女子の制服が決まらないので教育は受けさせない…タリバンが「女性の権利」の拡充に神経質になる根本原因
プレジデントオンライン / 2022年6月2日 9時15分
※本稿は、青木健太『タリバン台頭』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
■パシュトゥーン人の慣習法「パシュトゥーン・ワリー」
現在の地方の部族統治の実態を見るに当たって、農村社会での意思決定メカニズムがどのようなものであるのか、並びに、アフガニスタンでの最大民族パシュトゥーン人の部族の慣習法がどのようなものであるかに目を向ける必要がある。
農村社会では、公式の下部行政機構とは別に、伝統的な自己統治機構がコミュニティ内での意思決定において依然として重要な役割を果たしており、その統治は成文化されない慣習に基づく部分が大きい。
アフガニスタン政府の下部行政機構には、34から成る州(ワラーヤト)、および、その下部にあり最小行政単位である郡(ウルスワーリー)があり、その郡の下には住民の生活単位である村(カリヤ)がある。こうした下部行政機構の外に、農村社会における自己統治機構であるシューラーが存在する。
シューラーには、村人の中から人柄、家系、経済力などをもとに選出される長老がおり、土地や農業用水の問題、家同士の争いなどが発生した際に、仲介や調停を通じた問題解決の役割を果たしている(林裕『紛争下における地方の自己統治と平和構築』139ページ)。実は、アフガニスタンでは、こうした非公式の自己統治機構が、公式の行政機構よりも住民に寄り添う機能を果たしている。
■人々の行動様式を規定する暗黙のルール
こうした農村社会においてはパシュトゥーン人の部族慣習法パシュトゥーン・ワリーが、人々の行動様式を規定する暗黙のルールとして機能し、影響を与えている。パシュトゥーン・ワリーとは、「パシュトゥーン人らしさ」、「パシュトゥーン精神」、あるいは、「パシュトゥーン人の道徳と慣習」とも呼べるもので、成文化こそされていないが人々が日々したがう行動規範となっている。パシュトゥーン・ワリーには、次のようなものが含まれる。
(勝藤猛「パシュトゥン族の道徳と慣習」3ページ)
■パシュトゥーン人が無自覚にしたがう5つの規範
これらの中でも、1950年代にカーブル大学に留学しパシュトゥー語を学んだ勝藤猛の「パシュトゥン族の道徳と慣習」における説明にしたがって、特に重要なものについて説明を付したい。なお、部族慣習法は、人々が無自覚にしたがう規範といったもので、部族によって多少の相違もある。
①勇気(トゥーラ)
まず、パシュトゥーン人の男子にとり勇気(トゥーラ)はとても重要な価値である。もともと、語源であるトゥーラは刃渡り1メートルほどの刀を意味しており、パシュトゥーン人にとり重要な武器であった。伝統的に、パシュトゥーン人の男子は、勇武を大切にする。
②避難(ナナワテー)、および客人に対する歓待(メルマスティヤー)
次に、避難(ナナワテー)というものがある。危険が迫る者が庇護を求めて他人の家に入ることを意味しており、家の者は身命を賭しても入ってきたものを保護しなければならない。これと関連して、客に対する歓待(メルマスティヤー)は、山間部に住み、また遊牧の民でもあるパシュトゥーン人にとって重要であり、アフガニスタンに滞在する者は誰でもその寛容な精神に感動する。
③復讐(バダル)
もう一つ重要な概念は、復讐(バダル)である。パシュトゥーン人は、相手方から損害を被った場合、復讐を企て果たすまで諦めることはない。復讐が達成されない場合、その悲願は次の世代に引き継がれ、何世紀経っても消えることはない。
④集会(ジルガ)
パシュトゥーン人が最も重要と考えているものの一つがジルガである。ジルガは、重要問題が起こるたびに随時開かれ、意思決定が行われる。住民は、ジルガを通じて問題解決を図っている。そして、アフガニスタンの統治者によって部族長や指導者が全土から召集される最大の部族大会議であるロヤ・ジルガが、国家的問題に関する重要事項を決める意思決定方式として機能してきた
