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「乗っていただけなのに解雇…」ダイヤモンド・プリンセス号の乗客が下船後に見た"地獄"

プレジデントオンライン / 2022年6月1日 12時15分

2020年2月21日、横浜の大黒埠頭客船ターミナルにてダイヤモンド・プリンセス号からの下船後に検温に向かう乗客 - 写真=AFP/時事通信フォト

2020年1月、横浜を出港した豪華客船、ダイヤモンド・プリンセス号は、未知のウイルスによる新型コロナウイルス感染症の船内感染に直面し、混乱の最中にあった。全員隔離の前代未聞の事態に追い込まれた乗員・乗客。だが「本当の困難」はむしろ下船後に待っていた。その時、いったい何が起こったのか。重厚な取材にもとづく臨場感あふれる筆致で「真実」を描き切ったノンフィクション『命のクルーズ』から特別公開する──。(第2回/全2回)

※本稿は、高梨ゆき子『命のクルーズ』(講談社)の一部を再編集したものです。

■「バイ菌」扱い

(前編から続く)

済生会横浜市東部病院の山崎元靖は、本当なら2月20日に神戸市で開幕した日本災害医学会の総会に行くはずだった。災害医療に携わる医療関係者が、全国から集う学術集会である。

いつもの通り、参加するつもりで申し込んでいたが、あとになってキャンセルを余儀なくされた。学会側が、ダイヤモンド・プリンセスに乗船した会員に、総会には参加しないよう求めたのである。

「学会に参加しようとして現地に行ったら受付で拉致されて、追い返されたやつもいた」と話す会員医師もいる。同時期、別の学術集会でも、関係者に対する不参加の要請が相次ぐことになった。

「ダイヤモンド・プリンセスのオペレーションにかかわった人間は、身内の医師集団からもバイ菌扱いか──」

山崎にとっても、かなりこたえた。

テレビのワイドショーで流れるコメンテーターの言葉にも、「しょせん、事情をよくわかっていない素人が言っていることだから」と考えて自分自身をなだめ、なんとか割りきることができた。けれど、同じ医療界に身を置き、日ごろから信頼している友人、親しい知人、先輩や後輩といった人まで、ワイドショーと同じ反応を示すのか。

以降、予定していた友人との会合は見合わせた。後輩の結婚披露宴にも、仲間うちで自分だけが、欠席せざるをえなかった。

大切な人びとと分断され、人間関係を引き裂かれ、孤立感が深まっていく──。それが、新型ウイルスの脅威以上に山崎を苦しめた「社会的、心理的な闘い」であった。

■2月22日土曜日、「差別する者、される者」

ダイヤモンド・プリンセスのオペレーションに加わった関係者に総会への不参加を要請した学会内にも、「バイ菌扱い」を問題視する声が高まっていた。それは抗議声明という形で発表されることになる。

神戸市で開かれた学会総会に行くことなく、神奈川県庁の対策本部で指揮を執り続けていた藤沢市民病院副院長の阿南英明のところに、学会幹部から抗議文作成の依頼があった。

ダイヤモンド・プリンセスの支援活動に参加した隊員から、DMAT事務局に寄せられた悲痛なメールが、声明を出すことになる直接のきっかけとなった。

当方、かわらず平熱ですし、食欲旺盛・快眠ですこぶる元気にしております。ただ……こちらの問題ですが、(中略)出動したことを院長に謝罪に行かねばならぬ事態に陥っています。(中略)この雰囲気はなんとかなりませんでしょうか。DMATで出動した人間は院内では、悪者なのでしょうか?

