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「ソ連こそ人間の希望」ロシア作家ソローキンが解き明かした"プーチンの頭の中"

プレジデントオンライン / 2022年6月5日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ablokhin

世界的な賢人12人のインタビュー・論考をまとめた『ウクライナの未来 プーチンの運命』が話題だ。「人は想像を超える事態を目にすると、しばしば思考停止に陥るが、目を背けてはならない。考え続けなければならない。賢人たちの言葉は、私たちにより深い視座を与えてくれるはずだ」と編集を担当したクーリエ・ジャポン編集部は言う。同書より、「プーチンという怪物を倒さなければならない」と主張して注目された、現代ロシアを代表する作家ソローキンの特別寄稿を一部公開する──。(第2回/全2回)

※本稿は、クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。

■無慈悲な怪物

2022年2月24日、プーチンが長年、身にまとっていた「賢明な独裁者」の化けの皮が剥(は)がれた。世界はこの日、妄想にとらわれた無慈悲な怪物を見たのだ。

この怪物は絶対的な権力と帝国主義的な攻撃性および敵意に酔い、ソ連崩壊へのルサンチマンと西側の民主主義への憎しみに駆り立てられ、成長してきた。今後ヨーロッパは、これまでのプーチンではなく、新たなプーチンと向き合わなければならない。

もはや平和は望めないだろう。

どうしてこのようなことになったのだろうか?

■魅力的に見えた、かつては

映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作の最後のシーンでは、「中(なか)つ国」の住人たちにたくさんの苦しみをもたらした、呪われた力の指輪を、主人公フロドが灼熱(しゃくねつ)の溶岩に投げ込むはずだったが突然考え直し、その指輪を自分ではめたいと考える。

指輪の力でフロドの表情は変わり、怪物と化すことが予見される。力の指輪は今やフロドを支配してしまったというわけだ……。

プーチンが1999年に病身のボリス・エリツィンによって王座(大統領代行)に据えられたとき、彼は親しみやすいどころか、魅力的にさえ見え、言っていることもまともに思えた。

傲慢(ごうまん)さや慢心のない、賢明な役人が権力のピラミッドの頂上に就いたのだと、多くの人は思い込んだ。ソ連なき後のロシアは民主主義の道を歩むしかないと理解している、現代的な人が現れたのだと。

■運命の指輪

当時はプーチン自身も、インタビューで民主主義について多くを語り、市民たちに対してはロシアの連邦制度の改革、自由な選挙、言論の自由、西側諸国との協力を約束していたのだ。そしてとりわけ、権力の椅子にしがみつくつもりはない、と言明していた。

率直で、相手を理解しようと心がけ、真面目で、しかしユーモアがあり、自嘲的なところさえあった。

今日ではプーチンと激しく敵対しているとみなされている政治家、知識人、政治工学者も、当時はプーチンを支持していたし、なかには次の選挙に勝つためとあらばプーチン陣営に所属する人もいて、それでうまくいったのだ。

だが、そのときにはもう、運命の指輪はプーチンの指にはまっていた。刻一刻と、プーチンは帝国主義の怪物へと変貌していった。

■独裁者の系譜

ロシアでは、歴史的にも現在も、権力構造はピラミッド型になっている。このピラミッドは16世紀にイヴァン雷帝によって作られた。パラノイア(偏執症)にとりつかれ、悪徳におぼれた、恐ろしいツァーリ(皇帝)だ。

オプリーチニキという親衛隊の力を借りてイヴァンは、権力と民衆、自分の味方とそうでない者の間に血塗られた楔(くさび)を打ち込んだ。ロシアを統制する方法はただ1つ、奪い取り、自分が国の占領者になることだとイヴァンは確信していた。

残忍で、民衆には見通すことのできないような権力が必要だった。民衆はその力を崇拝するだけだ。その暗黒のピラミッドの頂点にいる人が、すべての権利と絶対的な権力を持つ。

道理に合わないことかもしれないが、そこから500年、この権力の原理はロシアでは変わらずに残り続けた。我が国の決定的な悲劇はここにあると、私は考えている。中世のピラミッドは、表面だけは変わったが、構造はそのまま、現代まで保たれたのだ。

頂点には常に独裁者が君臨していた。そしていまは20年以上、プーチンがそこに君臨している。かつての約束を反故(ほご)にし、彼はこの椅子にしっかりとしがみついている。

■過去へと押し戻される国家

権力の座に就くやいなや、プーチンは変わり始めた。

自由な報道姿勢を維持していたテレビ局NTVは潰され、テレビ局はプーチンの取り巻きの手に渡り、厳しい検閲制度が確立された。それ以来、プーチンはいかなる批判もされないようになった。

