「ナチスの残虐の実態をありのまま映像化」ドイツ人が学校で必ず観るハリウッド映画の名前
プレジデントオンライン / 2022年6月8日 12時15分
※本稿は、馬庭教二『ナチス映画史 ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■ユダヤ人の救出に私財を投じた実在の人物
『シンドラーのリスト』(スティーヴン・スピルバーグ 1993年米)は、強制収容所を舞台とした映画、ヒトラー・ナチス映画の代表作と言っていい大作である。
ウクライナ系ユダヤ人であるスピルバーグ監督が念願のオスカー作品賞、監督賞を、その他脚色、撮影など計7部門を受賞した。195分。
チェコ出身のドイツ人実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)を軸に、深い関わりを持ったナチ将校と、シンドラーが守ろうとしたユダヤ人たちの戦時下の姿を描いた作品である。
シンドラーは1908年、オーストリア゠ハンガリー二重帝国、現チェコのメーレン地方に生まれた実在の人物で、ドイツ軍から利権を得て大金を掴みながら、戦時下、その金をユダヤ人救出の買収工作につぎ込んで無一文となり、戦後は自身が救ったユダヤ人たちの庇護を受けて暮らし、1974年西独北部ヒルデスハイムで亡くなった。
3時間の長編だが、時系列に物語を追ってみよう。
映画はナチ党員だった彼が、1939年、第二次大戦が始まるやポーランド南部の古都クラクフに赴き、ナチス幹部に取り入ろうとするところから始まる。
1941年、シンドラーはドイツ軍に独占的に食器を提供する「ドイツホウロウ容器工場」を設立し、有能な金庫番でユダヤ人のイザック・シュターン(ベン・キングズレー)を重用、馴染みのユダヤ人も工場で雇い入れ、やがてその人数は数名から数十名、数百名へと次第に増えていく。
■もう一人の主人公はナチ親衛隊の強制収容所所長
1943年3月13日、クラクフ近郊プワシュフ強制(労働)収容所の所長となったナチ親衛隊少尉アーモン・ゲート(レイフ・ファインズ)は、クラクフの居住区(ゲットー)を解体し、その場で1000人以上のユダヤ人を殺害し、数千人のユダヤ人を収容所に送り込んだ。ここからアーモン・ゲートがもう一人の主人公となる。
この際の無差別な殺戮(さつりく)シーンは目を覆いたくなるほど悲惨なものだが、この後もアーモン・ゲートが日常的に自ら銃でユダヤ人を射殺するシーン、定員オーバーとなったプワシュフからアウシュヴィッツにユダヤ人を移送するシーン、ドイツ軍の劣勢が明らかとなった1944年4月、ユダヤ人の死体を隠滅するため掘り起こして火葬するシーンなど、ナチスの非道ぶりがこれでもかとばかり描かれる。
1944年夏には東部戦線においてはすでにソ連軍がポーランド中央部に進出していた。同年10月から1945年1月にかけ、シンドラーは殺される運命にあったユダヤ人を故郷チェコに新たに作った工場に移送し、その途中間違ってアウシュヴィッツに送られたユダヤ人を自らの手で救出する。結果、彼が救ったユダヤ人の数は総計1100人に上った。その名簿が「シンドラーのリスト」である。
■ナチスの実態をありのままに映像化した
この映画のポイントは3つの要素にあると思う。
①ナチスの残虐を余すところなく描くこと、群衆と個の視点を持つこと
多くのユダヤ人男女が衣服を奪われ、全裸で生死を分ける「選別」をされたり、ナチ将校の罵声を浴びながら裸のまま虐待されるシーンがあるが、そこでスピルバーグは画面処理でごまかすことはしていない。人間の尊厳への畏怖をまるで持ち合わせないナチスの実態をありのままに映像化したと言える。
本作はモノクロ作品であり、そこには本作を、白黒であることが多い第二次大戦下の「記録映画」として観客に訴求したいというスピルバーグの意図があった。これはフィクションでなく、本当にあったことなのだと強く訴えているのだ。
1943年3月のゲットー解体、ユダヤ人群衆虐殺シーンで、シンドラーの目に(映画を観ている我々の目に)たった「一人」、(色付けされた)赤い服の少女が映る。それは、虐殺される数えきれない無辜(むこ)の人々、その一人一人が少女と同じ、かけがえのない一人の人間であることを伝えようとしたのだと思う。
我々は映像の中で「群衆」を観たとき、どうしても群衆を「塊」で観てしまいがちだ。しかし、群衆は一人一人の生きた人間の集まりなのである。
■金と女にしか興味のない功利主義者に起きた変化
②加害者側の心理的葛藤に迫っている