先日横浜から帰還した際に(中略)「あなたは感染源なんだから」「バイ菌」と罵られ非常に傷つきました。国のミッションに病院から感染リスクを背負いながら前線に立って活動したにもかかわらず、上記のように罵られるのは異常事態かと存じます。

このほかにも、支援活動から戻った隊員のなかには、病院から締め出しのような扱いを受けたり、子どもを保育園に預けられなくなったりした例があったという。

■未知の恐怖が差別を生む

「新型コロナウイルス感染症対応に従事する医療関係者への不当な批判に対する声明」と題した抗議文は、2月22日付で発表された。その一節は、このように訴えている。

現場で人命を救うために自分の身を危険にさらして活動した医療者の中から、職場において「バイ菌」扱いされるなどのいじめ行為や、子供の保育園・幼稚園から登園自粛を求められる事態、さらに職場管理者に現場活動したことに謝罪を求められるなど、信じがたい不当な扱いを受けた事案が報告されています。当事者たちからは悲鳴に近い悲しい報告が寄せられ、同じ医療者として看過できない行為であります。もはや人権問題ととらえるべき事態であり、強く抗議するとともに改善を求めたいと考えます。

「あのときの状況と似ている」

福島県立医科大学のベテラン救急医でDMATのインストラクターでもある島田二郎は、東日本大震災の原発事故直後、災害現場で活動し、身近に起きたことを連想した。福島第一原子力発電所がある沿岸部に近い病院の患者を内陸部の病院に移そうにも、受け入れを断られることがあったのだ。

「放射線も新型コロナウイルスも、みんな知識がないから、差別が起きてしまう」

新型コロナの場合も、まるでかかってしまった患者に非があるとでも言うように、誹謗(ひぼう)中傷が巻き起こる事態が、各地で頻発している。特に地方では、感染したことが周囲に知れわたり、その地域に住んでいられなくなった家族もいた。

「なんとなくわからない不安は恐怖感になり、差別につながる。差別するなって言っても、無理なのかもしれませんね」

やがて地元の福島でも、新型コロナの感染者に対して、原発事故を思い出させるような差別が起きることになる。自身も福島県民として島田は、思わずにはいられない。

「差別された人たちも、結局は同じことをするんですね。差別された人が、今度はほかの人に同じことをやるわけですよ。自分が差別されたときのことを思い出そうにも、恐怖感にかられてしまったら、もう思い出せないんですね。やっぱり人間って弱いんだと、正直言って思いました。立場が変わったときに、誰かを差別しないために、自分が差別された経験を生かすことはできないんだなと。人間は、そんなに強くない」

■荷物は何もかも捨てた

乗客の石原美佐子が乗船後に入院した病院から退院したのは、3月13日のことだった。ともに入院した夫の退院は、1日遅れた14日。

夫を一人で残していくのは心配だったが、必要もないのに病室を1日占拠するのも忍びない。自分だけ先に帰宅することにした。

病院前でタクシーに乗り、最寄り駅から新幹線に乗り換える。考えてみたら久しぶりの自由で、言い知れぬ解放感に満たされた。クルージングからそのまま室内隔離期間に入り、自由に外を歩いたのは、寄港した那覇でおみやげを買いに出た2月1日以来ということになる。

「ふつうに外を歩けるって、こんなにうれしいの?」

解放感に身を委ねたのもつかの間、新幹線の車中でこわくなった。同じ車両に、外国人と日本人の団体客が乗り合わせた。こんな人混みで、またコロナがうつってしまうことはないだろうか。飲んだり食べたりは控え、乗っている間じゅうマスクを外さなかった。新幹線を降り、自宅の最寄り駅からタクシーに乗ると、ようやくほっとした。

近くに住む娘が車でやってきて、当座の食材などを届けてくれたが、何かあってはいけないからと、接触は持たないことにした。買い物袋をドアにかけてもらい、車の窓ごしにあいさつしただけですませた。

翌日、退院した夫は、品川で新幹線を降りて近くのホテルに寄って帰りたいと連絡してきた。

「とんでもない。お願いだからまっすぐに帰ってきてください」

説得するのが一苦労だった。

退院からしばらくして、下船するとき客室に置いたままにしてきた旅行用の大きなスーツケースが戻って来た。中身を確かめると、フォーマルのドレスからふだん着から、家族のために買い求めたおみやげまでも、何もかもびしょびしょになって、めちゃくちゃに詰め込まれていた。消毒されたのだろうか。

