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佐藤優が明かす「消極的だった独ショルツ首相を、超強気に急変させた"ある団体"」

プレジデントオンライン / 2022年5月24日 13時15分

2022年4月19日、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、米国、フランス、ポーランド、ルーマニア、日本、英国、イタリア、欧州理事会、欧州委員会、NATOの首脳と電話会談を行い、声明を発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

ドイツは第2次世界大戦の反省から、これまで紛争地帯に攻撃的兵器を提供してこなかった。ところが最近になってウクライナに供与する意向を示した。なぜ態度を急変させたのか。元外交官で作家の佐藤優氏が解説する――。(連載第9回)

■日本のメディアは取り上げないが、ロシアでは大問題に

ロシアのプーチン大統領は5月9日、戦勝記念日の式典における演説で、ウクライナへの「特別軍事作戦」を改めて正当化しました。

去年12月、われわれは安全保障条約の締結を提案した。ロシアは西側諸国に対し、誠実な対話を行い、賢明な妥協策を模索し、互いの国益を考慮するよう促した。しかし、すべてはむだだった。NATO加盟国は、われわれの話を聞く耳を持たなかった。つまり実際には、全く別の計画を持っていたということだ。われわれにはそれが見えていた。

ドンバス(引用者註:ウクライナのドネツク州とルハンスク州)では、さらなる懲罰的な作戦の準備が公然と進められ、クリミアを含むわれわれの歴史的な土地への侵攻が画策されていた。キエフは核兵器取得の可能性を発表していた。

ロシアが行ったのは、侵略に備えた先制的な対応だ。それは必要で、タイミングを得た、唯一の正しい判断だった。(訳はNHKのHP)

停戦条件などの具体的な言及はなく、この戦争が長期化しそうな見通しを裏付けただけでした。停戦を実現できない最大の理由がプーチン大統領の野望にあることは当然ですが、ドイツのショルツ首相の4月19日の発言も原因のひとつになった、と私は捉えています。日本のマスメディアはほとんど取り上げていませんが、ロシアでは大きなニュースになりました。

■独ショルツ首相の発言で、戦争の勝敗ラインがはっきりしてしまった

ベルリン発のロシア国営タス通信の報道を、そのまま引用します。

オラフ・ショルツ独首相は、ウクライナでロシア軍の勝利を許してはならないと呼びかけた。このことをショルツは、火曜日(19日)に西側諸国指導者が参加したビデオ会議の結果についての記者会見で述べた。

会議にはジョー・バイデン米大統領、アンジェイ・ドゥダ・ポーランド大統領、エマニュエル・マクロン仏大統領、クラウス・ヨハニス・ルーマニア大統領、ボリス・ジョンソン英首相、岸田文雄・日本国首相、マリオ・ドラギ伊首相、シャルル・ミシェル欧州理事会議長、イエンス・ストルテンベルグ北大西洋条約機構(NATO)事務総長、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長も参加した。

「欧州連合(EU)並びにNATOにおけるパートナーと共にわれわれは、この戦争でロシアが勝ってはならないとの見解で完全に一致している」とショルツは述べた。

この発言の何が重要か。戦争に勝ったか負けたかという評価は、勝敗ラインをどこに引くかによって決まります。逆に言うと、双方が勝敗ラインについて合意しなければ、戦争は止められません。欧米の主要国の指導者は、この戦争の勝敗ラインを明確にしてきませんでした。しかし米英仏独日やEU、NATOの首脳が顔をそろえた会議後の「ロシアを勝利させない」という発言は、西側全体の目標と受け止められます。この目標は5月8日にオンラインで行われたG7首脳会合でも確認されました。

■熟練した政治家なら、相手の逃げ道をふさぐような発言はしない

ショルツ首相の発言によって、ロシアとしては停戦条件のハードルを上げられた格好です。ショルツ発言の前までは、ドネツク州とルハンスク州のうち、親ロ派武装勢力がすでに実効支配している領域に関してはロシアの主張を認め、ウクライナが今後の中立化を約束することで、停戦に至る可能性がありました。しかし西側全体の目標としてロシアを勝利させないと言うのなら、現状で停戦ラインを引いても将来は危ないと考えるようになったのです。

熟練した政治家であれば、相手の逃げ道をふさぐような発言は控えるものです。アンゲラ・メルケル前首相なら、こんなことは言わなかったでしょう。ショルツ政権は開戦前の2月半ばにウクライナにヘルメットを5000個送ると言って顰蹙を買いました。開戦後も戦車や重火器を直接供与することは避けてきました。ところが最近になって、榴弾砲など重火器の供与に踏み切り、ロシアへのエネルギー依存からの脱却も表明しました。

