40歳以上の「働かないおじさん」は、働く意欲が低いのに、なぜまっすぐ家に帰らずフラフラするのか
プレジデントオンライン / 2022年5月23日 9時15分
※本稿は、小林祐児『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■「働かないおじさん」の本当の意味
本稿で論じていくのは、中高年の4つの「ない」、「4ない」問題です。その4つとは、「働かない」「帰らない」「話さない」「変われない」。これらが多くの中高年を不幸にしていますし、ひいては社会・経済全体に大きな負の影響を与えています。
働く男性は、なぜ40歳を過ぎたころ、働くモチベーションが低くなってしまうのでしょうか。なぜ、家に帰ろうとしないのでしょうか。なぜ、人に相談しなくなってしまうのでしょうか。
そして、なぜ、課題が指摘されているにもかかわらず、変わることができないのでしょうか。
この「働かない」「帰らない」「話さない」「変われない」という4つは、それぞれが関連しあいながら、日本の男性中高年が抱えている切実な問題系を形作っています。この問題系を丁寧に解きほぐしていくのが本稿のメインテーマです。
4つの問題について、一つずつ、もう少し噛み砕いていきましょう。
「働かない」――中高年層に対するこの言葉は、「働かないおじさん」としてしばしば書籍やメディアに登場します。やや差別的にも響きかねない言い回しですので、もう少し正確に言う必要があります。
■急速に増加する「早期退職募集」
中高年層の問題は「全く働かない」ことではありません。仕事を完全にサボる人がいるのは、中高年でなくても、どの世代にも見られる現象です(※1)。
その中で中高年が矢面に立たされがちなのは、「高い給与をもらっているのに働かない」、もしくは「かつてのようには働かない」傾向があるからというほうが正しいでしょう。
つまり、「期待されている賃金分の成果を出さない」「パフォーマンスと賃金のギャップ」こそが問題になっているのです。この問題に対しては人材マネジメントのあり方を十分に理解する必要があります。
組織の平均年齢が高齢化し、50代前後のバブル入社層が厚くなっている現在、分厚い中高年にそうした不活性層が多く存在することは、企業にとっても極めて重要な経営課題になっています。
ここ数年は、リストラの一環として伝家の宝刀である「早期退職募集」が急速に増加しています。
これらの「働かない」問題は、読者の方々にとっても職場で感じるところがあるのではないでしょうか。この問題は、中高年本人が感じている課題ではありません。むしろ通常は、職場の中の若手や次世代のビジネスパーソンとの「すれ違い」、いわば軋轢として顕在化します。
「最近の若手は頼りにならない」といった若者論はいつの時代にもあるものですが、昨今は「おじさん論」として中高年層にその批判の矛先が向けられることが多くなっています。
■テレワーク下で出社する姿はかつての「フラリーマン」
また、テレワークによって同じ職場・オフィスといった時空間をともにすることが少なくなったことが、こうした風潮に拍車をかけています。
「帰らない」――2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で在宅勤務が一気に広がりました。感染拡大の波は不規則に日本を襲い、緊急事態宣言が解除されている時期にもできるだけテレワークを選択することが奨励されました。
そんな中、実際のオフィスには、まるでいつも通りのように出社している男性中高年の姿が多く見られました。「自分と同じような仕事をしているはずなのに、あの人はなぜ出社しているのだろう」と周りの人から不思議がられる男性中高年。
筆者はこうしたコロナ禍における中高年の様子を見ながら、ある現象を思い出していました。それは、数年前、働き方改革が大企業で始まったときのことです。
新橋や新宿といった繁華街で、午後5時・6時といった時間から街をフラフラ練り歩いているサラリーマンの姿が、「フラリーマン」として話題になりました。
残業続きの日々から急に解放された中高年が、まっすぐに家に帰ることなく居酒屋やインターネットカフェなどで暇をつぶし、夜遅くになってから帰宅している様子がメディアでもしばしば報道されたものです。
■職場以外の居場所「サード・プレイス」のない状態
その背景には、そもそも職場で極めて長い時間を過ごしてきた、「長時間労働」の問題があります。特に日本は残業時間が男性に極端に偏っている国です。都市部では通勤時間も長く、家にいる時間が短くなり、「職場以外に居場所がない」状態を招きがちです。
テレワークせずに出社することも、家に帰らないことも、居場所のなさをシンボリックに表しているように思います。
「職場以外の居場所」とはどういうことか。都市開発や都市社会学の分野では、職場と家庭以外の「第三の場所」を意味する、「サード・プレイス」という場が注目されてきました。
サード・プレイスとは、⾃宅を「ファースト・プレイス」、職場を「セカンド・プレイス」と捉え、そうした場以外の憩いや交流の場を指す言葉です(※2)。
![湖のほとりで陽にあたりながらリラックスする男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/7/1200wm/img_07244eb12f822d281ad55e840e99a330494580.jpg)
日本は、職場以外での生涯学習の慣習が薄く、宗教的な集合活動もなく、NPOなどの社会活動や社会運動も国際的に見れば貧弱です。こうしたサード・プレイスのなさは、中高年の「帰らない」問題に直結しています。
こうした「居場所のなさ」は、日本の住空間という物理的環境も関係しています。高度成長期に急速に進んだ日本の住宅の郊外化は、生活空間を「職場」と「家庭」に二分。性別役割分業に応じて、それぞれの空間を男女に振り分けてきました。
郊外に自宅を構え、夫は長時間、満員電車に揺られ都心部に通勤し、妻が育児と家庭生活を中心に過ごす。この「働く」と「育てる」の規範的/空間的隔たりを前提として都市開発が進行してきました。
