「お寿司やパンやパスタを諦めても、健康になれるかわからない」現役内科医が警鐘鳴らす"危険な糖質制限"
プレジデントオンライン / 2022年6月1日 12時15分
■食事法の「デメリット」は個人差が大きい
ちまたには、健康によいとされる食事の情報があふれています。でも、その情報の質はさまざまで玉石混交です。だいたい食事が健康に与える影響は小さく、治療薬の研究に比べて、短期間の研究では明確な結論が出にくいという特徴があります。だから「健康にいい食事法」に関しては、言ったもの勝ちという面があります。常識から外れた食事法のほうが注目を集めやすいことも忘れてはいけません。よく目や耳にする食事法は、十分なエビデンスに支えられているからではなく、目新しいから話題になっているにすぎないかもしれません。
そして、食事が健康に与える効果は小さいからこそ、どんなに健康によい食事法でも持続できなければ、効果が期待できません。ところが食事は好みの個人差が大きく、ある人には無理なくできる食事法でも、別の人には継続困難な食事法だったりします。好きなものが食べられないこと、継続困難な食事法を続けることは、生活の質を落とします。食事法のデメリットはしばしば軽視されていますが、医療全般において医療介入を行うかどうかをメリットとデメリットのバランスで決めるように、我慢に見合うだけの健康が得られるかどうかも考えなければなりません。
言い換えれば、食事法のデメリットは個人差がきわめて大きいのです。その食事法がどのくらい生活の質を落とすのか、その食事法にどれぐらいデメリットがあるかどうかは、あなた自身がよく知っています。よしんばメリットがあるとしてもデメリットが大きい食事法をわざわざ選ばないほうがいいでしょう。
■「糖質制限食」は簡単そうだから流行する
さて、数ある食事法の中でも、糖質制限食はずっと人気のある食事法です。十数年以上前からあるので、もはや流行の食事法ではなく、定番の食事法になったといっても過言ではないでしょう。こうして糖質制限食が流行し続ける一因はわかりやすさにあると思われます。「糖質を避けさえすれば健康になれる、やせられる」という主張は簡単明瞭で理解しやすいのです。また実行するのも簡単そうだからでもあります。
そもそも、糖質というのは、食物繊維以外の炭水化物のこと。砂糖のほか、米や小麦といった穀物、芋などに多く含まれています。糖質制限食では、この糖質――つまりごはんやパンなどの主食や甘いものの摂取量を制限して、魚や肉、野菜などを多く摂取します。糖質制限食では、タンパク質や脂質は制限なくいくらでも食べてもよいとされていることが多いようです。
■プレーンヨーグルトや牛乳までカットするのはやりすぎ
中には、糖質制限をしているのに体重が減らないことを、主食以外の糖質の多い食材から「隠れ糖質」を摂取しているからだとみなす医師もいるようです。ジャガイモやカボチャの主成分が糖質であり、食べすぎるとやせられないというのはわかります。
しかしプレーンヨーグルトや牛乳まで「隠れ糖質」としてカットすべきだというのは、厳しい制限だと私は思います。いろいろ制限すればやせるでしょうが、苦労に見合った効果が得られるでしょうか。ヨーグルトや牛乳は、糖質だけではなくタンパク質や脂質をバランスよく含み、日本人に不足しがちなカルシウムも補充できます。アレルギーや乳糖不耐がなく、味が嫌いでなければ、牛乳や乳製品の摂取はおすすめできます。
■糖質は多すぎても少なすぎても身体に悪い
こうした極端な糖質制限が提唱された背景には、「糖質が高血糖や老化の原因だ」「糖質があらゆる病気の原因だ」とする誤った理論があるようです。糖質の過剰摂取が2型糖尿病をはじめとした一部の病気の原因であることには異論はありません。しかし糖質があらゆる病気の原因だとはいえませんし、摂取量が少なければ少ないほど健康にいいわけでもありません。あまりにも糖質を制限すると、かえって体に悪影響を及ぼすかもしれません。
実際、アメリカ合衆国の約1万5000人を対象に、総摂取カロリーにおける糖質(炭水化物)の割合と総死亡率との関連を長期間にわたって調査したところ、糖質が多くても少なくても高い総死亡率と関連するという結果でした(※1)。図にするとU字型になります。
(※1)Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis
素直に解釈すれば、糖質の摂取量は多すぎても少なすぎても体によくないといえます。総カロリーに占める糖質のカロリーが70%を超えたり40%未満だったりすると総死亡率が上がるので、40%未満は極端な糖質制限だといえるでしょう。ちなみに、厚生労働省による「日本人の食事摂取基準」では、糖質は総カロリーの50~65%の範囲が目標値になっています。
この報告では、動物由来のタンパク質や脂質の消費が総死亡率の大幅な増加と関連することも示されました。健康になろうとして極端に糖質を減らし、代わりに肉を食べるのはやめておいたほうがいいでしょう。とくに赤肉(牛肉や豚肉といった哺乳類の肉)や加工肉の摂取は大腸がんのリスクとの関連が指摘されています。ただし、平均的な日本人の消費量では、赤肉の害は観察困難です。あくまでも食べすぎるのはよくないという話です。
■「ごはん」と「砂糖」は同じではない
