それまでの刑事ドラマとはまったく違う…『踊る大捜査線』が大ヒットした"たった1つの理由"
プレジデントオンライン / 2022年5月31日 12時15分
※本稿は、太田省一『放送作家ほぼ全史』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■後の売れっ子放送作家と萩本欽一の出会い
君塚良一は、1958年生まれ。東京都港区出身。映画製作に携わることを夢見ていた君塚は、日本大学芸術学部放送学科に入学した。しかし在学中に撮影所でアルバイトをした際、映画界の不況を目の当たりにして方向転換。ちょうどその頃、倉本聰、山田太一、向田邦子らが脚光を浴びていたこともあり、テレビドラマの脚本家を目指すようになる。(君塚良一『テレビ大捜査線』75-78頁)。
だが、大学の脚本ゼミ担当教授は、すぐにドラマの世界には行かず、とりあえずテレビ業界に入って見聞を深めるよう、君塚良一にすすめた。その教授が紹介してくれたのが、ほかならぬ萩本欽一だった(同書、79-80頁)。
教授がそうは言うものの、ドラマ志望だった君塚は、怪訝(けげん)な気持ちにとらわれながら萩本欽一の事務所を訪れた。そこには、萩本とともにパジャマ党の作家たちもいた。仕事のときもパジャマ姿でリラックスするのが習わしなので、「パジャマ党」だった。
■「テレビっていうのは、ジャンルでものを作ってないの」
本人もパジャマ姿の萩本に対し、君塚は「ドラマを書きたい」と正直に告白した。それに対する萩本欽一の答えは、「うちは、お笑いとかドラマとかじゃなく、テレビを作ってるんだよ」というものだった。
「テレビっていうのは、ジャンルでものを作ってないの。テレビはテレビなの。だってそうでしょ。野球中継だって、ニュースだってテレビは流すんだよ。そういう全部ひっくるめたものをテレビと言います」。
そして、「そのうちさ、ドラマだお笑いだなんて分けることなんかなくなっちゃうよ。ドラマと笑いがくっついた番組がいっぱいできるような時代が来るから」と預言めいた言葉を発した(同書、82-83頁)。
1980年代前半の段階での萩本のこの言葉は、確かに時代を正確に先取りしていた。
■欽ちゃんが始めた先進的な番組
実際、萩本は、自らの番組ですでにそのような試みをしていた。『欽ちゃんのどこまでやるの!』は、欽ちゃんを父親役とする家族のコント的ドラマがベースで、その間に挟まる多彩なミニコーナーを、スタジオのセットにある欽ちゃん家のテレビで見るという設定になっていた。それはまさに、「ドラマと笑いがくっついた番組」だった。
君塚良一も、そこに構成および脚本として携わった。そして君塚もまた、同様のジャンル横断的な番組を担当するようになった。
例えば、明石家さんまが主演の『心はロンリー気持ちは「…」』シリーズ(フジテレビ系、1984年放送開始)などがそうだ。
このドラマは恋愛ストーリーがベースだが、それとは無関係に明石家さんまならではのギャグや小ネタがこれでもかと画面の至るところに仕掛けられていた。
■冬彦さんブームを起こした『ずっとあなたが好きだった』
君塚は、大岩賞介とともに、この番組に脚本として参加した。こちらは、ドラマの側から笑いとの融合を目論(もくろ)んだ作品と言えるだろう。こうしてドラマ脚本の依頼も徐々に増えるなかで、社会現象的な人気を博したのが、『ずっとあなたが好きだった』(TBSテレビ系、1992年放送)である。
賀来千香子主演で、結婚した女性が昔の恋人への思いを断ち切れずに悩む。こう書くとよくある不倫恋愛ものだが、賀来のマザコン夫役を演じた佐野史郎と姑役の野際陽子の怪演が話題となり、佐野の役名から“冬彦さん現象”と呼ばれるブームになった。
君塚良一は、連続ドラマの執筆はこれが初めてだった。途中で本来は敵役であったはずの「冬彦さん」が異常な人気になり、当初考えていたストーリー展開を変更せざるを得なくなった。そのなかで、君塚は、視聴者の期待に応えるべく「冬彦さん」の描写をエスカレートさせる一方で、夫婦というものを通じてひとに愛情を注ぐことが難しくなった現代という時代を描こうとした(同書、128-140頁)。
■刑事ドラマの常識を覆した『踊る大捜査線』
“冬彦さん現象”こそ君塚良一の意図したものではなかったが、その脚本には、お決まりの恋愛ドラマのパターンに従うことを好まない、彼一流のリアリティ志向があった。
