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大企業が「優秀な若い人材」の可能性を吸い取ってしまう…日本からGAFAが生まれない当然の理由

プレジデントオンライン / 2022年6月2日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

なぜ米国西海岸にはGAFAといった巨大テクノロジー企業が集結しているのか。ビジネス・ブレークスルー大学大学院の山根節教授は「シリコンバレーには、情報革命を勝ち抜く素質をもった天才たちが自由奔放に提案競争できる環境が整っている。その対極にいるのが日本だ」という。牟田陽子さんとの共著『なぜ日本からGAFAは生まれないのか』(光文社新書)より、一部を紹介する――。

■「良い常識人」は革命期の提案競争を勝ち抜けない

情報革命の中で、とりわけなぜシリコンバレーが勝利者になったのだろうか。

革命期には、新しく立ち上がった技術を使って我々の生活、それを支える社会、経済や政治構造を作り変えていく必要が生まれる。そこで起きるのが提案競争だ。

革新的な提案のできる人は「バカ者、若者、よそ者」の天才たちだ。なぜか。彼らはいわゆる常識を持たない。既成概念にとらわれず、今までとは異なる見方ができるからである。

日本のビジネスパーソンは「良い常識人」が多い。礼儀正しく、世の中の常識に固まっている。残念ながら、こういう人にイノベイティブな発想は生まれにくい。

提案はどれかが選ばれて勝ち残るが、他の大多数は死ぬ。つまり競争に成功するのはほんの一握り。多産多死のなかで勝ち抜いた者だけが生き残るルールである。

となると成功例を増やすには、大きな提案者の母集団を作る必要がある。母集団が大きければ、その中から成功者が多く生まれる理屈だ。シリコンバレーには夥しい数のベンチャーが立ち上がるインフラがある。それを最初に創ったのが、スタンフォード大学である。

■スタンフォード大学の最初の成功例はHP

詳しい事情はシリコンバレーの本に譲るが、今から80年ほど前、スタンフォードは二流の大学だった。米国西部には企業が少なく、卒業生は就職のために東部に赴かざるを得なかった。そんな事情を変えたいと、同校の教授が大学院の学生二人に起業を勧めた。これが最初の成功例となる。ヒューレット・パッカード社(HP)である。

HPは1939年、指導教授の勧めで二人の研究テーマだった計測器を事業化するために設立された。その立ち上げ資金は教授が出してくれた。二人が創業したガレージは今も残され、ここが「シリコンバレー生誕の地」と公式に認定されている。

大学もこうした取り組みを強力にバックアップした。広大な敷地に、インダストリアル・パークを作り、ハイテク企業を誘致し、産学共同を推し進めた。そのパークの中に、ジョブズがインパクトを受けたゼロックスPARCがあり、NASAや半導体企業の研究所、そしてベンチャー・キャピタルも集まってきた。

シリコンバレーという名は、シリコンチップ(半導体)からだが、半導体の雄インテルなどの成功に由来している。こうしたプレイヤーの掛け算から、ベンチャーが大量に立ち上がるインフラができ、革命期の中で繁栄を遂げたというわけである。

■過去にとらわれず、社会を作り変えた天才たち

革命が進むと新しい成功者が生まれる一方で、淘汰される側はたまったものではない。既存勢力は、ありったけの力をふるって抵抗する。この強い反革命の抵抗にめげずに、なりふり構わず押し切ることができるのは、やはり忖度の苦手な「バカ者、若者、よそ者」たちである。彼らは過去にとらわれない。既存のしがらみにからめとられない。それらを無視して理想や思いを形にするために突っ走るのだ。

アップルはFoolishな個人が切り開いた。他人への配慮を欠いたアートの天才がいたからこそ自分の好きな独善的世界を作り上げ、帝国を築いた。

グーグルの天才たちが、若者らしい理想に走って検索技術を発明してくれたおかげで、インターネットの使い勝手は飛躍的に高まった。情報という神経質で微妙な世界に、無邪気で能天気な大学生ザックが「人と人のつながりの場」を作ってくれたからこそ、我々は断絶をカバーできるようになった。そして専門分野をやすやすと乗り超える門外漢=よそ者ベゾスが、社会の基本取引を、医療を、金融を、そして宇宙までをも作り変えようとしている。

