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ジューススタンドをやるならタピオカよりバナナ…いきなりの駅ナカ展開に成功した元焼きそば店長の機転

プレジデントオンライン / 2022年5月26日 12時15分

ミッテン府中店。府中駅前のショッピングセンター2階にある。 - 写真提供=バナナスタンド

元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして焼きそば専門店を始めた。だが、コロナ禍で客は急減。そこで目を付けたのがサイドメニューの「バナナジュース」だった。バナナジュース専門店であれば、生き残れるかもしれない。黒田さんの元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(第7回)

■日本人の大好物、バナナの持つ驚きのポテンシャル

この30年間で、日本の食卓は大きく変わった。

家計調査によると、1世帯当たりの平均消費支出(2人以上世帯)は、393万円から334万円へと約15%下落している。所得の減少から食費を切り詰める世帯が増加しており、食料費もこの間約11%減少している。深刻なのはぜいたく品とみられやすい生鮮果物で、約30%減少している。

興味深いのは、メロンやイチゴといった高価格帯の商品が売れなくなっているだけでなく、より身近なリンゴやみかんの販売も40~50%落ち込んでいることだ。中央果実協会のアンケートによると、果物を食べない理由として、値段の高さ、日持ちの悪さ、皮を剥く手間、ほかに食べる食品の存在、が上位に挙げられている。

そんななか、急激に消費量を増やしているのがバナナだ。

市場全体の消費量は、30年間で約60%拡大している。商品開発が進んで甘いバナナが増えているのに加えて、高い栄養素や食べやすさも後押ししている。きわめてポテンシャルのある食べ物だ。

2020年8月末、黒田が出店したバナナジュース専門店「バナナスタンド」仙川店の売り上げが好調な背景には、このような素材としてのバナナの魅力があった。オープンバブルが静まっても1日350~400杯は出ており、売り上げで13万~14万円に達している。

■脱サラして開いた「焼きそば店」の教訓

9月の売り上げは450万円と、200万円程度にとどまった神保町と下北沢の2店合計した焼きそばの売り上げの倍以上になった。駅ナカという立地が影響した面は大きいが、黒田の見立てでは人通りが多いだけではダメだという。

これから電車に乗る人や乗り換え客の購入は期待できず、大事なのは家に帰る客が立ち寄ってくれることだ。改札が分散していない仙川駅の構造が売り上げにつながっていた。

来店客が一気に増えるのが夕方以降だ。特に6時くらいから忙しく、1時間に100杯を超えてくると、スタッフは3人必要になる。週末もこのペースは下がらない。ただし雨の日は気温が下がるからか、売り上げが落ち込む。荷物が多くなるのを嫌がるという要因もある。

開店当初の仙川店。
筆者撮影
開店当初の仙川店。 - 筆者撮影

バナナジュースは、焼きそばを扱ってわかったさまざまな反省から始まっている。

オペレーション面でいうと、焼きそばでは誰でも作れる再現性の追求が十分ではなかった。簡素化したとはいえ、焼きそばを一食作るのに相応の手間と時間がかかっていた。

バナナジュースは冷凍したバナナと牛乳を混ぜるだけというシンプルなオペレーションのため、アルバイトでも間違えようがない。一杯提供するのに20秒程度しかかからないので、客を待たせることもない。

値段設定では750円の焼きそばが高いと思わないが、より値段に敏感な層を取り込めていなかったのも事実だ。レギュラーサイズで340円、ラージサイズでも400円台のバナナジュースは習慣的に飲むドリンクとして受け入れられやすく、500~600円台が多い競合店と比べても競争力がある。

■バナナジュース専門店が儲かるワケ

初期投資は少ないほどいい。バナナスタンド仙川店の開店費用は250万円程度と、焼きそばの4分の1だ。京王ストアのリニューアルオープンに合わせて、運営会社と折半になったのは大きい。