冬彦のマザコンという設定も、離婚経験者にインタビューしてリサーチした際に聞いた実際の体験談から生まれたものだった(同書、132頁)。
このステレオタイプを嫌うリアリティ志向は、1997年放送開始の『踊る大捜査線』(フジテレビ系)で、さらに大きく実を結ぶことになる。
この作品は、刑事ドラマの従来の常識を覆すものだった。刑事ドラマのベースにあるパターンは、数あるドラマジャンルのなかでも最も強固なもののひとつだろう。「なんらかの事件が起こり、刑事の活躍によって最後は真犯人が逮捕される」という基本パターンを崩すのは至難の業だ。
しかし、君塚良一は、その常識をあえて破ろうとした。
まずプロデューサーの要望が、「今まで観たこともないような、まったく新しい刑事ドラマ」だったことも背中を押してくれたが、君塚を最終的に勇気づけてくれたのは、萩本欽一が常々言っていた「つねに冒険せよ、つねに実験せよ」という言葉だった。(同書、16-17頁)。
■『太陽にほえろ!』の手法を禁じ手にした
まず君塚は、刑事ドラマの古典となっていた『太陽にほえろ!』(日本テレビ系、1972年放送開始)の脚本を読み込み、徹底的に分析した。
その結果、刑事のニックネーム、音楽に乗せた聞き込みシーン、刑事が犯人に感情移入して苦しむ展開などが、その後の刑事ドラマの下敷きになっていることを導き出す。
君塚は、これをすべて禁じ手にして、新しい刑事ドラマにすることに決めた。そのキーワードは、やはり「リアルな刑事もの」だった(同書、18頁)。
そこから、警視庁担当の報道記者や警察関係者、元刑事への取材を始めた。すると、そこで張り込み中にデートの予定があるからと帰ってしまったり、パンとジュースを買った時に領収書をお願いしたりする若い刑事のエピソードを聞いた君塚は、「刑事もサラリーマンである」というコンセプトを思いつく。
警察も他の会社と同じような組織であることに変わりなく、刑事は公務員でもある。織田裕二が演じる主人公の青島俊作が元コンピュータ会社の営業マンで、脱サラして警察官になったという設定は、そこから出てきたものだった(同書、20-23頁)。
後に、刑事ドラマではなく「警察ドラマ」と呼ばれるようになった『踊る大捜査線』の誕生である。
■「犯人を逮捕しない刑事の物語」の誕生
そのなかで、「事件の発生から逮捕」という刑事ドラマの常識的パターンからは考えもつかないようなコンセプトも生まれた。すなわち、「犯人を逮捕しない刑事の物語」というコンセプトである。
ここで、警察組織をリアルに描く警察ドラマというコンセプトが生きてくる。
主人公の青島は、湾岸署という所轄署の刑事。地道な捜査の末、青島は同僚たちとともに犯人を突き止める。だが、いざ逮捕という時になると、手錠をかけるのは警視庁の捜査員。青島は、自分の手で逮捕できず手柄を横取りされてしまう。いまでは刑事ドラマでおなじみとなった本庁と所轄の対立である。
それに伴い、『踊る大捜査線』には、これまでの刑事ドラマではあまり前面に出てこなかった警察組織内の人物が登場するようになる。その代表が、柳葉敏郎演じる室井慎次である。室井は、警視庁捜査一課の管理官。国立大卒の、いわゆるキャリア警察官であり、青島のようなノンキャリアとは異なるエリートである。だから、愚直に正義を追求する青島と、組織の論理優先で動く室井は対立する。
だがそうして衝突を繰り返すうちに、2人のあいだには立場の違いをこえた友情が芽生え、やがて理想の警察を実現するためにともに奮闘するようになる。このあたりはいかにもドラマ的な展開だが、それも警察ドラマのリアリティがあったからこそ魅力的なものになっていた。
この『踊る大捜査線』は、大ヒットしただけでなく、刑事ドラマの歴史を変える作品になった。『相棒』シリーズ(テレビ朝日系、2000年放送開始)などを見てもわかるように、いまや刑事ドラマでは警察組織内部の対立を描くことは当たり前になっている。
「冒険と実験」をモットーとする萩本欽一の教えは、君塚良一という弟子を通してドラマの分野に大きく生かされたのである。
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社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)
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