こういう天才たちは、産業革命の申し子たちとは真逆の人たちである。産業革命期に強かった文化。規律重視、時間厳守、整然とした組織的協調、号令一下で正確な反復作業を長時間続ける忍耐強さ……。これと真逆の価値観。ブッ飛んだ構想力、組織ルールや規律にとらわれない柔軟な発想と強い自己主張、何でも可能にするワガママ行動、乗れば徹夜も辞さない突破力……。こうした資質の人々こそ、予想のつかない未来を切り拓く革命のリーダーたちである。

■自由奔放な提案競争を実現する5つの要素

そして彼らを自由奔放な提案競争に駆り立てる環境(エコシステム)を作った国や地域が、情報革命の勝利者になることができる。それがシリコンバレーであり、その対極にいるのが日本だ。

あらためてシリコンバレーのエコシステムの構成要素を並べてみよう。

サンフランシスコ
写真=iStock.com/georgeclerk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/georgeclerk

〈場〉無から有を生み出す提案力、つまり0から1を生み出すコンセプト・メイキングやデザインの力に優れた天才を、世界から吸引して育てる知的バトルの場としての大学を囲むエリア

〈技術〉サポートするテクノロジー人材(CTOなど)と技術基盤。大学や大企業、政府系の研究所などに加えて、続々と生まれるハイテク・ベンチャーの集積

〈ヒト〉高い流動性の中で、プロの経営人材(CEO、CFO、CMOなど)が、大学(ビジネススクール)や大企業、ベンチャーなどから供給

〈カネ〉VCやエンジェル(ベンチャー成功者)、大学や企業、政府系機関から提供

〈制度〉規制緩和(例えば自動運転の容認など)、国がもつ技術の開放と民生移転(バイオ、宇宙など)などの支援。法制・税制のバックアップなど

■アメリカ政府もハイテク産業のエンジェルに

最後の項目を少し補足すると、米国政府もスタンフォードと同じ方向の政策を進めた。日本の製造業に攻め込まれて不振に陥ったアメリカは、1980年バイ・ドール法(政府資金で発明しても大学や研究者が特許権を得ることを認めた法)をはじめとして政策転換のための法制度を整備したのだ。イノベイティブなハイテク産業を育てるために大学への研究資金援助も一気に増やした。

さらに大学の研究者に対して、国がもつハイテク基盤へのアクセスも可能にした。そして、それが特許取得やビジネスにつながった場合に大学と研究者の権利にできるルールも定めた。

政府が技術のエンジェルになったおかげで、大学の特許出願件数は大幅に増え、大学はビジネス界と地続きになった。

研究成果がビジネスに結実すれば億万長者になれる。そのリターンが大学やベンチャーにも再投資される。失敗しても出資者の持ち株が紙くずになり起業家たちがもらったストックオプションが無価値になるだけで、それで終わりである。「Freedom to Fail」。この仕組みなら、誰もが起業したくなる。ベンチャーが増えるわけだ。

こうした仕組みのおかげで、大学の知的レベルが高まっただけでなく、研究者の懐も潤った。1990年代末には「シリコンバレーで1日に60人の億万長者が生まれる」と言われ、スタンフォード大学構内に高級車をたくさん見かけたものだ。この繁栄を見聞きして、世界からシリコンバレーを目指す天才的な若者がますます増えるのも、また自然の流れである。

■日本で起業が少ない原因は「失敗に対する危惧」

翻ってわが日本では、バブル崩壊以降の行政改革で大学の経営にもメスが入り、大学の研究基盤が細る結果となった。のちに研究助成金が増えたといっても、アメリカとはケタ違いであり、博士課程やポスドクの研究者は食べていくのも大変な状況である。

起業のリスクも大きい。ひとたび失敗すれば再び立ち上がるのは極めて難しい。内閣官房と経産省の調査(2021年)で、起業家に対するアンケート結果によれば、「日本で起業が少ないと考える原因」の第1位は「失敗に対する危惧=38%」となっている。

また「学校教育(3位、15%)→勇気ある行動への低い評価など」や「家庭教育(4位、8%)→安全・安定を求める親の思いなど」、そして「世間の風潮(5位、6%)→成功しても尊敬される程度が低いなど」も理由として挙がっている。

