「お前の胸があと5センチ大きければ…」気心知れた同僚への"鉄板ネタ"がある日突然セクハラ認定されたワケ
プレジデントオンライン / 2022年5月28日 10時15分
※本稿は、大槻智之『働きやすさこそ最強の成長戦略である』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■不快に思うかどうかの判断基準は自分ではなく相手にある
「俺が若いころは……」
なんて、言葉が口癖の人は要注意です。パワハラを悪気なく引き起こしてしまうタイプでしょう。パワハラの原因の多くが「俺的にはセーフ」「私の感覚では問題ない」という考えに起因するといいます。加害者となった方の多くが「自分もそうやって育てられた」と発言するように、根本には「若い子を育てたい」という前向きな発想があるのですが、そのやり方が現代の職場では通用しないことが多いのです。
これはセクハラも同様です。不快に思うかどうかの判断基準は自分ではなく相手にあることを忘れてはいけません。自身にとっては過去に努力した経験が今の財産であったとしても、同じことを部下にさせるとハラスメントになってしまうことがあるのです。
■気心知れた同僚への発言を第三者が不快に思うこともある
「ええっ‼ 彼女は関係ないのにあれがセクハラだって⁉」
思わず大声で叫んだのは営業部のAさん(35歳)。人事部長に呼び出され、「社内の懇親会の行為がセクハラに当たる」といわれたのがその理由でした。Aさんは「お酒の席とはいえ、社内の飲み会であることはわきまえています」といい、「セクハラを指摘されるような言動は記憶にありません」とキッパリと否定したそうです。
しかし、人事部長は「Bさんに『お前の胸があと5センチ大きければすぐに彼氏ができるのにな』といったそうだね」と返します。すると、Aさんは「はい、確かにいいました。でも、Bとは同期入社でお互いに冗談をいい合える間柄です。いつも同期の飲み会では鉄板のネタです。Bがそんなこというなんて信じられません。だって……」と。そこで、人事部長は話をさえぎるようにこう告げました。
「セクハラを訴えているのはBさんじゃないんだよ。それを聞いていたCさんからだ」
こうして冒頭のように、Aさんは思わず叫んでしまったのでした。
Aさんとしては「お前の胸が……」というセリフがセクハラなのは理解していたそうですが、「信頼関係がある相手を選んで発言した」ので問題にならないと思っていたそうです。しかし、Aさんから直接いわれたわけではなくとも、それを隣で聞いていたCさんが不快に感じて、人事部にセクハラだと訴え出たそうです。いくら「気心が知れている」「合意の下だ」なんていっても、TPOをわきまえないとセクハラ認定されてしまうのです。
このように、ハラスメントは当事者だけではなく、第三者からも訴えられることがあります。実際に、自分に対してではなく、同僚に怒鳴り散らしている上司を見て体調を崩し、パワハラを訴え出た事例もあります。
■部下に激高しから揚げを投げつけた部長
映像制作会社の企画部での出来事です。この部署では定期的に飲み会を開催しているのですが、部長だけはその飲み会に誘われていなかったようです。ある日、飲み会の話を偶然聞いたD部長は「俺もたまには呼んでくれよ」と飲み会を企画しているE君に頼んだそうです。
メンバーの中には反対した者もいたそうですが、「さすがに断りづらい」ということでD部長も誘ったそうです。飲み会はいつも通り盛り上がっていたのですが、突然、D部長が立ち上がり、E君の顔めがけて“から揚げ”を投げつけてしまったそうです。
静まり返った居酒屋の個室で部長はE君に不満をぶつけました。その理由は一番の上司であるにもかかわらず
1.乾杯の挨拶をさせなかった
2.ほぼ無視をされている
3.お酌をする者すらいない
とのこと。部長が退席すると、「パワハラじゃないのか?」「明日から職場でも無視しよう」といった声が上がったそうです。
たしかに、部長の行動はパワハラといわれても仕方ありません。しかし、無視や飲み会メンバーから外すなどの一連の行為も“逆ハラ”といわれる可能性のある行為です。このことから、両者に対する注意勧告が行われるにとどまり、いったん決着しました。ただし、その後、D部長のマネジメント能力が問われることとなったのはいうまでもありません。
■咎め方によっては自身がハラスメント加害者になりうる
「みんなに謝罪してください」
ある精密機器メンテナンス事業を行う会社の朝礼での出来事です。
専務に謝罪を迫られているのは営業課長のFさん。話によると、このFさん、女性の派遣スタッフに対し日頃から横柄な態度を取り、また、セクハラと思われる言動をしていたそうです。Fさんは女性スタッフに直接謝罪をし、「今後、改めてくれるのなら」ということでその場は収まりました。ところが、この報告を受けた専務は怒りが収まらず、「全社員に対して謝罪をするべきだ」となったそうです。
針のむしろに座る思いをしたFさんはその後体調を崩し、退職したそうです。この話はこれで終わりではありません。ほどなくしてFさんから会社に対して「パワハラを受けて退職せざるを得なくなった」として、あっせんが申し立てられたのです。“セクハラ”は確かに問題行為ですが、それを注意や処分することも適切に行わなければなりません。
“悪を成敗する”といったようなスタンスで指導をしていると、それ自体“行き過ぎた指導”となり、パワハラとなってしまいます。セクハラやパワハラを取り締まるはずの第三者がパワハラの加害者になってしまうこともあるのです。
■何でも「○○ハラ」とレッテルを張る行為もハラスメント
セクハラ、パワハラ以外にもマタハラ(マタニティー・ハラスメント)やアカハラ(アカデミック・ハラスメント)、煙草の煙に対するスモハラ(スモーク・ハラスメント)など多くの○○ハラが増えました。とはいえ、今は少しでも不快なことがあると「それって○○ハラだよね」と何でもハラスメントに結び付ける人が多いような気がします。
