの一挙手一投足に注目し、週刊誌報道まで貪り読むのだ。
現在の天皇が皇太子時代、1960年9月5日号の週刊新潮は「殿下、ズボンが太すぎます」という特集を組み、当時の山田東宮侍従長がフランクにロング・インタビューに答えているが、これが実におもしろい。
宮内庁は、皇室と国民の距離を縮め、彼らにも同様の悩みや喜びがあることを知ってもらう努力をするべきだと思う。
■「やっぱりね、私みたいに怒りっぽい父親だと…」
眞子さんの結婚問題以外にも、この本の読みどころはいくらもあるが、私は、ところどころに秋篠宮の人間としての「素」がにじみ出ている個所を興味深く読んだ。
長女や次女との接し方については反省するところが少なからずあるとして、
「やっぱりね、私みたいに怒りっぽい父親だと……」
続けて、声を絞り出すように、
「よくないですね、そこはね」
私も子どもたちにはすぐにキレる嫌なオヤジだった。今さらだが、秋篠宮が後悔している気持ちはよく分かる。
こんなことも漏らしている。
「今度、生まれてくるとしたら、人間ではなく、ヒツジがいいかもしれない。ヒツジになってひねもすのんびりと草をはんで……ヒツジに生まれてきたら、なんとなく楽しいかもしれない」
失礼だが、秋篠宮とヒツジというのはよく似ているような気がする。皇室のしきたりや、身内の結婚問題に煩わされないで、のんびり空でも眺めていたい。その気持ちもよく分かる。
これまでも三笠宮寛仁親王がインタビューに答えたり、その長女の彬子女王が留学のときのことを出版したりしたことはあったが、皇嗣という立場の人間が、自分の内面の悩みを含めて、率直に語ったというのは、私が知る限りなかったと思う。
やや秋篠宮に肩入れしすぎるきらいはあるが、皇位継承順位第1位にある重要人物の肉声を記録した、第一級の貴重な時代の証言であることは間違いない。
秋篠宮も、このインタビューが出版され、多くの国民が読むことを前提に話しているとは思うが、彼の人間性を知る上でも、皇室と国民のあり方を考えるうえでも必読の書である。
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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