⑤女性の尊厳(ナームース)
国家や民族についても用いられるが、女性の尊厳(ナームース)は一般には女性に用いる。パシュトゥーン人社会において、他人の妻や娘についてささやかであっても関心を示すことは、女性のナームースを傷つける行為だとされる。例えば、挨拶を交わす際、「奥さんの御機嫌はいかがですか?」と問うことは、相手のナームースを侵害することになり、ひいては男性の名誉を傷つけることになる。
なお、伝統的には、パシュトゥーン人社会では、男子の誕生は祝われるが、女子の誕生は喜ばれなかった。男子が生まれれば、村中で太鼓を叩く音が響き渡り、空に向かって鉄砲が放たれる。しかし、女子が生まれた場合には親たちは祝わず、女子が父親に抱かれることはない。
■女子の教育や就労を巡って対立する国際社会とターリバーン
ここで挙げたパシュトゥーン・ワリーは、ターリバーンの行動規範を理解するうえで重要である。一般に「厳格なイスラーム解釈に基づく統治」といわれることが多いが、ターリバーンの行動はパシュトゥーン・ワリーを基にしていることも多いからだ。
例えば、髙橋博史は著書『破綻の戦略』の中で、1996年にアメリカ政府の女性高官がターリバーンの最高指導者との面会を希望した際でも、ターリバーンの大幹部らは「イスラームでは見知らぬ女性に会うことは禁じられている」として、この国家承認に向けて非常に重要な会談を最も若輩の閣僚に対応させたエピソードを語っている。
つまり、ターリバーン大幹部の心は、見知らぬ女性に会い、相手のナームースを汚した場合、自分の名誉が傷つけられるとの思いに支配されていたのである。
また、髙橋は、国連機関や国際社会が婦女子の教育や就労について理解を迫ることは、ターリバーンにとってはナームースの侵害に当たるため、そもそも国際社会とターリバーンとの間の女性の権利保障をめぐる議論は噛み合っていないともしている(髙橋博史『破綻の戦略』150〜164ページ)。
もっとも、シャリーアの規定とパシュトゥーン・ワリーは、全く別の考え方ではなく重なる部分も多い。例えば、異民族の侵略に対する抵抗は、イスラームでもパシュトゥーン・ワリーでもジハード(聖戦)と位置付けられる。女性の髪や身体をヴェールで覆うことについても、両者の間に相違点はない。
むしろ、ターリバーン支配の象徴ともいえる青いチャードリー(頭部や顔から足元までを覆うヒジャーブの一種。日本ではブルカと呼ばれる)なども、顔が見えないことが女性の自由の侵害だとして、着用を強制したターリバーンが欧米社会で非難を集めたが、そのデザイン自体はアフガニスタン独自の文化に基づくものである。
この意味において、ターリバーンによる「シャリーアを厳密に解釈した統治」と呼ばれるものは、アフガニスタンにおける一般的な人々の暮らしと実は大差はない(一部例外もある)。
■男の名誉は近親の女性が貞淑であることによってもたらされる
人類学者の松井健は「女性に対する抑圧は、アフガニスタンにおいてけっして新しく起こった問題ではない。ターリバーン支配によって強化された側面はあるものの、アフガニスタンの地方や僻地においては、女性はつねに男性の支配下におかれていた」と述べる。松井は、「男の名誉は、自分自身の寛大さ、勇気、約束を忠実に守ることなどの自己の徳目によってえられるものと、女性の近親者が貞淑であることによってもたらされるものの二つがある」と記している。
このように、部族の掟はイスラームの信仰と強く結びついてきた(松井健『西南アジアの砂漠文化』462、624ページ)。
多くのパシュトゥーン人にとって、ターリバーンによる統治政策は、それまでの生活との間で大きな違和感のないものであった。このため、ターリバーンは何もないところから突如として出現した存在ではなく、アフガニスタンの伝統的な部族社会という仕組みの中から派生したものであり、アフガニスタン人の一部を代表していると理解することができる。この点は、例えば「イスラーム国(IS)」などのイスラーム過激派組織と大きく異なる点である。
■政権を奪還したターリバーンは女子教育には厳しい
