ワインはもはや金融商品…高級車や不動産より高値で取引される「カルトワイン」とはなにか
プレジデントオンライン / 2022年5月30日 9時15分
※本稿は、渡辺順子『「家飲み」で身につける 語れるワイン』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■“不動のワイン王”トーマス・ジェファーソンの素顔
ワイン造りが定着したのは、イギリスによりアメリカ大陸の植民地が始まった17〜18世紀ごろ。現在の東海岸に位置するバージニア州で初めてワイン造りが行われました。
第3代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンも、地元のバージニア州にぶどう畑と醸造所を開設しワイン造りを始めました。現在もそのワイナリーは健在です。
大のワイン好きとして知られるジェファーソンは、現在の歴代ワイン好きランキングでも常に堂々1位に選ばれ、不動のワイン王として親しまれている存在です。
ジェファーソンは「テロワール」の概念を知り、テロワールがワイン造りの要であることを認識します。彼は、栽培や醸造の記録を残しました。
後にこの記録は「ジェファーソンマニュアル」と呼ばれ、東海岸でワイン醸造を行ううえで大きな助けになったそうです。
フランスでの4年の任期を終えてアメリカに戻ったジェファーソンは第1代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンのもとで初代国務長官を務めますが、そのかたわら本場で学んだワインの知識がかわれ、ホワイトハウスのワイン顧問兼バイヤーを任されました。
「政治家たるものワインの知識を持ち合わせるべきだ」とも説き、積極的にワインレクチャーを行い自宅へ招いてはワインディナーを楽しんだと言います。
また外交のためホワイトハウスにワインセラーを構築し、シャンパン400本、ディケム360本、大量のラフィット、1798年産のマルゴーやローザンセグラ、その他高級ブルゴーニュなど様々な一流ワインを揃え、フランス仕込みのワインの知識とマナーをもって外交に臨みました。
大統領任期中は1万6500ドルという当時としては大きな額をワインに費やしたと記録されています。
ジェファーソンはアメリカ建国の父として有名ですが、またアメリカにワイン文化を伝えた「ワイン建国の父」としても有名な存在です。
■西海岸ではゴールドラッシュがワイン造りを発展させた
一方、西海岸では16世紀、スペイン人のエルナン・コルテスがヨーロッパ産ぶどうを持ち込みワイン造りが開始しました。
その後はキリスト教宣教師たちによりワイン造りが継承されましたが、あくまでもミサ用ワインとして造られたワインで決して美味しいものではありません。
その影響から西海岸での商業用ワインの発展は遅れてしまいました。ところが1848年、カリフォルニアに大きな転機が訪れます。
この年、サンフランシスコ界隈で大量の金が発見されたのです。そのニュースは世界中に広がり南米、ヨーロッパ、オーストラリアなどから、約30万もの人々が金を求めて集まりました。
一攫千金を狙い世界中から集まった採掘者たちの中には、現在の価格で何百億もの金を発見し、莫大(ばくだい)な富を得た者もいました。しかし、実際に多くのケースでは過酷な労働のわりに金は思ったほど採掘できなかったのです。
夢を諦め自国へ戻る人や日雇いで生計を立てる人々がいる中で、ワイン造りの知識を持ち合わせていた人たちはぶどう栽培者やワイン醸造者へと職を変更しました。
カリフォルニアの気候はヨーロッパと違い、燦々(さんさん)と降り注ぐ大量の日射、朝晩の寒暖差、そして広大な土地を持ち合わせ、ワイン造りには最適な条件を兼ね備えていたのです。
1846年に人口わずか200人だったサンフランシスコは1852年には約3万6000人もの都市に成長し、様々なビジネスが発展しました。
特にワインは金発掘の労働の疲れを癒し、世界中から集まった強者たちに好まれました。大酒飲みの彼らのおかげでワイン消費はどんどん上昇し、ワインビジネスは大きく発展しました。
■禁酒法の抜け穴をくぐった“濃縮ぶどうジュース”の智恵
ゴールドラッシュの恩恵を受けたワイン産業ですが、20世紀に入りヨーロッパで第一次世界大戦が勃発。1921年にはアメリカで禁酒法が、そして29年には世界経済を揺るがせた大恐慌が起こり、度重なる惨事でワイン産業は大きな打撃を受けてしまいました。
特にワイン業界に影響を及ぼした「禁酒法」は、多くのワイナリーを廃業に追い込み、法律的に醸造が許可されたのは、唯一、教会のミサで使用するワインだけでした。
ただし天下の悪法と呼ばれた禁酒法には、実は多くの抜け穴があったのです。法の不備を利用して「ワイン・ブリック」なる「ぶどうジュース」が販売されました。ワイン・ブリックとは濃縮されたぶどうジュースに水を入れて薄めて飲む飲み物です。
説明書には1ガロンの水を加え濃縮物を溶解する方法が書かれていますが、その後に但し書きで「涼しい場所に21日間放置するとワインに変わってしまうので気をつけてください」と書かれていました。
これは実のところ、ワインの造り方を説明しており、消費者は説明書どおり21日間放置し、アルコールの発酵を促してワインを醸造しました。
■禁酒法により密輸と密造が横行
禁酒法は店舗でのアルコールの販売は禁止しましたが、個人の「家飲み」はOKだったため、仮にワインに変わってしまった「ワイン・ブリック」を飲んだとしても消費者は法に触れず、販売者もぶどうジュースとして販売しているので違法ではありませんでした。
特にカリフォルニアワインを代表する「ベリンジャー・ヴィンヤード」は当時「ワイン・ブリック」の販売で大きな利益を得たワイナリーの一つです。
また法律が施行される前に高値でワインを売り捌(さば)き、莫大な利益を得たワイナリーもありました。