「お母さん、荷物は全部捨てて。あとでまた買ってあげるから」

娘にもそう言われ、ほとんどを捨てることにした。ウイルスは、もうついていないだろうが、何があるかわからない。貴金属のアクセサリーなど一部だけを残して、スーツケースもろとも捨てることにした。船内でカメラマンに頼んで撮影した正装の記念写真も、思い切って捨ててしまった。

■解雇通知

次なる災難が、追い打ちをかけるようにやってきた。

「あなたのほうから、ご迷惑をおかけしましたと言って辞めていただきたい」

美佐子が勤め先からそう宣告されたのは、退院してまもなくのことだった。

高梨ゆき子『命のクルーズ』(講談社)
高梨ゆき子『命のクルーズ』(講談社)

ある財団法人の事務局で、事務員をしていたのだ。アルバイトに近いものであったが、それでも10年続けた愛着のある仕事だった。休暇をとってクルーズ船の旅に出ることは、もちろん申し出て許可を得たうえでのことだった。思いがけぬコロナ騒ぎで休みの期間はかなり延びていたが、そろそろ復帰できそうだと連絡をとりはじめたとき、上司から電話がかかってきた。

「あなたが、あの船に乗っていたことをみなさんが知ったら、大変なことになるでしょう? だから、辞めていただきたいんです。別にあなたに責任のあることじゃないのはわかっているけれど、あなたの代わりに、もう次の人を頼んであるから、来ていただかなくて結構です」

この間に入院していたことまでは、まだ話していなかった。だから、夫婦とも陽性だったことを、相手は知らないはずである。コロナの集団感染が起きたダイヤモンド・プリンセスに乗っていたという、ただそれだけの情報で、解雇を決められてしまった。もう別の人を雇い入れているとまで言われては、それ以上、どうすることもできなかった。

元気に見えても、実はウイルスを持っているかもしれないでしょう? うちの関係者には年配の人が多くて、うつったら取り返しのつかないことになるから──。絵に描いたような偏見に、返す言葉も見つからなかった。

「まるで私が菌みたい。近くに来られたら、みんなが困る存在だっていうの? 私、菌なの?」

■被曝と感染

このころから、美佐子は体調がすぐれなくなった。解雇のことを思い出すたび、心臓が高鳴る。

弁護士に相談しようかとも思った。けれど、補償してほしいとか、お金の問題ではないのだ。収入がなくなると困るとか、そういうことでもない。こんなことが、社会にあっていいものなのか。自分の身に起きたということは、ほかのところでも起きているはずではないだろうか。

どうやって心の折り合いをつけたらいいのか、答えはなかなか見つからなかった。ふと思い立って、DMATの小早川義貴に電話した。下船時に、「何かあったらいつでも電話して」と言われ、これまでも折に触れ電話をしていた。

「福島と同じです。原発事故のあと、放射線のことで差別された福島の人たちと、まったく一緒ですね」

小早川は、福島復興支援室に常駐して、東日本大震災で被災した人びとの長期的な支援を担当しており、福島でのできごとを美佐子に話してくれた。

差別がこんなに人の心を傷つけるなんて──。美佐子はわが身に起きて、はじめてそのつらさを実感した。ダイヤモンド・プリンセスに乗っていたことは、近所の人にも決して言わないと心に決めた。

