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「日本から第2のGAFAは生まれないし、それを目指す必要もない」アメリカ人政治学者がそう断言するワケ

プレジデントオンライン / 2022年6月8日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JHVEPhoto

日本経済が「賃金停滞」から抜け出すためにはどうすればいいのか。カリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・ヴォーゲル教授は、「ベンチャーキャピタルや活発な労働市場の土台がない日本で、アメリカのGAFAのまねをしようとしてはいけない。デジタル化を進めつつ、日本の得意分野をもっと伸ばすべきだ」という――。(第3回/全3回)(取材・文=NY在住ジャーナリスト・肥田美佐子)

■日本が第2のGAFAを生み出すのは至難の業

——教授によれば、賃金停滞には日本経済の弱さが大きく関係しているということですが(第1回・第2回)、30年余り前、日本企業は「世界時価総額トップ50社」の大半を占めていました。しかし、今やトヨタ自動車1社という凋落ぶりです。

日本で、米グーグルや米アップル、米フェイスブック(現メタ)、米アマゾン・ドット・コムというテック大手「GAFA」や国際的なスタートアップが生まれないことと賃金停滞には関係があるのでしょうか。

GAFAを擁しているのは、世界中で米国だけです。日本にないからといって、心配は無用です。というのも、それが、インターネット革命の本質である「勝者独り勝ち」「ネットワーク効果」というものだからです。

例えば、メタが運営するフェイスブック(FB)より優れたSNSが出てきても、乗り換える人はいないでしょう? すでにFBで「友達」とつながっているからです。デジタル革命は「先発優位」であり、GAFAに取って代わる企業が出てこないのは、そのためです。

スティーヴン・ヴォーゲル教授
スティーヴン・ヴォーゲル教授

米国のスタートアップ・セクターが日本より盛んなのは確かですが、日本にも、自動車業界をはじめ、イノベーティブ(革新的)な企業がたくさんあります。

日本が第2のGAFAを生み出すのは至難の業です。日本経済にとって最も生産的な戦略だとは思いません。グローバル市場には限りがあるからです。ベストな戦略は、グローバル経済の中で、日本ならではのニッチ(隙間市場、得意分野)を見つけ出すことです。

■GAFAがないのは韓国にもヨーロッパにも言えること

日本にGAFAがないことは賃金停滞の一要因かもしれませんが、主要因、ましてや最大の要因だとは思いません。繰り返しますが、GAFAがあるのは米国だけだからです。中国には独自のテック大手がありますが、それは、国内市場が巨大で閉鎖的だという理由によるものです。

欧州にもGAFAはありませんが、欧州経済はGAFAなしでも大丈夫でしょう? 韓国では日本を上回る賃上げが見られますが、韓国にもGAFAはありません。日本は独自のGAFAを持たずとも、賃金と経済成長を押し上げる大きな可能性を秘めています。

日本が第2のシリコンバレーを目指し、うまくいかなかったからといって、ほかの分野でもだめだというわけではありません。米国モデルをまねるのはなく、独自の道で成功を目指すべきです。

もちろん、日本がデジタル革命のリーダーだったとしたら、生産性の大幅な上昇に伴い、賃金も上がっていたことでしょう。しかし、そのようなシナリオは描きにくいうえに、そうした道を目指すことが、日本にとって最も生産的な戦略だとも思いません。

■日本は長期投資が可能だが、ダイナミックさに欠ける

——教授の著書『日本経済のマーケットデザイン』(日本経済新聞出版社、上原裕美子訳)では、日本政府が1990年代以降、生産性を高めるために、多くのイノベーション戦略を導入したにもかかわらず、シリコンバレー流のエコシステム構築に失敗したことが指摘されています。

というのも、米国のような「自由市場型経済」が「先進的イノベーション」に向いている一方で、日本のような「調整型市場経済」は、工作機械などの資本財製造を支える「漸進的イノベーション」に適しているからだ、と。

