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選手8名で常にカツカツ…大阪の元ヤンチャ公立高校野球部の顧問が編み出した"前代未聞の部員募集策"

プレジデントオンライン / 2022年6月1日 11時15分

府立枚方なぎさ高校の野球部員と女子マネのみなさん - 撮影=清水岳志

高校野球の強豪校に新入部員が多く集まる一方、弱小校には入らない。このままでは自校でチームを作れない。部員不足に悩む大阪府立枚方なぎさ高校野球部の顧問が考えたのが前代未聞の「コース別」のユニークな部員募集作戦だった――。

■野球を愛する者が集う、名もなき公立高校野球部の物語

大阪にある府立枚方なぎさ高校(以下、なぎさ)野球部顧問・磯岡裕さん(44歳)は、突然、中学生男子に話しかけられた。

「あの……中学でテニス部なんですが、高校では野球をやりたいんです」

2020年の秋、高校入試を控えた中学生向けの学校PRの合同説明会でのことだ。振り向くとそこには小柄な男子がいた。

「ええやないか。大歓迎やで」

磯岡が顔をほころばせて返した。数カ月経った2021年秋、甲子園を目指しての大阪府大会初戦。対戦相手は強豪の履正社だ。その試合に、あのとき声をかけてきた男子は1年生にしてセカンドのポジションで出場した。

そして、さらに約半年後の2022年3月。コロナ禍による対外試合がようやく解禁された直後の練習試合。今年度の開幕ピッチャーは、なんとチームでもっとも背が低い(158cm)この男子が先発マウンドに上がっていた

元テニス部でキャリアは浅い。ところが彼はフォームに癖がなく制球が良かった。ボールは面白いようにストライクゾーンに収まった。

試合を見守った顧問の磯岡が振り返る。

「(球速)110キロぐらいなんですが、丁寧に投げるからストライクの枠に来よるんです。大崩れしないで、ゲームになりました」

しかし、なぜ元テニス部で前年までセカンドの選手が投手を務めているのか。実は、エース格だった新3年生が病気で離脱してしまったのだ。他チームなら、控え投手がいるはずだが、同校にはこれといった選手がいない。

投手だけでなく部員そのものが足りないのだ。磯岡が嘆く。

「新2年生が4人辞めまして、3年と2年でいまは8人です。人数がカツカツで。苦しいです」

一人が辞めるとまた一人、また一人と続いてしまったのだという。磯岡が続ける。

「教員人生、17年目が終わろうとしてるんですが、ここまで苦しいのは初めてです」

以前、母校の府立牧野高で監督をしていた時、9人だったことがあったという。春季大会、3年と2年で4回戦まで勝ち進んだ。エースがシニア野球(中学の硬式野球)経験者で奮闘した。だが、今、なぎさのエースは“テニス部上がり”なのだ。

■「チーム存続」のために奔走する44歳の野球部顧問

高校野球二極化……。強者と弱者が日々、速度を上げて選別されている印象がある。

今春のセンバツ甲子園で地元・私立大阪桐蔭は2ケタ得点の試合を続けて優勝した。「強すぎる」「優秀な中学生が集まりすぎる」といった声も聞かれたほどだ。

片や、なぎさは大阪桐蔭と対極にある府立高校だ。部員が集まらないためにチーム力も向上しない。公式戦でなかなか勝てないから知名度も上がらない負の循環。

「動画を見ると楽しそうなのに、なんで部員が少ないんですか、と勧誘した生徒に痛いところを突かれたことがあって、まだブランド、魅力がないんです、と言うしかなかった」

磯岡は苦笑いだ。

野球部顧問・磯岡裕氏
撮影=清水岳志
府立枚方なぎさ高校硬式野球部顧問・磯岡裕さん - 撮影=清水岳志

部員が入ってこない根本は何か。それは1学年240人のうち、女子が7対3で多く、男子が100人弱という点が大きい。男子が60人弱という学年もあったという。

なぎさ高校は2つの高校が統廃合されて2002年に設立された。芸術系、看護系の特徴あるカリキュラムを設けていて、女子が多くなる。

数年前まで、なぎさはいわゆる“やんちゃ”な学校で化粧をする女子も少なくなかったという。それが統合後、徐々に生徒の質が変わって大人しい生徒が増えたのだという。

「やんちゃくれだった時は、部員はパワーあるし、粗削りやけど能力高いなという子が混じっていた。今はまじめな子が増えた。転換期をどう乗り越えていくかが課題なんです」

男子の中には中学でシニアやボーイズリーグの硬式野球をやっていた者もいないわけではない。

だが、彼らは中学まで週末もどっぷり野球に浸かっている。高校では部活に入らず“帰宅部で余った時間はバイトしたい”という子も多い。

部員不足に加えて、ハードも問題だ。

大阪で1、2と言われる狭いグラウンドなのだ。バックネットもなく、マウンドの盛り上がりもない。バッティングゲージはお手製。グラウンドを共有するサッカー部のゴールは一塁ベースのすぐ横に置いたままだ。

