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世界中を悩ませる「LNGの脱ロシア化」で、欧州には不可能かつ日本にしかできない最善のエネルギー源

プレジデントオンライン / 2022年6月7日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takashi ono

ウクライナ侵略の影響で、各国が「LNGの脱ロシア化」に頭を悩ませている。国際大学の橘川武郎教授は「再生可能エネルギーの大規模導入には時間がかかる。当面の代替策は石炭火力。日本では高効率の石炭火力プラント新設工事が進んでおり、ここで石炭ではなくアンモニウムを燃焼させれば、カーボンフリー火力にできる」という――。

■ウクライナ危機が拍車をかけた「天然ガス危機」

2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は、2021年から始まっていた世界的規模の「エネルギー危機」に拍車をかけた。エネルギー危機が世界に広がったのは、ロシアが天然ガス・原油・石炭の主要な輸出国の一つだからである。

エネルギーのロシア依存度が高い欧州諸国、低いとは言えない日本は、天然ガス・石油・石炭の脱ロシア化を進めることになったが、そのなかでひときわ困難なのが天然ガスの脱ロシア化である。原油・石炭の場合にはロシアに代わる輸入先を見つければよいが、天然ガスの場合には代替輸入先の確保だけではすまない事情がある。

天然ガスをパイプラインにより陸路でロシアから輸入してきた欧州諸国は、今後は多くの場合、新しい供給先から海路を通じてLNG(液化天然ガス)を輸入することになる。つまり、高いコストをかけて、LNGの輸入基地を建設しなければならないのである。

■スポット契約への変更でコストが大幅増

一方、島国である日本は、もともとLNGを大量に輸入してきたので、幸いにもすでに多くの輸入基地を有している。しかし、わが国の天然ガスの脱ロシア化には、別の難問が存在する。日本にとって、ロシアからのLNG輸入の停止は多くの場合、長期契約からスポット契約への変更をともなう。この輸入契約の変更が、大幅なコスト上昇をもたらすのである。

2020年後半からの燃料価格の上昇により欧州諸国では、この2年間にガス料金や電気料金が数倍になったケースもあった。それに比べれば、日本のガス・電気料金の値上げ率はずっと緩やかである。

この違いが生じる理由は、重要な電源であり熱源である天然ガスの調達に関して、日本はヨーロッパに比べて長期契約の比率が高く、スポット契約の比率が低い点に求めることができる。スポット契約による取引価格は、市場の需給関係の動きを反映して、激しく変動する。これに対して、長期契約による取引価格は、長い目では需給動向を反映するものの、変動の度合いがはるかに緩やかである。

現在のように需給が逼迫(ひっぱく)している状況下では、スポット契約価格は急騰し、長期契約価格は徐々に上昇していく。その結果、最近では、長期契約分とスポット契約分の加重平均である日本のLNGの平均輸入価格は、スポット価格よりかなり低水準で推移している。

LNG調達におけるスポット契約の比率の差(19年で日本は13%、ヨーロッパは33%)が、ガス・電気料金の上昇率の差につながっているわけだ。調達先の変更にとどまらず、調達契約の変更(長期契約からスポット契約への変更)をともなう天然ガスの脱ロシア化は、日本にとっては大幅なエネルギーコストの上昇、すなわち電気代の高騰につながりかねない。

■日本で当面、頼りになるのは石炭火力

このようにロシアのウクライナ侵略が加速させた「エネルギー危機」は、すぐれて「天然ガス危機」の性格を有している。日本の場合、この「天然ガス危機」は、短・中期的には代替財としての石炭の価値を高めることになるだろう。

もちろん、ウクライナ危機の最大の教訓はエネルギー自給率を高めることの重要性であるから、根本的な解決策が「究極の国産エネルギー」である再生可能エネルギーの大規模導入にあることは言うまでもない。しかし、再生エネの大規模導入には時間がかかるから、それまでのあいだは既存の資産でつないでいくしかない。「天然ガス危機」が深刻化する状況下では、代表的な既存資産は、原子力発電所と石炭火力発電所ということになる。

ところがわが国では、原子力発電は、きわめて心もとない状況にある。そもそも、2021年の日本の電源構成に占める原子力の比率は6%にとどまる。そのうえ、ウクライナ危機後、2022年の原発廃止の延長を一時は検討したドイツ政府や、2025年の原発廃止を10年間先延ばししたベルギー政府とは異なり、日本政府は、原発活用の具体的な動きを示していない。

東京タワーの見える東京の夜景
写真=iStock.com/Eakkawatna
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eakkawatna

■2024年にかけて高効率石炭火力の建設ラッシュ

岸田文雄内閣の目玉政策の一つとして2022年5月に「中間整理」が発表された「クリーンエネルギー戦略」でも、結局、原発のリプレース・新増設は打ち出されることがなかった。わが国においては、エネルギー危機への対応策として、原発が速効性をもつことはないのである。