それに加え、社会的序列や平等主義などの規範・通念により、リスクを取る代わりに「リスク共有」を奨励される点も関係していると、教授は指摘しています。「リスク共有」の事例を挙げてもらえますか。

例えば、自動車業界では、トヨタなどの自動車メーカーを頂点にし、各社のサプライヤーが垂直に広がっていますが、そうした縦の「ケイレツ」がリスク共有の好例です。また、三菱グループなど、業種を超えた横の系列である企業間ネットワークもそうです。

そうしたリスク共有モデルには強みもあれば、弱みもあります。

まず、強みは、自社系列の企業集団に守られているため、米国の大企業に比べ、株主からのプレッシャーが少ないことから、短期的な利益をそこまで案ずることなく、研究開発など、長期的な投資をしやすいことです。企業系列という後ろ盾があるため、苦境を乗り越えやすいという長所もあります。

一方、日本のリスク共有モデルには、効率性やダイナミックさに若干欠けるという弱みもあります。例えば、何もかもを投げ打って「スタートアップを立ち上げよう!」という若い起業家志望者が少ないことが、その1つです。

米国には、活発なベンチャーキャピタル(VC)市場や、活発で移動が盛んな労働市場があるため、起業家がパートナーや労働者を容易に見つけられます。その結果、飛躍的なイノベーションを起こしやすいのです。

よく晴れた日のサンフランシスコの金融街
写真=iStock.com/georgeclerk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/georgeclerk

■基盤のない日本でシリコンバレーを目指すのは無駄

そうした違いを考えると、日本がシリコンバレーをまねようとするのは「fool's errand(フールズ・エランド)」、要は無駄なことだと言えるかもしれません。少なくとも、成功しないでしょう。世界中の何百という都市、おそらく1000を超える都市がシリコンバレーモデルを目指してきましたが、イスラエルや台湾など、成功例はごくわずかです。

日本には米国のような、さまざまな基盤がないわけですから、自国の強みを武器にした戦略を取るべきであって、米国の強みをそっくりそのまま模倣しようとすべきではありません。

何年か前、日本の経済産業省の官僚と面談した際、「30年にわたってシリコンバレーを目指してきたが、うまくいかなかった。だから、もうあきらめた」と言っていました。そして、経済活性化の「『新たな戦略』を立てている」と。

つまり、日本政府も政策を転換したのです。そのほうが、日本の戦略として、はるかに筋が通っているように思えます。

■日本の不得意な分野で勝負しようとしてはいけない

——社会的序列の重視や平等主義などの規範・通念は日本文化そのものであり、なかなか変わりません。それでも、日本が、経済活性化のために、「創造的破壊」をもたらすようなイノベーションを目指すとしたら、どうすべきでしょうか。

かつて、日本、そして日本経済はイノベーションにあふれていました。世界中に浸透している自動車製造モデルは、トヨタ式の日本型モデルを基準にしたものです。米国のモデルよりはるかに優れているため、米自動車メーカーはトヨタ式を取り入れざるを得ませんでした。

日本は製造業の生産工程で、見事なまでにイノベーティブな面を発揮してきましたが、戦前のイノベーション力を失ったように見えます。豊かな国になったからなのか、国内市場の規模が拡大し、安定したからなのか――。

日本企業は、国内市場でのビジネスだけで生き残れるようになったことで、イノベーション力が低下したのかもしれません。1950年代~60年代には、新しい、より良いものを発明しなければ生き残れませんでした。

繰り返しますが、日本はイノベーティブです。ただし、自国の強みで勝負しなければなりません。そして、それは米国の強みとはまったく違います。日本の強みは、官民が一体となって協働する力や、労使間の協調に基づく経営、業界の長期投資、そして、製品の品質を最大化する能力です。

自国が不得手なことをやろうとしてはいけません。

——社会的秩序の重視や平等主義といった日本文化を変える必要はないのですね。

そうです。必要なのは、より良い政策です。日本の産業政策は大きな成功を収めてきただけに、その一部を撤廃したことは間違いだったと思います。日本には、首尾一貫した産業政策が必要です。例えば、政府が民間セクターと協働し、研究開発に投資することです。

