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ソース不明の陰謀論で再生回数を荒稼ぎ…急増する「歴史系YouTuber」に決定的に欠けている視点

プレジデントオンライン / 2022年6月11日 15時15分

東京大学史料編纂所の本郷和人教授 - 撮影=遠藤素子

音声配信番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」が、若手ビジネスパーソンの支持を集めている。番組の主宰者で、COTEN代表の深井龍之介さんは「歴史を学べば、悩みを抱えて今を生きる人も楽に生きられる」という。著書『歴史思考』(ダイヤモンド社)の出版を記念し、東京大学史料編纂所の本郷和人教授との対談をお届けする――。(後編/全2回)(構成=ノンフィクションライター・山川徹)

■再生回数が稼げるから、野口英世を徹底的にこき下ろす

(前編から続く)

【本郷】先日、YouTubeを見ていたら、野口英世を取り上げていました。いかに女にだらしなくて、金に汚く、ロクでもない人間だったかを延々と解説している。

野口英世は、黄熱病や梅毒の研究で知られ、医学の発展に貢献した人物です。しかしそのYouTubeでは、1000円札の肖像にもなった偉い人を茶化して、動画再生回数を稼いで儲けようとしているようにしか見えなかった。

近頃は、そうした、悪く言えば歴史を食い散らかすような人たちが増えた気がします。

でも、深井さんが歴史的な人物を取り上げるときには、功績とだらしなさ、その両方をきちんと紹介している。しかも聞き手に合わせた話もできる。私は深井さんが語る歴史に、公平性を感じるんです。

【深井】それには理由があります。私が配信している音声番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」のリスナーには、その人物のダメな部分に共感する人もいますからね。

『歴史思考』の著者・深井龍之介さん
撮影=遠藤素子
『歴史思考』の著者・深井龍之介さん - 撮影=遠藤素子

リスナーのなかには、いまの自分に満足できない自己評価が低い人もいれば、充実感と自信を持っている人もいる。織田信長は20代で桶狭間の戦で勝ったのに、自分は40歳になってもパッとしないサラリーマンだと感じている人も、すでに自分は歴史に残る偉業を成し遂げたと考えている人もいるかもしれません。

でも、歴史という長い時間軸で見てみたときにどうなのか。苦労して成し遂げた何かは、長いスパンで見たら、ささいなことだったり、どうでもいいことだったりする可能性が高い。

■歴史上の偉人も生きている時は“凡人”だった

【本郷】そうですね。逆に、いまは自己肯定感を持てない人が残した何かが100年後に立派な花を咲かせているかもしれない。

【深井】孔子やイエス・キリストもそうでしたからね。いまだに世界的な影響力をあたえ続ける2人には、生きている間には何も成し遂げられなかったという共通点がありました。

政治家だった孔子ですが、政争に巻き込まれ、失脚して長い逃亡生活を送りました。その途中、殺されかけ、満足に食事もできない時期もあり、絶望の中で生涯を終えたと考えていいでしょう。

対談する深井さんと本郷教授
撮影=遠藤素子
対談する深井さんと本郷教授 - 撮影=遠藤素子

またイエスの生涯を端的に語れば、弟子に裏切られた、元大工の政治犯ということになります。いまのビジネスの感覚で2人の人生を判断すれば、失敗と言えるかもしれません。歴史上の偉人であっても生きている間は凡人だったのです。

でも彼らの死後、『新約聖書』と『論語』が書かれ、いまも世界中の人たちに読み継がれています。評価されたのは死後だったのです。

ただし、キリスト教や儒教は陰惨な結果ももたらしました。キリスト教の影響で、15世紀から18世紀にかけて、推定で4万人から6万人が魔女として殺害されました。

また孔子を祖とする儒教によって確立された官僚制と中央集権システムは、中国の自由市場経済と科学技術の発展を遅れさせた元凶となります。その結果、中国大陸は19世紀にヨーロッパ各国に植民地化されてしまいます。

長いスパンで見ることで、はじめて多様な視点や角度からの評価が可能になると思います。いま起きている出来事を現代の価値基準だけではかっても、消費されるだけで、聞き手にとって大した意味はないのかもしれません。

■材料を組み合わせることで得られる歴史の学び

【本郷】歴史学者の役割の1つに歴史資料の収集、分析があります。それが、歴史を学び考える材料になる。問題は、材料をどう組み合わせるか。

その組み合わせには、その人なりの考えが必ず介在します。私は、材料の組み合わせを考える行為こそが、歴史を学び考えることなのだと思っています。そこには、歴史を専門に研究するかしないかは関係ありません。誰もが、歴史を考えることができる。

その点を踏まえて言えば、深井さんに歴史資料A、B、Cという素材をわたせば、歴史学者とは違った、独自の組み合わせで、立派なお城をつくってくれる。先ほど話したYouTuberとは、まったく違う視点で歴史を受け止めている。

【深井】野口英世などの歴史的な偉人をロクでもなかったと煽ったり、陰謀論をことさら強調したりするメディアやコンテンツにうんざりしている人は、少なくありません。ぼく自身もまさにその1人なんですが……。

