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ロシアからの天然ガスは止めないのに、脱原発は絶対にやめない…EUを混乱に陥れるドイツの環境至上主義

プレジデントオンライン / 2022年6月3日 8時15分

EU首脳会議で報道陣に対し演説するドイツのオラフ・ショルツ首相=2022年5月30日、ブリュッセル - 写真=ANP/時事通信フォト

■エネルギーの脱ロシアに舵を切るEUの“悩みの種”

欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は5月18日、ロシア産化石燃料依存からの脱却計画である「リパワーEU」(3月8日に政策文書を公表)の詳細を公表、2030年の温室効果ガス削減目標(1990年対比で55%以上の削減)を実現するための政策パッケージ「Fit for 55」を土台に、以下の3本柱を定めた。

1本目の柱は省エネである。欧州委員会は2030年までにエネルギー効率を、2020年対比で13%引き上げる(従来の「Fit for 55」では9%)目標を設定、経済性に優れた暖房設備などに対する購入支援策(付加価値税の引き下げなど)の実施や各国で化石燃料削減に向けた行動計画を策定することを提案している。

2本目の柱はエネルギー供給の多様化だ。主に天然ガスの輸入元の多角化と、供給国との友好関係の構築に向けた戦略に関する文書(EU external energy engagement in a changing world)を公表、さらに加盟国間でエネルギーを共同して調達するための組織として「EUエネルギープラットフォーム」を創設するとした。

3本目の柱は再エネへの移行の加速である。「Fit for 55」で定めた2030年時点の最終エネルギー消費に占める再エネ比率を40%から45%に引き上げるとともに、風力発電所の建設手続きの短期化、建物への太陽光パネルの設置義務付けなどを実施することを提案。同時に、新たに水素やバイオメタンの利用の促進などをも企図している。

なお日本では、東京都が一定の条件の下で、新築の建物に太陽光パネルの設置を義務付けようとしている。賛否のほどはさておき、それと同じような取り組みを欧州委員会も実施しようとしていることになる。具体的には、新築の商業・公共施設は2026年まで(既存の施設は2027年まで)、29年までに新築住宅の屋根への太陽光パネルの設置を義務付ける方針のようだ。

■共同購入でより安く、確実にエネルギーを確保する狙いだが…

2本目の柱である「EUエネルギープラットフォーム」は、3月23日に発表された政策文書(Security of supply and affordable energy prices)の中でその構想が提唱されていた。EU加盟国がガスや水素を共同で購入すれば、産出国との間で価格交渉が容易になると同時に、加盟国間で調達競争が起きる事態を回避できるというわけだ。

小国が多いヨーロッパでは、一国一国が個々に自立して動くよりも、協調して動く方が国際的なプレゼンスが向上するため、合理的である。この発想は、欧州統合の理念そのものだ。ロシアによるウクライナ侵攻は安全保障に関してヨーロッパの連帯を強めるきっかけとなったが、エネルギーに関しても同様と言えよう。

また今回の「リパワーEU」で明らかになった構想によれば、エネルギープラットフォームは基本的にEU加盟国の組織ではあるものの、近隣の諸国との協調も図るようだ。具体的には、セルビアなど西バルカン諸国と、ウクライナやモルドバ、ジョージアといったEUに加盟申請をした旧ソ連諸国との間で、協力関係を強化する。

こうした国々は、EUとEU未加盟の諸国によって構成される欧州エネルギー共同体(かつての南東欧エネルギー共同体)にすでに加盟している。EU加盟交渉そのものは複雑な過程を追うため長期を要するプロセスだが、少なくともエネルギー政策に関しては汎ヨーロッパ的な動きを加速させたいというのが欧州委員会の意向だろう。

欧州連合の旗
写真=iStock.com/butenkow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/butenkow

■足を引っ張る「ヨーロッパの優等生・ドイツ」

その経済的な成否はともかくとして、EUエネルギープラットフォーム構想そのものは、進捗が滞っていた欧州統合の深化につながる性格を持つ。

EU各国がこれをきっかけに政治的にまとまっていくことができるならば、それはそれとして欧州統合の歴史的な文脈に即せば、意義の深い取り組みであると肯定的に評価していいはずだ。

