大した収入にはならないけれど…生涯現役で働き続ける人が、仕事のない人より健康で長寿であるワケ
プレジデントオンライン / 2022年6月7日 12時15分
※本稿は、和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■どれだけお金があっても、ケチには人が寄ってこない
若いうちは、お金の力を実感できる場面は多々あります。単純に欲しいものが手に入るだけでなく、「お金がある」ことそのものが魅力となって、人を引き寄せます。
でも、歳をとると、お金があるからといって必ずしも人が寄ってくるわけではありません。歳をとっても人が寄ってくるのは、話がおもしろいとか、人としてどこか見習う点があるなど、周囲からすてきだと思われているような人です。
どれだけお金があっても、ケチだと思われたら、人は寄ってこなくなります。出資を頼もうとする人も、相手がケチでお金を出さないとわかれば近寄らなくなりますが、歳をとっても気前よく出資してくれる人のところには集まってきます。
そもそも、お金のにおいをかぎつけて寄ってくる人は、タチがいいとはいえません。一般的に、判断力が低下していると見なされている高齢者のもとに、お金があるというだけで近寄ってくる人がいるとすれば、それはほぼ例外なく詐欺師です。その被害にあって、みすみす損をするというケースは少なくありません。
■歳をとると自分のお金でも自由に使えなくなる
しかしながら、そうした詐欺めあてではなく、たとえば、価値の高い美術品を買いまくってそれを見比べるとか、世界中からめずらしい食材や、人が飲んだことのないようなワインを集めて、1回の食事に数百万円かけてグルメを楽しむといったお金の使い方をしているうちに、「この人のウンチクを聞きたい」という純粋な好奇心から人が寄ってくる、ということはもしかしたらあるかもしれません。
でも、たいていの場合は、歳をとるにつれて、お金をもっていればいるほどいいとはいえなくなってくる、むしろ、お金があるほど虚しくなってくる確率のほうが高いのではないか、と私は推察しています。
というのも、お金をもっていれば、周りの人が言うことを聞いてくれるかといえば、そうでもないからです。歳をとると、自分のお金であっても子供が口出しをして、自由に使わせてもらえなくなることがあります。
かなり資産のある高齢者が、それを使って高級老人ホームに入居しようとしたところ、遺産が減るからでしょうが、子供たちに反対されて断念したという話も聞きます。
歳をとると、思ったほどお金があてにならないということに気づくと思います。
70代くらいまでは、まだお金の力はそこそこ有効かもしれません。それでも80代後半を過ぎて、認知症を理由に成年後見人がつくことにでもなれば、自分で財産を処理する権利さえ完全に失います。
■認知症になった元大臣のもとに何度もやってくる政治家
高齢者専門の浴風会病院に勤めていたとき、私が担当していた入院患者に、かつては大臣の地位にあったという人がいました。その人のもとには、誰もが知る当時の大物政治家が何人か、見舞いに訪れていました。おそらくその人の世話になっていたのでしょう。
そのうちのAさんは、一度見舞いに来て本人が認知症であることがわかると、それきり訪れなくなりました。一方、Bさんは、その後も頻繁にお忍びで訪ねてきていました。いまは何の地位も権力もなく、自分のことを覚えてさえいないかもしれない相手に何度も会いにきていたのです。
もし、利害関係だけの結びつきであったのなら、そこまですることはまずないでしょう。実際、そのような関係性だったと思われるAさんは、二度と訪れることはありませんでした。このとき、Bさんが義理堅い人格者であることがわかると同時に、その元大臣がBさんから本当に慕われていたこともよくわかりました。
利害関係によるパワーではなく、その人自身の人間味やオーラのようなものがどれほどあるかが、ものをいうのだと思います。
■歳をとってから「慕われる人」を目指すのは無駄ではない
周囲の人にずっと慕われつづける人、尊敬されつづける人というのは、昔は身近にもたくさんいたと思います。
たとえば、学校の先生は、かつてはいまよりもずっと尊敬される存在でした。経済的な事情で旧制中学に進めなかった村一番の秀才が、学費のかからない師範学校を出て先生になるというパターンが多く、先生といえば地域のなかで特別に賢いとされる人たちで、生徒から一生慕われつづけることはめずらしくありませんでした。
また、私が子供のころは、医師もいまよりもっとオーラのある存在だったような気がします。血液検査もせず、聴診器を当てて、顔色を見るだけで「大丈夫」と言う。それだけで患者さんを安心させてくれるようなところがあったと思います。
この「安心感を与える」というのは、重要なポイントです。たとえば、精神科の診療では、医師に「必ず治る、大丈夫」と言われることで患者さんの気分が前向きになり、治療の効果が上がりやすくなるといわれています。私も長く通ってくる患者さんから、「先生の顔を見るだけで安心する」と言われたりすると心からうれしくなります。