■アメリカでユニコーン企業が次々と生まれる理由

日本は空気からして起業家に冷たい。日本にベンチャー・ブームが巻き起こった2000年代前半期には、マスメディアが「ヒルズ族」「IT長者」と異端視し、ブームに乗った起業家を社会的に叩き潰す事件まで起こった(ライブドア事件)。あれから一気に若者の空気が冷え込んでいったのを憶えている人も多いだろう。集団主義の社会ではジェラシーが強く、「他人の成功は苦い」のかもしれない。

アメリカではVCやエンジェルが豊富な資金を提供しているだけでなく(※1)、上場しやすい制度も整っている。例えば赤字を続けながら上場できたのは、アマゾンやテスラだけではない。

上場企業の3割が上場後も赤字を続けている(※2)。それは目先の収益より成長優先を容認しているからである。目先で利益の辻褄合わせを求めるのではなく、「早く大きくなる」ことを歓迎するのだ。だからユニコーン(時価総額10億ドル以上の大型ベンチャー)が多くなる。

(※1)シリコンバレー在住のベンチャー・キャピタリスト校條浩氏によれば、米国のベンチャー投資額は2021年10月までに史上最高の27兆円を超え、日本の6000億円と比べて段違いである(日経産業新聞、2021年11月16日)。むしろ日本のベンチャーは米国やシンガポール等のVCから巨額の資金調達をしている(週刊東洋経済、2022年1月1日号)
(※2)日本経済新聞(2021年11月2日)より

■日本では「上場がゴール」で目先の利益にこだわる

対照的に日本では、VCの資金基盤が小さく、出資もみみっちくなりがちである。しかもリスクを恐れる空気が強く、何かと目先にこだわり、成長のための先行投資より利益計上を求める傾向にある。公開価格も低く抑えられ、上場時の調達額が少なくなり、小型のIPOが多くなる。結果として「上場がゴール」状態にもなっている(※3)

加えてライブドア事件以来、取引所も規制を強化していて、上場後の利益計上を求める。またM&Aによる成長投資の調達などには否定的である。だからベンチャーがIPOしても大きくなれず、日本ではユニコーンが生まれにくい要因の一つになっている(※4)

こうしたことを書き連ねていくとキリがない。以前から「日本にシリコンバレーを創ろう!」という掛け声ばかりあっても、実現しないのはこうした数々の事情からである。しかし彼我の差を見て「あれもない。これもない。何もない」と言い続けても仕方がない。制度的な議論は本稿のメインの趣旨でもない。

したがって、今の状況でも日本企業ができることのヒントを、GAFAをベンチマークしながら探していこう。

(※3)こうした事情を日本経済新聞編集委員・川崎健氏は「壊れてしまったマザーズ(市場)」と論評している(同紙、2022年2月10日)
(※4)日本経済新聞(2021年8月9日)より。ちなみに同紙(2022年2月24日)によれば、世界のユニコーンの数は1000社を超え、うち米国には過半近くの488社、中国170社、日本は6社となっている

■大企業がベンチャーを支援し、育てる

日本でも起業家は少しずつ増えている。ビジネススクールの卒業生たちが大企業をスピンアウトして起業するケースが以前よりずっと多くなった。というより大企業に残る価値を見いだせず、見切りをつけて辞める選択をしたという事情もある。

キャリアプランニング
写真=iStock.com/ilkercelik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ilkercelik

問題は母集団のボリュームである。日本は起業率が世界最低水準で、ベンチャーの数が圧倒的に少ない。ビジネススクールで経営者の量産を目的に、経営教育に携わってきた人間の目からすれば、日本ではアントレプレナーの量産は極めて難しいと感じる。

したがって日本ではむしろアントレプレナーより、イントラプレナーに期待をかけた方がいいと考えている。ただしここでいうイントラプレナーは、社員を社内起業家にすることを想定しているというより、大企業がベンチャーのインキュベータになることをイメージして使っている。大企業がベンチャーを支援し、育てるのだ。

それはなぜか。起業を成功させるにはたっぷりと経営資源を与えなければならないが、それをほぼ占有しているのが日本では大企業だからである。しかも大企業がその手持ちの資源を余らせている、と考えるからである。

■有効活用されず眠っている〈カネ〉や〈技術〉

〈カネ〉は豊富にある。財務省「法人企業統計調査」によれば、日本企業がストックする現預金は320兆円に達する(2021年3月末)。資本金10億円以上の大企業だけとっても79兆円ある。上場企業のネットキャッシュ(現預金+短期保有有価証券-有利子負債-前受金)のランキングを取っても、第1位ソニーGの2.6兆円を筆頭に、500億円以上もつ会社が165社あり、500位の企業でも142億円もっている(※5)

