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3日間しか生きられなかった娘のために…秋田の「洗車ユーチューバー」がプロの技を惜しまず教える本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年5月22日 10時15分

ホワイトシードの村上篤社長。隣にあるのは新車ではなく、8年以上乗り続けているクルマ。徹底した手入れが輝きを放っている - 筆者撮影

クルマ好きから熱烈に支持される「洗車ユーチューバー」が秋田県にいる。ホワイトシードの村上篤社長は、車体を美しく保つための「手洗い洗車のプロの技」を、動画で惜しげもなく公開している。チャンネル登録者数は約10万人で、全国のクルマ好きが秋田を訪ねるようになっているという。異色の人気チャンネルはなぜ生まれたのか。フリーライターの伏見学さんが取材した――。

■クルマを洗うだけなのに再生回数は225万回以上

「こまめに洗ってあげる方が、クルマのためになりますー!」
「こんなところ、洗車機のブラシ入らないから、もう、そんな感じで洗うんだったら、もっと簡単でいいよね(怒)」

これはクルマ愛好家などに絶大な支持を集めるYouTubeチャンネル「BeautifulCars洗車チャンネル」の中でも、特に再生回数の多かった動画である。その数は225万回以上。仕掛け人はホワイトシードの村上篤社長(47)だ。秋田市に本社を置く同社は、洗車やコーティングといったカーディテイリングの専門店「ビューティフルカーズ」などの事業を展開する、社員10人ほどのベンチャーだ。

「BeautifulCars洗車チャンネル」プロが特別な道具を使わずに本気洗車!シャンプー洗車編…プロが教える正しい洗車方法【洗車のコツ・仕方】Vol.9のキャプチャ画面
「BeautifulCars洗車チャンネル」プロが特別な道具を使わずに本気洗車!シャンプー洗車編…プロが教える正しい洗車方法【洗車のコツ・仕方】Vol.9のキャプチャ画面

今やチャンネル登録者数は9万4000人を超え、村上さんは「洗車ユーチューバー」などと呼ばれている。YouTubeの人気を追い風に、会社の業績もうなぎのぼり。この5年間で売り上げは8倍以上となり、2022年11月期は約4億1600万円を見込む。

売上高10億円が近い将来の目標だが、いずれは100億円の大台に乗せるつもりだ。それと並行して、「秋田から日本の社会課題を解決していきたい」と村上さんは意気込む。その一環として地元事業者のための経営塾を請け負って、人材育成にも力を注ぐ。

「65歳で引退すると決めているんです。あまり時間はない。早くしなければ」

生き急いでいるように見えなくもない。なぜそこまで全速力で走るのか。そこには18年前に他界したわが子に対する、父親としての使命感があった。

■カーレーサーの夢

1974年8月に秋田市で生まれた村上さんは、地元の名門・秋田高校を卒業後、新潟工業短期大学に進み、新潟大学への編入を経て、国家公務員になった。

ところが、わずか2年で退職。そこから転職を繰り返し、2012年にホワイトシードを創業するという、ユニークな経歴を持つ。

そういった道を歩んできたのにも理由がある。

村上さんはカーレーサーになる夢を幼少の頃から抱き続けていたのだった。

「幼稚園の時に買ってもらった『自動車のひみつ』という漫画にF1カーの写真がありました。そこからカーレーサーや、かっこいいクルマに憧れるようになりました」

工学系の短大および大学に進学したのも自動車業界に入るため。しかし、村上さんが思い描いたようにはいかなかった。

村上社長
筆者撮影
村上社長 - 筆者撮影

30歳を手前にして、だんだん現実が見えてきて、悶々とする日々が続いた。そんな折に秋田公立美術大学の卒業生3人と出会う。彼女たちの悲痛の叫びが村上さんの運命を変えた。

「彼女たちは秋田が好きだったので、地元で就職したかったのですが、デザイナーのような職種はなく、求人があるのは介護施設や温泉など。結局、3人でデザイン事務所を作りました。でも、営業はできないし、何とかチラシ制作の仕事を取ってきても、お客さんから『目立つように赤く、でかく書いてくれればいい』と言われる始末。あっという間に2人は辞めました」

そういう現実を目の当たりにした村上さんは、若い人たちがやりたい仕事をできるように、秋田にいい雇用を生み出す会社を作ろうと心に決めた。

これがカーレーサーに代わる村上さんの新たな夢になった。

■愛娘との別れ

ただし、いきなり起業するわけにはいかない。資金もビジネススキルもまだまだ足りない。まずはさまざまな仕事を経験して腕を磨こうと、外資保険会社のセールスマンになった。

ちょうどそのころ、村上さんは結婚して、待望の第一子を授かった。

ところが、愛娘はわずか3日でこの世を去った。

「ポッター症候群という病気でした。人工呼吸器につながれて、3日間は頑張って生きていました。仏さまのような穏やかな目で僕らを見ていました。赤ちゃんの目というよりも、人生を全うした人の目だった……」