費用と時間をかけて顧客に認知させていくというオーソドックスな戦い方をした焼きそばに比べて、バナナジュースは時間も場所もかけないシンプルな戦い方に徹している。売れなければ、すぐに撤収できる身軽さがある。

また店舗の賃料は、売り上げの15%に設定した。売り上げ連動の形態をとることで収益を追求しつつ、最低保証額を固定賃料の相場より低く設定している。売り上げが好調なときは賃料が割高になるが、販売不振時に賃料で苦しむことはない。

ポイントカードは、バナナジュースを飲むことを習慣化させる重要な要素だ。一杯につきスタンプ1個で、5個ためるとガチャガチャを1回できるようにした。なかには50円引きやバナナジュース一杯無料といった特典が入っている。子どもの関心を引くので、親子で購入する客が少なくない。

より効果が大きいのがクーポンだ。1杯買えば次回は100円引き、2杯目で次回はトッピング1回無料と続いていくもので、10杯目に50%引きになる、まずはバナナジュースを10杯飲んでもらいたいという発想で始めたものだ。

10杯飲めば、バナナジュースが習慣化できるという狙いがある。ただ割引率が高いので、高頻度で配るわけにはいかない。年に2回程度タイミングを見て配る予定だ。

■輸入フルーツ仲卸の老舗への直談判

バナナジュースの販売にあたって大事なのが、質の高いバナナの確保だ。

黒田が当初から狙いを定めていたのが、輸入フルーツ仲卸で歴史のある松孝だった。業界では誰もが知っているバナナ問屋の老舗で、品質も価格も申し分ない。できれば市場に多く出回るフィリピン産ではなく、甘みのあるエクアドル産を安定して調達したかった。

はじめてバナナスタンドに対応した日のことを、松孝の3代目社長、吉村誠晃(まさあき)はよく覚えていた。

松孝の吉村誠晃社長。創業者吉村孝三郎から継いだ松孝の3代目。(写真=松孝提供)
松孝の吉村誠晃社長。創業者吉村孝三郎から継いだ松孝の3代目。(写真提供=松孝)

「いきなり遅刻してきたんですよ」

バナナスタンドからは、創業時から黒田の下で働いている学生2人が訪問していた。大田市場は品川からモノレールに乗り、流通センターから徒歩で20分ほどかかる。市場の入り口近くにある松孝の本社ビルに、2人は息を切らせて走り込んできた。

「2019年の秋くらいですよね」
「それくらいです。焼きそば屋のオーナーがバナナジュースをやりたいので、力を貸してほしいっていうんです。正直そういった話はよくあるんですけど、こっちも学生の遊びにつき合うほど暇じゃない。断ってもよかったんですけど、大声で謝る姿を見てると、若いのに見どころのある子たちだなと思えてきたんです」

吉村社長が話してわかったのは、2人が愚直なほどに真剣だったことだ。おいしいバナナジュースを作るための方法を一生懸命考えており、その熱心さが伝わってきたという。

松孝はスーパーマーケットとの商売がメインで、消費者に直接会うことはほとんどない。卸したバナナを顧客がどう食べているかわからないのが実態で、自分たちのバナナが届く姿が見えるのは新鮮な経験だった。

■タピオカにはないバナナの強み

吉村は黒田の金融マンのかけらもない姿が驚きだった。

キャップを後ろ向きにかぶり、真っ黒な服装で、日本一おいしい焼きそばを作る自信があるという。同じようにおいしいバナナさえあれば、均一なおいしさのバナナジュースができるという言葉を覚えている。

タピオカはブームになったが、高い値段設定もあって日常生活に定着しなかったという問題意識は吉村と同じだった。

1杯600円もすれば同じ道を歩むことになると思うが、黒田はどうにかしていいものを安く売りたいという。バナナには実需があるだけに、バナナジュースも売れるはずだ。その考えに好感を持って取引することにした。

バナナスタンドからは、今では週に80~100ケースの注文がある。松孝では1日に1500から2000ケースのバナナを卸しているので、1週間の合計1万ケースのうち1%程度にすぎない。しかし黒田にはほかの取引先では見えない熱意があり、自分たちのバナナのおいしさを評価してもらっていることが感じられるという。