シンドラーは初め、金と女にしか興味のない功利主義者として描かれる。設立した工場でユダヤ人を雇ったのも、シュターンの場合は経理担当者としての能力を純粋に必要としたからであり、その他のユダヤ人の採用に関しても当初はちょっとした個人的好意、気まぐれからくるものであった。つまり、ナチスの非道に対して人間としての真の良心からの抵抗ではない。
しかし前半最後、1943年3月のゲットー解体のシーン、群衆の中に「赤い服の少女」を見出す場面で、彼は明らかに変わり始めるのである。
1943年夏、プワシュフからアウシュヴィッツに移送される列車内で暑さと渇きにあえぐユダヤ人に、線路際から自らホースを持ち水をかけるシーンも印象的だ。見物するSS将校の手前、最初はどこか遠慮しているシンドラーは、しだいに真剣に、本気になっていく。
■『シンドラーのリスト』が画期的だった理由
残虐なナチ将校アーモン・ゲートを見てみよう。この人物も実在の人物である(ヒトラーと同じオーストリア出身)。少尉ながら収容所所長を務め(のち大尉に昇進)、帝王のように君臨して、気のおもむくままに銃をとってユダヤ人を殺害した。その数は数百人に及ぶという。大戦末期は、その暴虐ぶりからさすがに職を解かれ、のちに連合軍に逮捕。敗戦期のナチ将校によくあるケースだが国防軍兵士と身分を偽り言い逃れようとして露見し、絞首刑に処せられている。
ドイツ人であるシンドラーとアーモン・ゲートという二人の内面の葛藤と変遷。シンドラーは人間の良心に目覚めてユダヤ人を救う決意をして彼らに赦され、アーモン・ゲートは、自身の行いの過ちに気づき苦悩しながら引き返すことができず破滅する。加害者側の人間の心理に、特にユダヤ人を殺すことについて葛藤する一人のSS将校に真正面から向き合った点で、本作はヒトラー・ナチス関連映画でも画期的な作品であるといえよう。
■平凡な人間がなぜ非人間的な行ないをしたか
③シンドラーのリストも「選別」であることの虚しさ、平凡な人間と「悪」との関わり
我々は、シンドラーの行いを人間の良心の発露と見てどこか救われた気持ちになる。
なるほど、シンドラーは私財をすべてつぎこんで1100人のユダヤ人を救った。しかし、その背後には、死んでいったケタ違いの数の犠牲者がいたのである。シンドラーがリストを作る際、そこで選ばれなかった命があることに思いをいたすときに感じる虚しさと怖ろしさ。
シンドラーの最後の慟哭(どうこく)が持つ意味、人の命が金でやりとりされることの意味。本作を観るときにこうした観点も忘れてはならないと思う。
また、アーモン・ゲートの心理の葛藤と最期を通してわかることは、彼が決して特別な人間ではないということである。特別な存在でない平凡な人間が、ナチスドイツという機能の中に組み込まれた結果、とても人間とは思えない行ないをするという恐ろしさは、著名な哲学者がアイヒマン裁判を傍聴した結果、「凡庸な悪」という視点で人間の真実に行き着いた映画『ハンナ・アーレント』のメッセージに通じるものだと言える。
■ナチズム再発防止カリキュラムで必須課目に
『シンドラーのリスト』は、主人公のヒューマニズム、鑑賞後の救済感から、よくできた大衆向け歴史映画・娯楽映画に過ぎないと捉える向きもあるだろう。しかし、ナチスの残虐の実態を極限レベルで再現し、それまでになかった加害者側の葛藤を真摯(しんし)に描き、全体構造として人間存在の矛盾と実相に迫った点でヒトラー・ナチス映画の集大成と言える。
ドイツでは学校教育のナチズム再発防止カリキュラムにおいて本作鑑賞が必須課目となっているというが(※)、ドイツの学生に限らず、誰もが生涯に一度は観るべき作品だと思うのだ。
※「ドイツ人にとっての『シンドラーのリスト』」マライ・メントライン(KAWADEムック『スティーヴン・スピルバーグ』)
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KADOKAWAエグゼクティブプロデューサー
1959年島根県生まれ。大学卒業後、児童書・歴史書出版社勤務の後、角川書店(現KADOKAWA)入社。『ザテレビジョン』『関西ウォーカー』『月刊フィーチャー』等情報誌、文芸カルチャー誌編集長を歴任。雑誌局長を経て、現在、エグゼクティブプロデューサー。著書に『1970年代のプログレ 5大バンドの素晴らしき世界』『ナチス映画史 ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか』(ともにワニブックス)がある。
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(KADOKAWAエグゼクティブプロデューサー 馬庭 教二)
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