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いまの当たり前は、昔の当たり前ではない…セブン-イレブンの1号店に「おにぎり」がなかったワケ

プレジデントオンライン / 2022年6月6日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RiverNorthPhotography

なぜセブン‐イレブンはコンビニ業界で首位を守り続けているのか。生みの親で、セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文さんは「私たちは1970年代の創業当時から、顧客の感情的・心理的な価値を重視してきた。だから、おにぎり、銀行、コーヒーといった新しいサービスを始められた」という――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「モノは所有」「コトはサービス」ではない

よく、「モノからコトへ」の変化が話題になるとき、こんな説明がされることがあります。

モノ消費とは、消費者が商品(モノ)の所有に価値を見出す消費のあり方であるのに対し、コト消費とは、ヨガ教室などのアクティビティ、各種のイベント、旅行などのサービス産業において、所有では得られない体験や経験に価値を見出す消費のあり方である。

しかし、これは、コトの意味合いを狭くとらえているように思えます。

わたしは、長年、セブン&アイ・ホールディングスという流通企業の経営に携わってきました。その間、わたしがよく使ったのは、次のような表現でした。「単にモノを売るのではなく、モノをとおして、お客様に満足していただけるようなコトを提供する」

コトとは、モノ(商品)がお客様にとって、そのとき、その場で、どのような意味をもつかという関係性のことであると、わたしは考えます。

■「コト消費」は、心理的・感情的な価値である

商品には、もともと、モノ的な価値とコト的な価値があります。モノ的な価値とは、そこにヒト(買い手)がいようといまいと、モノそのものがもっている価値のことをいいます。服でいえば、デザイン、色や柄、素材、丈夫さや体温保持といった機能、性能などの客観的な価値を意味します。

一方、コト的な価値とは、モノとヒトとの間で、買い手がそのとき、その場でのモノとの関係性に対して感じる主観的な価値です。服でいえば、目で見ても、試着しても、何も感じるものがなければ、何も関係性は生まれません。その服に、どこか共感・共鳴・共振するところがあり、試着してみてワクワク感を感じたり、購入して着用し、心の高揚感を感じれば、関係性が生まれます。

たとえば、セブン&アイグループのPB(プライベートブランド)商品のセブンプレミアム。女性のお客様の中には、週末、一週間頑張った自分へのごほうびに購入するという「ごほうび消費」をされる方がいるそうです。これなどは、まさに、コト消費といえます。

モノ的な価値が物質的・物理的な価値であるのに対し、コト的な価値は心理的・感情的な価値と表現することができるでしょう。

■カスタマー・エクスペリエンスの概念と似ている

ここ数年、「X」のつく用語として、「カスタマー・エクスペリエンス(Customer Experience、略してCX)」という概念に注目が集まっています。

「顧客体験」もしくは「顧客体験価値」と訳されます。「商品・サービスの購入、利用における顧客としての体験」および「体験をとおして得られる感覚的・心理的価値」を意味するようです。

このカスタマー・エクスペリエンスの概念とコト消費のあり方は重なるものがあります。

お客様が商品やサービスを購入し、利用する際、その商品やサービスと自分との関係性に意味を見出し、それを体験することに得られる心理的・感情的な価値を大切にする。それがコト消費です。

ヒト(お客様)は、モノをとおしてコトを体験することで価値を感じ、満足感を得る。モノの価値に対して、コトの価値とは、お客様が体験することで得られる価値、すなわち、顧客体験価値といえるでしょう。

■セブンが他のコンビニチェーンを圧倒する発注の仕方

カスタマー・エクスペリエンスの概念は2000年代に入ってから注目されるようになったようですが、セブン‐イレブンでは、1970年代の創業当時から、仮説・検証を実践することで、お客様に満足していただける顧客体験を提供し続けてきたのです。

コトの価値、すなわち、顧客体験価値を重視することは、収益に結びつきます。

同じコンビニエンスストアでありながら、なぜ、セブン‐イレブンは他チェーンに対し、日販でこれほど差を広げることができるのか。

要因はさまざまありますが、一つには、セブン‐イレブンがお客様に、商品やサービスの購入をとおして、モノとしての商品の質の高さとともに、ご満足いただけるような、コトとしての体験価値を提供しているからではないかと思われます。