■仲卸業者の願い、黒田の熱意

バナナで一番大事なのは、真っ青なバナナを室に入れて、エチレンガスで熱して黄色くする過程だ。ここで大きく味の違いが出る。むずかしいのはガス抜きのタイミングと抜いた後の温度管理で、早すぎても遅すぎてもいけない。

約1週間バナナの変化を見ながら0.5度刻みで温度を変え、色、味、鮮度と三拍子そろったバナナを市場に出す。吉村は、その手間や味の違いがわかってくれる業者に、バナナを提供したいと考えていた。

松孝のエクアドル産バナナ。品質管理に手間を惜しまない。
写真提供=松孝
松孝のエクアドル産バナナ。品質管理に手間を惜しまない。 - 写真提供=松孝

消費者は安くておいしいものが欲しい。安くてもおいしくないものは買いたがらないもので、おいしさは絶対の条件だ。日本のバナナ消費量は海外に比べるとまだ伸びる余地があるが、ローコストで手を抜いた商品を作っていては消費者が離れていくだけだという。

「記者をやっていた経験からいわせてもらうと、このマーケットはまだ情報格差が大きいんですよ。生産者が持っているおいしいフルーツの情報をお客さまが知らないことで、失ってるチャンスが大きすぎるんです」

吉村は大学卒業後、共同通信に4年間勤めた経歴がある。自分の言葉に思い出したように、事務所からファイルをとってきた。表紙には「松孝ニュース」と書かれている。

「この会社に入ってから、新聞みたいなものを作り始めたんです。ニュースっていっても、各フルーツの担当者が、入荷予定の時期とか価格とか需要の見通しを伝えるだけですけど、この業界はとにかく、消費者が生産者のことを知らな過ぎなんです。こんな当たり前のことをするだけで、バナナがぐっと身近になるんですよね」

ぶ厚いファイルをめくっていると、バナナの販売を増やそうとがむしゃらに走り回る若い頃の吉村の表情が浮かんでくるようだった。

■望み通りのエクアドル産バナナ

安定した供給ラインを確保できたバナナスタンドは、今では各店舗で約半月分の在庫量を維持している。1000リットル以上入る冷凍庫を各店舗に置き、府中と仙川のバックヤードには複数の大型の冷凍庫を備えている。

冷凍庫は、段ボール30箱以上のバナナが入る容量がある。段ボールひと箱に約90本のバナナが入っているので、最大でバナナ3000本を上回る量だ。バナナジュース1杯で1~2本のバナナを使うので、1500~3000杯分になる。

松孝からは一度に80~100箱納入され、数日熟成させたものを各店舗で仕込んでいる。熟成度合いの確認で大事なのは柔らかさだ。あまり若いバナナは、硬くて粘着度が高くなりがちだ。

味については、エクアドル産にこだわっている。フィリピン産が一番多く出回っているが、エクアドル産のほうが甘みはある。ひと箱3000円程度で購入していたが、足もとの物価上昇で1割以上値上がりしている。

バナナスタンドではSDGsの観点から、もげたバナナの活用にも積極的に取り組んでいる。味は通常のバナナとほとんど変わらないのに、値段はほぼ半額だ。コストカットにもつながるが、あまり多くすると、味が落ちてしまう可能性がある。

■焼きそばからの完全撤退を決断

「ニノさん」(日本テレビ系)への出演の反応を確認するためにぼくが神保町に向かったのは、2020年11月のことだった。15時過ぎに店に向かうと、カウンターに女性2人と、テーブルに男性2人がいる。黒田は店の隅で、ある金融機関の担当者と話していた。

千代田区が飲食店に対して導入した、1000万円を上限とした融資について説明を受けていた。信用保証協会の費用を区が肩代わりするという制度で、無保証、無利息という飲食店にとってこのうえない仕組みだ。