ロシアで最も成功した企業の経営者だったミハイル・ホドルコフスキーは逮捕され、10年間投獄された。ホドルコフスキーのユコス社はプーチンの仲間に略奪された。

この“特殊作戦”で、ほかのオリガルヒを怖がらせることに成功した。一部はロシアを去り、残った者たちはプーチンにひれ伏し、プーチンの「財布」となった者もいた。

ピラミッドは静かに振動し、時間が止まった。巨大な氷の塊(かたまり)が流されるように、この国は過去へと押し戻されていった。まずはソビエト時代に、そしてさらに過去、中世に。

■ソ連こそ人間の希望…

ソビエト連邦の崩壊は20世紀最大の惨事だ、とプーチンは言明した。

クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)
クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)

何百万人もの人を死なせたスターリンの赤い車輪に轢(ひ)かれることを皆が恐れていたこの国において、(ソビエト崩壊は)すべての理性的な人にとって幸福な出来事だったわけだが、プーチンにとってはそうでなかったのだ。

プーチンは、かつて自分がそうだったKGB高官としての考えを、自らの頭から排除しなかった。

彼らは、ソ連は進歩した人間の希望であり、西側は敵であり、私たちロシア人を侮辱しようとしていると教え込まれてきた。

プーチンはタイムマシンで時間を巻き戻すことで、居心地のよかったソビエトの若者時代に戻れると思い込んでいた。そしてやがて、すべての臣民を一緒に連れ戻そうとしたのだ。

■不幸と戦争の奴隷になった

権力のピラミッドが厄介な点の1つは、頂点にいる人間が自分の精神疾患的徴候を国全体に伝染させることだ。

イデオロギー的に見れば、プーチニズムとはむしろ折衷的な性質を持っている。ソビエト的なものすべてに対する敬意は封建的な倫理と手を取り合うし、プーチンの手にかかればレーニンは、ツァーリのロシアやロシア正教と結び合わせられる。

プーチンの思想の中核を形作っている哲学者は、イヴァン・イリインだ。君主制主義者で、ナショナリストで、反ユダヤ主義者で、反革命の白色運動のイデオローグだったイリインは、1922年にレーニンに追放され、亡命生活のまま生涯を終えた。

ヒトラーがドイツで権力を握ると、イリインはこれを心から歓迎した。ヒトラーが「ドイツをボルシェヴィキから守った」からだ。「私はこの3カ月間の出来事をドイツのユダヤ人の観点から評価することを断固拒否する」、「永遠の融和という自由民主主義の催眠術は払いのけられた」とイリインは書いている。

ヒトラーがスラブ人を第二級の人種だと表明したことで、ようやくイリインはヒトラーを悪しき存在とみなして批判し、ゲシュタポ(秘密国家警察)の手に落ちたが、後に(作曲家の)セルゲイ・ラフマニノフの支援で解放された。先に挙げた論文でイリインは、ロシアのボルシェヴィズムが崩壊した暁(あかつき)には、ロシアを立ち直らせてくれる指導者が現れるという期待を表明している。

■プーチン主義者の好むスローガン

立ち上がるロシア──これはプーチンやプーチン主義者の好むスローガンだった。「レーニンによって作り出されたウクライナ」という最近の発言にも、イリインの思想が響いている。

実際には、ウクライナを独立させたのはレーニンではなく、レーニンの主導で憲法制定議会が解散した直後の1918年1月に、キーウの中央ラーダ(ウクライナ中央議会)が独立を宣言したのだが……。この国家はレーニンの功績によってできたのではなく、せいぜいレーニンが不当な侵略を行ったからできたものだ。

「ボルシェヴィキの支配の後、ロシアの権力が再び反国民的、反国家的になってしまい、外国人に取り入り、国を分権化して愛国心を持たないようにしてしまったら、そして、レーニンが国家の地位を与えてしまった淫(みだ)らな小ロシア人(ウクライナ人)を認めることなく偉大なロシア人の国家の利益だけに奉仕しないなら、革命が止むことはなく、西側の堕落のもとで滅びていく新たな局面を迎えてしまうだろう」と、イリインは確信していた。

「プーチンのもとでロシアは立ち上がったのだ!」と支持者は好んで言う。しかしある人が冗談で言ったように、よしんばロシアが本当に立ち上がったとしても、すぐに四つん這(ば)いになって、腐敗、権威主義、当局の横暴、そして不幸の奴隷になったのである。

