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兵士は夜でも見える目を手に入れ、脳には通信機能が埋め込まれる…米国が想定した"未来の戦場"の姿

プレジデントオンライン / 2022年6月14日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/guvendemir

科学技術は戦争をどう変えるのか。元国家安全保障局長の北村滋さんは「陸海空に加え、現代戦では宇宙、サイバー、電磁波も戦いの領域になった。これらが横断する部分で戦闘が決する」という――。

※本稿は、北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■最先端の民間技術を軍事転用する「中国の軍民融合」

――中国はどのような戦略を持っているのか。

「軍民融合」を進めている。最先端の民間技術を積極的に軍事に転用しようという国家戦略だ。

中国に軍事と民間の境目はない。そもそも、中国では企業が政府や軍の支配下にあることが多く、企業の開発した技術が軍に利用されやすい状況だ。外国企業の研究開発施設を誘致し、合弁企業化することで技術移転を図っている。海外企業に対する技術協力や買収を通じた強制的な技術移転も進めているし、情報機関が産業スパイをすることもいとわない。これは既に説明してきた通りだ。海外留学からの帰国組による技術導入も盛んだ。

中国は、2021年3月採択の5カ年計画で、軍民融合を進め、AIや量子技術などの分野の発展を急ぐ方針を示した。習主席は、21年10月、軍の装備品に関する会議で、5カ年計画を着実に実施し、「中国人民解放軍100周年」である2027年の奮闘目標実現のため、積極的に貢献することも求めた。

民間技術を軍事的な優位性につなげようと血眼になっている中国にたとえ民生用技術であれ先端技術に関する情報を盗み取られると、日本にとって死活問題となりかねない。

■「ウサデン」の領域が交わる部分で戦闘が決する

――こういった技術は、戦争をどう左右するのか。

宇宙、サイバー、電磁波という新たな戦域で勝てるかどうかは、高い科学技術を持っているかどうかに左右される。だからこそ、科学技術を守ることが重要だ。

陸、海、空という領域に加え、現代戦では宇宙、サイバー、電磁波も戦いの領域だ。これを新領域という。宇宙の「ウ」、サイバーの「サ」、電磁波の「デン」をとって「ウサデン」と呼ばれる。

――宇宙、サイバー、電磁波、それぞれの領域で戦闘が完結するわけではないのか。

むしろ、領域横断だ。サイバー攻撃で宇宙の人工衛星が機能不全に陥る。すると陸海空の部隊との連絡も途絶える。

これからの時代は、兵士の数や戦車の台数、戦闘機の数といった戦力よりも、陸海空、宇宙、サイバー、電磁波などの領域が交わる部分で戦闘が決する。

米国は、全ての領域で一斉に作戦を展開し、敵に勝つための能力の獲得を目指している。中国軍が2015年に発足させた戦略支援部隊も、宇宙、サイバー、電磁波と情報戦を一つの部隊に一本化したものとみられている。

■技術で負けると、戦い全体で負ける危うさをはらんでいる

日本も18年12月に閣議決定した「防衛計画の大綱」(防衛大綱)で、宇宙、サイバー、電磁波を新領域と位置づけ、「多次元統合防衛力」の構築を正面から掲げた。

グローバル通信ネットワークのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

宇宙やサイバー、電磁波という新領域では、そこの技術で負けると、戦い全体で負ける危うさをはらんでいる。これらの技術が、民生と軍事の双方で活用できるデュアルユースであることは、これまで説明してきた通りだ。

――近未来の戦争はどのようなものか。

外務省の補助金を受けた調査研究に興味深いものがある。公益財団法人「未来工学研究所」が20年3月にまとめた「技術革新がもたらす安全保障環境の変容と我が国の対応」だ。

報告書は、デュアルユースで、安全保障の将来に大きく影響するものとして、AIなどに加え、以下を挙げている。

■前線には3Dプリンターが配備、兵士は夜間でも見える目を手に入れる…

付加製造技術 前線に配備された3Dプリンターが弾薬や予備部品、食料、医薬品などをその場でプリントする。いちいち前線まで送り届ける必要はなくなる。工兵も、兵舎や橋を建設するのではなく、プリントできるようになる。

ロボット工学 ドローン、無人潜航艇、無人車両の活用がさらに進み、人が乗る有人兵器を置き換えていく。有人兵器よりも長時間、長距離にわたって行動することができる。人間を危険にさらさないため、偵察や攻撃に既に広く活用されている。今後は、輸送、補給、空中給油、傷病兵の回収などさらに幅広い分野に進出するだろう。

生物工学 遺伝子情報操作や化学物質によって兵士の肉体的能力や認知能力などを拡張し、筋力や持久力を通常の人間よりもはるかに高め、夜間でも目が見えるといった能力を与えられるようになる。合成生物学によって、感染性や毒性の強い生物兵器や、敵の兵器やそれらを動かす燃料を分解してしまう生物兵器が出現する。現在の医療技術では救えない重傷者の命を救ったり、負傷で失った部位を復元したりできるようになる。

エネルギー技術 高エネルギー密度の電池によって兵士の身体能力を補助する強化外骨格(パワード・エクソスケルトン)が普及するとともに、無人兵器や通常動力型潜水艦の行動半径が大幅に拡大する。レーザーや粒子ビームといった大出力指向性エネルギー兵器が実現し、弾道ミサイル防衛システムや防空システムのあり方が大きく変わる。

