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「年2回の人事評価なんてとんでもない」エディー・ジョーンズが分析する、日本人の生産性が上がらない理由

プレジデントオンライン / 2022年5月27日 10時15分

ラグビー前・代表監督 エディー・ジョーンズ氏

頑張っているはずなのに成果が出ない。そんな「生産性の低い」組織の問題点はどこにあるのか。ラグビー日本代表・前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏が、チームメンバーの能力を引き出し、結果を出すための方法を明かす。「プレジデント」(2022年6月17日号)の特集「報われる努力、ムダな努力」より、記事の一部をお届けします。

■思い込みは生産性を鈍らせる元凶

「エディーさん」はかれこれ20年以上、世界のトップでコーチングに携わってきたが、常に強調するのは「ビジョン」の必要性だ。

「ビジョンを描く。それがリーダーの仕事としての第一歩です。はじめに誰もが共感できるビジョンを提示することが必要です。2015年のW杯のときは『史上初めてベスト8に進出する』というのが到達目標でした」

共通のビジョンを提示することは、常識や思い込みを取り払うことでもあるとエディーさんは言う。

「選手だけではありません。日本の関係者には『勝てない』という意識が染みついていました。たとえば、現代のラグビーでは8人で押し合うスクラム戦が重要とされています。私がヘッドコーチに就任以前まで、『日本人は体重も軽いし、スクラムを押せるわけがない』という固定観念に囚われていたんです。そのほかにも、『日本は農耕民族なので、狩猟民族には勝てない』と総括する人もいましたよ(笑)。いったい、その言説のどこに科学的根拠があるんでしょうか? ありません。思い込みは生産性を鈍らせる元凶です。リーダーはそれを取り払う根拠を提示し、メンバーに自信を与える必要があります」

■あらゆるエリアで、“狩猟民族”に対抗できるだけの数値を要求

エディーさんは、ベスト8進出という長期的なビジョンを達成するために、選手たちに中期、短期のあらゆる目標を示した。個々人にはトレーニングでウェイト、フィットネスなどあらゆるエリアで、“狩猟民族”に対抗できるだけの数値を要求した。

「設定したゴールに到達するためには、現状と目標の間にどれほどのギャップがあるのか。それをどう埋めるのかを考えなければいけません。その見極めが大切で、決して楽観的になってはいけない。現実を見つめ、そして具体的な行動をプランニングすることが強いチームをつくるのです」

日本代表以外にも、数々のチームを率いて実績を挙げてきた

エディーさんのチームづくりは、ビジョンの提示だけでなくこのプランニングも巧みで、計画の実施にも明確な方法論がある。かつて私が聞いたのは、「集団において上位10%のメンバーにはコーチングは必要ない。なぜなら、彼らは放っておいても自分たちで成長しますから。コーチングで最も効果があるのは下位10%です。そこを手厚くサポートし、ボトムアップすれば、チーム力は大きくアップします」という考えだった。これもビジネスからの知識を応用したものだったという。

「ギャップの在り処を見極め、そこに焦点を当てます。勝利に対してもっとも影響力が大きいエリアを定め、そこに対して時間、労力を投下することで短期的に生産性を上げ、成果を手にすることができます」

ラグビーにおいてはそれが体をつくるトレーニングというわけだ。目標値に到達するために、24時間をフル活用した。

「選手たちは毎朝5時に起きて、『ヘッドスタート』と呼ばれる体を大きくするトレーニングに励んでもらいました。食事の後には朝寝の時間も指定しましたよ。回復には睡眠が必要な要素だったので。それから午前中にユニットごとに練習をし、夕方には全体練習で進捗状況を確認しました」

こうしたプランニングによって、実際にすべての選手がパーソナルベストを更新し、W杯を迎える頃には、ワンサイズ上のジャージを用意しなければならなくなっていた。

また、試合に向けては対戦相手への意識づけも用意周到だった。W杯の3カ月前の合宿では、1週ごとに「南アフリカ・ウィーク」「スコットランド・ウィーク」と名付け、対戦相手ごとに独自の対策をインストールした。

「試合が近づいてきたら、漫然とした練習では焦点がぼやけてしまいます。具体的な練習計画、そしてネーミングといった演出も大切になってきます」

周到なプランニング、準備の結果、15年のW杯で日本はその生産性を最大化させることに成功。過去7大会でわずか1勝しか挙げられなかったチームが、南アフリカに勝っただけでなく、一気に3勝し、日本のラグビーの歴史を変えた。

■権限を与えれば挑戦が増える

なぜ、歴史的な偉業は達成されたのか? エディーさんは、生産性を最大化させるために必要なのは、適切なビジョンの策定、プランを立てるだけではなく、プロジェクトの進捗状況、個人の状態を確認する「評価システム」にあると話す。

「コーチングで大切なのは、適切なエバリュエーション、評価です。プランニングと同様、コーチにとって重要なのが人事考課、進捗状況の評価です。人事については、スタッフはもちろん、コーチである自分自身に関してもどれだけ進歩しているかを評価し続けなければなりません」

組織の成長を促すためには、信頼できる評価システムが大切だとエディーさんは強調する。

「ターゲットに向かって、月単位、週単位、そして毎日の評価があるはずです。一日を漫然と過ごしては、生産性が上がるはずもありません。私は日本でいろいろな企業の方と話をしますが、びっくりしてしまうのは、『いつも適切な評価をしています』と話すのに、その頻度が年2回だったりするんですよ。とんでもない、と思ってしまいますね。評価は常に、毎日やらなければいけません」

