アシックスとアディダス"新厚底"の実力…2023年箱根駅伝「シューズ戦争」視野に入れた打倒ナイキの捲土重来
プレジデントオンライン / 2022年5月26日 11時15分
■アシックス、アディダスの「新厚底シューズ」の実力
そこにあったのは「打倒ナイキ」という目標である。
4月下旬、アシックスとアディダスが欧州でそれぞれランニングイベントを実施した。契約ランナーたちに発売前の新しいモデルのシューズを着用させて、「5km」「10km」「ハーフマラソン」の記録を狙わせたのだ。いい記録が出ればメディアがそれを報じて、新シューズのいいPRにもなる。
先行はアシックス。4月24日にスペイン・マラガでイベントを仕掛ける。アシックスの誇るアフリカや欧米などのトップアスリート79人が新シューズを履いて参加した。
後攻となるアディダスは4月30日にドイツ本社があるヘルツォーゲンアウラハでイベントを開催。やはりアフリカなど世界から招待したエリートランナーが新作シューズを履いて独自設定した周回コースを走った。
結果はどうだったのか。天候(気温、湿度、風)、コース、レース展開が異なるため単純な比較はできないが、各部門のトップタイム(□がアシックス ■がアディダス)を比べた。
女子ハーフマラソン
□1時間7分30秒 ■1時間7分28秒
男子ハーフマラソン
□59分54秒 ■59分30秒
女子10km
□31分39秒 ■30分24秒
男子10km
□27分14秒 ■26分50秒
女子5km
□14分45秒 ■14分37秒
男子5km
□13分20秒 ■12分53秒
両社ともハーフマラソンのタイムは今ひとつだったが、10kmと5kmでは好タイムが続出した。アシックスは4つ、アディダスは9つのナショナル(選手の出身国)記録を出した。
しかし、このナショナル記録に“価値”があるかと言われれば、微妙だ。5kmや10kmは、ロードを走るかトラックを走るかでタイムが大きく異なる。競技的に、メインはトラックであるため、今回両社で実施したロードでの記録はそもそも“価値”が高いとはいえない。アシックスは「79人のうち27人が自己ベスト」としているが、そのなかには5km・10kmレースをほとんど走ったことがない選手も含まれている。
■2023年箱根駅伝でどこまでシェアを上げられるか
次は両社のトップタイムを少し細かく比較してみよう。アシックスは女子ハーフマラソンでアディダスの記録を2秒上回ったが、それ以外はアディダスの完全勝利だった。
アディダスは特に男子の5kmと10kmが素晴らしかった。5kmの1位選手のタイムは今回、世界歴代3位に相当し、2位はケニア記録を樹立した。また10kmの1位選手は世界歴代4位のタイムで、以降も同5位、同6位タイの好タイムが続出した。
アシックスを凌駕したアディダス。この結果はシューズの差なのか。筆者はシューズの性能ではなく地力の差と見ている。
アディダスの5km、10kmで上位に入った選手はドーハ世界選手権(2019年)10000m銀メダリスト、東京五輪(2021年)5000m4位など実績がある。アディダスが世界トップクラスの選手を抱える一方、アシックスの契約ランナーはそこまでレベルが高くない。その差がタイムに表れているのだろう。
ただアディダスとしてはこのイベントは大成功だったとは考えていないだろう。同社は昨秋に第1回のイベントを開催しており、女子5kmでエチオピア人選手が世界記録を樹立。今回はそのタイムよりさらに速い記録を狙っていたはずだが、届かなかった(なお、アディダスのレースには大学生や社会人などの日本人3人が出場したが、いずれも下位に沈んだ)。
両ブランドが自前のイベントでPRしようとしていた新シューズは6月中旬発売予定の「METASPEED+」シリーズと、国内では7月発売予定の『ADIZERO ADIOS PRO 3』だ。ともに厚底モデルだ。
アシックスの「METASPEED+」は2タイプある。ストライド型ランナー向けの<SKY+>とピッチ型のランナー向けの<EDGE+>だ。ともにストライドを伸ばし、少ない歩数でゴールすることを追求したシューズ。軽量で反発性を持つ独自開発のフォームを増量して、カーボンプレートの位置も調整したことで従来モデルより推進力がアップしたという。
