「オレも社会も最高!」そんな"自己肯定感を強要される社会"で自分の心を守るたった一つの方法
プレジデントオンライン / 2022年6月8日 11時15分
※本稿は、辻秀一『自己肯定感ハラスメント』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■自己肯定感を上げるために“自身にウソをつく”
「自己を肯定する」とは、確かに聞こえのいい言葉です。
ただ、そのため、肯定しなければならない、否定はダメなのだという概念が私たちを支配していきます。本来は自己のすべてを受け入れて、自分らしく生きましょうという意味かもしれませんが、肯定するために、比較したり、ポジティブなことを探したり、いい意味付けを見つけなければいけなくなっています。
自己肯定感を上げるために自身にウソをついて、すべてをポジティブに考えていこうとしなければならなくなっているケースも見受けられます。
それこそが、自己肯定感の呪縛です。
「私、自己肯定感が高いんです!」「どんなこともポジティブに考えて、オレも社会も最高!」とうわべでは思いつつも、実は内心では苦しいと感じている人が増えています。
「肯定」という言葉の反対語に否定があるので、肯定感を保つために、否定してはいけない、すなわち、「すべてをポジティブに考えるのが自己肯定感への正解なのだ」と思い込んでしまうのです。
「成功が善、ポジティブが正」という思いが自己肯定感至上主義には存在します。本来はそんな発想ではなかったのかもしれませんが、私たちの脳は現代社会の中で自己肯定感をこのように捉え、それによってむしろ幸せどころか、苦しさを感じている人が決して少なくないのです。
■対立構造を生み出す「肯定至上主義」
自己肯定感の妄想が激しくなれば、ハラスメントやいじめ、誹謗(ひぼう)中傷やヘイト主義さえも生み出していくのではないかと私は恐れています。つまり、自己を肯定していこうという考えは、他者への否定によって満たされるというリスクがあるからです。
上司がパワハラするのも、上司が自己肯定感を維持あるいは高めるために、地位への肯定感がそうさせるのだと言えるでしょう。「偉い、偉くない」とか、「地位が高い、高くない」は、自己肯定感の考えにとっては大事な情報になります。
一方、自己存在感という概念であれば、上司も部下も、社会的地位もまったく関係のない発想が生まれます。
強者と弱者、メジャーとマイナー、正義と不義などの対立構造を、肯定至上主義が生み出しているのではないでしょうか?
強者は弱者を支配することで、自己肯定感を満たします。メジャーはマイナーを乗っ取ることで、自己肯定感を満たします。正義は不義を否定して、自己肯定感を満たそうとするのです。
無意識な自己肯定感向上へのバイアスが自身はもちろん、まわりや社会を苦しめることになってしまっていると声を大にして言いたいのです。これこそが自己肯定感ハラスメントの社会なのです。
■成功体験の呪縛が広める「自己否定感」
自己肯定感とセットのように広がっているのが、「成功体験」という言葉です。
成功体験が少ないから自己肯定感が高まらないという意図でも使われます。つまり、自己肯定感の必要十分条件として成功があるということです。まさに認知的な発想です。
成功とは結果の1つであり、外にある誰かが評価してできあがった1つの概念に過ぎません。それなのに、成功、成功と成功に呪縛されています。そのため成功にしがみつくことで、苦しくなっているケースがよく見られます。
成功を強調するがあまりに、失敗への恐れが生じ、それによって自己肯定感どころか自己否定感が広がっているのです。
成功は、自身でコントロールすることはできないし、勝手に誰かが定めた定義に基づいたものに過ぎません。私たちが幸せな人生を歩むためには、成功体験よりも自分の存在そのものを土台にする考え方が必要です。それこそが自己存在感を育むからです。
自身でコントロールできる自分の内側の“ある”を、外側の成功よりも大事にして価値を重んじるのです。例えば、自分が感じること、自身が一生懸命取り組むこと、自身がワクワクすること、自身が好きなこと、などです。
自分の「ある」を見つけるのは簡単です。だって、あるのですから。それを評価して肯定や価値をつくり出す必要はありません。
とはいえ、難しく思えるのは、今まであなたが認知的に進化・教育されてきたために、何事も外界に向けて脳が働いてしまうため、「自身の内にある“ある”を見つめる能力」が低下してしまっているからです。
でも、ちょっと視点を変えれば、誰でもできるようになります。
繰り返しますが、自分探しの旅などに出かける必要はなく、自分は今ここに存在しているのですから。「ないもの探し」ではなく、「あるもの見つけ」をすればいいのです。
■いま、これから必要なのは「自己○○感」
今、皆が呪縛されている「自己肯定感至上主義」から脱却しましょう。自己肯定感という社会のハラスメントから解放されましょう。
