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「誰に向けて」「何のために」が非常に明快…世界中を味方に変えたゼレンスキー大統領の「勇気の言葉」7選

プレジデントオンライン / 2022年5月22日 9時15分

ウクライナの首都キーウで会見するゼレンスキー大統領=2022年4月28日 - 写真=Ukrinform/時事通信フォト

ロシアの侵攻を受けたウクライナのゼレンスキー大統領は、世界各国に支援を訴え続けている。政治ジャーナリスト清水克彦さんは「彼は『誰に向けて』『何のために』発信するのかが非常に明快だ。そのシンプルで強烈な言葉のおかげで、国際社会を味方につけることに成功した」という――。

※本稿は、清水克彦『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

■東部の紛争終結を公約に掲げた「アウトサイダー」

私は体制を
打破するために来た
普通の人間。
(2019年4月19日 ウクライナ大統領選挙公開討論会)

大統領選挙の公開討論会で発したこのフレーズは、2001年4月の自民党総裁選挙で「自民党をぶっ壊す」とワンフレーズで宣言し勝利した第87代内閣総理大臣、小泉純一郎を彷彿とさせる。

ウクライナは汚職がはびこる社会だ。ゼレンスキーは「現体制をぶっ壊す」、しかも「アウトサイダーの自分だからできる」と端的に表現したのである。

彼は、汚職や政治腐敗の撲滅、2014年以降、主に東部で続く親ロシア派武装勢力との紛争終結を公約に掲げ、第6代ウクライナ大統領に就任した。

ソビエト連邦の崩壊に伴いウクライナが独立したのは、彼が12歳の時だ。大学教授の父とエンジニアの母を持ち、ロシア語を話す中産階層の家庭で育ったゼレンスキー少年は、どんな思いで激動する世の中を見てきたのだろうか。

彼が広く国民に知られるようになったのは、2015年に放映された政治風刺ドラマである。教師役の彼が政治腐敗への不満をぶちまけ、それがインターネットに投稿されて話題となり大統領になるというストーリーだ。

まさにドラマが現実化したわけだが、コメディアンや俳優として磨いた話芸は、選挙戦でも、集会や討論会の際、シンプルでかつ強烈な言葉として発揮された。そしてネットに動画を投稿するなどSNSを駆使した戦術も定着させていったのである。

■急激な支持率低下に直面しても「諦めたりしません」

仕事は大変だ。
誰も感謝してくれない。
(2020年5月20日 ウクライナ大統領就任1年の記者会見)

今でこそ「戦時下の大統領」として注目を集めるゼレンスキーだが、大統領に就任して以降、支持率の急速な低下に直面することになった。

ウクライナの独立系調査機関「ラズムコフセンター」の世論調査によれば、就任時に80%近くあった支持率は、わずか1年で57%にまで急落した。その支持率はのちに19%にまで下落することになる。

選挙戦が斬新で、「社会を変えてくれる」という国民からの期待が大きかった分、熱気が冷めるのも早かったということだろう。

報道陣に思わず愚痴をこぼしたこの頃は、新型コロナウイルスが世界各国で猛威を振るい、ウクライナでも1万8000人もの感染者が確認されていた時期である。

選挙公約に掲げていた汚職対策として、腐敗の温床とされてきた検察やエネルギー業界の構造改革に着手し、国会議員の不逮捕特権も撤廃したが、成果を「見える化」しにくく、ウクライナ東部紛争でも、ロシアとの和平交渉は遅々として進まなかった。

それでも彼は、就任1年を前にした2020年4月23日、自らのフェイスブックに次のように投稿している。

「簡単な1年ではありませんでしたが、始まりにすぎません。諦めたりしません」

逆境に直面しても諦めないタフな精神。これこそが彼の最大の武器なのである。

■人気のない大統領から“戦うウクライナ人”の象徴へ

冷戦も、熱い戦争も、
ハイブリッド戦争もいらない。
(2022年2月24日 ビデオ演説)

2022年2月21日、プーチンは、2014年以降、ウクライナ軍と親ロシア派武装勢力との間で紛争が続いてきたドネツク州とルハンスク州の2州を国家として承認する大統領令に署名した。中国で北京冬季五輪が閉幕した翌日のことだ。

プーチンは、ロシア国防省に、この地域の平和維持活動にあたるよう指示を出し、これにより、ロシア軍のウクライナ侵攻への可能性が一気に高まることになった。

ゼレンスキーは、ロシア軍の侵攻が始まる2月24日、ビデオ演説を配信した。

「冷戦も、熱い戦争も、ハイブリッド戦争もいりません」
「私たちを攻撃する時、あなた方が目にするのは、私たちの背中ではなく顔です」

支持率の低迷に苦しんでいたゼレンスキーは、この日の早朝、ロシア軍の侵攻が始まるのを前に、“戦うウクライナ人”を象徴する存在へと変身した。

戦争は避けたいと強調しながら、国を守るために背中を見せる(逃げる)ことなく戦うというメッセージは、誰にとっても平易で分かりやすく、ウクライナ国民には「自分たちの大統領」と思わせるに十分であったろう。

「大工に話すには、大工の言葉を使え」とは、古代ギリシャの哲学者、ソクラテスの名言だが、知識層に限らず誰にでも届く彼の言葉が、ロシア軍にとって最大の障壁となったと筆者は分析している。

■ロシアの軍事侵攻後も首都キーウに留まり続ける

私たちはここにいる。
(2022年2月25日 キーウ市内で閣僚らと自撮りをした動画)

