医師・和田秀樹「これからの日本人の最期は、未解明の病気で早死か、100歳まで長生きしてボケるか」
プレジデントオンライン / 2022年5月24日 11時15分
※本稿は、和田秀樹『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)の一部を再編集したものです。
■「人生100年時代」に70代はターニングポイント
現代の日本において、70代の過ごし方が重要性を増してきた理由には、超長寿化によって、老いの期間がこれまでより延長するようになってきたという点も挙げられます。
これまで日本人は、戦後の栄養状態の改善によって、大きく寿命を延ばし、前の世代よりも若々しくなってきました。
かつて漫画『サザエさん』の連載が始まったのは1947年ですが、父親の磯野波平は当時、54歳の設定でした。いまの私たちから見ると、どう見ても60代半ばに見えます。それくらい、現代の日本人は若返ってきたのです。
しかし、この栄養状態の改善が、人々の若返りや寿命の延びに寄与してきたのも、1960年くらいに生まれた人たちまでで終わったと私は考えています。実際、日本人の平均身長の推移も、戦後、急速に伸びてきましたが、ここ20年くらいは伸びが止まっています。もはや栄養状態の改善は、日本全体に行きわたり、そのことが寿命の延びを牽引していくという時代は終わっているのです。
しかし実際にその後も、日本人の平均寿命は延び続け、これからも延びていくと予想されています。これは、医学の進歩がそうさせるのです。
日本人は戦後に劇的に若返ってきた体験をしているので、「人生100年時代」などと言われると、いまよりさらに若返りが可能になり、寿命が延びていくと考える人もいますが、それは正しい認識ではありません。
80歳や90歳になっても、いまの70代の人たちのように元気に活躍できるようになって、人生のゴールがどんどん後ろにずれていくというのは幻想でしかありません。
若返るのではなく、医学の進歩によって、「死なない」から超長寿になるというのが「人生100年時代」の実像です。
80歳にもなれば、みな老いに直面することになります。しかし一方で、寿命だけは延びていく。これは、私たちの人生設計を大きく変えることになるかもしれません。これまではせいぜい10年ほどだった「老い」の期間が、15~20年に延長する人生が標準になっていくからです。
今後は、伸長した老いの期間をどう生きるかが重要な課題になっていくでしょう。そして、その延長した老いのあり方を左右するのが、人生終盤の活動期である70代ということになります。
寿命がますます延びていく「人生100年時代」だからこそ、70代はますます重要性を増してきているのです。
■早死にするか、ボケて亡くなるかの時代
前項で老いの期間が延びていくと述べましたが、実際にどのような晩年が私たちに待っているのかを具体的に考えてみましょう。
私たちはこれまで、医学の進歩によって病気を克服し、寿命を延ばしてきました。たとえば、結核を克服したときには、日本人の平均寿命は20年ほど延びました。
現代医学は日々、ものすごいスピードで進歩していますので、近い将来には、がんの治療法が見つかる可能性もあります。もし、がんを克服できたら、平均寿命は5年ほど延びるのではないでしょうか。
かつて夢の新薬と話題となったオプジーボも、その効果は限定的なものであることがわかってきましたが、今後、別のタイプの薬が開発され、免疫の活性を上げる治療法が確立されるようになると、がんが克服されることも十分考えられます。
iPS細胞に関する研究の進捗も、非常に期待されるところです。iPS細胞とは、身体のさまざまな組織、臓器の細胞に分化することができる万能細胞です。つまり、この技術が進めば、老化した臓器を若返らせるようなことが可能となってきます。
たとえば、動脈硬化の見られるところに、この細胞を生着させて、古くなった血管を若い血管に再生させることができるようになるかもしれません。骨の細胞を再生して、骨粗しょう症を治療することもできるかもしれません。
すでに、眼科の治療においては、網膜の再生に実用化されていますので、あとはコストの問題ですが、近い将来に、iPS細胞を使ったさまざまな再生技術と治療法が一般化することは十分考えられます。
