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そもそも「学習塾」が存在しない…教育大国・北欧フィンランドが「学校の勉強」だけで成り立っているワケ

プレジデントオンライン / 2022年6月13日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

フィンランドはOECDの学習到達度調査「PISA」で、毎回高順位にあり、「教育大国」として知られている。ライターの堀内都喜子さんは「フィンランドは学校教育が充実しており、日本のような塾はほとんど存在しない。それは、貧富によって受けられる教育に格差があってはならないという考えがあるからだ」という――。(第2回)

※本稿は、堀内都喜子『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■一つのスポーツを極める日本、複数を楽しむフィンランド

体を動かすことを推進するフィンランドの学校だが、部活動は基本的にはない。授業以外のスポーツや文化活動には、習い事として学校外で取り組むことになっている。

子どもたちは学校が終わって帰宅してから、練習やレッスンに出かけていく。練習の頻度はピンからキリで、厳しいところやトップレベルを目指すような場合は、毎日何時間も練習が続くが、週に1~2度程度のものもある。複数の習い事やスポーツをゆるく長く続けて、一生の趣味にする場合もある。

フィンランドの友人と話していて「日本では一つの種目に絞って、毎日練習することが多い」と言ったら、「どうして? 意味がわからない。夏に一つ、冬に一つでもいいし、可能性を一つに絞らないでいろいろ楽しめばいいのに」と言われたこともある。

■フィンランド人は1日に多くの時間をスポーツに割く

思えば、スポーツだけでなく音楽にしても、日本では一つに絞ってその道を究めるということが称賛されるが、フィンランドではもっとおおらかで、複数のことに興味があったら、それぞれを好きなだけ楽しむ傾向がある。それに、スポーツはオリンピックやトップレベルを目指す競技スポーツが全てではなく、健康やストレス解消を目的としている人も多い。

だから仕事と趣味でも、両方を楽しんで趣味を後に本業にする人もいるし、スポーツでも複数の競技で成功する場合もある。そこにワークライフバランスが整っていることも加わって、1日にスポーツを楽しむ時間は、OECDの統計によるとフィンランド人が世界トップクラスだ。

一部の親からは、学校で部活のようなものをやってくれると楽なのにという声もある。習い事が徒歩圏内にあるわけではないので、車で送り迎えをしたり、食事の時間を習い事のスケジュールに合わせたりと、いろいろな調整が必要だからだ。

現在、多くの自治体では、国の援助を受けて学校内の週1~2回のクラブ活動が試験的に行われている。基本的に参加は自由で、無料。クラブ活動の監督は必ずしも教師ではなく外部に依頼し、活動費は国や自治体がカバーする。親のためというより、子どもたちが授業以外の楽しみや新たな趣味を見つけてウェルビーイングを向上させることが目標だ。

■部活動のないフィンランドでは教師の負担が少ない

しかし、部活動がないことは、教師にとっては大幅な負担軽減につながる。2018年のOECDの「国際教員指導環境調査」(TALIS)によると、中学校教師の指導時間数は日本が週18時間、フィンランドは20.7時間と日本の方が短い。しかし、総合労働時間となると、日本は約56時間なのに対してフィンランドは33.3時間と圧倒的に短い。調査国平均の38.3時間よりも少ないのだ。

内訳を見ると、日本では圧倒的に課外活動や学校運営に教師が費やす時間が多く、フィンランドは授業以外に費やす時間がOECD平均よりも少ない。学校運営に関わる仕事や事務処理は極力少なくして、各専門家にお願いする。スクールカウンセラーや給食の栄養士、事務担当者と連携は取るが、教師は基本的に授業に集中する。

この、教育に専念できるのがフィンランドの教師の良いところで、14~15時に授業が終われば、たとえ子どもがまだ学校にいても帰宅してしまい、授業の準備なども自宅で行うことも多い。掃除は外部の清掃担当者に任せる。

