交尾後にメスの生殖器を破壊する…自分の子孫だけを残そうとするギンメッキゴミグモの驚きの生態
プレジデントオンライン / 2022年5月29日 10時15分
※本稿は、浅間茂『カラー版 クモの世界 糸をあやつる8本脚の狩人』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■コガネグモ科の3パターンの求愛行動
恋の糸電話――ゴミグモ
網を張る大半のクモでは、雄は雌の網に侵入する際に、網をリズミカルに叩いて信号を送り、それで相手の反応を見ながら雌に近づき、求愛行動を行う。5月中頃にゴミグモが、雌の網の中心部近くの縦糸に自分が出した糸をつなげて、盛んに脚でその糸をはじいているのを観察できる。
この糸を交尾糸という。1匹の雌に、多いときは6匹の雄が糸をはじいているのを見かける。雄は雌の反応を見ながら交尾糸を盛んにはじくが、なかなか交尾には至らない。この恋の糸電話に反応して、雌が交尾糸を伝ってくると、すばやく雄は近寄り、交尾をする。
コガネグモ科の求愛行動について次の3パターンが報告されている(1)。
Aグループ:雄は雌の網に入ってきて、こしき(円網の中心部)で求愛し、こしきのところで交尾する。
Bグループ:雄は雌の網に入ってきて、こしきで求愛後、こしき近くの網に穴を開けてそこから交尾糸を引き、その糸を振動させ雌を呼び、その糸上で交尾する。
Cグループ:雌の網に入らず、枠糸と縦糸の接点に交尾糸を付け、それを振動させ雌を呼び交尾糸上で交尾する。
■交尾後が一番危ない
恋の糸電話をするのはBとCグループである。ジョロウグモ、ナガコガネグモはAグループ、ムシバミコガネグモはBグループ(2)、ゴミグモはCグループに属する。
コガネグモやナガコガネグモの交尾時間は短く、交尾が終わった瞬間に、雄は雌に食われないように、すばやくしおり糸を引いて逃げる。雌に近づくときは慎重に様子を見ながら近づくことができるが、一番危ないのが、交尾後である。
雌雄の大小の差が大きいものほど、交尾後食われているのを時々見かける。特にコガネグモやナガコガネグモの雄はよく餌食となっている。
ヒメグモ科のムラクモヒシガタグモは林床にX字状の網を張り、オオヒメグモと同様に一本釣りで獲物を捕らえる。このクモも雄が交尾糸で求愛信号を送ることが報告されている(3)。
雄の流した糸が雌のX字状の網の上糸に触れると、雌は下糸を切り、雄の糸と上糸はつながった1本の糸になる。雄は雌に糸をはじいて信号を送り、歩脚の触れ合いの後、交尾に至る。
■雄を食べる雌、食べない雌
雌に命を委ねる――サラグモの仲間
ここまでクモの雄が交尾の際にどうしたら雌から食われないようにするか、つまり雌の毒の出る牙から免れるためにどのような行動をとるかを示してきた。ところがサラグモ科のクモは違う行動をとる。
この雄グモは、雌グモの口器の近くに頭部を差し出して交尾をする。雄はその頭部を差し出した状態のまま、触肢を伸ばして交尾する。クスミサラグモはハンモック状の皿網の中心部で、ヘリジロサラグモはシート状の皿網の下で、アシナガサラグモとユノハマサラグモはドーム状の皿網の中心近くで交尾をする。
いずれも交尾中に、生殖球の血囊が黄色味を帯びた風船のように膨らむのがよく見える。膨張と収縮を繰り返し、精子を雌の体内に送り出す。左右の触肢を交互に使い交尾を行う。
交尾姿勢を見ると確かに水平姿勢のヘリジロサラグモは雌の口器の下に頭部を出し、接触しているように見える。他の3種は口器の下ではなく頭胸部の下面に雄の頭部が位置しており、雌の口器とは接触していない。3種とも雄は雌にいまにも食われそうな姿勢であるが、雌は食べようとはしない。
■交尾後も同居生活を続けるクモもいる
テナガグモは体長2mm前後の小さなサラグモである。雄のほうが雌よりやや小さい。この小さなサラグモも同様に皿網の下で交尾したが、雄の頭部は雌の頭胸部の下にあって、口器とは接触していなかった。
サラグモ科の小型のクモで頭部が膨らんでいる雄の場合は、分泌物を出すこの膨らみに雌が噛みついて交尾することを先に紹介した。そのような膨らみがなくても、これらのサラグモも、分泌物を出し交尾に至っている可能性がある。