たとえば、臭いに対するスメハラ(スメル・ハラスメント)。強烈な香水を使用していたり、悪臭を放つ食材などを持ち込んだりしているのであれば「スメハラである」と注意しても良いでしょう。しかし、体臭のように本人の意思に関わらないものまでもハラスメントとして糾弾するのは問題です。その糾弾する行為そのものがパワハラとなる可能性があります。
また、ささいなことでも大げさに「それ○○ハラ」といってレッテルを貼る行為もそれ自体がハラスメントになるかもしれません。まさにハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)といってもよいでしょう。自分は冗談で「それって○○ハラだよね」といっても、本当にそうなのか判断するのはいわれたほうです。“ハラハラ”にならないように注意しましょう。
■相手を尊重した上での指導はハラスメントにはならない
まず、理解しておきたいことは、何でもかんでも“ハラスメント”になるわけではないということです。たとえば、業務上必要なことと認められるのであれば、ハラスメントではないのです。本来は必要ではない、余計なことを付け足したり、やり過ぎたりするからハラスメントになるのです。
そして、それを受け入れられるかどうかは自分では決められないということです。同じセリフ、同じ方法だとしても、誰に言われたかによって“コミュニケーション”と“ハラスメント”に分かれるからです。したがって、信頼関係の度合いに応じて指導方法やコミュニケーションの取り方を変えるなど工夫することが必要です。
信頼関係を築いていなくても、相手の人格を尊重したうえで業務に対する指導を行うのであればハラスメントにはなりません。ハラスメントを恐れるあまり「指導ができない」なんてことにならないよう、何がハラスメントになるのかを理解しておくことが肝要です。
■パワハラ防止法でも何がパワハラかの基準は抽象的
2020年6月、職場における「いじめ・嫌がらせ」を防止するための「パワハラ防止法(正式名称:改正労働施策総合推進法)」が施行されました。
ここには、どんな行為がパワハラにあたるのかといった内容や、企業が防止のために講じなければいけない対策が記されています。
しかし、該当するパワハラ行為においても、優越的な関係を背景とした言動/業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動/労働者の就業環境が害される言動など、やや抽象的な基準になっています。
そこで各社がより明確な基準づくりを進める必要があります。この基準を会社が一方的に決めるのではなく、グループディスカッションによって決めると成功しやすいと思います。被害に遭いやすい社員も含めてさまざまな層が意見を出し合うようにすると理想的です。
パワハラ防止法の施行により、社内でハラスメントの防止対策を講じるように義務づけられました。
その義務とは、事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発/相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備/職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応、と定められています。
ここでのポイントは、「相談窓口を設けなさい」という点です。
大企業であれば「コンプライアンス部」などがその窓口として最適ですが、中小企業の場合は、社員同士が互いに顔をよく知っていたり、いつも同じフロアにいるといったこともあり、なかなか社内で中立的な窓口を設置することは難しいのが実情です。では上層部はどうかといえば、かえって相談しづらいことも考えられるのです。
また、通報してももみ消されるのではないか、むしろ状態が悪化するのではないか、といった不安から、ハラスメントがあっても積極的な通報ができなくなります。
このようなことから現在では、外部の専門業者に委託することもできます。外部団体であれば、被害を受けた人は通報しやすくなります。
コストはかかりますが、社内の人間関係のしがらみとは関係なく、社内のハラスメント事情を把握し改善することができます。
人事教育の観点からもハラスメントの防止を考えてみます。この場合、特に注意すべき対象者は、管理職候補などで入社してくる中途入社の社員たちです。中途入社の場合、前職での基準をそのまま活かせると勝手に判断している人がいるのは事実です。したがって中途入社の人には、人事教育の一環として、自社のハラスメント基準や禁止行為などを明確に伝えておく必要があります。もちろん中途入社の人だけでなく、部下を持つ管理職者全員に対しても、定期的なハラスメント防止研修を行うようにしましょう。
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特定社会保険労務士
1972年、東京生まれ。日本最大級の社労士事務所である大槻経営労務管理事務所代表社員。オオツキM 代表取締役。OTSUKI M SINGAPORE PTE,LTD. 代表取締役。社労士事務所「大槻経営労務管理事務所」は、現在日本国内外の企業500社を顧客に持つ。また人事担当者の交流会「オオツキMクラブ」を運営し、220社(社員総数18万人)にサービスを提供する。
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(特定社会保険労務士 大槻 智之)
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