フィンランドにも担任に相当する教師はいるが、「連絡・相談窓口」という位置づけだ。あくまで学校と家庭の最初の窓口で、やりとりは電子連絡帳や電話を使ったりし、必要に応じて勤務時間中に対面での話し合いが持たれる。フィンランドにもモンスターペアレントやネグレクトなど問題はあるが、よほどの緊急事態ではない限り休みの時にまで対応する義務はなく、それらの問題には学校内外の専門家たちと連携し合って対応する。担任教師が1人で抱え込むことはない。

例えば、私の友人の子どもが、感情の起伏が激しく、親子関係、友人関係がうまくいかずにいた時があった。最初に親子の相談にのったのは担任教師だったが、その後はスクールカウンセラーと心理士、スクールナースが介入した。家庭にも、自治体から家庭支援の専門職であるファミリーワーカーが派遣され、解決に向けて親と子どもの両方とカウンセリングが行われたり、医療や心理の専門家との連携が取られたりした。

根本的な解決はなかなか難しいが、担任教師や親が自分たちだけで背負い込む必要はなく、チームで解決方法や対応を考えられるのは心強い。

■地域の高齢ボランティアも教育に参画する

時には地域や学生の手も借りる。例えば支援の必要な子どもや授業のサポートにあたっては、教育に関心のある学生や研修生にもお願いし、目が届くように工夫する。コロナ前は、「学校おじいちゃん」「学校おばあちゃん」として地域の高齢者にボランティアで学校に来てもらい、授業が始まる前の朝の時間を一緒に過ごしてもらったり、読み聞かせをしてもらったり、図工や体育でサポートに入ってもらったりしていた学校もある。

ハッピーなボランティア祖母笑顔でカメラ
写真=iStock.com/Wavebreakmedia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wavebreakmedia

主に低学年の子どもたちが対象だが、双方にとって一緒に過ごす時間は楽しく、それが地域のコミュニティとの結びつき強化にもつながっている。

■学校の夏休みに合わせて教師も2カ月の休暇を取る

そして教師のワークライフバランスで重要なのは、学校の夏休みが2カ月半あり、教師も2カ月休みを取ることだ。「給料はそれほど高いとはいえないが、教師の職の良いところは休みが長いこと」というのはフィンランドでは一般的な認識だ。

同時に教師という職は、肉体的にも精神的にも重労働だと理解されていて、長い休みは当然だとも皆が感じている。きっちり休むからこそ、毎日子どもと向き合い、充実した授業ができる。それに教師も自分で勉強する時間がなければ良い授業はできない。教師のワークライフバランスの実現は、子どもたちのために重要なのだ。

ワークライフバランスやウェルビーイングを大切にするフィンランドでは、教師も例外ではなく、より良い仕事をするためにも仕事以外の時間を大切にすることは当然だと広く認識されている。だからプライベートの時間はできるだけ削らず、勤務時間内に最善を尽くせばいいと考えられているわけだ。

■フィンランドのコロナ禍の遠隔授業

フィンランドも2020年春、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、一時期、小中高全ての学校で対面授業が中止になり、遠隔授業となった。それ以前にも大学レベルではオンラインコースがいくつか行われていたが、義務教育では初めての試みだった。しかし、対面授業中止の要請が出て、たった2日後には遠隔授業が全国で始まっている。

もちろん教師も親も子どもたちもとまどいがなかったわけではない。ただ、子どもには教育を受ける権利があり、子どもの1日の生活リズムを守ることが緊急事態にこそ大切だと考えられ、すぐに遠隔授業が始まったのだった。

全ての子どもがタブレットやパソコンを持っていたわけではないので、当初はオンライン授業ができたクラスとできなかったところがある。ツールがない家庭には学校から貸し出したり、地元企業からの寄付でカバーしたりしたところもある。

ただ、フィンランドの場合はほとんどの子どもたちが小学校1年から自分の携帯を持っている。加えて、前述の電子連絡帳が普及しているので、日々の時間割や課題はオンラインで連絡が済む。現場に裁量があるからこそ、学校や教師が素早く判断して、可能なことから迅速に始めることができた。