これらのカネは眠っていると言ったら失礼だが、未活用の資金である。本来、カネに限らず経営資源を眠らせているとしたら、それは経営者の怠慢のはずだ。

〈技術〉も有効活用されずに眠っているケースが多い。

例えばベンチャーが開発を進めていくと、たびたび既存企業の特許にぶつかる。そして、その特許がその企業では使われない休眠特許であったとしても、使用許諾が下りないケースが多い。将来ぶつかることがあるかもしれないと考えると意思決定できないのだ。そしていつまでもクズグズと、反応が返ってこない。

(※5)「最新!これが『金持ち企業』トップ500社だ」東洋経済オンラインより

■優秀で若い人材が大企業でくすぶっている

〈ヒト〉も似たような事情にある。日本では大企業が有能な大学生を一括採用で、ほぼ青田買いする。最近では早慶でも東大などでも起業を目指す学生が増えている。あるいは起業の勉強のため、外資系コンサルティングへの就職志望者も増えている。しかし数の上では圧倒的に、ポテンシャルのある若手人材が大企業に吸い取られる。

ビジネススクールに経営の勉強にやってくる大企業の若手社員たちと話してみると、潜在的な能力者が多い。しかし仕事の実情を聞いていくと、会社がそのポテンシャルを最大限に伸ばす活かし方をしているとは到底思えない。加えて彼らのほとんどが大組織を離れることに恐怖を感じている。抵抗を撥ねのけるような突破力のある野心家は少ない。ベンチャーの有能な一員となって起業家を強力に支えることはできるフォロワーの適材は多いのだが……。

図表1は、ベンチャー企業が大企業などに協力して欲しい項目の調査結果である。ベンチャーが欲しいのは資金、技術、人材の順であり、大企業との協業が実現すれば、ベンチャーにとってかけがえのない支援になる。

ベンチャーが大企業などと協業したい項目(複数回答可)
出所=『なぜ日本からGAFAは生まれないのか』より

■イノベーションを実現するには「人が起点」

課題はベンチャーを率いるリーダーにもある。GAFAを見てもイノベーションは個性的なリーダーから生まれる。人から始まるのだ!

山根節、牟田陽子『なぜ日本からGAFAは生まれないのか』(光文社新書)
山根節、牟田陽子『なぜ日本からGAFAは生まれないのか』(光文社新書)

もちろん大組織の片隅に天才的な変人が眠っていることもある。彼がたまたま庇護してくれる経営者と出会って、イノベーションが起こった例はいくつもある。かつてのNHK人気番組『プロジェクトX』に登場したサラリーマンの物語のいくつかがそれだった。その偶然にも期待したいが、「革新は辺境から」というように、イノベーターは内部にこだわらず、広くオープンに探すべきだ。

要は「人が起点」ということである。しかも固有名詞で考えるべきで、21世紀型の基本的な人選のコンセプトは「一本釣り」だ。

そのためにイノベーターを発掘する意欲と覚悟、そして仕組みが要る。その仕組みのヒントは日本企業の典型ともいうべきトヨタ自動車、そしてソニーGにある、と考える。

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山根 節(やまね・たかし)
経営学者、ビジネス・ブレークスルー大学院教授
1949年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。慶應義塾大学大学院にて修士、博士課程修了(商学博士)。スタンフォード大学客員研究員、慶應義塾大学ビジネススクール教授(現・名誉教授)、早稲田大学ビジネススクール教授などを経て、現在はビジネス・ブレークスルー大学大学院教授。著書に『なぜあの経営者はすごいのか 数字で読み解くトップの手腕』(ダイヤモンド社)、『「儲かる会社」の財務諸表 48の実例で身につく経営力・会計力』(光文社新書)など多数。

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牟田 陽子(むた・ようこ)
ビジネスライター、リサーチャー
1982年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。ロンドン大学にて応用言語学の修士課程修了後、eラーニングのベンチャー企業立ち上げに参加。2015年、早稲田大学ビジネススクール(MBA)修了後は自動車メーカーにおいてコネクテッドカー関連の事業企画に従事。

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(経営学者、ビジネス・ブレークスルー大学院教授 山根 節、ビジネスライター、リサーチャー 牟田 陽子)

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