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爆撃機の装甲を厚くすべきなのは「対空砲火を受けた場所」と「受けていない場所」のどちらか?

プレジデントオンライン / 2022年6月1日 8時15分

『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』より

第2次大戦中のヨーロッパ戦線。アメリカ軍はドイツ軍の対空砲火から爆撃機を守るため、装甲の強化を検討していた。軍は「損傷部分の多い箇所の装甲を厚くすべき」という仮説を立てたが、統計学者は「弾痕のない部分の装甲を厚くすべき」と主張した。なぜだったのか――。(第1回)

※本稿は、本丸諒『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■「見えない」風を「見えるように」した北斎

ここでは「見えないデータ」について押さえておきましょう。

葛飾北斎(1760~1849)といえば、『富嶽三十六景』『北斎漫画』などで知られる江戸後期の天才浮世絵師です。最近の調査によると(人口移動調査)、現代の日本人の引っ越し回数は平均3回程度のようですが、北斎は数え90歳で亡くなるまでに93回の引っ越しをしたといいます。

そんな北斎は、人の目には決して見えないものを描き、西洋の画家たちを驚愕させました。それは「風の動き」です。人間の目には、風は決して見ることができません。けれども旅人の笠が強風で飛ばされ、紙が舞い、波濤が砕け散る姿を通して、北斎は見えないはずの「風」をみごとに描き切りました。

もちろん、私たちは「風」の存在を知っています。顔や身体に吹き付けるからで、いまもこの風力を利用して風車を回して電気を起こしたり、ヨットを自分の行きたい方向へ進めたりしているのです。

■「見えないデータ」に着目した天才科学者

風と同様、この世界には「見える情報」と「見えない情報」が混在しています。そして私たちは「見える情報」だけを追う傾向がありますが、「見えない情報」のなかにこそ、「真実がある」ことだって、あるのです。見える情報しか見ようとせず、見えない情報を見落としていると、どうなるでしょうか。

しかも、それが、戦争のような緊急事態の最中であれば……?

第2次大戦中のヨーロッパ戦線。アメリカ軍はある対応に迫られていました。それは、ドイツ軍による地対空の機銃掃射からどのようにして爆撃機を守るか、ということです。

戦場から無事に生還したアメリカ軍爆撃機の弾痕分布(部位ごと)をまとめた図表2を見てください。この表を見ると、「胴体部分」への被弾がいちばん多そうに見えます。

爆撃機に当たった主な部位と被痕数
『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』より

この被弾マップを見ると、主翼の両端(A)、機体の中央部(B)などに損傷が集中しているように見えます。

軍は被弾対策として、「損傷部分の多い箇所の装甲を厚くする」という方針を立てたのですが、あまり機体を重くはしたくない。そこで、何ミリほど装甲を厚くすれば機銃掃射にギリギリ対応できるのか、それを統計学研究グループSRG(Statistical Reserch Group)の鬼才・エイブラハム・ウォールドに相談し、その知恵を借りようとしたのです。

さて、ここでクイズです。

天才ウォールドは、戦闘機の「どこ」を補強すればよいと答えたでしょうか?

少し考えてみてください。ウォールドの答え。それは彼らの予想を裏切る(超える?)ものでした。

■「生存者バイアス」があなたの目を曇らせる

というのも、彼の答えは、「弾痕のない部分の装甲を厚くする」だったからです。

いま、私たちが見ている損傷パターンは、「生還した爆撃機」の弾痕パターンです。つまり、図の部分に当たっても爆撃機は生還できたわけで、逆にいえば、それ以外の部分に当たった爆撃機は生還できなかった、といえます。それなら、その「生還できなかった損傷パターン」の部分の装甲を厚くすればいい、というわけ。

もちろん、「生還できなかった爆撃機」のデータはありません。しかし、「生還できた爆撃機のデータ」からひき算をすれば、推測することができます。

「損傷を受けた部分=見えている部分」にスポットを当てている限り、解決策は出てこなかったというわけですね。このように、見えるデータ(情報)にばかり目を向け、実態を見落とすことを生存者バイアス(バイアス=偏り)といいます。

統計学やビッグデータ解析では、誰もが「存在するデータ」に目をやりがちですが、いくら対策を立てても効果をあげないこともあります。そんなときは、「もしかすると、生存者バイアスに陥っているのではないか?」と疑うことも必要です。