■在宅の利点を生かした授業も

遠隔授業といっても、常にオンラインでつないで授業が行われていたわけではない。「今日は教科書の○○ページを読んで、次の課題をやりなさい。回答は携帯で写真を撮って先生に送ってください」といった自習型タイプの授業や、クラスメイトと通信アプリで相談して教師の課題や教科書にある問いかけに回答して送るものも多くあった。環境が整い始めてからは教師とオンラインでつないで授業やホームルームも行われた。

自宅でビデオオンラインレッスンを勉強する
写真=iStock.com/Ridofranz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ridofranz

在宅の利点を生かした授業もあった。例えば算数では家の面積を測るとか、体育では近所を散歩して見つけた植物の写真を送るとか、家で料理をつくる、自転車のメンテナンスをするなど、教師の創意工夫でより生活に密着した、より実践的で、家族とも容易に協力できる授業や課題も見られた。

当初はトラブルも多くあったが、試行錯誤を重ねていくうちに、教師も子どもも親も遠隔授業に慣れていったようだ。またはじめは完全に遠隔としていたものの、状況に応じた柔軟な対応も取られるようになっていった。例えば、どうしても親が外で働かなければならない家庭は、低学年の子どもたちは必要に応じて学校に来てもいいことになった。自治体によっては給食を用意したところもある。

■遠隔授業で教師への感謝の気持ちが芽生えた

教師の負担は非常に大きかったが、アンケート調査によると、子どもの多くは遠隔授業に満足したようである。また、親からは教師への尊敬の念が増したとの声が多い。親も多くが在宅勤務になり、子どもたちと同じ空間で長時間過ごす中、毎日大勢の子どもたちと連絡を取り、根気よくわからないところを教えたり、飽きさせない授業の工夫をしたりする教師に、改めて感謝する気持ちが生まれたようだ。

ただ、良かったことばかりではない。問題のある家庭の場合、子どもたちのウェルビーイングに悪影響が出たり、学力の落ち込みがあったとの調査が出ている。

2020年の春は、約2カ月ほどで感染状況が落ち着き対面授業に戻った。その後は、義務教育は対面授業を基本としているが、濃厚接触の疑いで自宅待機になった場合や、感染が拡大した際には、一時的に遠隔授業に切り替わっている。

■フィンランドの「教育の平等」への思い

このように、世界的な評価は高くても、フィンランドの教育界では今も貪欲な模索が続いている。PISAなどの学力調査の順位にこだわらず、子どもたちにどんな大人になってほしいか、どうなることが国にとって望ましいのかといったことを長期的な視点で考えながら、フットワーク軽く試行錯誤を繰り返すところがフィンランドの良さだ。

今、フィンランドの義務教育は世界一かと問われれば、私は決して「はい」とは言えない。だが、一人ひとりの個の部分に目を向け、学校や教師に大きな裁量権を与え、詰め込み式に頼らずに新たなアプローチを探る様子に、以前と変わらない教育への高い関心と熱量を感じる。

一貫して変わっていない部分もある。それは平等への強い思いだ。どの親も、自分の子どもには最高の環境を与えたいと願っている。その最高の教育の場が、どこに住んでいても家の近くにあり、貧富に関係なく皆が享受できることが昔も今も理想なのだ。だからこそ、全ての学校が親や地域からの高い信頼を維持できるよう、自治体も国も努力をする。

■フィンランドには「学習塾」は存在しない

堀内都喜子『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)
堀内都喜子『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)

また、フィンランドには日本のような学習塾も存在しない。勉強は学校と家ですれば十分で、子どものウェルビーイングと、機会の平等の観点から必要ないと考えられている。ただ、厳密に言うと医学部や建築、アートといった特殊で狭き門の学部を受験する学生のため、最近は入試対策コースのような有料講座が存在する。それについて教育大臣は「由々しき問題」とコメントしている。お金の有無で機会の不平等があってはならないという理由からだ。

そして、この考え方は教育にだけ及んでいるわけではない。全ての人たちに平等で公平な機会をつくるという発想は、フィンランドの社会や福祉サービス全ての根幹になっている。

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堀内 都喜子(ほりうち・ときこ)
ライター
長野県生まれ。フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得。フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で広報の仕事に携わる。著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』(集英社新書)など。

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(ライター 堀内 都喜子)

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