アディダスの『ADIZERO ADIOS PRO 3』は昨年7月に発売された5本指カーボンシューズの進化版になる。このモデルの初代版を履いたケニア人選手が以前、女子単独のハーフマラソンで世界記録を樹立しており、アディダスの厚底もナイキに迫ってきた印象だ。
アシックスもアディダスも前モデルを履いた日本人選手の評価が高く、2022年の箱根駅伝ではナイキ着用選手は21年大会201人→22年154人と減った一方、アディダスは4人→28人、アシックスは0人→24人と大きく巻き返した。両社とも今回の新モデルが選手にさらに評価されれば、23年の箱根を走る選手のブランド勢力図が再び大きく変わる可能性もある。
世界のトップ選手は各メーカーと契約しているため、レースで他メーカーのシューズを履くことはできない。しかし、一般のアスリートは性能だけでなく、デザイン、カラーも重視して、自分の好きなシューズを選ぶことになる。“ナイキ一強”から、再び、群雄割拠の時代に入っていくかもしれない。
■他社追随を尻目に今度は「薄底モデル」出したナイキ
今回、アシックスとアディダスが仕掛けた「自社イベント」だが、厚底シューズで世界のマラソンを変えたナイキもかつて開催したことがある。2017年5月の「BREAKING2」だ。この非公認レースに向けて開発が進められてきた厚底シューズが“大爆発”する。
前年のリオ五輪男子マラソンで金メダルを獲得したエリウド・キプチョゲ(ケニア)が当時の世界記録(2時間2分57秒)を大きく上回る2時間0分25秒で42.195kmを走破。世界中を震撼させた。
この企画はナショナルジオグラフィックチャンネルのドキュメンタリー番組としても放送された。シューズだけでなく、シューズ開発と新記録を巡る「人間ドラマ」も同時に作ったわけだ。これは同社が仕掛けたことかどうかは不明だが、そうだとすればいい演出だ。キプチョゲがひた走る映像に魅了され、彼が履いていた厚底シューズに関心が高まった人は世界中に数千、数億人といるだろう。
「BREAKING2」を知っていると、正直、今回のアシックスとアディダスの自社イベントには物足りなさを感じてしまう。
ナイキが世界を驚かせた厚底シューズはマラソン界の常識になった。そして現在も、遅ればせながら厚底商品を発売して必死に追いすがろうとする競合他社を尻目に、先手先手で攻め続けている。
今年2月24日にナイキは“真逆”ともいえるシューズを発売した。それは『ズームエックス ストリークフライ』(以下、ストリークフライ)。5km、10kmなどの短いロードレースやトレーニングを行うアスリート向けに開発したモデルだ。
実はこれ、靴底は25mm強の「非厚底」。現行のナイキモデルでは最軽量となる172g(26.5cm)。限られたスペースのなかに厚底シューズで培った最新テクノロジーが詰め込まれているという。市民ランナーの中にはいち早く買い求めた人も少なくない。
ナイキアプリ限定の発売とはいえ、「プロトタイプ(試作品)」という名前のカラーは数時間で完売。後日、オークションサイトでは販売価格(税込1万9250円)の倍近い値段で取り引きされていた。この5月中旬には新色を登場させるなど抜かりない。
もしナイキが契約選手に『ストリークフライ』を着用させて5km、10kmレースを走るイベントを開催していたら、どれぐらいのタイムが出ていたのか。非常に気になるところだ。
アシックスとアディダスだけでなく、多くのブランドがナイキの動きに注視している。王者を脅かすためにはさまざまなアイデア、革新的なPR戦略を練る必要があるだろう。
結局のところ、どんなに素晴らしいシューズを作っても、王者になれるポテンシャルを持つランナーが履かないと「世界一」をもぎ取ることはできない。
世界のトップ選手が「履きたい・契約したい」と共鳴できるシューズ作りの発想やコンセプトを打ち出し、レースで結果を出し、その他の世界の有名・無名ランナーに夢を与えること。これが、シューズ市場でトップを目指す企業の課題だと言えるだろう。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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