第2次世界大戦の反省からドイツが紛争地帯に攻撃的兵器を提供することはありませんでしたが、ショルツ首相はこの路線を変更し、強硬姿勢に転じたわけです。その理由は、連立政権を組む緑の党に引っ張られたためだと思います。

2005年にドイツの首都ベルリンに設立された「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。
写真=iStock.com/Callum Hamshere
2005年にドイツの首都ベルリンに設立された「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」。 - 写真=iStock.com/Callum Hamshere

■戦後ドイツの原則「紛争地に兵器を送らない」を急変させた本当の理由

ショルツ政権はショルツ首相が所属する社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党による連立政権であり、これはドイツ国政史上初となります。政策が大きく異なる3つの党をどう束ねるのか、発足当初からその手腕が問われてきました。メルケル前首相と違い、ショルツ政権は権力基盤が脆弱(ぜいじゃく)なのです。

緑の党は環境重視ですから、平和志向のイメージが先行しています。しかし、同党を率いてきたベーアボック外相の強気な発言を見ればわかる通り、ロシアに対しては厳しく、ウクライナへ戦車や重火器を送るべきだと強く主張し、慎重姿勢だったSPDに迫りました。

5月15日、ドイツ最大の人口と国内総生産(GDP)を誇るノルトライン・ウェストファーレン州で州議会選挙が行われ、ショルツ首相の所属するSPDが支持を大きく下げました。5月8日に行われたシュレスウィヒ・ホルシュタイン州議会選挙でもSPDは大敗しています。どちらの選挙でも、緑の党は支持を伸ばしています。ウクライナ支援を強く主張していることが支持につながったためです。

■アメリカの「停戦を求める」とは、ロシアに「撤退しろ」ということ

4月25日、ロシアのウクライナ侵攻を受けた米国の目標について、アメリカのオースティン国防長官は「ロシアが、ウクライナ侵攻のようなことをできない程度に弱体化することを望む」と述べました。ショルツ発言から3週間後の5月8日のG7首脳会談で採択された共同声明では「われわれは、プーチン大統領がウクライナに対する戦争で勝利することがあってはならないという決意で一致している」という方針が文書化されました。

西側諸国がこれらの要求をする以上、停戦を実現することは限りなく難しいです。

星条旗とロシアの国旗が描かれた壁
写真=iStock.com/Vlad Yushinov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vlad Yushinov

5月13日の米ロ国防省の会談でオースティン長官はロシアのショイグ国防相に対し、「即時停戦を求めた」としていますが、同日開かれたアメリカ国防総省高官によるブリーフィングでは、記者の質問に対して次のよう答えています。

記者】つい最近、1、2週間前、オースティン長官はウクライナの勝利を助け、ロシアの弱体化を望んでいると話していました。オースティン長官はその考えを変えたのでしょうか? また、以前にも停戦を呼びかけたことがあるのでしょうか? 私はオースティン長官が過去に停戦を要求したことを覚えていません。

国防総省高官】はい。バイデン政権は一貫して戦闘を停止することを望んでいます。何度もそう言ってきました。実際、オースティン長官自身、戦争は今日にでも終わると言っています。しかし、それはロシアが攻勢をやめて撤退を始めれば、その日のうちに終わる可能性があるという意味です。

だから、オースティン長官の見解に変化はない。政権の方針も変わっていません。私たちの政策に変更はありません。目標に変更はない。その点では非常に一貫しています。

アメリカのいう「即時停戦」の意味は、「ロシアが撤退すること」であり、西側諸国が掲げる「プーチン大統領が勝利しない」「ロシアが、ウクライナ侵攻のようなことをできない程度に弱体化する」という目標に変更はないのです。

■ルハンスクは90%占領されたが、ドネツクでは戦闘が膠着しているわけ

キーウから撤退したロシア軍は東部2州で攻勢を強めていますが、ドネツク州ではおよそ50%の占領にとどまっています。ドネツク州の主要地域は、ロシア軍の侵攻に備えて地下壕を作るなど、コンクリートで固めて要塞化されているからです。クリミア半島が併合された2014年ごろから、危険を感じて準備していました。ドネツク州は経済力においても産業力においても圧倒的に重要なので、防御を固めていたのです。

一方ルハンスク州では、そこまで備えが進んでいなかったので、ロシアがたちまち90%を占領しました。このことからもウクライナがドネツク州の防衛に最大限の力を注いでいることがわかります。ドネツク州を巡る攻防が戦争の今後の枠組みを決めるという認識では、ウクライナもロシアも、西側諸国も変わりありません。

