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同じ日本人として恥ずかしい…岸田首相の「岸田に投資を!」が海外メディアにスルーされた納得の理由

プレジデントオンライン / 2022年5月21日 13時15分

英首相官邸前でジョンソン英首相と握手を交わす岸田首相=2022年5月5日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■岸田首相を知らない市民が「ハイジャックか」と大騒ぎ

5月5日のロンドンは、真昼間のちょっとしたハプニングで騒然としていた。戦闘機2機を従えた大きな旅客機が市街地中心の上空を低空飛行で横切ったのだ。「旅客機がハイジャックか?」「ついにテロが起きたか?」と市民たちは一斉に飛行の様子をSNSに書き込んだ。

日本ではブルーインパルスによる展示飛行があると、仕事の手を休めて上空を見上げる人々でちょっとした騒ぎになる。ジェット機と戦闘機が並んで飛ぶさまはブルーインパルスほどには激しくないが、それでも市民の注目を浴びるには十分だった。いったいこれは何だったのか?

実はこのパフォーマンス、日本からやってきた岸田文雄首相を歓迎するために英空軍(ロイヤル・エアフォース、RAF)が行った儀礼飛行(フライパースト)だった。旅客機エアバスA330を改装した軍用輸送機「RAFボイジャー・ヴェスピナ」が、超音速戦闘機「タイフーン」2機を両側に従えて首相官邸やトラファルガー広場などの上空を通過した。

しかし、岸田首相の訪英を知らなかった大半の市民は、この儀礼飛行を見て大騒ぎになった。その様子はまるで、ハイジャックされた民間機が戦闘機の護衛を受けながら、ロンドン・ヒースロー空港に向かって緊急着陸する、という情景だったからだ。

そんなこともあってか、SNSを見る限りでは“人騒がせな飛行”のおかげで日本のPM(首相、プライムミニスター)がロンドンに来ていたことを初めて知った市民が多かったようだ。実際にメディアの取り上げ方も、会談の内容よりも儀礼飛行の騒ぎを伝えた記事のほうが多い、という皮肉な結果となった。

■「岸田に投資を!」と訴えるも現地メディアは無反応

岸田首相はゴールデンウィークにアジアと欧州を歴訪し、最後の訪問先に英国を選んだ。5日には、ロンドンの金融街「シティー」のギルドホールと呼ばれる市庁舎で講演を行い、「私からのメッセージは1つだ。日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心して日本に投資をしてほしい。インベスト・イン・キシダだ」とアピールした。

その後、6カ国歴訪の成果について、「平和を守る、との目的で訪問し確かな成果を得たと手応えを感じている」と評価。「いずれの首脳とも本音で大変有意義な議論ができた」「力による一方的な現状変更はいかなる場所でも許されないという共通認識を得られた」と自画自賛している。

しかし、現地主要メディアがこの発言を取り上げることはほとんどなかった。日本のように予定調和の記事は出さないという英国メディア特有の慣習もあるが、関心事はもっと別のことにあったからだ。

■英メディアの大多数は安全保障の「協定」に注目

岸田首相の訪英を取り上げる記事で目立ったのは、日英の安全保障に関するトピックだった。ロシアによるウクライナ侵攻で欧州全体が“第3次世界大戦”に神経をとがらせる中、英政府のもっぱらの志向は、防衛に絡む国際関係をどう取りまとめていくかに傾いている。

今回の日英会談では、自衛隊と英軍が互いの国に滞在した際の法的地位を定める「円滑化協定」(RAA)について大枠合意した。日本が欧州の国、英国がアジアの国とこうした「円滑化協定」を結ぶのは初めてだ。

英国がこれほどまでに日本に期待を寄せる理由とは何か。実は日英の防衛当局はともに、「最新鋭戦闘機の導入」という重要イシューを抱えており、これを財政難の中、効率的に作り出さなければいけないという難度の高い課題がある。

コロナ禍でさんざんな目に遭った英国も日本同様、財政面で相当厳しい状況にある。カネがない英政府は今や、自国一国で戦闘機開発は成就しない。コストを抑えるため、日本に対し「ギブアンドテイクで良いので、一緒にやろうと持ちかけた」というわけだ。