外界、結果、他人などに依存する認知脳とは別の発想で、「自己肯定感」を見つけ、持つことが、これからのVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代において、自らが強くしなやかに生き抜くための大事なスキルの1つになります。
外界が不安定であればあるほど、外界に依存したり、結果に頼ったり、他者と比較したり、他の情報に振り回されている人は、自己肯定感を高めにくくなります。なぜなら、不安定なだけに、スピード感を持って尺度が次々と変わり、振り回されることになるからです。
そのような変化の激しい時代だからこそ、外界に頼らざるをえない「自己肯定感」ではなく、「自己存在感」を持つことが、囚われずかつブレないあり方を実現させるのです。
■『君たちはどう生きるか』がベストセラーになった背景
200万部を超えるベストセラーになった、吉野源三郎さんの小説をマンガ化した作品『君たちはどう生きるか』は、お父さんを3年前に亡くした中学2年生、「コぺル君」こと本田潤一君が日常生活で直面するさまざまな問題を通して、母方の叔父さんと、生き方を見つめて成長していく物語です。
しばしば、引用されている叔父さんのコペル君に対しての言葉は、自己存在感を考えるヒントになるでしょう。
例えば、
「君は何も生産していないけれど、大きなものを毎日生み出している。それは何だろうか? お互い人間であるからには、一生のうちに必ずこの答えを見つけなければならない」と。
それこそが自分が自己存在感を持つこと。成し遂げた成果による肯定感でなく、すべての人は、存在しているだけでさまざまなものを生み出しているということ。それに気づくことだと言えます。
自分が生み出しているものは、認知的に定量化できるものではなく、思いやりや感謝や優しさなど、定量化できないすばらしいものを、日々すべての人がたくさん生み出していることが、生きるということなのです。生きて命がある限り生み出していることがあるのですから、それを感じてみましょう。それを感じることが非認知スキルと言えます。
それがすべての人の自己存在感の源となるのです。多くの人がこのマンガに共感したのは、自己肯定感至上主義の中で苦しんで生きている人がたくさんいて、何かのヒントをこのマンガに求めていた証拠ではないでしょうか?
■あなたはどんな会社で、どんな風に働きたいか
生産性を問われるのは、会社だと思われるかもしれません。そう、皆さん、自分という会社を経営しているのです。自分という会社の社長は自分で、自分という会社の従業員は自分です。
自分という社長は、どんな自分という従業員が好きですか?
自分という従業員は、どんな社長を好みますか?
社長も従業員もどんな会社だと安心するでしょうか?
社会から肯定されるために生産性を上げて上場し、株価を上げることだけでいいでしょうか?
それでは社長も従業員も会社も次第に疲弊してしまうことになりはしないでしょうか?
常に売り上げを上げ続けることは、果たして可能でしょうか?
それにより肯定感を維持し続けるのは疲れるし、しんどく苦しいでしょう。
会社の成功体験をつくり続けることはできますか?
自分という会社にとって売り上げではなく、毎日生み出している定量化できないものにも目を向けて存在感を醸成していないと、その会社はそのうちに売り上げも下がってしまうことにもなりかねません。
社長が癌や心筋梗塞などの病気になるかもしれません。社員は売り上げのプレッシャーばかりで、社長から受けるハラスメントに苦しむことになり、次第に家族仲も悪くなり孤独になっていくかもしれません。気分がふさいでうつ病を発症することもあるでしょう。
そして、この会社は潰れてしまうことになるのです。
自分という会社経営をどうしますか?
それが「どう生きるか?」ということなのです。
自己肯定感を高めるだけの視点を外して、自己存在感を大事にした生き方を選択していくことが、結局のところ充実した仕事や人生につながります。それが、自分らしい、自分にしかできない自分会社の経営と言えます。
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スポーツドクター 産業医 エミネクロス代表取締役
北海道大学医学部卒業。慶應義塾大学スポーツ医学研究センターでスポーツ医学を学ぶ。1999年、QOL向上のための活動実践の場として、エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学をベースに、個人や組織の活動やパフォーマンスを最適・最大化する心の状態「Flow」を生み出すため、独自理論「辻メソッド」で非認知スキルのメンタルトレーニングを展開。著書に『スラムダンク勝利学』『ゾーンに入る技術』『禅脳思考』『自分を「ごきげん」にする方法』他多数。
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(スポーツドクター 産業医 エミネクロス代表取締役 辻 秀一)
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