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「お金を稼げる人が偉い」は当たり前ではない…多くの歴史学者が忘れてしまった「歴史語り」の効用

プレジデントオンライン / 2022年6月11日 12時15分

『歴史思考』(ダイヤモンド社)の著者・深井龍之介さん - 撮影=遠藤素子

音声配信番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」が、若手ビジネスパーソンの支持を集めている。番組の主宰者で、COTEN代表の深井龍之介さんは「歴史は人類が蓄積した貴重なデータ。現代人の悩みに応えるツールとして使ったほうがいい」という。著書『歴史思考』(ダイヤモンド社)の出版を記念し、東京大学史料編纂所の本郷和人教授との対談をお届けする――。(前編/全2回)(構成=ノンフィクションライター・山川徹)

■生きた歴史を知れば悩みは軽くなる

【本郷】私は、深井さんが歴史学という分野において、とても大きな存在になると感じているんですよ。深井さんが『歴史思考』などで伝えようとしている歴史は、ビジネスや実社会でも活かせる、いわば“生きた歴史”です。

言葉は悪いですが、最近は歴史を利用して、いかに稼ぐかを考えているような人も少なくありません。だから深井さんの活動には、とても注目していました。

【深井】ありがとうございます。ぼくがポッドキャストで「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」の配信をスタートしたのは、2018年。ぼく自身が歴史は面白いと感じているから続けてきたのですが……。

興味深かったのは、リスナーから「悩みから解放された」「気持ちが楽になった」という反応がよせられたこと。歴史と個人的な悩み。一見すると関係なさそうな2つが「COTEN RADIO」を通して、つながったんです。

あるビジネスパーソンが「努力しているのに、収入が低い」と悩んでいたとします。その前提にあるのが、いまの社会ではお金を稼げる人が偉いという風潮です。または「自分は、同性が好きなんだけど、どうしよう」と悩んでいる人もいるでしょう。やはり異性を好きになるのが、「当たり前」「普通」という前提があるわけですよね。

でも、歴史を知れば、悩みの前提が崩れます。

お金を稼げる人が偉いという価値観は、近現代の資本主義社会のなかでしか通用しません。江戸時代で偉かったのは、武士や公家。彼らはぜんぜんお金を稼げなかった。キリスト教的な考えが支配していた中世ヨーロッパでは、偉さは個人の信仰心の篤さで決まりました。

また男性同士の恋愛は洋の東西を問わずによくありました。プラトン、ソクラテス、アレクサンドロス大王、日本の織田信長をはじめ多くの歴史上の人物が男性同士の性行為をしています。

そうした歴史的な事実を知れば、個々の生き方や考え方が変わるのではないか。元気を持ってもらえるのではないか、と。歴史を知ると今の価値観、日本人が「当たり前」と感じていることが絶対的でなくなるのです。

■歴史は暗記をすればいいものではない

【本郷】その点で、1つうかがいたいことがあったんです。小学校から中学校まで歴史は、基本的に年号や人名などの丸暗記ですよね。丸暗記から、ビジネスの現場で働く人たちの悩みや問題を解決する考え方やフレームを提供する『歴史思考』までには、大きな飛躍がある。小、中学校で歴史を学んだ深井さんが、その先にある『歴史思考』にいたるきっかけはあったのですか?

東京大学史料編纂所の本郷和人教授(右)
撮影=遠藤素子
深井さんと対談する東京大学史料編纂所の本郷和人教授 - 撮影=遠藤素子

【深井】一般的に、歴史と言えば、文部科学省が決めた歴史科目を思い浮かべる人がほとんどだと思います。ですが、文科省の歴史科目とぼくが考える“歴史”は違うものなんです。

そもそも歴史とは、過去に生きた人間の営為すべてですよね。人類が行ってきたことのすべてが歴史と言えます。

その意味で、ぼくが、本当に興味があるのは歴史ではなく、人間社会なんです。人間社会を分析する上で、歴史という集積データを使わない手はない。過去の人間といまのぼくたちの行動には共通点と非共通点がある。そこを分析すれば、様々なことが分かるはずです。歴史から目を背け、活用しないことは、本当に愚かな行為だと思います。振り返ると、そんな問題意識を持ち、歴史を学んできた気がしますね。

年号などをまったく暗記する必要がないとまでは思いませんが、実際、どうなのでしょう。あまり考えたことがないのでなんとも言えませんが……。

■愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

【本郷】暗記なんてしなくてもいいですよ。調べれば、誰でも分かることですから。調べ方を知っていればいいだけです。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。ビスマルクの格言を借りれば、歴史とは経験を抽象化し、ひとつの法則性を導き出す学問です。1つ1つの歴史的な出来事がどのような状況下で起きたか。これを明らかにしただけでは、経験に過ぎません。

【本郷】また歴史的な出来事を時間軸に沿って並べるだけなら、誰にでもできます。そう考えると経験を抽象化し、法則性を見つけ出す――つまり歴史的な事実をどう類型化し、パターン化ができるかが歴史学者の腕の見せ所なんですよ。その点でも、深井さんの取り組みは本当の意味での歴史と言えるのです。