■兵士の脳同士を接続してコミュニケーション

極超音速技術 材料工学や制御技術の進展で、ミサイルや航空機の飛翔速度がマッハ5以上の極超音速領域に達する。従来のミサイル防衛システムや防空システムを突破する能力を高める。狙われる空母の脆弱(ぜいじゃく)性は浮き彫りになる。

神経工学(ニューロテクノロジー) 兵士の脳同士を直接接続してコミュニケーションを行ったり、人間の思考を反映して動く兵器などが出現したりする。

宇宙技術 宇宙輸送の費用が桁違いに安くなることで、これまでに例を見ない大型の人工衛星や多数の衛星コンステレーションを軌道上に配備できるようになり、宇宙を使った偵察、通信、航法能力が飛躍的に拡大する。レーザー迎撃システムが宇宙空間に配備される。他方で、人工衛星を標的とする攻撃が活発化する。

仮想現実・拡張現実 兵士の教育・訓練にかかる期間が大幅に短縮される。未知の戦闘環境にも前もって適応させることが可能となる。

AI(人工知能)のイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■女性軍曹が指揮する「身体能力を強化された部隊」

報告書は、米空軍士官学校関係者の著書からの引用として、「将来の戦場における米国陸軍歩兵部隊の姿」は次のようなものだと紹介している。

女性軍曹が指揮するこの部隊の兵士たちは、パワード・エクソスケルトンで身体能力を強化されている。目に装着したネットワーク接続型コンタクトレンズや脳に埋め込まれた通信機能で戦場全体の情報を入手したり、兵士同士で通信を行ったりすることができる。ヘルメットには脳波検出装置が搭載され、思い浮かべるだけで無人兵器を操ることが可能である。周辺では無数の超小型のドローンのスウォームが飛び回り、戦場全体にばらまかれたセンサーの情報をもとに敵を検出するや、兵器の燃料を分解してしまう酵素を散布したり、人工ウイルスで人間を行動不能にしたりする。彼女らは、仮想現実・拡張現実によるシミュレーションでこれから向かう戦場の地形を熟知しており、未知の戦場でも戸惑うということがない――。

■もしも将来「ロシア軍がノルウェーに侵攻」したら…

米ブレント・スコウクロフト・センター研究員の著作からの引用として、ノルウェーに侵攻したロシア軍との戦いを次のように描く。

北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)
北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)

ロシア軍は、AIによって制御される無人車両や、そこから発進するドローンのスウォームを駆使し、強力な電子攻撃でノルウェーに駐留する米軍の指揮統制通信システムを無効化する。ロシアは原子力潜水艦による巡航ミサイル攻撃でノルウェー空軍のF-35戦闘機部隊を地上で壊滅させるが、米軍は地下に隠していた3Dプリンター施設でF-35を修復する。飛行可能となったF-35は、ロシア軍兵士の持つモバイル機器のIPアドレスを収集するといった電子偵察活動を展開し、ロシア軍の指揮通信統制系統を電子地図上に描き出す。

海中では米露の無人潜航艇が展開し、ロシア側の無人潜航艇は、スバールバル諸島の衛星中継基地につながる海底光ケーブルに取り付いて米軍の軍事衛星にマルウェアを送り込む。まさに海中、宇宙、サイバー空間横断戦だ。一方、米軍は、無人潜航艇でロシア原潜のソナーを欺いてP-8対潜哨戒機の攻撃エリアに誘い込んでこれを撃沈するとともに、ノルウェーのF-35が割り出したロシア軍の指揮通信統制システムにサイバー攻撃を仕掛けて直ちにオスロに南進せよとの偽命令を発し、ノルウェー軍の待ち伏せ地域に誘導する――。

これらに必要な高度な科学技術が、他国に流出した場合に、日本が未来の戦争でどうなるか、想像するまでもないだろう。

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北村 滋(きたむら・しげる)
前国家安全保障局長
1956年12月27日生まれ。東京都出身。私立開成高校、東京大学法学部を経て、1980年4月警察庁に入庁。83年6月フランス国立行政学院(ENA)に留学。89年3月警視庁本富士警察署長、92年2月在フランス大使館一等書記官、97年7月長官官房総務課企画官、2002年8月徳島県警察本部長、04年4月警備局警備課長、04年8月警備局外事情報部外事課長、06年9月内閣総理大臣秘書官(第1次安倍内閣)、09年4月兵庫県警察本部長、10年4月警備局外事情報部長、11年10月長官官房総括審議官。11年12月野田内閣で内閣情報官に就任。第2次・第3次・第4次安倍内閣で留任。特定秘密保護法の策定・施行。内閣情報官としての在任期間は7年8カ月で歴代最長。19年9月第4次安倍内閣の改造に合わせて国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。同局経済班を発足させ、経済安全保障政策を推進。20年9月菅内閣において留任。20年12月米国政府から、国防総省特別功労章(Department of Defense Medal for Distinguished Public Service)を受章。2021年7月退官。現在、北村エコノミックセキュリティ代表。

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(前国家安全保障局長 北村 滋 聞き手・構成=大藪剛史)

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