「陸上部が『走らせてもらっていいですか』って言ってきて、練習中にベースをどけて、2本走らせて。ありがとうございます、って言われて。ベースを戻してノックのやり直し(笑)」

サッカー部とは平日は共有して、休日の午後は野球部が全面を使える。公立ではごく当たり前な面があるとはいえ、やりくりが大変だ。

鏡でフォームをチェックしながらシャトルで打撃練習
撮影=清水岳志
柔道場で打撃練習することも - 撮影=清水岳志

■主務に立候補した女子マネが円陣で選手に檄を飛ばす

昨夏に続き、今年3月に同校を訪ねた雨の日。各部共有のトレーニングエリアで3人がウエートトレーニング、他の3人が柔道場で打撃練習の一環としてバドミントンのシャトル打ちなどを行っていた。

不均衡さも否めない。部員8人のところに大槻健太監督、部長、磯岡と常勤講師がもう一人と顧問が4人いるのだ。ゲーム形式のノックは顧問がランナー役になる、というが笑えない。

柔道場で打撃練習の一環としてバドミントンのシャトル打ちを行う野球部員
撮影=清水岳志
打撃練習の一環としてバドミントンのシャトル打ちを行う野球部員 - 撮影=清水岳志

ノックの時、ボールを渡す役割は2人の女子マネジャー。ボールを拾ったり集めたりと忙しい。彼女たちは他のバッティング練習でも仕事をする。

マネジャーのひとり、松本くるみさん(3年)はチームナンバー2的な存在の主務でもある。

「選手間で主将と主務を選ぶんですが、あいつは主務に自分の名前を書きよったんです」

と磯岡が笑いながらいう。本人の心の内はこうだ。

「(昨秋)新チームがスタートするとき、もっと役に立つことはないかなと。一歩、勇気を出して主務に立候補しました。なってみて声出しとか、チーム全体の動きが変わったなと思います。みんな積極的になったし、自分でも引っ張っている自覚はあります」

実に頼もしいのだ。磯岡が付け加える。

「女子マネジャー、元気ありますね、って試合の後、相手の監督に言われることがよくあります」

ある日の練習後の円陣で、松本さんは選手にこう檄を飛ばしたそうだ。

「こないだの試合、守備はそこそこやったけど、攻撃が散々やった。もっと点を取れるようがんばろ」

円陣で部員に活を入れる松本さん
撮影=清水岳志
円陣で部員にカツを入れる女子マネ - 撮影=清水岳志

もうひとりのマネジャー、森木紗英さん(3年)は松本さんが主務への立候補を事前に聞かされたという。

「格好いいなと思いました。声を出してまとめるところがすごい」

マネジャーとして達成感がある、と2人は顔を見合わせた。選手からの感謝の言葉で充実感を味わえるそうだ。

「まだ経験したことのない(現チームの)公式戦勝利が彼女たちへのプレゼントになるんですが」

磯岡が選手に奮起を促した。

■中学生を勧誘するにはインスタはいいツール

現指導体制は4年目。磯岡がかつて府立枚方津田高校野球部の監督時代、非常勤講師で野球部コーチをしていたのが大槻だった。

大槻は後に教員に正式採用され、2019年に府立野崎高からなぎさへ磯岡と同時期に異動になった。

磯岡は地域の少年野球チームの指導をしていたこともあって、高校の監督を希望していた大槻になぎさの監督を任せたのだという。

その少年野球がひと段落して、磯岡はなぎさに注力できるようになった。休日も練習に出てこられるようになったし、インスタグラムのアップなど側面支援する。

中学生に知ってもらうにはSNSはいいツールになる。

「マネジャーが写真を撮って、私が文章を考えて投稿する。中学生は圧倒的に写真、インスタを見てるようです。高校生もスマホの中で生きてる。うちの野球部のPRもあるけど半分は部員のために書いてるんです。こんなことしたと振り返ってもらうために。ミーティングより効果があったりします」

府立枚方なぎさ高校の野球部マネジャーの2人
撮影=清水岳志
府立枚方なぎさ高校の野球部マネジャーの2人(右が主務を兼ねる松本さん) - 撮影=清水岳志

教員になりたての頃、野球は人気があった。枚方津田ではマネジャーを含めて67人が在籍したことも。ベンチに入れなくて泣く3年生がいた。

今は真逆な状況だ。野球をやりたくて公立にくる生徒は減る一方。枚方津田も近所の牧野も交野も四條畷も部員数が大幅に減っている。

8人では試合にならないので、実は卒業間近の3年生に助っ人を頼んで3月の練習試合を乗り切った。

「事前に声をかけてました。あいつら、“いいですよ”って喜んできてくれました。相手の監督にも“3年ですが今日は参加させてください”って、自らあいさつに行った(笑)」