ゼレンスキー大統領が世界の注目を集める大きなきっかけとなった言葉が、

「私たちはここにいます。この国を守ります」

というシンプルでかつ強い意思が感じられるメッセージである。

「もともとコメディアンや俳優という経歴からも、ロシア軍の本格的な攻撃が始まれば、首都キーウを捨てて逃げ出すのではないか?」

プーチンのみならず、実は筆者もそう予測していた。

ところが彼は、アメリカ政府からの国外脱出の提案にも応じず、閣僚や側近たちとキーウの市街地で撮った動画を次々に配信した。動画に込められたメッセージは、ウクライナの国民や軍ばかりでなく、多くの国々の市民の魂を揺さぶったはずだ。

◇ロシア軍とウクライナ軍の戦力比較(「The Military Balance」2022)

ロシア 兵力=90万人 戦闘機=1391機 装甲戦闘車両=15857両
ウクライナ 兵力=20万人 戦闘機=132機 装甲戦闘車両=3309両

両国間には軍事力でこれだけの差がある。この差は中国と台湾の軍事力の差に匹敵する。それでも逃げない姿勢は、一気に彼を英雄へと押し上げたのである。

ひびの入った壁のロシア対ウクライナの旗
写真=iStock.com/IherPhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IherPhoto

■西側諸国の目を覚まさせる「ウクライナ劇場」の始まり

無関心でいるのは
「共犯」になることだ。
(2022年2月19日 ミュンヘン安全保障会議での演説)

毎年2月、ミュンヘンで開催される「安全保障会議(MSC)」は、アメリカとヨーロッパにおける安全保障会議の中でも最も権威がある国際会議の一つだ。

2022年のMSCにも、アメリカ合衆国副大統領のカマラ・ハリス、イギリス首相のボリス・ジョンソン、ドイツ首相のオーラフ・ショルツらが顔を揃えた。

ロシア軍の侵攻がもはや避けられないとみられる中、会議に出席したゼレンスキーは、その数日前、ウクライナ東部の幼稚園にロシアのミサイルが着弾した事実を挙げ、

「無関心でいるのは『共犯』になることです」

と強い口調で訴えた。

このワードは、学校関係者がいじめ問題で児童や生徒に指導する際、しばしば用いられるものだ。

「誰かがいじめられているのを見て、見て見ぬふりをするのは卑怯。共犯と同じ」

ゼレンスキーも、これまでロシアに対し宥和政策(大目に見ることで対立を回避する政策)を取ってきた西側諸国の目を覚まさせる意味で、このフレーズを用いたように思えてならない。

居並ぶ各国首脳を前に単刀直入に述べたこの日の演説が、「ウクライナ劇場」の幕開けとなり、ゼレンスキーへの注目度が増す導火線になったように思う。

■無差別攻撃に怒り悲しむ「血の通ったリーダー」

恐ろしいことだ。
心が空っぽになった。
(2022年3月8日 イギリス議会での演説)

これまで繰り返し述べてきたように、ゼレンスキーはコメディアンや俳優を経て大統領になった人物だ。

ソビエト連邦の情報機関「KGB」出身で、2020年以降、大統領や首相の地位に就いてきたプーチンとは異なり、「物語」の作り方、聞き手に「ストーリー」を想像させていることには長けていると言っていい。

「恐ろしいことです。心が空っぽになりました」

次々と子どもが犠牲になっていくことを嘆くゼレンスキー。時に気弱で情けない部分も吐露する姿は、彼が常識人で血の通ったリーダーであることを国際社会に印象づけることに成功した。

「爆撃、爆撃、爆撃。家、学校、病院への爆撃。これは大量虐殺です」
「彼らが教会さえも破壊していることに気づきました。爆弾を使って」

これらもイギリス議会で語った言葉だが、ロシアがウクライナを攻めあぐね、無差別攻撃に出たことへの怒りと哀しみが手に取るようによく分かる。

その効果か、ロシア軍侵攻以降、国際社会でウクライナを批判する声はほとんどない。

ウクライナ国内でも、ゼレンスキー人気はV字回復し、一時は19%にまで落ち込んでいた支持率は、侵攻前に41%、侵攻後は実に91%に達した。

■アメリカ連邦議会を動かした2つのフレーズ

価値観と世界のために
命がけで戦っている。
(2022年3月16日 アメリカ連邦議会での演説)

ゼレンスキーの言葉の特徴であるサウンドバイト――聴衆の記憶に残りやすく、ニュースなどでも扱われやすいシンプルで強烈な言葉には、最も頼りにするアメリカを揺さぶる要素がちりばめられている。

人前で語る時、あるいは文章を書く時、「誰に向けて」「何のために」発信するのかが重要になるが、ゼレンスキーの場合、それが非常に上手い。

アメリカ連邦議会におけるビデオ演説で言えば、筆者は、彼が「価値観」という言葉、そして「世界のために」というフレーズを盛り込んだことが、詰めかけた議員を総立ちにさせた最大の要因だったと見る。

清水克彦『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)
清水克彦『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)

2021年11月7日、激戦となったアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプに勝利したバイデンは、地元デラウエア州での勝利演説で次のように語っている。

「より自由で公正なアメリカへ。尊厳と敬意ある仕事を生み出すアメリカへ。私たちが力を合わせればできないことはありません」

バイデンの言葉に象徴される民主主義国家としての価値観。これこそがアメリカの源流である。そして世界から尊敬される存在であり続けることが、世界第1位の経済大国で軍事大国でもあるアメリカの役割でありプライドなのだ。

ゼレンスキーは見事にそこを突いたのである。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、『すごい!家計の自衛策』(小学館)ほか多数。ウェブマガジンも好評。

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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)

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