「ずいぶん長いことお留守にされていたけど、船に乗ってらっしゃったんですか?」

ずばり聞いてくる人もいた。そんなときは、言葉をにごして切り抜ける。うそをついたこともあった。

「しばらく娘の家に遊びに行って、そのあと旅行していたんですよ」

夫は細かいことを気にしないタイプで、入院していたことさえ気楽に外でしゃべりそうになる。そういうときも何とか制止して、その場をごまかし通した。

美佐子たち夫婦が感染したことは、周囲ではずっと、家族以外知らないままにした。石原夫妻のような乗客は、実際に多いのだ。

■危機管理のポイントは情報共有

自衛隊医官として、長年にわたり災害医療にかかわってきた防衛医科大学校の元教授で、航空自衛隊元空将の山田憲彦は取材に対し、興味深いことを語っていた。

「阪神・淡路大震災の直後から、米国連邦危機管理庁の人たちと話していて、何回も言われたことが、『危機管理の要諦は情報管理にある』ということなんです。情報管理には、情報の収集、分析、共有がありますが、情報の共有がポイントだということは、必ずしもまだ日本の中で共通認識になっていないと、私は感じています」

ダイヤモンド・プリンセスで、船内に隔離されていた人びとが一様に語っているのは、必要な情報がもたらされない不安やもどかしさだった。外部から固唾(かたず)をのんで見守っていた人たちも、実際に何が起きているのか十分に理解できぬまま、疑惑を膨らませていた。

えたいの知れない新型ウイルスを前に、どうしてよいかわからず、右往左往していたのは、関係者ばかりではなかったのかもしれない。

■日本に必要な「クライシス・コミュニケーション」

コロナ禍にあって、リスク・コミュニケーションという言葉を耳にする機会がこれまで以上に増えた。リスク・コミュニケーションとは、あるリスクの性質や危険度について関係者が情報を共有し、共通認識をもって対応することだという。

ダイヤモンド・プリンセスで起きた集団感染のように、予想もしない緊急事態において、それは通常よりずっと難しくなる。このような場合は、「クライシス・コミュニケーション」にあたるという。

アメリカの疾病対策センター(CDC)は2002年、「クライシス・緊急事態リスク・コミュニケーション(CERC)」という緊急時の対処方法を公表した。

この前年、アメリカは、同時多発テロやそれに続く炭疽(たんそ)菌によるバイオテロ事件を経験している。CERCの対象には、人の生命や健康を脅かすあらゆる災厄、危機が含まれていて、具体的には、テロ、地震や津波といった自然災害、原発事故その他の重大な事故に加え、新型コロナウイルスの集団感染のような、新たな感染症のアウトブレイクも挙げられる。

CERCを実行するにあたっては、以下の6原則があるという。

①Be First(迅速な情報提供)
②Be Right(正しい情報発信)
③Be Credible(信頼できる対応)
④Express Empathy(共感を表す)
⑤Promote Action(行動を促す)
⑥Show Respect(敬意をはらう)

緊急事態に直面したとき、すみやかに正確な情報を発信して共有し、わからないことは「わからない」と言うことも含めて誠実な説明をし、つらい状況にある人びとに共感と敬意をもって適切な行動を促す──。それが、できるだけ被害や混乱を少なく抑えつつ危機を乗り切るために、望ましいあり方である、というのだ。

ダイヤモンド・プリンセスの乗客らは突然に理不尽な境遇に置かれ、「必要とする情報がない」と感じ、先行きに不安を覚えた。ないがしろにされたと怒りや悲しみを抱いていた。

外の世界では、船の実情が見えないために、「裏に何かとてつもない問題が隠されているのではないか」という疑念を膨らませ、必要以上の批判を喚起していったのではないだろうか。

ダイヤモンド・プリンセスで当時、何が起きたのか、また、私たちはどう対応すべきだったのか、事件から学ぶべきことは多い。

(前編はこちら)

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高梨 ゆき子(たかなし・ゆきこ)
読売新聞論説委員
読売新聞論説委員。1992年、お茶の水女子大学卒業後、読売新聞社入社。山形支局、東京本社社会部、医療部などに勤務。編集委員を経て現職。群馬大学病院の腹腔鏡手術を巡る一連のスクープにより2015年度新聞協会賞受賞。2017年刊行の『大学病院の奈落』(講談社)で日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞受賞。

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(読売新聞論説委員 高梨 ゆき子)

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