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若手社員の給与は上げないのに…日本企業が「働かないおじさん」に高給を払い続ける本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年5月30日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

年功序列などの日本型雇用制度は日本人の働き方にどのような影響を与えているのか。カリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・ヴォーゲル教授は、「日本の安定した雇用は社会にとってプラスであり、それが賃上げを妨げているわけではない。日本に足りないのは働き方の多様性だ」という――。(取材・文=NY在住ジャーナリスト・肥田美佐子。第2回/全3回)

■「働かない年長者」だけが低調な労働生産性の原因ではない

——教授は第1回で、長期雇用制度を日本経済の強みとして維持すべきだという見解を示しましたが、昨今、盛んに論じられている「働かないおじさん」について、どう思いますか。

終身雇用・年功序列という日本型雇用制度の下で手厚い待遇を受け、雇用が保障され、年齢に応じて給与が上がるにつれ、生産性が下がっても高給をもらい続ける大企業のベテラン社員に対し、若手を中心に「フェアでない」という批判が巻き起こっています。

日本型雇用制度が「完璧」だと言っているわけではありません。(労働市場に)ある程度の柔軟性が必要だという考えには賛成です。ただ、「終身雇用制は崩壊した。悪しきアイデアだから、なくしてしまえ」という意見には同意できません。日本型雇用制度には修正が必要かもしれませんが、今でも通用する非常に優れた点があります。

一方、企業が非生産的な年長の労働者を抱えているという問題は確かに存在します。しかし、その割合が誇張されているのではないでしょうか。彼らが低生産性の元凶だと言えるほど、そうした現象が日本中に蔓延しているとは思いません。

スティーヴン・ヴォーゲル教授
スティーヴン・ヴォーゲル教授

■ある程度の「もらいすぎ」は許容されるべき

生産性の低さは、日本企業が従業員研修などによる生産性向上を目指す代わりに、労働コストの削減に走っていることが大きいと思います。従業員への投資こそが日本に必要なものであるにもかかわらず、です。良好な労使関係を築くには一定レベルの雇用の安定が必要です。

年功序列制についてですが、同制度の下では若い時に低めの給与に甘んじなければならない一方で、年齢が上がるにつれて多少もらいすぎという現象が起こるものです。そうした仕組み自体が長期雇用制度の一環なのです。

長期雇用制度は従業員への投資です。そのため、労働者は若い時に安い給与を我慢すれば、年を取ったときに、いささかもらいすぎと言えるくらいの給与が保障されるわけです。もちろん、度が過ぎれば、非効率で不適正という事態を招きますが、そうした仕組みは長期雇用制度に基づくシステムの一環だと考えれば、適正なものです。

——ですが、今の若い世代は年長になっても高給を保障されないのでは?

今から30~40年後がどうなっているかを予測するのは至難の業です。長期雇用モデルに基づく組織では、今の若い労働者は年を取っても旧世代ほどの恩恵にはあずかれないかもしれません。とはいえ、同制度が完全になくなるとは思いません。

■賃金停滞の主因は雇用制度ではなく、日本経済の弱さ

——従来の日本型雇用制度は賃金停滞に大きな影響を与えたと思いますか。

自著『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社、上原裕美子訳)でも触れましたが、何らかの影響はあるでしょう。終身雇用制度の下では、企業は社員が定年まで勤め続けることを前提に、景気後退などの可能性に備えて正社員の賃上げを渋りがちです。いったん給与を上げてしまうと、何かあっても下げられないため、慎重になるのでしょう。

従来の日本型雇用制度が賃金停滞に何ら影響を及ぼしていないとは言いませんが、最も重要な要因だとは思いません。

もっと重要な要因は日本経済の弱さです。そして、第1回で説明したように、日本政府の政策トレンド(注:アベノミクス第3の矢である「成長戦略」下での大胆な規制緩和や、労働市場改革などの市場重視型改革)も大きく関係しています。

そして、日本のバブル崩壊後に始まった企業の賃金抑制モデルも大きな要因です。また、企業が正社員の賃上げを渋る背景には、政府の労働市場・コーポレートガバナンス改革で、いつでも非正規労働者を雇えるようになったという事情もあります。

日本企業は1990年代(後半以降)、賃金抑制に動き始めましたが、依然として、なかなか賃上げの方向に舵を切ろうとしません。

■「ズバズバとクビを切る」米企業のデメリット

——教授は『日本経済のマーケットデザイン』の中で、日本政府が1990年代後半から労働規制を大幅に緩和し、非正規労働者の雇用をめぐる企業側の自由度を高める一方、数が減った正規労働者には長期雇用制度を維持していることに触れています。大胆な労働市場改革を進めながらも、「正規労働者を解雇しにくい点に変化はなかった」と。