セブン‐イレブンでは、毎日、午前中に翌日のための発注を行います。ただ、明日のお客様のニーズは目に見えません。そこで、明日の売れ筋商品について仮説を立てます。

まず、明日の気象条件、行事・イベントなどの「先行情報」をもとに、お客様の心理を読みます。その心理をもとに、単品ごとに明日の売れ筋商品の仮説を立て、発注し、販売の結果をPOS(販売時点情報管理)データで検証し、次の仮説に活かします。

どんな風に仮説を立てるのか。わたしがたびたび例としてあげるのが、「海辺のコンビニと梅おにぎり」の例です。

■お客自身が意識しなかった潜在的ニーズを満たす工夫

海辺の町で、釣り船の発着場に近い道路沿いにセブン‐イレブンの店舗があったとします。いまは釣りシーズン真っ盛りです。明日は週末で、天気予報では晴天で絶好の釣り日和のようです。早朝から釣り客が昼食を買いに立ち寄ると予想されます。

昼には、かなり気温が上がりそうです。釣り客の心理からすると、時間が経っても傷みにくいイメージのある食べ物を求めるはずです。「それなら梅のおにぎりが売れるのではないか」。そう仮説を立てて、普段より多めに仕入れておきます。

釣り客も、昼食を買うつもりで店に寄りますが、何を買うかまではあまり決めていません。陳列棚に大量に並んでいる梅おにぎりと、釣りのお弁当に梅おにぎりをすすめるPOP広告を見て、自分でもあまり意識しなかった潜在的ニーズに気づき、次々と買っていく。

そして、昼になり、梅おにぎりというモノ(商品)の味に満足するとともに、気温が高い炎天下でも安心しておにぎりを食べられるというコト(体験)に価値を感じ、満足する。

梅干しのおにぎりとたくあん
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

そして、「あのコンビニは釣り客のことがわかっている店だ」と評価し、これからも繰り返し利用しようと思う。ここに顧客ロイヤルティ(続けて利用しようと思う度合い)が生まれます。

この海辺のコンビニでは、お客様に満足していただけるだけの顧客体験を提供したことで、収益に結びつく。

商品(モノ)を売るのではなく、商品をとおして体験(コト)を提供する。

このように、セブン‐イレブンの商品発注の場合、お客様の心理を読んで、行動を予測し、どんな体験(コト)を望むかを予想して、明日の売れ筋商品の仮説を立て、商品(モノ)を発注し、結果を検証するという「仮説・検証」を日々、実行しているのです。

■「20%引き」より「現金下取りセール」がウケる理由

リーマン・ショック後、消費が急落するなかで、わたしの発案でイトーヨーカ堂が始めて大ヒットした「現金下取りセール」という不況突破企画があります。

衣料品のお買い上げ金額の合計5000円ごとに、お客様の不要になった衣類を1点1000円で下取りするという企画です。

現金下取りセールは理屈上は「2割引き」と同じです。そのため当初、社内では「割引きをしても簡単には売れない状況なのに、割引きもせず、下取りをするだけではお客様は反応しないだろう」と疑問視する声があがりました。

しかし、これは売り手側の発想です。わたしはお客様の心理や感覚に目を向けました。

いまはモノ余りで、どの家庭もタンスの中は着なくなった服であふれています。着なくなった服は客観的に考えれば、価値はありません。でも、捨てると損をするような気がして自分ではなかなか捨てられない。ただ、下取りであれば、着なくなった古い服に新たな価値が生まれます。ならば、お金に換えて買い物をしようと思うでしょう。

■「損したくない」は「得したい」よりも強い

人は、損と得を同じ天秤にかけようとせず、通常は損して失うもののほうが得して得るものより大きく感じてしまう。ただ、現金下取りなら、服を手放す損失の感覚を上回る喜びが得られるので、利用しようと思うのです。

結果、現金下取りセールは大ヒットし、他のスーパーや百貨店も追随しました。

単に2割引きでは特に洋服を買おうとは思わない。でも、不要の古い服を下取りに出して、お金に換え、新しい洋服を買うのであれば、自分の選択を納得できるし、消費を正当化できる。それが人間の心理であり、感覚であり、感情です。