日本で生産性が低い組織が多い理由は、ほかにもあるとエディーさんは指摘する。そのひとつが長時間労働だという。

「日本のリーダーは長時間労働を強いることで、メンバーに対して相対的優位性を示そうとします。これは高校の部活動からビジネスにいたるまで、あらゆるエリアで散見されます。長時間労働は集中力を削ぎ、生産性を低下させます。それよりも、緊張感をもって仕事をする環境をつくるのがリーダーの務めです」

日本人の成長を妨げているのは、失敗することを恐れる気持ちです
「日本人の成長を妨げているのは、失敗することを恐れる気持ちです」

そしてもうひとつ、生産性向上の足を引っ張っているのが日本人の「安全志向」だという。仕事のうえではミスをしないことが優先され、イノベーティブなことに挑戦する士気を挫いているのだという。

「これは評価システムとも関わってきますが、日本人は100%正しく実行することに重きを置きすぎています。システムがそうなっているからです。もっと、冒険心を評価すべきではないでしょうか。ただ、安全性を優先させるのは、何も日本人だけの特徴ではありません。イングランド人も『グループで一緒にやっていきましょう』とか、『礼儀正しく』といった価値を優先させます。私が育ったオーストラリアはよりアグレッシブ。幼いときから、そうした発想の教育を受けてきたからです。教育は重要ですね。『出る杭は打たれる』という日本の諺は、今も生きていて、生産性の向上を妨げている気がします」

日本人のこうしたメンタリティは、保守的な選択につながる可能性が高い。

「『セカンド・エフォート』という言葉があります。ラグビーでは、相手にタックルされてから『あと2メートル、いや3メートル進もう』とあがくことを指します。日本人はこうした意欲が低いのです。これは自分の役割を果たせばいいという意識の裏返しでしょう。実際、頑張ったことで孤立し、ボールを奪われてしまうことも多々あるのですが、リーダーは前に進もうという意欲を挫いてはいけない。日本人の成長の妨げになっているのは、失敗することを恐れる気持ちです」

エディーさんはリーダーのビジョンによって、メンバーの心理的安全弁を開放することは可能だという。

「大胆に仕事をしてもらうためにはどうすべきか。リーダーはミスが起きる構造を理解し、それを許容するのです。ミスが起きやすいのは、チャレンジをしたときです。自分の限界を超えようとして失敗してしまう。けれど、失敗することは勝利に到達するためのプロセスのなかで、すごく重要なんです。だからこそ、チャレンジを尊重し、そうした意欲をサポートする体制、プランを考えるべきです」

リーダーはサポート体制を整える必要があり、その方法を確立することがリーダー自身だけでなく、組織のメンバーの成長につながるとエディーさんは言う。

リーダーは自分にも弱点があることを認識する必要があります

■リーダー自身が失敗を恐れないこと

「進むべき方向を示したら、メンバーを引っ張っていく場面は必ず訪れるでしょう。しかし、集団の後ろに回り、メンバーの誰かに『さあ、あなたがリーダーシップを取る順番です』と促すことも必要です。これを忘れがちな人は多いです。大切なのは、時と場合によってどちらのほうがいいのか、適切に判断すること。そして、リーダー自身が失敗を恐れないことです。時機の判断を間違っていたとしても、そこから学びを得られるはずです」

選手のさらなる意欲を引き出すことに重きを置くマネジメント方法は、人材に恵まれない組織、プロジェクトでも応用が利く。

「現状を嘆くことは簡単ですが、何ができるかを考えましょう。メンバーが勇気をもって仕事に取り組める環境をつくること、それが第一歩です。そして次にメンバーが自分たちで決断できるように権限を委譲していく。人間は、決定権限が保証されていると、さらに意欲が湧いてくるということが研究でも証明されているんです」

メンバーの積極的な姿勢を促すために、リーダーが用意できることは多々あるとエディーさんは言う。

「ふたつの方法があります。まずは、こういう姿勢で仕事に挑んでほしいとダイレクトに伝えること。そしてもうひとつは婉曲に、あえてオプションを与えて『最善の方法はなんだろう?』と考えてもらう方法も大切です」

そしてエディーさんは、世界のトップクラスのコーチたちが、いかに人間関係構築のための「技術」を学んでいるか、実例を挙げて紹介してくれた。

「サッカーのアヤックス、バルセロナ、バイエルン・ミュンヘン、マンチェスター・ユナイテッドといった名門クラブで監督を務めてきた名将、ルイ・ファン・ハールと食事をしたことがありました。世界の一流指導者と会って話をするのは私の仕事の一部ですからね。ファン・ハールはオランダ人なのでラグビーの知識は皆無に近く、私のことは知りませんでした。

アムステルダムの空港でランチをしたのですが、初対面だったにもかかわらず、私の胸を触ってくるんですよ。腕じゃなくて、胸。なんだか居心地悪くて(笑)。そして、なぜそうしていたかを聞いてみたんです。そうしたら『人間関係をより円滑にするために触れていたんですよ』という答えが返ってきて、なるほどと思いました。コーチングの基本は、よりよい人間関係を構築することであり、それには様々なアプローチがあるのだと確認できた思いがしました」

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生島 淳(いくしま・じゅん)
スポーツジャーナリスト
1967年、宮城県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。博報堂を経て、ノンフィクションライターになる。翻訳書に『ウサイン・ボルト自伝』(集英社インターナショナル)のほか、著書多数。

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(スポーツジャーナリスト 生島 淳 撮影=小田駿一 写真=getty images)

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