もちろん、日本政府が何もやっていないと言うつもりはありませんが、そうした領域に慎重になっています。経産省の官僚は、(前身である通商産業省時代の官僚より)やや謙虚になったように見えます。

1960年代~70年代はもとより、80年代に入っても、(通産省の)官僚の多くは実に傲慢(ごうまん)でした。一方で、その傲慢さゆえ、「リスクを取る」ことにも積極的でした。その意味では、傲慢さがプラスの方向に働いていた可能性があります。

■日本人は「ローリスク・ローリターン」を望んでいる

——今や、日本経済がかつての強さを取り戻す兆しは一向に見えません。

しかし、何より、日本には政治的安定があります。その意味では、米国のほうがはるかに心配です。1990年代に日本の政治家と面会し、日本の構造改革と規制緩和について話した際、彼がこう言ったのを覚えています。

「日本人に、『ハイリスク・ハイリターンの社会』と『ローリスク・ローリターンの社会』のいずれがいいか、尋ねてごらんなさい。圧倒的多数の日本人が『ローリスク・ローリターンの社会』を選びますよ」と。

日本の政治は停滞している、変わらない、という声が多いかもしれません。しかし、私から見れば、日本の政治システムはきちんと機能しています。それこそが、日本の人々が望むものだからです。

日本で、(米国のような)急進的な自由市場型改革が行われないのはなぜか――。日本人がそれを望んでいないからだと考えれば、謎は解けます。

■ボトムアップ型のデジタル改革を積極的に進めるべき

——GAFAがないことと関連しますが、日本では、デジタルトランスフォーメーション(DX)をはじめ、デジタル化の遅れが顕著です。2021年には、警視庁が個人情報入りのフロッピーディスクを紛失したことが報じられ、話題になりました。テック面での遅れが賃金停滞に与える影響は?

賃金停滞にどの程度影響しているのかを測るのは困難ですが、デジタル化の遅れが主要因ではないと思います。

ただ、日本がデジタル化で大幅に後れを取っているのは、政府と民間セクターが招いた失敗です。もっと積極的な産業政策を取っていたら、現状はより良くなっていたことでしょう。

フロッピーディスクをパソコンに差し込む人の手元
写真=iStock.com/Iuliia Alekseeva
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Iuliia Alekseeva

政府も企業もデジタル化の動きが遅すぎました。デジタル化が進まないと、(日本で遅れている)サービスセクターの効率性が高まりません。また、製造業も、情報システムの点で、顧客の企業や個人のデジタル化が進まないと最大限の可能性を発揮できません。

米国のデジタル革命はユーザー側から推し進められたものです。それがインターネット革命の本質なのです。米IBMや米通信大手AT&Tがトップダウンでできるものではありません。顧客のソフトウエア企業やメガバンクなどが、情報システムを使うための新しいアプリや方法を生み出し、ボトムアップで進んでいったのがデジタル革命なのです。

日本には、ボトムアップ型のデジタル革命が必要です。日本は、米国のように、デジタル革命の配当をめいっぱい享受するところまでいっていません。デジタル革命は生産性を高めますが、革命が道半ばであれば、生産性の上昇も道半ばです。

■多くの人にプログラミングを学ばせてエンジニアを増やす

日本はデジタル化を進めるべきです。それも、かなり積極的に。それには、ソフトウエア・エンジニアを増やす必要があります。もっと多くの人々がプログラミングを学ぶべきです。

——リスキリング(学び直し・スキルの再習得)が重要になってきますね。

リスキリングについては、米国もさほど積極的ではありません。この問題では、労働市場に関する政策が非常に重要になってきます。その点では、欧州が日米より進んでいます。

テクノロジーで問題を解決するスキルを持ったソフトウエア・エンジニアを育成するには、大規模な研修が必要です。

■デジタル化に投資して得意な自動車分野をさらに伸ばす

——日本の年間平均賃金は2020年の時点で、経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国中22位と、振るいません。米国はトップですが、韓国も19位と、日本を上回っています。