そして今は、戦争の奴隷になった、と言い添えることもできよう。

■プーチンを肥大化させたのは誰か

この20年間で多くのことが起こった。この大統領の顔も、非情さ、恨み、不満を発する硬直した仮面になった。

コミュニケーションの主な手段は嘘だ。小さな嘘から大きな嘘まであるが、小さな言い訳も根本的な嘘も、実に多様な自己暗示で彩られている。ロシア人はこの大統領の嘘のレトリックに慣れきってしまっている。そして残念ながらヨーロッパの人々にもそれは受け入れられている。

プーチンの内部の怪物は権力のピラミッドのみによって育てられていたわけではない。まるで皇帝が役人に対してするように、プーチンがときおり自分の食卓から腐敗という名の脂肪の塊を投げてやっていた、お金で意のままになるロシアのエリートだけがあの怪物を育てたわけではない。

クレムリンに飛び、(最近では例の偏執症的に長い机の前で)嘘をたらふく食わされ、嘘にうなずき続け、記者会見では「建設的な対話」などと言って再び飛んで帰る、そんなヨーロッパの国の首脳は一人だけではない。

無責任な西側の政治家、冷笑的なビジネスマン、腐敗したジャーナリストや政治学者によっても、プーチンは肥え太らされたのである。

強くて妥協しない支配者! みんながそれに熱狂していたではないか! ウォッカやキャビアのようにわくわくする「ロシアの新しいツァーリ」に。

■人生のすべてが「特殊作戦」

プーチンは嘘のロジックで、ウクライナへの侵攻を「ウクライナ側の侵略者」に対する「特殊作戦」と呼んでいる。つまり、平和を愛するロシアが「ウクライナの軍事政権」からクリミアを取り上げ、ウクライナ東部で戦争を起こし、今度は国全体を攻撃しているというわけだ。

1939年にスターリンがフィンランドに対して行ったことと、ほとんど同じである。

プーチンにとっては、その人生のすべてが特殊作戦なのだ。プーチンはKGBという暗黒の団体から、「庶民」に対する侮蔑感情(庶民こそが常にソビエト国家の悪魔的象徴を動かしてきた、という見下し)を受け継いだのみならず、あらゆる秘密警察の基本原則である、決して正直に話してはならないという教えも受け継いだ。

FBI捜査官
写真=iStock.com/urbazon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbazon

すべては秘密にされていなければならない。私生活も、家族も、習慣も。

■ついに一線を越えた…

だが、この戦争でプーチンは一線を越えてしまった。仮面は剥がれ落ちた。

プーチンは侵略者だ。ヨーロッパは犠牲になり、破壊に苦しむことになる。この戦争に火をつけたのは、絶対的な権力に溺(おぼ)れ、世界地図を塗り替えようと決意した一人の男だ。「特殊作戦」の開始を告げた日のプーチンの演説を聞くと、ウクライナの話よりもアメリカとNATOの話をしている。

NATOに対してプーチンが最近突きつけた「最後通牒」を思い出してみるとよい。プーチンの狙いはウクライナではなく、西側の文明だ。KGBの黒いミルクとともにプーチンは、西側の文明に対する憎しみも吸収したのだ。

誰が悪いのか?

私たちロシア人だ。プーチン政権が倒れるまで、私たちはこの責任を負わなければならない。プーチン政権が崩壊する日は来る。自由なウクライナへの侵攻は終わりの始まりである。

■自由と民主主義こそがプーチンの敵

プーチン主義は没落が運命づけられている。なぜなら、自由の敵であり、民主主義の敵だからだ。

人類はようやくそれを理解した。プーチンが自由で民主的な国を侵略したのは、その国が自由で民主的であるがゆえだ。

自由と民主主義の世界は、プーチンの暗く不愉快な小屋よりも大きいので、プーチンはもう終わりだ。新しい中世、腐敗、人間の自由の軽視に執心しており、過去そのものなので、プーチンはもう終わりなのだ。

そして、この怪物が絶対に過去のものとなるように、私たちは全力を尽くさねばならない。

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ウラジーミル・ソローキン 作家
1955年、ロシア生まれ。小説家、劇作家。装丁家や画家を経て、1985年に作家デビュー。『青い脂』(河出文庫)、『愛』(国書刊行会)などの著作で、本国ロシアでも注目を集める。2001年にブッカー賞、2010年にゴーリキー賞を受賞。その過激な作風から「現代ロシア文学のモンスター」と呼ばれる。

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(作家 ウラジーミル・ソローキン)

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