しかしドネツク州のウクライナ軍は、西部戦線で効果を上げたアメリカ製の携行式対戦車ミサイル「ジャベリン」が使えません。ジャベリンは2.5キロくらいまで近寄らなければ撃てないので、山岳地帯や都市部など身を隠せる場所に向いています。しかしドネツク州は地平線の見える平地ですから、接近する前にロシアの狙撃兵に発見されてしまうのです。

そこで欧米は、砲撃戦に備え、最新の「M777」榴弾砲や「カエサル」自走榴弾砲、「パンツァーハウビッツェ2000」自走榴弾砲などをウクライナに供与しています。しかし、こうした最新兵器と同時に、旧式の兵器もいまだ多く使われています。

■ランボーも使っていた古い兵器で、20世紀型の地上戦が行われている

ロシア側の報道によると、ウクライナ軍が「トーチカU」というクラスター型の短距離弾道ミサイルを撃ち込んできて、二十数人が死んだ。そこで、トーチカUの発射施設を端から潰しているということです。

トーチカUは90年代にロシアが開発したミサイルですから、命中精度が低い。もはや博物館にしか存在しないというのがロシア側の言い分です。ウクライナは逆に、ドネツク州の病院や鉄道駅を爆撃したのは、ロシア軍のトーチカUだったと主張しています。

黒海で撃沈されたロシア軍の巡洋艦「モスクワ」も、1979年に作られた軍艦でした。前線に出ている「T-62戦車」も60年代のもの。ウクライナ軍が使っているアメリカ製の「スティンガーミサイル」も、88年公開の映画『ランボー3 怒りのアフガン』に登場していました。

1987年1月1日、ゴルバチョフが発表した公的部隊の撤退に伴い、アフガニスタンから撤退するソ連のT-62主戦闘戦車
1987年1月1日、ゴルバチョフが発表した公的部隊の撤退に伴い、アフガニスタンから撤退するソ連のT-62主戦闘戦車(写真=17 U.S. Code § 105/Wikimedia Commons)

こうした古い兵器を使って20世紀型の地上戦が行われていることに、私はとても嫌な感じを抱いています。アメリカや西ヨーロッパの国や兵士が参加していたら、こんなにも人がたくさん死ぬ戦争を果たして続けているでしょうか。

東欧諸国は、ウクライナ軍が使い慣れている旧ソ連製の兵器を供与する代わりに、アメリカ製の最新兵器を手に入れています。バイデン大統領が行っている軍事支援も、資金ではなく武器の供与です。かつてアイゼンハワー大統領が、「わが国が軍産複合体に牛耳られるようなことがなければいいけれども」と危惧を表明したことを思い出します。いま潤っているのは、軍産複合体です。ウクライナへの軍事支援は一種の産業政策ですから、アメリカ国内の景気がよくなるのは当然です。

■メルケルが、怒りに震えながらもプーチンと38回も話し合った理由

メルケル前首相は2014年のウクライナ紛争をめぐって、ウクライナ紛争を内戦の枠内に封じてこめておくことを基本方針としました。国家間戦争へ発展することを防ぐためです。そのためにメルケル氏はプーチン大統領との妥協が不可欠と考え、徹底的に対話を行いました。

内心では怒りに震えながらも、メルケルはロシアがウクライナを攻撃している間にプーチンと三八回の会話を交わしている。「二人は毎日のように連絡を取り合っていました。メルケルは、攻撃的でこれ見よがしなプーチンの姿勢をなんとかトーンダウンさせようと辛抱強く対話し続けたのです」。

メルケルの交渉チームの一員だったヴォルフガング・イシンガーが振り返る。メルケルはこの戦争を極悪非道でまったく正当化できないと考えており、プーチンにこの戦争から手を引かせるための出口をなんとしても用意すると心に決めていた。彼女の個人的な見解(それは嫌悪感と表現しても言い過ぎではない)がどうであろうと、対話を続ければ最後にはプーチンを現実に引き戻すことができるだろう、とメルケルは感じていた(カティ・マートン著『メルケル』)

メルケル氏の宥和(ゆうわ)的な政策がプーチン大統領を増長させたという評価が現時点では強くあります。しかし、ロシアがウクライナに侵攻する前に親ロ派武装勢力が実効支配していたドネツク州とルハンスク州の領域よりも多くの土地を占領し、さらには戦争を拡大していく状況になれば、「国家間戦争へ発展させない」というメルケル前首相の基本方針に意義が再評価されることになります。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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