ニューヨーク市では「スピーク・イージー」と呼ばれる闇のバーが存在していました。今も当時の面影を残したまま隠れ家的バーとして人気を博していますが、禁酒法執行中の13年間に2万から10万軒もの「スピーク・イージー」が存在したと言われています。
禁酒法により密輸と密造が横行し、施行前よりアルコールの消費が増えたというのですから本末転倒です。
1933年、禁酒法は廃止されました。
大恐慌で国を苦しめていた財政にはアルコールからの税収が大いに役立ちましたが、禁酒法の反動から人々は大量にアルコールを消費し、アメリカは大衆向けの粗悪なワインが出回るようになってしまいました。
■超エリートが生み出した「カルトワイン」が一世を風靡
このように、カリフォルニアでのワイン醸造が始まったのは、わずか150年前のことですが、現在、アメリカは世界第4位のワイン産地となり、カリフォルニア州では全米の81%が生産されています。
ワイン消費は世界トップであり、世界的にワインの消費量が減少するなか、アメリカでは消費量は毎年毎年上昇しています。
ワイン歴の浅いアメリカですが、紀元前からの歴史を持つワインの伝統国フランスやイタリアとともに肩を並べ、最も重要なワイン大国の一つとなりました。
オールドワールドの諸国には大きく遅れをとったものの、第二次世界大戦で大勝利をおさめたアメリカは、やがて経済大国、ワイン大国へと歩み出しました。
1960年代、フロンティア精神にあふれるロバート・モンダヴィ氏の出現により、カリフォルニアではオールドワールドに匹敵する質の高いワイン醸造が開始しました。
「ワインの父」と呼ばれるモンダヴィ氏はカリフォルニアワインの第一の波、ファーストウェーブを巻き起こしました。
そして80年代後半から90年代、セカンドウェーブである「カルトワイン」が誕生し、一世を風靡(ふうび)します。
カルトワインとは、まさに「ワインのカルト的な存在」で信者(ワイン好き)は魂を操られるようにワインの魅力にとりつかれ、高額を投じてカルトワインの入手に奔走します。
カルトワインの設立者は、元弁護士や元金融マンなどワインビジネスと畑違いの分野で活躍してきた超エリートたちです。
彼らはワインビジネスへ転職し、ワイナリーのオーナーとして第2のキャリアパスを歩み出しました。頭脳集団である彼らは、誕生したばかりのワインを巧みな戦略で超一流ワインへと押し上げました。
フランスの歴史ある銘醸シャトーを横目に高額な価格を提示しますが、カルトワインは即完売となり常に品薄状態が続きました。このカルトワインの成功の後に続けとばかりに、今も次世代カルトワインが次々に誕生しています。
■アメリカのZ世代にとって、ワインはもはや金融商品
アメリカがITバブル、金融バブルで沸く好景気の時代、オークション会場では飛ぶ鳥を落とすが如く、カルトワインが次々と高値で落札されていきました。
ミレニアムで沸いた2000年の幕開けを記念して、アメリカではシャンパンブランドの大々的なプロモーション合戦が繰り広げられました。
店頭やオンラインのシャンパンはほぼすべて完売状態となり、オンラインオークションでシャンパンが高値で取引される事態となりました。
シャンパンの高騰を目の当たりにした人々は、「ワインは単なるお酒や嗜好(しこう)品」という概念から脱して、資産、投資としてのワインに関心を示すようになりました。
ワインは金融商品と同等に扱われ、高級車や不動産以上の価格で取引される時代になったのです。
アメリカの経済誌は、ワインは資産価値を持つアイテムであり、S&P500に比べより良いパフォーマンスであることを証明しました。
ITの知識を持ち、投資に興味のある若者たちは気軽に少額からワイン投資が可能なプラットフォームを開発し、将来性のあるビジネスとして大きな投資を集めました。着々と会員を増やし盛んにワイン投資が行われています。
彼らは自分たちの生まれ年より古い1982年産ボルドーを優雅に飲むということに興味はなく、82年産ボルドーの現在の価値とそのリターンに興味を持っています。
■環境に優しく生活に配慮したワインも主流に
また一方でヘルシー志向の若者たちは、高額すぎるカルトワインやワイン投資に興味を示さず、評論家の点数に右往左往しないこだわりのある生産者を好みます。
彼らの中では、ナパの一等地一辺倒で生産するカルトワインに代わり、産地にこだわらず、様々な土地で有機農法でぶどうを育てトレーサビリティーとサステイナブル(持続可能性)を重視した、環境に優しく生活に配慮したオーガニックやビオワインが主流となっています。
若い世代にサポートされ独自のスタイルを持つ第3波「サードウェーブ・ワイン」の生産に高い注目が集まります。
一流ブランドのワインよりもオリジナリティーのあるプライベートブランドを好むZ世代の市場を見越し、ワイナリーへのクラウドファンディングも積極的に行われています。
法律や制約の縛りが少ないアメリカだからこそ、自由な発想で様々なスタイルのワインが造られます。またITやVRなどを駆使したワインビジネスも生まれ、今後ワイン文化の流れが変わろうとしています。
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ワインスペシャリスト
1990年代に渡米。フランスへのワイン留学を経て、2001年大手オークションハウス「クリスティーズ」のワイン部門に入社。同社ではじめてのアジア人ワインスペシャリストとして活躍する。09年に退社し、プレミアムワイン株式会社を設立。ワイン普及の活動を続けている。著書に、『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』『高いワイン』『日本のロマネ・コンティはなぜ「まずい」のか』等。
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(ワインスペシャリスト 渡辺 順子)
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