そうしたコンテンツにうんざりした人向けの情報がいまはとても少ない。ファクトと意見を分けて歴史を語るような人たちがいれば、需要がある気がします。

反面、言葉が届かない層が一定数いるのも事実です。

先日、「COTEN RADIO」で、ロシアとウクライナの歴史を取り上げました。同じ事実や史実であっても、立場によって見方が変わる。ぼくらは、ウクライナやロシアをめぐる様々な立場から、この事実はこのように解釈されると解説したんです。

でも、ぼくらの意図を理解しない反応もあった。ウクライナのネオナチについて言及していないからけしからん、という抗議をいただいたんです。ウクライナのネオナチの情報は、正確なソースは示されていません。

申し訳ないのですが、ぼくはそういう人は完全に無視するようにしています。

■知識をひけらかす人、陰謀論を信じる人の盲点

【本郷】ソースを確認できない人は多いですよね。

【深井】最近、びっくりしたのは、本郷先生が語った歴史の解釈に対して、YouTubeで知ったらしき不確かな情報をもとに反論する人がいたこと。もう本当に訳が分からない……。

【本郷】笑い話ですが、「東大で教えているくせに、そんなことも知らんのか」と私に歴史を教えてくれる人もいますからね。

本郷和人教授
撮影=遠藤素子
深井さんと対談する本郷和人教授 - 撮影=遠藤素子

【深井】根拠のない情報や陰謀論を信じてしまっているんですかね。

【本郷】陰謀論は純粋に面白いからね。織田信長と明智光秀の間に何があって、本能寺の変が起きたのか、という有名な陰謀論があるじゃないですか。

【深井】秀吉が黒幕だという話ですね。

【本郷】あとは、家康や貴族が黒幕という説もある。歴史の議論にはたくさんの人が参加できます。そこで、陰謀論をふくめて議論を楽しむのはとてもすばらしいことだと思います。でも、あやふやなソースをもとに、自分が正しいと主張するのは、議論とは呼べません。

いまはSNSでみんなが意見を書き込めるから、陰謀論がまるで事実のように広まってしまうのですが……。そう考えると、深井さんが、こちらの意図を理解しようとしない人を完全に無視するという姿勢は正しいのかもしれません。

【本郷】ただ衰退する歴史学を復活させるためにも、そうした層にも歴史の面白さを届けなければ、という気もします。難しいところですね。

【深井】こちらの意図を理解した上で反論してくれるなら、有益なやり取りができると思うのですが、なかなかうまくいきません。

『歴史思考』の著者・深井さん
撮影=遠藤素子
『歴史思考』(ダイヤモンド社)の著者・深井龍之介さん - 撮影=遠藤素子

■歴史は、現代人の悩みを吹き飛ばす貴重なデータになる

【本郷】それでも深井さんは、実生活やビジネスに役立つ歴史や、歴史の面白さをたくさんの人に届けようとしているでしょう。

深井龍之介『歴史思考』(ダイヤモンド社)
深井龍之介『歴史思考』(ダイヤモンド社)

【深井】歴史を学べば、悩みを抱えて今を生きる人も楽に生きられるようになりますからね。データはすでに蓄積されているんです。過去3000年くらいの人類の活動から何も学べないはずがない。自分とはなにか、他者とはなにか、社会とはなにか、自分が所属する組織とはどんな存在なのか……。人類の歴史がその答えを明らかにしてくれています。

孔子や、イエス・キリストも今では偉人ですが、生きている時はあまりうまくいっていませんでした。ただ、世間に迎合せず自分を貫いたことで彼らの「言葉」が今に残りました。

「自分の道を貫けばいい」と言いたいわけではありません。短期的なスパンで人の評価を決めつけないほうがいい。今人生がうまくいっていない人も、落ち込む必要はないと思えるようになるはずです。

こうした歴史を知るか、知らないかで生き方や考え方が大きく変わる。歴史を学ぶ人が増えれば、社会もよりよくなると思うんです。

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深井 龍之介(ふかい・りゅうのすけ)
COTEN代表
島根県出雲市出身。大学卒業後、大手電機メーカーや複数のベンチャー企業の取締役・社外取締役などを経て、2016年に株式会社COTENを設立。「メタ認知を高めるきっかけを提供する」をミッションに掲げ、3500年分の世界史情報を体系的に整理。数百冊の本を読んで初めて分かるような社会や人間の傾向・行動パターンを、誰もが抽出可能にする「世界史データベース」を開発中。COTENの広報活動として「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。2019年には、「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcast総合ランキング1位。

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本郷 和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所 教授
1960年、東京都生まれ。文学博士。東京大学、同大学院で、石井進氏、五味文彦氏に師事。専門は、日本中世政治史、古文書学。『大日本史料 第五編』の編纂を担当。著書に『日本史のツボ』『承久の乱』(文春新書)、『軍事の日本史』(朝日新書)、『乱と変の日本史』(祥伝社新書)、『考える日本史』(河出新書)。監修に『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。

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(COTEN代表 深井 龍之介、東京大学史料編纂所 教授 本郷 和人 構成=ノンフィクションライター・山川徹)

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