それらを確かめるには、交尾の際の雌の口器と雄の頭部との接触の確認が必要である。しかし、突起物がなく、噛み続けることがないため、確認は難しい。またフェロモンなどの臭(にお)い物質なら直接の接触は必要がない。
それにしてもどうして雌に襲われるような、雄の命を委(ゆだ)ねた態勢での交尾形態が成り立っているのだろうか。クモは肉食で、同種であってもかまわず襲って食べる。それゆえ雌雄一緒に飼育するのは極めて難しい。しかしサラグモ科のナニワナンキングモは違うらしい(4)。
雄同士でも牙をかみ合わせる決闘はするものの、食べるには至らなかったという。雌雄の場合は、空腹の雌でも雄を食べず、交尾後も同居生活を続けるという。サラグモには、同種を餌と見なすことに対する拒否的な物質が分泌されている可能性がある。
■自分の子孫だけを残す雄クモの戦略
精子を掻き出し、交尾栓を付ける
雄同士の争いに勝ち、雌を獲得し、子孫を残すための工夫には、体の大きさなどの外部形態の変化だけでなく、交尾後の自分の精子の受精の可能性を高める工夫がある。
シオカラトンボ属やミヤマカワトンボ属などの雄のトンボは交尾の際に、雌の受精囊の中にある、すでに交尾していた他の雄の精子を掻(か)き出してしまう。
ギフチョウ属やウスバシロチョウ属の雄のチョウは交尾後、交尾栓を雌に付けて他の雄と交尾ができないようにしてしまう。同じようなことが次々とクモでも発見され、報告されている。交尾後に雌の生殖器を破壊してしまうクモさえいる。
精子掻き出しと同じような行動については、イエユウレイグモの報告がある(5)。複数回交尾するクモがいるが、イエユウレイグモは雌の70%が2度目の交尾を行う。
1度目の交尾より短時間であるが、雄の交尾器先端のリズミカルな掻き回し行動により、2度目の雄の受精効率が高まるという。この掻き回し行動は精子の掻き出しと思われている。
■他の雄の交尾を妨げる交尾栓
雄が雌の外雌器を分泌物で塞(ふさ)ぎ、他の雄の交尾を物理的に防ぐ栓を交尾栓という。ササグモでは赤褐色の交尾栓が雌の生殖器の両側に付けられ、交尾口を塞ぐ役割を果たしているという(6)。
交尾栓は、他にヤリグモ、シロカネイソウロウグモ、コシロカネグモ、コゲチャオニグモ、クサグモで報告されている。クサグモは外雌器に分泌物で交尾栓をつくるが、その交尾栓が完全な場合は他の雄の交尾を防げるという(7)。
コクサグモの交尾栓の有無を確認するために20個体の雌成体を捕らえ、調べたら1個体に交尾栓が付けられていた。
【写真10】で示すように外雌器の中央部は、丸く大きく陥入している。生殖口はその中央の左右端にある。白く見えるのはストロボの反射光である。
【写真11】は数本の紐(ひも)状の黒褐色の交尾栓が付けられている。交尾器は鍵と鍵穴の関係にあり、これがうまくかみ合わないと交尾できないため、この交尾栓は役割を十分に果たすと推定される。
どのように交尾栓を形成するのだろうか。コクサグモの交尾を観察していたら、いつもと少し様子が違う。精子を押し出す雄の交尾器の血囊の収縮が見られない【写真12】。
■自分の交尾器を置き去りにして蓋をする雄グモも…
しばらくして交尾器を放したとき、雌の外雌器に白い交尾栓が見られた【写真13】。つくられたばかりの交尾栓は白色であるが、時間とともに固まり黒褐色に変化していく。
コクサグモは雌に催眠術をかけて交尾するが、交尾後さらに催眠術をかけてゆっくり交尾栓を形成していた。
同じ交尾栓でも分泌物ではなく、交尾器先端の一部が取れて外雌器に残されたものが分泌液で付けられ、それが他の交尾を妨げるという報告もある。
アカオニグモ(8)、コガネグモ、オニグモ、そして広島県やその周辺に分布するナミハグモの一種であるジンセキナミハグモである。
ジンセキナミハグモは、雌の外雌器は丸く大きく開いており、交尾後には雄の交尾器の一部である栓子の先端が生殖口に蓋をしたように取り残され、交尾栓としての役割を果たしている(9)。
雄の交尾器は2つしかないので、両方の生殖口に栓子で蓋をすれば、その雄は交尾能力を失うが、自分の子孫を残す確率は高くなる。
■雌の垂体を切り落とすギンメッキゴミグモの雄
雌の生殖器を破壊する
雌の生殖器を破壊するクモとして、ギンメッキゴミグモが報告されている(10)。コガネグモ科のクモは雌の生殖器の中央に垂体(すいたい)(コガネグモ科のクモに見られる外雌器の突起物)を付けているものが多い。