石炭火力をめぐる状況は、原発とは対照的である。2021年の電源構成に占める石炭火力の比率は、LNG火力の32%に続き、27%に達する。しかも、現在、日本では、熱効率が高く発生電力量当たりの二酸化炭素排出量が相対的に少ない超々臨界圧の石炭火力の建設ラッシュが進行中である(中国電力・三隅2号機、JERA・武豊火力5号機および横須賀火力1・2号機、神戸製鋼所・神戸4号機)。

これらの新設工事は、2024年には完了する。短・中期的には、新設された高効率石炭火力は、「天然ガス危機」に直面するわが国における電力の安定供給に貢献することだろう。

■石炭火力のアンモニア転換という新機軸

しかし、いくら高効率石炭火力であっても、相当量の二酸化炭素を排出することには変わりはない。日本が脱炭素社会をめざし「2050年カーボンニュートラル」の達成を目標とする以上、最終的には、石炭火力そのものを廃止しなければならないのである。

日本が考える長期的な石炭火力からの脱却策は、燃やしても二酸化炭素を排出しないアンモニア火力への転換である。石炭火力発電所の既存設備を使いつつ、燃料を石炭からアンモニアへ徐々に転換していき、最終的にはアンモニア専焼の火力発電所へ変身させるという、新機軸のアプローチだ。

アイオワ州西部の農家協同組合の準備万端な無水アンモニアタンク
写真=iStock.com/DarcyMaulsby
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DarcyMaulsby

地球を気候変動から救うために人類がめざすカーボンニュートラルの達成のためには、太陽光や風力を中心とする再生可能エネルギーが主役となることは、間違いない。ただし、これらは「お天道様任せ」「風任せ」の変動電源であり、なんらかのバックアップの仕組みが必要となる。

バックアップ役にまず期待されるのは蓄電池であるが、蓄電池はまだコストが高いし、原料調達面で中国に大きく依存するという問題点もある。したがってバックアップ役として火力発電が登場することになるが、二酸化炭素を排出する従来型の火力発電ではカーボンニュートラルに逆行してしまう。

■非OECD諸国のカーボンニュートラル実現に貢献

そこで、石炭火力をアンモニア火力に、LNG火力を水素火力にそれぞれ転換して、二酸化炭素を排出しない「カーボンフリー火力」に変える必要がある。つまり、カーボンニュートラルを実現するためには、再生可能エネルギーとカーボンフリー火力ががっちりタッグを組むことが不可欠なのである。

地球全体のカーボンニュートラルの達成にとって主戦場となるのは、二酸化炭素を多く排出する非OECD(経済協力開発機構)諸国である。これらの諸国では石炭火力への依存度も高い。日本が主唱するアンモニア転換による石炭火力のカーボンフリー火力化という手法は、非OECD諸国のカーボンニュートラル実現に大きく貢献しうる。

このような発想は、石炭火力そのものを否定的にとらえる欧州式の発想からは生まれようがない。しかし、既存の石炭火力発電設備を使い続けつつ、燃料をアンモニアに転換することによってカーボンニュートラルを実現する日本のアプローチは、世界に通用する実効性の高い移行戦略なのである。

■無用な批判を避けるためにもロードマップの明示を

「天然ガス危機」が深刻化する現在の日本では、短・中期的に石炭火力への依存を高めるのはやむをえない。しかし、長期的にはロードマップを示し、いつまでにどの程度石炭にアンモニアを混焼し、最終的には何年にアンモニア専焼火力に切り替えるか(つまり、石炭火力を廃止するか)ということもはっきりさせるべきである。

政府は、石炭火力のアンモニア転換に関するロードマップを一応発表しているが、2030年までに20%混焼を開始するとしているだけで、きわめて不十分な内容である。

一般的に言って、問題があるAという手段をやむをえない事情で使う場合は、必ず、Aから脱却する道筋をもまた、併せて提示しなければならない。つまり、ウクライナ危機を受けて石炭火力がある程度「復活」し、それへの依存度が増大するということは、最終的に石炭火力をたたむ道筋を示すはっきりしたロードマップを明示する必要性がいっそう高まったことも意味するのである。

明確なロードマップがないと、日本は、石炭火力を延命させる口実としてアンモニアを持ち出しているという、国際的な批判を招きかねない。無用な誤解を生まないためにも、石炭火力のアンモニア転換のきちんとしたロードマップをただちに明らかにすることが求められている。

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橘川 武郎(きっかわ・たけお)
国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て現職。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『エネルギー・シフト』、『災後日本の電力業』などがある。

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(国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授 橘川 武郎)

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