そして、こう書いています。「日本の労働者解雇をめぐる規制は、本書全体の主張を例証するものだ。日本政府にとって、雇用主による労働者解雇の自由を本当に広げたいのなら、介入を減らすのではなく、増やす必要があった」と。つまり、裁判所の判例が企業慣行と社会規範を反映し、大企業に対して解雇よりも組織内での異動を促してきたことを考えると、労働者解雇のルールを変えるには、むしろ「政府の積極的な介入」が必要なのだ、と。

大企業が賃上げよりも正社員の「雇用の安定」を重視し、リスクを取らないことは、コロナ禍の影響など、不確実性が増す時代にあっては、逆にリスクとなりうるのでしょうか。大企業のベテラン男性社員の雇用が過度に守られるような、柔軟性に欠ける日本の労働市場が引き起こすリスクとは?

基本的に、雇用の保障・継続はいいことです。米国の企業はすぐにレイオフ(解雇)の大ナタを振りますが、私はそうした動きを支持しません。安定した雇用は企業の生産性にとっても、社会にとってもプラスです。失業は社会問題や犯罪を招き、家庭にも問題をもたらします。

(注:米国では、「レイオフ」は、季節労働者など一部のケースを除き、もはや「一時解雇」のことではなく、「永久解雇」を意味する)

列から転げ落ちるパズルのピース
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■正社員か非正規社員かという柔軟性のない働き方が生産性を下げている

日本が、「ハイヤー・アンド・ファイアー(採用と解雇)」を繰り返す米国の労働市場を目指し、雇用の保障をおろそかにするような国になるべきだとは思いません。失業者のセーフティーネットを強化するのは、いいことです。しかし、だからと言って、労働市場の柔軟性を高めるために雇用の保障を減ずるべきだとは思いません。

労働市場の柔軟性は、(解雇を容易にするという)雇用側の柔軟性のみで語られるべきではなく、被雇用者・従業員にとっての柔軟性も考えるべきです。

例えば、正社員か非正規労働者かの二者択一ではなく、後で詳しく説明するように、さまざまな雇用形態という選択肢を増やすことも、柔軟性を高める一手です。労働時間や勤務場所をフレキシブルにすることも、生産性向上に役立ちます。

労働市場にある程度の柔軟性が生まれることはプラスとも言えます。ただ、それが解雇規制緩和に限った話で、日本企業が(米国企業のように、自由な雇用調整など)何でもできるようになることを意味するとしたら、日本ではそうした状況にはならないと思います。

■日本とアメリカでの「労働コスト削減」へのスタンスの違い

——教授の著書によると、日本政府は失業者の救済措置に修正を加えつつ、セーフティーネットの大幅なてこ入れは行わなかったといいます。「失業者を支える政策(労働者の保護)に力を入れるよりも、雇用継続(職の保護)を重視している」と。教授が言うように、雇用の保障・継続がいいことだとすれば、正社員の雇用を守ることは、日本経済に何らリスクを及ぼさないということですか。

景気後退に陥っても、日本企業に労働コスト削減のすべがないとしたら、もちろん、それは企業にとってリスクとなります。しかし、実際のところ、企業にはコスト削減の道が多々開かれています。事実、日本企業は1990年代に、労働力カットを伴わない労働コスト削減をうまくやってのけました。

米国の企業がレイオフを急ぎすぎるとしたら、日本企業はその逆で、レイオフへの動きが鈍すぎるかもしれません。その違いは、労働コスト削減に対する日米企業のスタンスの相違にあります。

まず、米国の企業がレイオフに走るのは、一律に賃金を下げれば、従業員の士気が下がり、不満を招くと考えるからです。だから、賃下げよりもレイオフを選ぶのです。レイオフされなかった人々はハッピーですよね。レイオフされた人々は不満でしょうが、いなくなるのですから、「もう関係ない」と会社側は考えるわけです。

つまり、米国企業の管理職にとっては、一律の賃下げよりもレイオフのほうが簡単なのです。

ひるがえって日本企業は、レイオフが会社の評判を傷つけることを懸念します。レイオフの大ナタを振るえば評判が下がり、景気が上向いたとき、求人・採用に苦労するのではないかと考えるのです。日本企業が、レイオフによる人件費削減よりも社員の賃金を抑える道を選ぶのは、そのためです。