ギンメッキゴミグモの雄は、交尾後にその垂体を切り落としてしまうという。サツマノミダマシとヤマシロオニグモの交尾写真【写真17】【写真18】で示したように、交尾の際に垂体は興奮すると立ち上がり、先端を雄の交尾器の突起に引っかけて、雄の栓子を生殖口に誘導する働きをする。
そのため雌の垂体がなくなれば、雄はその雌と交尾ができない。同様にギンメッキゴミグモより数は少ないが、ギンナガゴミグモも垂体が取れている個体が見られる。
このように自分だけの子孫を残そうとしていろいろな手段を使い、精子競争を行っているクモも、まだまだ身近にいると思われる。
(1)Robinson, M. H., Robinson, B. (1980) Comparative studies of the Courtship and Mating Behavior of Tropical Araneid Spiders, Pacific Insects Monograph 36, 218p. Dept. of Entomology, Bishop Museum. Hawaii. U.S.A.
(2)Robinson et al., 1980
(3)池田博明・稲葉茂代・小川まゆみ・山口泉・島津千秋・鴾田明子・田村武子(1983)「ムラクモヒシガタグモの造網・交接・卵のう制作」『Atypus』82: 28-34
(4)佐藤幸子(1983)「ナニワナンキングモの観察」『Kishidaia』50: 15-17
(5)Schäfer, M., Uhl, G. (2002) "Determinants of paternity success in the spider Pholcus phalangioides (Pholcidae: Araneae): the role of male and female mating behaviour", Behavl. Ecol. Sciobiol. 51: 368-377
(6)吉倉眞(1982a)「ササグモの貞操帯」『HEPTATHELA』2(2):43-46
(7)Masumoto, T. (1993) "The effect of the copulatory plug in the fummel-web spider, Agelena limbata (Araneae: Agelenidae)", The Journal of Arachnology 21: 55-59
(8)吉倉眞(1982b)『クモの不思議』岩波新書
(9)Ihara, Y. (2006) "Cybaeus jinsekiensis n. sp., a spider spiecies with protogynous maturation and mating plugs (Araneae: Cybaeidae)", Acta Arachnol. 55(1): 5-13
(10)Nakata, K. (2016) "Female genital mutilation and monandry in an orb-web spider", Biol. Lett. 12(2): 20150912
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元高校教諭、千葉生態系研究所所長
1950年、新潟県加茂市生まれ。1972年、山形大学理学部卒業。千葉県立高校の生物教師を経て、現在は千葉生態系研究所所長、NPO法人自然観察大学副学長、千葉県生物学会副会長、千葉県文化財保護審議会委員。生き物と環境の関係をメインテーマに水環境、クモの生態、ボルネオの生物、生物と紫外線の関わりについて観察・研究している。主著『カラー版 虫や鳥が見ている世界 紫外線写真が明かす生存戦略』(中公新書)、『フィールドガイド ボルネオ野生動物』(ブルーバックス)、『校庭のクモ・ダニ・アブラムシ』(共著、全国農村教育協会)ほか。
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(元高校教諭、千葉生態系研究所所長 浅間 茂)
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