「見えていなかった部分」が見えた!
『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』より

■安い・早い・信頼できる・コスパのいい「サンプル調査」

政府や企業は今の傾向を知るためにデータ分析をしています。さまざまなデータをとるためのリサーチをしますが、多くの調査では全数調査(すべてのデータのリサーチ)を行わず、代わりに「サンプル調査」を採用しています。

常識的に考えれば全数調査をするほうがよさそうですが、なぜしないのでしょうか? その理由は、クラスや会社の全数調査ならすぐにできても、国単位や県単位の場合、全数調査をすると、あまりに時間と手間がかかること、さらに費用が莫大になることです。

全数調査の代表は「国勢調査」です。これは5年に1回、実施されますが、2015年の調査費用には650億円かかったとされています。主に地域の自治会や町内会が実際の調査員を出し、調査員に選ばれた人は50~100戸を担当し、国勢調査の説明とその後の回収を担当します。何度伺っても不在の家もありますので、調査員が国勢調査に割く時間はかなりのものとなります(調査員は全国で70万人といわれる)。

その点サンプル調査は、安い、早い、信頼度が高い(高い確率)という、メリットの多い調査方法で、これを支えているのが統計学なのです。

しかし、使い方を誤ると誤解やミスリードも起きるので、注意が必要なんです。それらの事例も、解説していきましょう。

■たった3000のデータで当選した伝説の大統領

2016年の米大統領選挙はヒラリー・クリントンとトランプの一騎討ちで、多くの世論調査では「クリントン有利」としていたのに、予想は外れました。このときの選挙以上に有名なのが1936年のアメリカの大統領選挙でしょう。

本丸諒『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』(飛鳥新社)
本丸諒『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』(飛鳥新社)

この年は、民主党はルーズベルト候補(現職大統領)、共和党はランドン候補の対決でしたが、無名のギャラップ社(当時の名称はアメリカ世論研究所)は、全米の有権者から3000人の調査で「ルーズベルトが54%で有利」と予想。

これに対し、世論調査で定評のあったリテラリー・ダイジェスト社(以下、ダイジェスト社)は「ランドン57%で勝利」を予想。そのサンプル数は実に200万人で、ギャラップ社の700倍。

その結果はどうだったか……? 46州でルーズベルトが勝ち、選挙人獲得数はルーズベルト523人に対し、ランドンはわずか8人だったのです。ここで問題です!

なぜ、200万人ものサンプルを集めたダイジェスト社が予想を外し、たった3000人のサンプルでギャラップ社は的中できたのでしょうか?

■200万のビッグデータが負けた本当の理由

答えは、「ダイジェスト社は、サンプリングのミスをした」です。

予想を大きく外したダイジェスト社の場合、自社の雑誌購読者(高額な雑誌)、電話やクルマの保有者の総計1000万人を選び、そのなかから200万人の回答を得ていました。

当時、電話やクルマを所有できる人は高所得層に限られており、多くは共和党支持者でした。つまり、200万人のサンプルを集めたといっても、ほとんど同じ階層、同じ政党支持者の人々からの回答を得ていたのです。

対するギャラップ社は、都市の男女、農村の男女という地域別・性別、あるいは富裕層、それに次ぐ層などの所得別など、人口比にできるだけ等しく抽出していました。

なぜ、大きなサンプル数でも予想が外れたのか?
『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』より

つまり、「投票者の縮図」を作成し、それに合わせて回答を得ていたのです。結果的に、正しい縮図をつくれば、小さなサンプルでも全体を反映できることがわかったのです。

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本丸 諒(ほんまる・りょう)
サイエンスライター
横浜市立大学卒業後、出版社に入社、データ専門誌(月刊)の編集長を務め、サイエンス分野を中心に多数のベストセラーを企画・編集する。特に、統計学関連のジャンルを得意とし、入門書はもちろん、多変量解析、統計解析といった全体的なテーマ、Excelでの統計、回帰分析、ベイズ統計学、統計学用語事典など、30冊を超える書籍を手がけてきた。独立後は、「理系テーマを文系向けにする」サイエンスライターとして活躍。著書に『グラフとクイズで見えなかった世界が見えてくる すごい統計学』(飛鳥新社)がある。

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(サイエンスライター 本丸 諒)

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