第1回で、日本企業の労働分配率低下について話しましたが、日本が生産性の点で他国に水をあけられていることが問題です。

日本には、労働市場内での移動という柔軟性に加え、(解雇や非正規労働者の採用など)規制緩和がもっと必要だという声もあるでしょうが、私の意見は違います。日本に必要なのは、人材や人的資本、スキルへの投資です。

かつて、質の高いスキルは日本の強みでした。それを取り戻すべく、デジタル化に投資すべきです。今や自動車の製造でも、ソフトウエアが大きな部分を占めており、その重要性は増しています。

日本は、自国の強みである自動車業界のスキルを強化する必要があります。

■数字に表れない、国の総体的パフォーマンスもある

——しかし、経済成長のカギは先進テクノロジーでなく、人口の増加だという声もあります。そうだとすれば、日本には希望がなくなってしまいます。

そのような見方はナンセンスのひと言です。問題は国民1人当たりの所得であって、国内総生産(GDP)の総計ではありません。

まず、重要なのは国民1人当たりの所得であり、次が、そうした数字では表せない国民の幸福度です。国民の幸福とは、健康や治安、教育、長寿など、社会的パフォーマンス指標のことです。日本はその点で、かなり優れています。

経済成長に固執するのは間違っています。国の総体的なパフォーマンスを見れば、日本は大半の指標で、米国のはるか上を行っています。確かにGDPや生産性を比べれば、米国のほうが上です。

しかし、格差や貧困の度合い、読み書きの能力や健康、長寿、犯罪の少なさでは、日本が勝っています。大半の社会的パフォーマンスでは、日本のほうが上なのです。

■日本は自信を失っている

——日本の読者にメッセージを。

自国の強みと弱みが何かを考え、強みを強化する一方で、弱みの改善に取り組むべきです。そのためには、まず、自分たちの強みに自信を持たなければなりません。というのも、昨今、日本の弱さは、自国の強みに自信を失っていることからくるものだからです。

1980年代には、その逆で、自信過剰だったかもしれません。しかし、現在は自信がなさすぎます。

強調しますが、強みをキープすることが重要です。

真っ先に挙げられるのが教育水準の高さです。小学校から高校まで、日本の教育水準は、まさに「奇跡」のひと言でした。高レベルの読み書き・計算の能力や平均・下位層の教育水準の高さは、米国に比べて並外れたものでした。

しかし、そうした教育水準の高さが低下しているように見えます。それが問題なのです。日本は、自国の強みに対する自信を取り戻し、誇りを持ち、それをキープし、強化しなければなりません。

高層ビルの谷間でこぶしを突き上げるビジネスマン
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■それぞれの国が、目指すべきゴールについて真剣に考えるべき

もう1つのメッセージは、GDP総計には意味がないということです。重要なのは、国民一人ひとりの幸福や心身の健康です。GDPから幸福・心身の健康へと、ひとたび目を転じれば、日本が何を追求すべきかについて、違った見方が生まれます。

GDPの成長率にこだわるべきではないということは、米国のコロナ禍の経験からもわかります。株価やGDPのアップが「勝利」を意味するのなら、確かに米国は「勝った」と言えます。

しかし、その一方で、米国では、おびただしい数の人々がコロナ禍で命を落としました。これでは、「勝った」などと言えません。

だからこそ、私たちは、自分たちが目指すべきゴールについて、真剣に考えなければならないのです。

スティーヴン・ヴォーゲル
カリフォルニア大学バークレー校教授
政治経済学者。先進国、主に日本の政治経済が専門。プリンストン大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(政治学)を取得。ジャパン・タイムズの記者として東京で、フリージャーナリストとしてフランスで勤務した。著書に『Marketcraft: How Governments Make Markets Work』などがある。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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