村上さんは続ける。

「人って、生まれてくる前に、この世の中で何をするという役割が決められていると言いますよね。娘は3日しか生きられないけど、このダメな父親に、命を使い切ることの大切さを教えにきたんだろうなと思いました」

大きな悲しみに暮れながらも、村上さんは誓った。娘に認められるような人生を全うしようと。

「それ以降は、生きる大切さを教えてくれた娘が天国にいるので、いつか僕が死んだとき、胸を張って会えるようにしようと思うようになりました。娘に『頑張っていたね』と言われたい。『お父さん、何していたの』とは言われたくない」

この気持ちを常に忘れないために、今でも村上さんのTwitterには、以下の投稿が固定されている。

「俺の夢。16年前に亡くなった娘がいる。いつか俺が死んで天国に行った時、娘に「お父さん頑張ってたね」と言ってもらえる人生を送ること。そのために、子供達が夢を持って生きられる日本をつくる。会社を年商100億超まで成長させ、社員と共に、地域を元気にし、秋田から日本を変えて行く」(2020年11月18日投稿)

会社を立ち上げて事業を大きくし、秋田を元気にする。村上さんに迷いはなかった。

秋田市内にある本社
筆者撮影
秋田市内にある本社 - 筆者撮影

■磨かずに、ただ洗う

それから約8年後、38歳になった村上さんは、満を持して会社を立ち上げる。

社名のホワイトシードは、若者の才能(白い種)からいろいろな芽が出るような会社にしたいという思いが込められている。

メインの事業は、クルマの洗車やコーティングなどを行うカーディテイリングだ。村上さん自身がクルマ好きということ以外にも、かつてカーディテイリングの会社で働いていた際に感じた問題意識も動機となっている。

「新潟にいた頃、当時の職場の先輩がカーディテイリング会社の社長を紹介してくれました。めちゃめちゃクルマをきれいにできる人だったので、いろいろと教えてもらいました。ただ、半年くらい経って手入れしたお客さんのクルマが戻ってくると、傷がついているんです。せっかくきれいにしたのに残念だと社長に伝えると、『いやいや、傷がつかなかったらもう来ないぞ。また俺たちがやればいいんだよ』と言うのです」

ただ、村上さんはその考え方にはあまり納得がいかなかった。

磨いてきれいにするのはクルマの塗装を削っていることでもあり、いずれは全部剝がれ落ちてしまう。だったら磨かない方がいいのではと、村上さんはその時に気がついた。

その後、村上さんは秋田に戻ってきて、大手自動車メーカーの関連会社で整備士の仕事に就く。その際に購入した新車で実験してみようと、いっさい磨かずに丁寧に洗うだけにした。その方法を11年間続けた結果、クルマに傷がつかないことが証明された。

一方で、コーティングもワックスも塗らないで洗っていると、塗装が痛むこともわかった。そうした成果を体現したカーディテイリングの会社を設立しようと考えたわけである。

洗浄作業の様子
筆者撮影
洗浄作業の様子 - 筆者撮影

■公開から半月後、突如アクセスが殺到

村上さんは実家の隣をオフィス兼作業スペースにして、2012年12月に事業をスタート。洗車サービスに加えて、洗車用品の販売なども行った。次第に地元のクルマ好きに知られるようになり、じわじわと顧客もついてきた。

たが、せっかくクルマをきれいにしても、数カ月後にはまた汚れて店にやってくる。その状況を何とか解決したかった村上さんは、顧客自身で日ごろからメンテナンスしてもらう必要があると感じた。

顧客には、実際に洗い方のレクチャーなどもしていたが、その場で教えてもすぐに忘れてしまう。そこで、マニュアル動画を作成して、いつでもどこでも顧客が見られるようにした。

動画は随時YouTubeで公開していった。すると、徐々に顧客以外のユーザーも閲覧するようになった。せっかくならばもっと多くの人に見てもらいたいという欲求が沸いた村上さんは、人気のYouTube動画などを参考にしながら、キャプチャー画像を工夫したり、独特のキャラを演じてみたりと、見てもらえる動画を意識するようにした。

「キャプチャーの文字の色を赤にしたり、ガチという言葉を入れたりしました。あとは、キレ芸みたいに、本音をズバズバ言いながら洗車しましたね」

ただ、そんなに甘くはなく、従来の動画と比べて微増程度だった。肩を落とした村上さんだったが、公開して半月ほど経ったある日、いきなりスマートフォンの通知が止まらなくなった。YouTubeのおすすめリストに入り、アクセス数が爆発的に伸びたのだ。それが冒頭に紹介した動画である。

これをきっかけに動画を出せばスマッシュヒットを飛ばすようになり、人気チャンネルの仲間入りを果たした。村上さん自身も、洗車ユーチューバーとして知られる存在になった。