【深井】それは、ぼくが大学で社会学を学び、IT企業で働いた影響があるのかもしれません。ベンチャーとかスタートアップ界隈では30年くらい生きただけの若者が、30年の経験をもとに事業を興そうとアイディアを出し合うでしょう。でも、もっと効率的な方法があるのではないかというもどかしさがありました。

深井龍之介さん
撮影=遠藤素子
『歴史思考』(ダイヤモンド社)の著者・深井龍之介さん - 撮影=遠藤素子

世の中には、世界中の歴史学者の先生たちが整理してくれた史実が存在する。なにかに取り組もうとしたときに、3000年の人類の営みが役に立たないはずがない。3000年のなかには、天才も凡人も腕っ節の強い人も弱い人もいた。人類が生きた3000年の歴史をデータベースにし、類型化して検索できるようになれば、1人1人の生き方が、社会が変わるのではないかという気がするんです。

■東大教授が指摘する歴史学者の盲点

【本郷】問題は、多くの歴史学者からそうした視点が抜け落ちてしまっていることです。学問が上で、一般社会が下――そんな感覚が、いまだに歴史学会を支配しているんです。

源頼朝はどのようにして御家人たちの信頼を勝ち取ったのか。そんな疑問に対し、様々な史料を読み解き、解釈していく。それが歴史学者の仕事です。この問いを現代に置き換えれば、経営者がいかにしてリーダーシップを発揮すべきか考える手がかりになるかもしれない。

テーブルの上に置かれた『歴史思考』
撮影=遠藤素子

でも、私たちの業界では、それをやると格下に見られてしまう。ただ深井さんの登場で、歴史に関わる人たちの意識が変わるかもしれません。だって、深井さんは、歴史を活用して、実社会に貢献しているわけだから。

【深井】いまの歴史学会では、史料批判(注・史料の正当性、信頼性を検討する手法)が積極的に行われているのですか?

【本郷】いえ、史料批判や議論を通して、敵と味方を色分けしているだけと言えばいいか、必要最低限の生活を維持するために数少ない大学教員の椅子を取り合っていると言えばいいか。

深井龍之介『歴史思考』(ダイヤモンド社)
深井龍之介『歴史思考』(ダイヤモンド社)

先ほど深井さんがご指摘されたように、いまの若い世代は、お金を稼ぐ人が偉いと受け止める傾向にあります。ところが、私たちの世代には、いまだにお金を稼ぐことは汚いことだ、ズルいことだ、という意識がある。若い世代の意識が変わっているのに、いまだに古い価値観に縛られている学者は少なくありません。だから、我々歴史学者の話は、若い世代には届かないんです。

一方、深井さんのメッセージは、いまの時代にビジネスや社会でがんばっている若い人たちに突き刺さり、生き方や考え方に影響をあたえている。ビジネスの経験もない歴史学者にできる仕事ではありません。

■歴史上の偉人にも「表の顔」と「裏の顔」がある

【深井】ぼくが気をつけているのは、政治的主張や、自分の伝えたいメッセージを補強するために歴史を利用しないこと。最近、明智光秀や、武市半平太が、奥さんを大切にしていたからすばらしい人間だったと語られますよね。

でも、当時は武家社会です。現代とは、女性に対する、妻に対する考え方がまったく違います。それなのに、彼らをことさら持ち上げる背景には、なにかの主義や主張があるのではないかと疑いたくなってしまいます。

【本郷】深井さんはサラッとおっしゃいましたけど、そこが難しいんですよ。とくに最近は、女性の権利や、フェミニズムが話題になっている影響か、時代背景を無視し、明智光秀や武市半平太を手放しに評価したり、女性だから、という理由だけで北条政子はスゴかったと持ち上げなければ気が済まなかったりする学者もいる。

【深井】そもそも歴史上のスーパースターは、すばらしい功績を残しただけではなく、ロクでもないこともしていたはずです。結局は、彼らも1人の人間だったのですから。(後編に続く)

深井龍之介さんと本郷和人教授
撮影=遠藤素子

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深井 龍之介(ふかい・りゅうのすけ)
COTEN代表
島根県出雲市出身。大学卒業後、大手電機メーカーや複数のベンチャー企業の取締役・社外取締役などを経て、2016年に株式会社COTENを設立。「メタ認知を高めるきっかけを提供する」をミッションに掲げ、3500年分の世界史情報を体系的に整理。数百冊の本を読んで初めて分かるような社会や人間の傾向・行動パターンを、誰もが抽出可能にする「世界史データベース」を開発中。COTENの広報活動として「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。2019年には、「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcast総合ランキング1位。

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本郷 和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所 教授
1960年、東京都生まれ。文学博士。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本史料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。

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(COTEN代表 深井 龍之介、東京大学史料編纂所 教授 本郷 和人 構成=ノンフィクションライター・山川徹)

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