確かに糖質制限食をすれば、糖質は消化吸収されるとブドウ糖などの単糖になりますので、血糖値の上昇を抑え、摂取カロリーを減らし、肥満を解消することにつながります。緩やかな糖質制限は健康にプラスの効果があるといえます。
しかし、食事には多くの要素が関係していて、単純化はできません。糖質を単純に悪者だとみなしてしまうと、「ごはんを食べるのは、砂糖を食べるのと同じ」といった誤った考えに陥ります。白米を主食としてきた日本人は国際的にも平均寿命・健康寿命は長いほうです。「ごはんを食べるのは砂糖を食べるのと同じ」であるなら、砂糖はそれほど体に悪くないという結論になってしまいそうです。
実際のところ、ごはんと砂糖は同じではありません。一口に糖質といってもさまざまな種類があります。砂糖(ショ糖)は、ブドウ糖と果糖が結合した「二糖類」。穀物や芋の主成分であるでんぷんは、ブドウ糖が鎖のようにたくさんつながった「多糖類」。二糖類よりも多糖類のほうが消化・吸収が遅く、その分だけ血糖値の上がり方も緩やかです。
多糖類を多く含む穀物でも、果皮や胚芽が残っている「全粒穀物」と、精白された「精製穀物」では健康に対する影響が異なります。それなのに極端な糖質制限を行うなら全粒穀物も避けなければなりません。食物繊維やビタミンは野菜の摂取で補えるかもしれませんが「糖質を制限しさえすればよい」という糖質制限の利点が消えます。そこまでして極端な糖質制限を行うのは合理的ではないと思います。
■糖質制限をするなら主食を「全粒穀物」に置き換えるのがいい
糖質制限食を行うなら、主食を全粒穀物に置き換えるのがいいかもしれません。一般的に全粒穀物の摂取は、心血管疾患、がん、総死亡率の減少と関連しています(※2)。果皮や胚芽には、ミネラルやビタミン、食物繊維が豊富に含まれていて、これらの栄養素が健康にプラスの影響を与えているのでしょう。
(※2)Whole grain consumption and risk of cardiovascular disease, cancer, and all cause and cause specific mortality: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies
日本人が全粒穀物を摂取するなら、白米を玄米に置き換えるのがてっとり早いです。ただし、玄米は無機ヒ素やカドミウムを白米よりも多く含んでおり、消化も悪いので妊婦や小児には注意が必要かもしれません。日本人集団において玄米摂取群と非摂取群を比較した研究は少なく、現時点では明確な結論は出せません。やはり、単純ではないですね。
あくまで私の個人的な考えですが、無機ヒ素やカドミウムのリスクは小さく、平均的な日本人(成人)に対しては白米よりも玄米のほうが体にいいだろうと考えています。玄米のリスクが気になる人は、全粒粉パンや全粒穀物シリアルも販売されていますので、好みで利用してください。
糖質を避けさえすればよいとする主張と比べて、「一般的に全粒穀物は体にいいとされる。ただ、玄米は無機ヒ素やカドミウムを含んでいる。けれどもそのリスクは小さいと考えられる」という主張では、結局のところ玄米は体にいいのか悪いのか、よくわかりません。でもそれでいいのです。実際によくわかっていないのですから。
■日本人の食事には「80年程度生きられる」実績がある
それでも、何かわかりやすい指針はあったほうがいいですね。極端な糖質制限以外にも、エビデンスが不明確なまま過大な効果をうたう食事法をよくみかけます。どの情報が正しく、どの情報が正しくないのか、見分けるよい方法はあるのでしょうか。多くの人にとって、論文を読んで内容を吟味することは難しいでしょう。個人レベルでは、「我慢を強いる食事法や従来の食事からあまりにもかけ離れた食事法を避ける」という指針を採用し、あとは好みを優先してよいと私は思います。ただし、この指針はあくまでも現在大きな病気のない人に対するものです。当たり前のことですが、持病がある人は主治医とよく相談してください。
極端な糖質制限がおすすめできないのは、ごはんやお寿司やパンやピザやうどんやソバやお好み焼きやパスタをあきらめるにもかかわらず、健康になれるかどうかがわからない、それどころかもしかしたら総死亡率を上げるかもしれないというきわめて割に合わないものだからです。さらに現在の平均的な日本人の食事からかけ離れているのもリスクが大きいでしょう。日本人の食事は、改善の余地はあるものの、少なくとも平均的には80歳以上生きられるだけの実績のある食事法です。
健康な食事に「正解」はありません。あるいは、人の数だけ「正解」があるともいえましょうか。身も蓋もありませんが、どんなに食事に気を使っても、病気になるときはなりますし、死ぬときは死にます。価値観は多様ですので、やってみたい、そういうのが楽しいという人がいれば、趣味として極端な糖質制限をやってもいいのですが、リスクと限界を承知のうえでやってみてください。
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内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)
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