ターリバーンの行動様式を見るためには、40年以上にわたる同国における戦争の遺産も考慮される必要がある。2021年9月に発足したターリバーン暫定政権は多くの争点を抱えており、とりわけ民主主義諸国が問題視しているのが女子教育の制限である。
3月23日、ターリバーンは女子教育再開を撤回した。先立つ1月、ターリバーンのムジャーヒド報道官は、ナウルーズ(アフガン暦新年の元日)には全ての女子生徒の登校が再開されるとの方針を公にした。ターリバーン統治下で、男女の平等な教育へのアクセスが保障されるとの期待が高まった。
しかし、女子生徒の登校再開は初日に撤回された。学校の再開を待ちわびていた女子生徒らが一度は登校したものの、学校から帰宅を告げられ、泣きながら家路につく胸の痛む映像が伝えられた。
ターリバーンは「シャリーア(イスラーム法)とアフガニスタンの伝統と文化」に即していないことが問題だとの認識を示し、然るべき環境とカリキュラムが整えば女子教育を再開する方針を示している。
ここでいう環境とは、男女は別教室で学ばなければならない、女子教師が女子生徒に教えなければならない、女性は外出する際にヒジャーブ(頭髪を覆うヴェールの一種)を被らなければならない、といったことを指すと推測される。なお、待機を強いられている女子生徒の対象学年は、クラス7~12(日本の中学1年生から高校3年生に相当)である。
ターリバーンが女子教育を制限する要因には、戦争孤児や対ソ連戦の戦いに身を置いた戦闘員が中枢を占める男性社会が築かれてきた中で、女性を軽視したり排除したりすることがその狭い社会の中で評価されジハードの正当性を誤った形で高める役割を果たしてきたことがある。
ターリバーン指導部は、仮に女性に対して自由や教育・就労の機会を与えると、原理原則を曲げて妥協したとしてターリバーン内部での支持を失う(Ahmed Rashid, Taliban, p.111)。女子教育の制限はシャリーアに基づいていない、しかし制限を解除すればターリバーンが自壊する恐れがあるというジレンマが存在しており、一筋縄ではいかない問題である。
■女子教育の再開が国際社会の争点にまで発展している
ここで問題となるのが、国際社会がアフガニスタンの資産を凍結していることに起因する財政危機である。2021年8月15日、ターリバーンが政権奪取をしたことで、アメリカは95億ドル(約1兆円)の資産を凍結した。また、国際通貨基金(IMF)や世界銀行も、ターリバーンがアフガニスタン政府の資産にアクセスすることを制限している。
これに伴い、国庫が枯渇し、銀行には資金がない状況に陥っている。市内の銀行では、預金引きおろし制限により、多くの市民が長蛇の列をなしている。失業が深刻化し、通貨アフガニーは下落、物価は高騰する中、寡婦の中には生活のために子どもを売るものや、現金を得るために家財道具を売り払う人々が後を絶たない。
この意味で、女子教育再開という問題は、ただのターリバーンによる統治方針の枠を越えて、国際社会による資産凍結解除を争点とする対外問題に発展している。民主主義諸国の中には、民族・政治的包摂性を政府承認の条件とする国以外にも、女性の権利保障を条件に挙げる国もある。女性の権利を巡って、国際社会とターリバーンが対立する20年前の状況が再現されている。
■都市部の女性はスマホを操る一方、7割の農村部は…
このように、アフガニスタン社会においては緩やかな中央・地方の関係性が通史的に存在しており、地方では伝統的な部族統治が行われてきた。部族統治の中ではパシュトゥーン・ワリーが法律の役目を果たし、ジルガが事実上の政府であり、客人歓待や女性の尊厳が村人の日常の行動を決めている。
とはいえ、21世紀の我々が住む時代は、欧米からの最新技術や文化の流入、あるいは情報技術の発展によって人々の暮らしは様変わりしている。カーブルや地方の大都市では、瀟洒(しょうしゃ)なスーパーマーケットが立ち並び、若者はスマートフォンやパソコンを自在に操り、音楽や踊りや映画を楽しむ生活を送っている。アフガニスタンに駐在した多くの外国人にとって、彼ら・彼女らの接するこうした生活を送るアフガニスタン人は、日本人の我々とさほど変わらないように見えるようである。