このような医学の進歩が、死に至るような病気を克服し、今後、私たちの寿命を延ばしていくと考えられます。
しかし、ここで大きな問題があります。医学の進歩が、がんや心疾患、脳血管疾患といった三大成人病をある程度克服し、また、iPS細胞を使った治療が開発されて、どのような臓器も新品に再生して若返らせることができたとしても、脳の老化を止めたり、脳を再生したりすることはできないという点です。
私たちの身体は、肝臓や腎臓、肌なども、その細胞は細胞分裂をしていて、時間とともに新しい細胞に入れ替わっていきます。しかし、唯一、脳だけは原則的に新しい細胞をつくらない臓器なのです。脳の神経細胞は、細胞分裂をしないで、同じ細胞をずっと使い続けます。
そのため、脳の神経細胞にiPS細胞をばらまいても、そこで分裂が起こり、新しい脳神経細胞がつくられるかどうかはわかりません。
■アルツハイマーと10年以上つきあう晩年に
もし仮に、新しい脳神経細胞ができて、古い細胞にとってかわったとしても、それは、これまでのデータが書き込まれていないまっさらな脳になってしまいます。
当然、新しい神経細胞に、これまでのデータを書き写す技術が必要となってきますが、いまのところ、そのような技術は実現不可能です。
私たちが「学習」とみなしていることも、脳の中ではタンパク質が変性するなど、なんらかの変化が起こっているはずですので、それらを解明して、再生した新しい脳神経細胞に、これまでのデータを移行することもいずれ可能になるかもしれません。しかしそれは、ずっと先のことになるはずで、少なくとも私たちの生きている間は不可能でしょう。
脳の老化にともなうアルツハイマー病についても、世界で多くの人たちが研究をしていますが、いまだに治療法はわかっていません。
まだ、仮説の段階ですが、脳の中でアミロイドという物質がたまることによって、アルツハイマー病が引き起こされると考えられていて、そのアミロイドの産生、蓄積を止める薬が開発できれば根本的な治療法になるとみられています。
しかし、この治療薬の治験は、20年、30年前から行っていて、動物実験では多少は成功した例もあるようですが、人間にはほとんどうまくいかず、いくつかの会社はすでに研究から撤退しています。つまり、脳の老化を止めるということは、それほど難しいことなのです。ようやくそのような薬がアメリカで認可を受けたという話も出てきましたが、それでもその薬は、かなり高額のものです。
いずれにせよ、医学の進歩が大きな病気を克服し、さまざまな臓器を若返らせたとしても、結局人は、脳から老いていくことを避けることができないのです。
私が高齢者専門の浴風会病院に勤めていたときは、亡くなられた方々の病理解剖の報告に毎週、接していましたが、そのときにわかったのは、85歳以上の方で、アルツハイマー型認知症の変性が脳にない方はいないということでした。
つまり、それくらいの年齢になると、脳は確実に老いていきます。軽重の差はあっても、85歳を過ぎればみな、脳の病理としてはアルツハイマーになっていることが普通なのです。
寿命が今後100歳近くまで延びていくということは、身体のほうはある程度、健康が保たれるようになっていく一方で、脳の健康はそのように保てないというアンバランスを生んでいきます。結果的に、認知症などとつき合いながら過ごす老いの期間が延びていくという晩年をもたらします。
私が医学部を卒業した1985年前後は、アルツハイマーにかかったら5、6年で死ぬ病気とされていましたが、いまでは、10年生きることも普通です。それが今後は、もっと長くなっていくと考えられます。
嫌な言い方をすると、寿命が延びていくこれからの時代は、事故や、まだ解明できていない病気で早死にするか、100歳近くまで長生きをしてボケて亡くなるかのどちらかという時代になってくるはずです。私たちの人生の晩年は、大きく変わろうとしているのです。
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精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)
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