■洗車ユーチューバーが増えすぎた

YouTubeに投稿した動画がヒットしたことで会社の知名度は上がった。そして同社の洗車関連用品に対する引き合いも強まった。

ただし当初、村上さんはEC(インターネット通信販売)によって広く販売することに難色を示していた。

「今までは店舗でお客さんのクルマをきれいにして、そのまま長く乗ってもらうために、日々の手入れ方法を教えていました。例えるならば、歯医者さんが歯をきれいにして、毎日の歯磨きのやり方を指導するのと同じ。それと一緒に良質な歯磨きと歯ブラシを売ってあげるわけです。僕はそこにこだわっていました。誰にでもというのではなく、きちんと息のかかったお客さんにしか売りたくなかった」

洗車関連用品
筆者撮影
洗車関連用品 - 筆者撮影

しかし、経営者仲間にそれを言うと、「そんなの関係ない。商品はどんどん売って、後から店を出せばいい」と返り討ちに。村上さんはその助言を素直に聞き入れた。それが功を奏して、今やECが売り上げ全体の8割を占めるまでになっている。

ただし、直近は新型コロナウイルスの影響が出ていると村上さんは悔しがる。

具体的には、アルコール消毒のために世の中で大量の容器が必要となり、これまで洗車用品で使っていたボトルが手に入らなくなった。海外進出を狙っていた同業他社が国内にとどまったことでパイの奪い合いになっている。

また、村上さんの後を追った洗車ユーチューバーが急増。競争が激化したことも、会社の成長を鈍化させる一因になったという。

■洗車の市場はまだまだ大きい

ホワイトシードは、YouTubeを武器に約2億6200万円という売上高を作ってきたといっても過言ではない。ただし、大目標である100億円に到達するためには、当然これだけでは難しいだろう。今後、どのようにビジネスを拡大するのか。

「YouTubeはあくまでブランディングの一環です。チャンネル登録者数10万人が一つの目安。それ以降も続けますが、そこで培ったブランド力を基に、FC(フランチャイズ)と直営を織り交ぜながら全国に店舗を作っていきます。結局、店を出すのが、その地域の人に一番知ってもらえる手段になるからです」

店舗運営が最優先で、FCについては国内で400店舗以上を狙う。400と聞くとすごい数のように感じるが、カーディテイリングの市場はまだまだブルーオーシャンが広がっていると村上さんは話す。実際、自動車検査登録情報協会の調べでは、2022年2月現在の乗用車の保有台数は約6215万台となっている。

「僕からすれば、世の中のクルマのほとんどがまだ汚れています。6000万台中、きれいなのはほんの数パーセント。僕らは世の中を変えたいので、最低でも全体の10パーセントは顧客にして、クルマをきれいにしていきたい」

インタビューに応じる村上社長
筆者撮影
インタビューに応じる村上社長 - 筆者撮影

そう考えると、ターゲットは600万台で、市場規模としては数千億円に上るという。市場開拓の余地は十分すぎるほどあるのだ。

■秋田から日本を変える

上述したように、村上さんが会社を大きくするのは、秋田を元気にしたいという一心から。生まれ育った場所に対する郷土愛もあるが、何よりも若者の雇用創出のため。100億円企業になれば、その一端は担えるはずと信じている。

また、秋田を変え、日本を変えるという野望も抱く。

「秋田は日本一人口減少率が大きい都道府県。つまり、秋田は日本一の課題先進エリアなんです。秋田のさまざまな社会課題を解決する方法や、秋田できちんと回るビジネスモデルが作れたら、日本のどこでも通用すると考えています」

そんな秋田の中でも、村上さんが目を向けるのが上小阿仁村だ。

「人口は2000人を割り込んでいます。この規模であれば僕らが稼いで財政を立て直すなど、村を幸せにできるかもしれない」

JR秋田駅前
筆者撮影
JR秋田駅前 - 筆者撮影

村上さんの望みはこれで終わらない。全国にはそんな村がたくさんあるため、ホワイトシードの取り組みを見て、「うちもやろう」と手を挙げる企業が次々と現れたら、ドミノ倒しのように、秋田の小さな村から日本全体を変えることにつながるかもしれない。その最初のケーススタディーになりたいと村上さんは力を込める。

■「人に尽くすほど、なぜか自分も豊かになっているんです」

起業してまもなく10年を迎える村上さんが、最近感じるようになったことがある。

それは、自分のためよりも、人のため、人の幸せのために頑張っていると、巡り巡って自分が幸せになるということだ。「人に尽くすほど、なぜか自分も豊かになっているんです」と村上さんは笑う。

これは、洗車にも通じる部分があるそうだ。

「うちの仕事の良いところは、お客さんが目の前で感動してくれることです。自分のクルマがきれいになりすぎて泣く人もいます。実際、作業は大変で、『こんなところまで洗うなんて体がきついな』などと思うこともあります。でも、その間もずっとお客さんが喜ぶ顔を想像して頑張るわけです。それを続けたことで、会社も良くなったという実感があります。お客さんをもっと喜ばせたいし、幸せにしたいですね」

若者の才能という種だけでなく、人々を笑顔にする種を秋田から日本中、そして世界中にまく日を夢見て。それを成し遂げたとき、村上さんは胸を張って娘に報告することができるだろう。

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伏見 学(ふしみ・まなぶ)
ライター・記者
1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。

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(ライター・記者 伏見 学)

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