ここで注意したいのが、ドイツのスタンスだ。欧州委員会は2022年2月2日、持続可能な経済活動を分類するEUタクソノミーにおいて、天然ガスと原子力による発電を一定の条件下で「カーボンニュートラルへの移行期に必要な経済活動」に含めると発表した。しかしドイツのショルツ政権は、この方針に反対する構えを崩していない。

■公約の脱原発は絶対に譲れないドイツ・ショルツ政権

一部報道によると、ドイツ政府は5月16日、EUタクソノミーに原子力を含めたことに対して今後も反対していく意向を表明したようだ。

連邦経済・気候保護省と環境省が連名で声明を発表したという点からしても、ショルツ政権で両省の大臣のポストを担う環境政党、同盟90/緑の党の意向が強く働いているのは明らかである。

スペインなどドイツ以外にもEUタクソノミーに原子力が含まれることに反対する国はあるが、これを撤回させるためには加盟27カ国中20カ国の同意が必要となるため、現実的に撤回はありえない。とはいえ、同盟90/緑の党には、環境推進派としての自らの立ち位置を内外に強くアピールする意図があるものと考えられる。

ドイツ政府は脱炭素化と脱ロシアの共存を目指す観点から2030年までに総電力使用量に占める再エネの割合を80%に、2035年以降はほぼ100%にするという目標を定めた。この目標を実現するために、再エネ投資を加速させる方針を鮮明にしている。

脱原発という従来からの公約を守る観点からも、時限的に利用を容認できるエネルギーは天然ガスだけとなる。

■ドイツは「ちゃぶ台返し」を厭わない

結束して脱炭素化と脱ロシア化を同時に達成しようとするEUだが、こうしたドイツの姿勢に振り回される恐れがある。ドイツのスタンスは「環境タカ派」とも評せるが、この環境という言葉を財政に置き換えてみよう。

今から10年前、EUは債務危機に直面したが、連帯責任を重視する観点から重債務国の救済を主張するフランスと、重債務国の自己責任を重視する観点から救済に慎重なドイツが対立した。まるでデジャブである。

EUは27カ国から成る超国家組織であるため、意思決定までに時間を要する。意思決定までの過程で各国の利害調整や妥協は欠かせないプロセスとなるが、原理原則を重視する傾向が強いドイツの政治家や政策当事者は、議論の結論が付いた段階で、いわば「ちゃぶ台返し」のような振る舞いをすることも厭(いと)わない傾向が強い。

「Webseite der Bundesregierung」より
「Webseite der Bundesregierung」より

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い経済と金融が混乱した2020年3月、欧州中央銀行(ECB)はパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)という、過去に例のないほど大胆な量的緩和政策を実施した。その結果、欧州の経済と金融は早く安定を取り戻すことができた。PEPPが果たした役割が重要だったことに疑いの余地はない。

しかしながらドイツは、こうした汎ヨーロッパ的な安定に貢献した政策に関して冷や水を浴びせることを平気で行う。PEPPが導入された翌々月の2020年5月、ドイツ連邦憲法裁は、ECBが過去に行った量的緩和政策がドイツの経済に好影響を与えたかを当局が証明しない限り、ドイツが量的緩和政策から離脱するように命じた。

■原理原則が最優先…ドイツに振り回される「EUの脱ロシア」の難しさ

この問題自体は連邦憲法裁が定めた期日以前に解決したため大事に至らなかったが、当時、仮にドイツが量的緩和政策から離脱していれば、PEPPの効果を無に帰するどころか、欧州の経済や金融が大混乱に陥っていたはずだ。原理や原則を重視するドイツは、汎ヨーロッパ的な政策の運営には向いていないと言えよう。

エネルギーの共同調達に当たっては、EU各国や協力関係にある諸国との間で、コストをどう負担するかという問題が、必ず争点になる。

それは経済規模(つまりGDP)に応じたウェイトでの費用負担の在り方かもしれないし、あるいはこれまでのエネルギー消費量に応じたウェイトでの費用負担かもしれない。

ドイツは自国の財政負担に対し、極めて厳格的な立場を取る。エネルギーの共同調達に当たっても、その費用負担の在り方に関してEUの中で話がまとまり実行に至った過程で、ドイツがまた冷や水を浴びせるような行いをする可能性は否定できない。

EUのエネルギー問題が世界経済を混乱させる要因になりかねず、日本人にとっても決してひとごとではない。いずれにしても、原理や原則を重視するドイツの出方には注目が集まるところだ。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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