新たな戦闘機開発という「共通目標」を持つ日英両国は、実証実験の段階から手を結ぶことを決断した。「日英円滑化協定(RAA)」の締結は、戦闘機開発に当たって情報のやりとりを文字通り円滑にすることを目的としたものだ。

■ウクライナ侵攻で中国、北朝鮮への警戒感も増している

5月16日には、複数の関係者の話として「航空自衛隊F2戦闘機の後継となる次期戦闘機について、英国と共同開発する方向で調整に入った」と伝えられた。一方の英国も、現在使っている戦闘機「ユーロファイター・タイフーン」の後継機開発を進めており、2035年ごろの就役を目指す。英国が日本に求める「重要な役目」は、技術や部品の共通化でコストダウンが見込める「共同開発」に応じてほしい、といったものだろう。

ユーロファイター
写真=iStock.com/Ryan Fletcher
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ryan Fletcher

遠いアジアの出来事とはいえ、北朝鮮がミサイルの発射実験を繰り返していることは、G7にとって喜ばしいことではない。岸田首相訪英の日の朝にも発射実験があった。英政府による日英首脳会談終了後の声明を読むと、北朝鮮への批判もしっかり行っていることが分かる。

英国としては「アジアで唯一のG7の国」である日本に、中国や北朝鮮に対する目を光らせておいてほしい、という思いも強い。こうした背景もあって、英国の現地メディアの報道は「新たな防衛パートナーシップを結んだ英日関係」に注目する論調が目立った。

■どの国も「ロシアへの対応」が最優先事項のはずだが…

今回の岸田首相訪問が、英国世論でことのほか関心を呼ばなかったのはすでに述べた通りだが、それはボリス・ジョンソン首相にとっても同じだっただろう。

というのも、両首脳が会談した5月5日は折しも、英国の統一地方選挙の投票日に当たっていた。筆者が<キーウ電撃訪問はウクライナのためではない……英ジョンソン首相の英雄的行動のウラにある残念な事情>でも紹介したように、ジョンソン首相はコロナの行動規制のさなか、首相官邸で開かれたパーティーに参加したという、いわゆる「パーティーゲート事件」により、強い辞任要求に揉まれながらの日々を送ってきた。おそらく、岸田首相と会っている間も、選挙の情勢が気になって仕方がなかったのではないだろうか。

選挙結果を見ると、首相の人気低下、国政与党・保守党からの支持離れは明確なものとなった。伝統的に保守党が強いと言われてきたロンドンの複数行政区で票を次々と落とし、野党・労働党、自由民主党の躍進を許す格好となっている。

そうでなくても、英国やEU諸国にとって、ウクライナ危機への対応は今や国の最優先事項だ。ロシアによる侵攻後まもなく、ジョンソン首相はバイデン米大統領、マクロン仏大統領、ショルツ独首相の3人とオンライン形式で会談し、ロシアへの経済制裁について協議した。4月9日にはショルツ首相がロンドンを訪れて首脳会談を行い、その3日後にはキーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と直接対話している。

■「平和ボケしすぎ」とみられてしまっている

岸田首相が英国を離れた直後も、フィンランドとスウェーデンの北太平洋条約機構(NATO)加盟を後押しすると発言。ロシアへの脅威から2カ国を守るため、NATO正式加盟までの間、英国が防衛支援を行うことで合意した。

このように、米英首脳がいま各国に求めていることは、ひとえに「ロシアをどう叩くか」に尽きる。そんな局面で、岸田首相はG7としての自国の役割は脇に置き、「岸田に投資を!」と訴えたわけだ。ウクライナに攻め込むロシアに対し、日本は地政学的に一定のリスクを抱えている国のはずだが、自国経済のアピールに終始する様子は「近隣国なのに日本は平和ボケしすぎ」とみられてしまっている。英国主要メディアが「岸田に投資を!」という言葉を軒並み無視したことからしても、その温度差は大きい。

筆者は英国に住んで15年になるが、今ほど戦争の脅威を身近に感じる日々はない。日本の国際的なプレゼンスが弱まっていることが指摘される状況で、最もアピールしなければならなかったのは自国の利益ではなく、ロシアとどう対峙するかの姿勢ではなかったか。同じ日本人として恥ずかしくなってしまう。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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