賃金を上げず、新規正社員の採用を手控え、ボーナスや残業代を削ることで、レイオフなしに労働コストを削減するのが日本流のやり方です。もし私が日米いずれかのスタイルを選ぶとしたら、日本流のコスト削減方式に軍配を上げます。

■「非正規を増やして柔軟性を高める」方法は間違い

——教授は第1回で、男性が大半を占める正社員と女性が大勢を占める非正規労働者という、日本型雇用制度の差別的な「2層構造」を批判しています。

そして、著書の中で、「第1次安倍内閣(2006~07年)はパートタイム労働法を改正し、正社員と非正規労働者の処遇に均衡を確保する方針を打ち立てたが、日本独特の『合法的な』差別的待遇を行う余地は残した」と、書いています。

改正は、「職務内容」と、残業や配属変更などの「拘束性」の点で正社員と非正規労働者を平等に扱うことにより、同等な処遇の実現を図るものだったため、たとえ業務は似ていても、実質的に正社員と「平等」だとみなされる非正規労働者は「ほぼ存在しない」と。

その結果、「同等な賃金や福利厚生の受給権利は生じない」と、教授は分析しています。女性をはじめ、生活が困窮する非正規労働者が多いことについて、どう思いますか。

もっと非正規労働者を増やして日本の労働市場に柔軟性をもたらすべきだと言う人は多いかもしれませんが、私はそう思いません。日本が生産性を上げる道は、正社員の割合を増やすことだと思います。つまり、日本企業は、今やっていることと逆の方向に方針転換すべきです。

次に、正社員と非正規労働者という2層構造でなく、もっと多くの雇用形態を設けるべきです。ただ、これは、場合によっては非常に危険なことでもあります。正社員と非正規労働者の間を取って正社員の地位を下げればいい、と主張する人が出てくるからです。

しかし、それは間違っています。正社員の地位を下げるのではなく、非正規労働者の地位を高めるような、2層構造を超えた雇用形態を構築すべきです。

■正社員の地位を下げずに非正規社員の地位を押し上げることが必要

例えば、転勤や労働時間の変更が難しい女性の非正規労働者と新たな雇用契約を結び、企業側が勤務地の異動や労働時間の変更を課さない代わりに、(正社員と類似の職務内容で)非正規労働者より賃金が高く、正社員よりは低いカテゴリーを設けるのも一手です。

ただし、目的は、あくまでも非正規労働者の地位を押し上げることです。正社員の格下げを招くようなものであってはなりません。

■雇用が安定しない人は財布のひもを締める

——教授は著書の中で、日本の大企業が終身雇用世代の年配社員を積極的に切り捨てない一方で派遣社員を増やし、正社員の採用を手控えてきたことは「マクロ経済的パフォーマンスを弱体化させている」と指摘しています。

第1回でも話しましたが、経済格差は消費者の需要を減少させ、経済停滞を招きます。(非正規労働者のように)雇用が保障されていなければ、財布のひもを締めますよね。特に、マイホームや車といった大きな買い物はしません。

賃金抑制や不安定な雇用は消費や経済成長の足を引っ張ります。

抱っこひもで乳児を抱きながらタブレット端末で仕事をする父親
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

——外国人労働者が日本の人々の賃金に与える影響はどうでしょう? 保守派、リベラル派ともに、日本では、依然として移民や外国人労働者が増えることに抵抗を感じる人が少なくありません。岸田政権の「外国人労働者受け入れ拡大」策に対する批判も根強いです。安価な労働力に頼ることが日本人の賃金をさらに押し下げるのではないか、と。

たぶん日本人の賃金に与える移民の影響はあまりにも小さい、というのが私の答えです。

パンデミック以前に(安倍政権下の)日本を訪れ、日本政府関係者と話しましたが、新規移民の受け入れ数は人手不足を補うレベルには至っていないため、日本人労働者の賃金に大きな影響が及ぶはずはないということでした。

移民の影響がゼロだとは思いませんが、例えば、100万人不足しているセクターに10万人の移民を受け入れても、同セクターの賃金の状況は基本的に変わらないでしょう?

(次回に続く・第3回は6月8日公開予定)

スティーヴン・ヴォーゲル
カリフォルニア大学バークレー校教授
政治経済学者。先進国、主に日本の政治経済が専門。プリンストン大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(政治学)を取得。ジャパン・タイムズの記者として東京で、フリージャーナリストとしてフランスで勤務した。著書に『Marketcraft: How Governments Make Markets Work』などがある。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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