セールを疑問視した人々は、「現金下取りは2割引きと同じ」→「いまは割引きしてもなかなか売れない」→「下取りだけでは反応しない」と理屈で考えました。

現金下取りも2割引きも同じと考えた人たちは、どちらも5000円の洋服を4000円で買う点では同じと考えたわけです。これは、買い手にとっての現金下取りの意味や関係性に目を向けず、商品を売ることだけを考えるモノ的な発想です。

一方、わたしはこう考えました。タンスの中が服でいっぱいなら、タンスの中を空ける仕かけを考えればいい。もう着ない服が価値をもち、タンスの中が空くなら、お客様はお店にやってくるはずだ。

そして、5000円の洋服を買い、不要の服を下取りで1000円を得る。現金下取りセールという一連の体験に価値を感じ、消費がイベント性をもつようになる。これはコト的な発想です。

■「5%割引き」ではなく「消費税分5%還元」

少し前の話になりますが、1997年に消費税率が5%に引き上げられたときに行った「消費税分還元セール」も同じです。

当初、営業幹部に提案すると、「消費税分還元は5%引きと同じ」「普段の売り出し10、20%引きでも必ずしも売れるわけではないのに、5%では魅力を感じてもらえないのではないか」と大半が反対意見でした。

それが、実施すると大反響を呼び、売り上げは6割増です。特に売れたのは1着数万円もするカシミアのコートなど高価格のものでした。

消費税率の引き上げは、国家財政にとっては必要でも、消費者の心理ではやはり抵抗があります。だから、「5%割引き」ではなく、「消費税分5%還元」というイベント性がヒットしたのです。

■24時間営業を崩さない「便利」以上の深い理由

コンビニエンスストアの時短営業が一時話題になりましたが、24時間営業が基本であることはいまも変わりません。

セブン‐イレブンが24時間営業を続けてきた大きな理由は、深夜も営業することにより、昼間の売り上げも伸びることが立証されているからです。

それは、お客様の心理的な安心感によるものです。24時間、いつ行っても店が開いている安心感から、その店を利用しようと思い、お店へのロイヤルティが高まる。セブン‐イレブンは1970年代の創業当時から、経営におけるすべての面で仮説・検証を実践することで、お客様に満足していただける顧客体験を提供し続けてきました。

夜の東京のセブン‐イレブン
写真=iStock.com/egadolfo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/egadolfo

店舗での商品発注の場合、お客様の心理を読んで、行動を予測し、どんな体験(コト)を望むかを予想して、明日の売れ筋商品の仮説を立て、商品(モノ)を発注し、結果を検証する。

「コンビニおにぎり」の販売も、わたしが立てた仮説から始まりました。1970年代の当時、わたしがおにぎりの販売を提案すると、「おにぎりや弁当は家でつくるものだ。売れるわけがない」とまわりから反対されました。(※編集部註:セブン‐イレブン第1号店のオープンは1974年。おにぎりの販売開始は1978年)

わたしはまったく違うことを考えていました。根底にあったのは、「日本人の生活の中で定着している行為や習慣を、より簡単に、より手軽に実現できるような商品やサービスを提供すれば、必ずお客様に支持される」という発想です。

■おにぎり・弁当をコンビニで買う「新習慣」を生んだ

おにぎりや弁当は日本人の誰もが食べるもので、大きな需要が見込まれます。それまでは家でつくるのが習慣でしたが、よい材料を使い、味を徹底的に追求して、家庭でつくるものと差別化していけば、お客様は「コンビニでおにぎりや弁当を買う」という新しい体験に利便性という価値を見出して、新しい習慣が生まれるはずだ。そんな仮説を立てて、反対論を説き伏せたのです。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)
鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

新しい習慣が定着するには時間がかかります。初めのうちは、あまり売れませんでした。それでも、店頭に並べ続けた結果、コンビニを代表する主力商品となり、おにぎりは年間約22億個も売れるにいたったのです。

セブン銀行の設立も同様でしょう。銀行のATM(現金自動預払機)の利用という、日本人の生活の中で定着していた生活習慣を、セブン‐イレブンの店舗に設置されたATMで手軽にできるようにした。コンビニエンスストア・チェーンは世界各国にありますが、日本のセブン‐イレブンの経営は、「日本が世界に誇るサービス・イノベーション」といわれます。

それは、創業以来、一貫して、顧客が満足する体験価値を提供し続けているからでしょう。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。

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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文)

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