自宅の住環境も空間的な分業に合わせて作られているので、家では職場と同じように働ける環境は整っていません。テレワークの普及においても、デスクや椅子、Wi-Fiの通信環境が整っていないことが大きな障害となりました。
■中高年になると、人付き合いや交友範囲が狭くなる
サード・プレイスのない中高年が、テレワークや働き方改革といった環境変化の中で、家庭という「自分以外=妻」に割り当てられた空間ではなく、慣れ親しんだ職場に居続ける……。
こうした物理的な空間としての「居場所のなさ」が、「帰らない」問題の背後には重くのしかかっています。
「話さない」――もう一つの中高年の特徴、それは「話さない」ということです。「話さなさ」とは、「帰らない」という問題の裏表と言えますが、自分以外の他者との対話や交流の少なさを意味しています。
職場と家庭以外の場において人との交流が少ないことによって、中高年のコミュニケーションにも影響が出ます。もう少し掘り下げれば、そこには「量」と「質」の二つの側面があります。
「量」の面で言えば、中高年になると単純に他人との交流・接触量が減っていきます。先程の「居場所のなさ」にもつながりますが、中高年になると、人付き合いや交友範囲が狭くなることは、いくつもの調査で示されています。
国際的に見ても、社会的な人との縁、社会関係資本が極めて希薄なのが日本人です。
■「対話」が不足すると、孤独感や幸福度に影響する
また、コミュニケーションの「質」の面も重要です。ここ数十年で、日本人の人付き合いは全体的に「形式化」してきているという調査があります(※3)。
あっさりとしたコミュニケーションが好まれるようになってくる中で、中高年、特に男性は「自分のやりたいこと」を話さなくなります。
もう少し踏み込んだ言い方をすれば、中高年に不足しているのは他者との腹を割った「対話」です。仕事中の上司への報告や業務連絡、一方的な若手への説教や過去の自慢話……。そうした「会話」はなされていますが、それは「対話」ではありません。
ここで言う「対話」とは、話す相手を尊重しつつ、相互の信頼関係を築いていくようなコミュニケーションを指します。
相手に対して自分の考えや思いについて腹を割って話すことを心理学では「自己開示」と呼びますが、中高年層は、そうした自己開示をしなくなる傾向があるのです。
この「対話の欠如」という傾向は、家庭の中のコミュニケーションにも現れていることが先行研究で示されています。
このような「話さない」ということがなぜ「問題」になるのでしょうか。他人との交流やコミュニケーションの少なさは、その人の孤独感や健康状態、人生の幸福度など、様々な重要な状態に大きな影響を与えることがわかっています。
中高年全体にそうした傾向が見られるということは、「個性」のような個人差を超える問題です。
■「変わってほしい」というメッセージだけが発せられる
「変われない」――「働かない」「帰らない」「話さない」……、こうしたことの問題点を自覚しながら、中高年自らが変わっていく。それができれば問題は氷解していくことでしょう。
しかし、中高年の多くにとって「変わる」ということは、「言うは易く行うは難し」の典型です。
今、中高年には「変われ」というメッセージがありとあらゆるところで突きつけられています。「VUCA」の時代といった言い方も定着しました。テクノロジーの進化はますます速くなり、持っているスキルや経験がだんだん役に立たなくなる時代。
ビジネス環境や自分の置かれた立場の変化、家族・親族にまつわるライフイベントなど、ミドル・シニアの働く環境は決して安定的ではありません。
![小林祐児『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/8/1200wm/img_78f165d7c95929923f4fd89c300a893c176941.jpg)
さらに、変化を求める声は会社外からだけではなく、会社内部からも発せられます。経営変化と高齢化に伴う人件費の上昇を背景に、終身雇用の規範が裏切られ始め、「キャリア自律」の名のもとに、働き方やキャリア観の変化が強く求められるようになっています。
しかし、一方で、中高年を抱える企業の多くは、本音では彼ら・彼女らの働き方や仕事ぶりを「変えることは難しい」とみなしがちです。
だからこそ、企業からの積極的な施策やトレーニングの機会などは中高年には提供されないまま、ただただ「変わってほしい」という「メッセージ」が発せられるにとどまります。
そして、いよいよ差し迫ったタイミングにきて、退職勧奨や解雇といった「最後の手段」が行使されるのです。
*1 「サボる」というのはもともと「サボタージュ」の略。伝統的には、「集団になって、あえて働かない」という組織的・集団的な怠業は労働組合の基本戦術の一つだ。しかし労働組合が企業別に組織され、すでに戦後長らく協調路線をとり、組織率も下がり続けている日本の労働社会ではストライキを経験したことがある人はかなり少数になっている。いつの日からか、「サボる」はただのやる気のない個人的な怠業という意味しか持たなくなった。
*2 Ray Oldenburg(1999),“The Great Good Place”, MARLOWE & COMPANY New York
*3 『現代日本人の意識構造[第九版]』NHK放送文化研究所
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パーソル総合研究所 上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。共著作に、『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)など。
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(パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林 祐児)
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