しかし重要なことは、今でもアフガニスタンの人口の7割超は農村部に暮らしており、そこでの人と人のつながりや社会のあり方、そして人々の信ずるものや行動規範は大きく変わっていないということである。
■アフガン人は来客に女性の家族を見せない
筆者はアフガニスタンに滞在した約7年間で、幾度も友人から邸宅に招待を受けたことがあるが、そうした場面で男性ホストの女性家族構成員と顔を合わせたことはほとんどない。
唯一の例外は、ホストが学生時代にアメリカにフルブライト奨学金留学生として暮らしたことがある家庭のみで、その意味では彼の暮らしはアメリカ式であった。その他の家庭では、たとえカーブルに暮らし国際機関に勤めるアフガニスタン人であっても、女性の尊厳を厳格に護るのである。
そして、たとえ家計が苦しくとも、客人に対しては最大限のもてなしを行い、勇気や復讐といった価値を命よりも重く考え、外部者がアフガニスタンの国の独立や人々の尊厳を脅かそうものなら命を懸けて抵抗するのである。この本質は今でも全く変わっていない、と筆者には思える。
勝藤の前掲書は、以下の文章で締め括られている(下線は筆者による)。
復讐に代るに法の尊厳を教え、「集会」に代る村議会を組織せしめなければならない。
しかし、このことはまだ甚だ不充分である。下級役人の中には、パシュトゥヌワレイを知って、アフガニスタン国憲法の存在を知らぬものもある。
今日のアフガニスタン国を理解するには、この国の人口の6割を占める支配民族たるパシュトゥン族の伝統を理解しなければならないであろう。
■「欧米の価値観の押し付け」になってはいけない
もっとも、ここまで議論したようにターリバーンの思想的背景・行動様式を理解できたとして、それをそのまま受容すればよいということではない。今も、中学1年生から高校3年生に相当する女子生徒は教育へのアクセスを制限されており、また年齢にかかわらず女性は外出すら制限され、外出時にも厳しいヒジャーブ着用の義務が課されている。
現実的に、欧米諸国が理想と考える状況が、そのまま実現する可能性は低いかもしれない。しかし、有効なチャンネルを通じ、ターリバーンに言動を一致させるよう促し続け、早期に男女平等な教育へのアクセスを実現させることが重要だ。
例えば、ターリバーンがナームースを男性の名誉と直結させて考えるのであれば、女性がヒジャーブを着用することについては現地の人々の様々な意見を取り入れながらその程度を定めて受け入れつつ、一方で女子生徒の登校再開を実現させるといった折衷的な解決が追求される必要がある。
その際、欧米諸国が外部の価値感を一方的に「押し付ける」のではなく、イスラーム諸国を介して働きかけるといったアプローチも有効であろう。ターリバーン幹部も、仮に自分の娘が病気になった場合、診察する女性の医師が必要であり、したがって女子生徒が医科大学まで学ぶ必要があることは理解するはずである。
伝統や慣習(因習)といったもの自体が、微動だにしない固定的なものではなく、時代とともに変化し得るものだ。これらはほんの一例だが、異なる価値体系の衝突に傍観するのではなく、お互いが傾聴の姿勢を保ち、妥協点を見つけ出す営為が今求められている。
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中東調査会 研究員
1979年、東京生まれ。上智大学卒業。英ブラッドフォード大学平和学修士課程修了。2005年からアフガニスタン政府省庁アドバイザー、在アフガニスタン日本国大使館書記官などとして7年間勤務。帰国後、外務省国際情報統括官組織専門分析員、お茶の水女子大学講師を歴任。
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(中東調査会 研究員 青木 健太)
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