試合に野球部員ではない帰宅部から助っ人を呼ぶことも可能だ。たぶん、来てくれるという。しかし、正式な部員はどう思うか。複雑な感情で一体感が生まれるとは思えない。

ならば、一度辞めた部員の復帰も磯岡は考えた。高校の2年半の部活期間中に、いろいろな事情で練習を続けられない、辞めたい時期は誰にも1度や2度はあるものだ。

「部活はどこかの段階で穴があってもええと思ってるんですよ。最終的にグラウンド、球場にいればゴールできたと思うんです。『戻って来たらどうやねん』と言いました。でも、現役部員はそれを快く思ってないんです。『あいつらは自分の意志で辞めると言ったんだし』と。監督もそういう意見なんです。グラウンドを一度、去ったものだしと。確かに僕はそうした意見も大事やと思います。思いますが、辞めた子を野球に戻してやったら、また伸びるかもしれないし、人間的にも成長するかもしれない。そんなことも思うんですわ」

残った部員は「新年度、入ってくる1年生と一緒に勝負したい」と言ったそうだ。

■苦肉の策? 画期的? 「コース別の部員募集」

しかし、1、2年生合わせて9人いないとこの秋は合同チームになりかねない。それを何としても避けたい磯岡は、5月上旬、柔軟性があるというか、苦肉の策というか、「コース別の部員募集」を思いつく。画期的な部員獲得作戦だ。

これまで、部員は平日放課後などに練習し、週末は試合などをする。休日も揃って休むのが普通だ。

だが、この「コース別」は違う。生徒の目標設定によって、活動内容を変えていいですよ、と伝えるのだ。

部員募集・コース紹介のページ
画像提供=大阪府立枚方なぎさ高校野球部
部員募集・コース紹介のページ - 画像提供=大阪府立枚方なぎさ高校野球部

例えば、主力選手として公式選出場を目指すコース(これまでの部員のイメージ)に加え、公式戦を目指すコース、技術向上と体力強化を目指すコースなど、全部で4つから選択可能なのだ。

それにより、練習時間が違ったり、休日の日数も違ったりする。生徒それぞれの目標が違うので、他の部との兼部も可能なコースがある。

こんな高校野球部は全国的に珍しいだろう。

「始めたばかりで、コース別の部員はまだいません。このシステムで広報活動をして1、2年生に声をかけていきます。来年度に向けても入口を広げて入りやすくしていきたい」

全国的に勝利至上主義の高校運動部内で指導者による暴力や暴言、部員間でのトラブルがなくならない。

磯岡の策は吉と出るか凶と出るか。

間口を広くして、新しい高校野球部の形をつくろうというユニークな試み。このスタイルはただ勝利を追い求める運動部に、部活のあるべき姿の一石を投じるかもしれない。

なぎさのインスタを見ると、みんな笑顔がはじけたいい表情をしている。入学直後は、人と話すときでさえずっとイヤホンをして自分を閉ざしている生徒、大人しくて自信もなく目も合わせられない生徒が、今ではミーティングで自分やチームメートへのダメ出しをするし、ゲーム中に仲間を鼓舞するようになる。「部活はほんとうに意義深い」と磯岡が言う。

ある2年生が入部した理由を教えてくれた。

「大冠(近隣の府立の強豪校)と迷ったんですが、こっちなら試合に出られると思って入学した」

■「試合に出てなんぼ。努力次第で主役になれる」

乱暴な言い方になるが、大阪桐蔭などの強豪校はチームが日本一になれるかもしれないが、試合に出られず、部活生活に悔いを残す選手も少なくないだろう。

だが、なぎさなら違う。主力になって試合に出られる可能性が高く、大きなやりがいを感じるはずだ。

「それでええんです。試合に出てなんぼ。努力次第で主役になれる。それがうちのうたい文句なんです」

磯岡は部員と自分に言い聞かせるようにうなずく。自校のグラウンドで試合ができなくて、電車賃を払って遠征しても、試合に出られなくて声だけ出して帰る、では忍びない。

高校野球、部活は何のためにやるのか。ただ、勝つためだけではなくて、経験を積んで課題を見つけて意欲を育てて人生に生かすものを学ぶため。公立の良さはそこにある、と磯岡は語気を強める。

打撃練習する部員たち
撮影=清水岳志
打撃練習する部員たち - 撮影=清水岳志

「使命感を持ってやってます」

受け入れるしかない環境、与えられた条件の下、ひとつずつ工夫して部員を増やし、強くなるために練習するしかない。

2年前に丸刈りをやめた。「部員が入らないからやめましょう」と当時のキャプテンが言ってきたという。学校説明会で「坊主じゃなければ子供も入りやすい」という父兄もいる。確かに、なくてもいいハードルは取っ払ってもいい時代になった。

「新1年生が何人入るか祈るだけです。どんな子でもいいです、育てるんで」

磯岡が最後にそう言った。

大阪春季大会は4対13で初戦敗退だったが、1年生が4人(他にマネジャー3人)入って、夏に向けてスタートしている。

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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。

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(フリーランスライター 清水 岳志)

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