「ニノさん」出演以来、取り上げられたナポリタンの売り上げが順調に伸びていた。しかし神保町店の平日で50~60食程度と、爆発的な売れ行きというわけではない。ソース焼きそばと違って冷めると味が落ちてしまうため、テイクアウト営業をしていないのが要因だ。

2度目の緊急事態宣言が迫っていたことも、客数に響いていた。夜は10食程度にしかならないことが多く、早く店を閉めるようにした。完全に食事のスタイルが変わってしまった。焼き麺スタンドが焼きそばの販売を停止したのは、2021年5月のことだった。

■1号店の成功が、駅ナカ出店の呼び水になる

2021年は、バナナジュースの多店舗展開の年になった。

出店のスタンスは変わらない。人通りの多い駅近の好立地で、3坪ほどの小区画だ。初期投資は数百万円に抑え、家賃は売り上げ変動にする。店の外にベンチはあっても、テーブルは置かない。

仙川店の成功に、最初に反応したのが東急だった。東急線池上駅で、改札を出てすぐの場所に出店してほしいという。3月のオープンで、売り上げは1日150~200杯のペースだ。

女性に人気のきな粉。
写真提供=バナナスタンド
トッピングのきな粉は女性からの人気が高い。 - 写真提供=バナナスタンド

駅ナカにある仙川に比べると立地としての魅力は劣るが、駅の外にあることで並んでも待つという客が一定数いることがわかった。新しい駅ビルが珍しいという効果もある。家賃は仙川と同じく売り上げの15%だ。

次にオープンしたのが八王子だ。駅ビルという立地の良さから4月のオープン当初は1日200杯ほど出たが、3度目の緊急事態宣言で人の呼び込みが制限されたことが響いた。その後は、1日100杯程度で落ち着いている。

外から店の存在がわかりにくい構造になっており、客が素通りしてしまっているのが難点だ。幸い家賃がほかの店に比べて低いので、コストが重くない。完全にワンオペで回していけば、利益を残すことはできる。

■1年で「年商1億円」規模に迫る快進撃

変わった経緯で出店が決まったのが、5月オープンの府中だ。伊勢丹跡地にできたショッピングセンターへの出店で、落札した大手フルーツジュース店がコロナ禍で辞退した代わりに依頼が来た。これまでの経緯もあり、家賃はほかの店に比べて安い。

オープン直後の売り上げは、700杯程度に達した。駅に近い入り口近くという場所の良さから、オープン後2カ月たっても週末は1日500杯程度の売り上げが続いている。家族連れの客が多く、親子で買ってくれるのが大きい。

桜上水店。京王線桜上水駅の北口すぐにある。(写真=バナナスタンド提供)
桜上水店。京王線桜上水駅の北口すぐにある。(写真提供=バナナスタンド)

6月にオープンした桜上水は、駅前にある銀行ATMの一角に出店した。駅ビルでもない地味な場所だが、駅前にコンビニやカフェがないので、それなりに客が入る。1日150杯程度だが、ワンオペで十分利益が確保できることがわかった。

ランチ帰りに近所に勤めるサラリーマンが増え始め、夕方以降は帰りの客が寄っていく。家賃は固定の15万円だが、ここまで安ければ売り上げが下がっても利益は維持できる。4カ月連続の出店になったが、急いだのはバナナジュースがいちばん売れる夏に間に合わせたいからだった。

7月の売り上げは、府中店400万円、仙川、池上、桜上水の各店が200万円、八王子店が100万円に達した。合計1100万円。年商1億円がもう目の前に迫っていた。(続く)

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町田 哲也(まちだ・てつや)
作家
1973年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手証券会社に勤務する傍ら、小説を執筆する。著書に、天才投資家と金融犯罪捜査官との攻防を描いた『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)、ノンバンクを舞台に左遷されたキャリアウーマンと本気になれない契約社員の友情を描いた『三週間の休暇』(きんざい)などがある。

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(作家 町田 哲也)

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