少なくとも自分の周りの人に安心感を与えられる人、慕われる人になることをめざすのは、高齢期になってからでも遅くはありません。
■定年退職後に本当の「実力主義」が始まる
精神科医の仕事は90歳になってもできます。でも、90歳になっても大学の医学部教授でいることは、日本の場合はできません。
組織の役職としての仕事は、ある一定の時期がくれば辞めなければなりません。つまり、肩書で考えれば、多くの人の仕事人生は50〜60代をピークに終わりを迎えます。でも、能力で考えれば、自分自身が続けられるかぎり仕事人生は終わることはなく、ピークももっとあとにくるかもしれません。
![高齢者と財布](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/1200wm/img_ef0e1823870a678c6c1229938e8990aa360922.jpg)
会社員の場合、60歳(2025年4月以降、65歳)で定年を迎えれば、昨日まで部長だった人が一気に何の肩書もない人になります。年功序列で上昇していけるのは60歳までの話であって、そこから先の人生は実力主義です。そこでは、残っている能力をどう活かし、どう人の役に立つことをするかを考えることが大事になるのです。
私は大学院で、この15年、臨床心理学の教員をしています。この大学院は大学の心理学科を卒業していなくても受験ができるということもあり、臨床心理学専攻には毎年2、3人ほど、定年退職後の人が入ってきます。
東京大学や一橋大学などを出て一流企業に勤めていた人も多く、会社でよく部下の相談に乗っていたとか、人事部で社員の心の問題に接していたという経験から、定年後に臨床心理士として仕事をしたいと考えるようになったという人がよくいます。
■お金を重視せずに仕事を選べるのはリタイア世代の特権
臨床心理士になるには、大学院を卒業後、合格率6割程度の試験に合格して資格を取得する必要があります。資格取得のハードルはそこそこ高いのですが、国家資格ではないこともあり、臨床心理士の年収は一般的に300万〜400万円程度で、さほど高収入とはいえません。
でも、年金も貯蓄もある定年退職後であれば、年収300万円でもとくに不自由はしないでしょう。20代そこそこの若い臨床心理士より、歳をとった人にカウンセリングをしてもらいたいと思う人は少なくないはずで、臨床心理士としても、この年代はむしろ向いているといえるかもしれません。
お金のことをあまり重視せずに仕事を選ぶことができるのは、リタイア世代の特権でもあります。いま、介護の仕事は人手不足といわれていますので、ある程度、体力があるなら、定年後や子育て、あるいは自分自身の親の介護を終えたあとに介護の仕事をするというのも、意義のある選択だと思います。
■高齢者の就業率が高い県は平均寿命も長い
介護の仕事は、年収300万円台が中心です。業務内容のわりに年収水準が低いことが人材不足の要因ですが、定年後に始めるのであれば、年収にはあまりとらわれずにすみます。そして、年収にとらわれなければ、他人に深く感謝される介護の仕事のやりがいを、より強く実感できるのではないかと思います。
![和田秀樹『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(PHP新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/1/1200wm/img_a1d034968f9ae51a7e36848b70949fab340641.jpg)
高齢になっても働きつづけることは、健康や長寿の面でもプラスであることは確かです。たとえば長野県のように、高齢者の就業率が高い県は平均寿命も長く、高齢者1人当たりの医療費も低い傾向があります。
ただ、「高齢者は働きつづけたほうがいい」というのは、どんなかたちであれ体を動かし、頭を働かせることを続けたほうがいいという意味であって、必ずしもお金をもらって仕事をすることだけを意味するわけではありません。ボランティアや趣味的な活動でもかまわないのです。
若いうちは、働く目的をお金や出世におくことが多くなりがちです。その場合、上司の言いなりにならざるをえなかったり、しなくてもいい妥協を強いられたりと、ストレスフルな労働になりがちです。自分で自由に頭を使いにくいのです。
歳をとったら、労働に対する意識を多少なりとも変える必要があります。自分にとってやりがいのあること、世の中のためになること、人の役に立つことのために働けるのが高齢期です。
お金や肩書のための労働から解放される高齢期だからこそ、自由に働ける喜びと、そのことで誰かに喜びをもたらすことのできる幸せを、存分に味わえるのだと思います。
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精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)
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