「新婚初夜に新郎が新婦を刺し殺す」中国の農村地区で起きた衝撃的事件の悲しすぎる真相
プレジデントオンライン / 2022年6月15日 11時15分
※本稿は、青樹明子『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■独身男性を苦しめる“天の価格の結納金”
――僕ら山東省地域では、世間でいう「天の価格の結納金」というのはないな。だいたいが6万8000元から8万8000元の間くらいだ。ただし、男性側は女性側に「4金」を用意しなくてはいけない。イヤリング、ネックレス、指輪、ブレスレットだね。これらは絶対ケチってはならない。つまり結局、かなりの物入りになってしまう。
――一般的な家庭の場合、結納金は15万元以上で、車と家を持っていることが結婚の条件となる。もしも車や住宅がない場合、100万元ほど足さなければならず、結納金は簡単に「天の価格」となってしまうだろう。この天文学的数字を、政府は厳しく取り締まってはいるが、こうでもしなければ、男性は嫁をもらうことができず、女性だって結婚が難しくなる。ああ、ほんとに人の世は困難の連続だ……。
――結納金というと必ず出てくるのが「万紫千紅一片緑」だが、これっていったいいくらなんだい?
新中国建国以来、結納金(彩礼(ツァイリィ))については、旧来の陋習(ろうしゅう)として批判を受け、簡略化の方向に進んでいた。
50年代、結婚に必要なものは「魔法瓶、洗面器、ベッド用品、痰壺」くらいで、当時の金額で14元ほどですんだ。しかし60年代に入ると「結婚の条件は36本の脚」といわれ、ベッドやテーブル、洋服ダンス、椅子など、婚礼家具の脚が合計36本以上ないと結婚できなくなった。費用は当時のお金で、だいたい177元だったという。
70年代は、三種の神器ならぬ四種の神器が必要となる。ミシン、腕時計、自転車、ラジオで費用は500元まで上がった。80年代に突入すると、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、VCD(ビデオCD)器などの高級家電となって、費用も一気に2300元にまで上昇した。
現代はどうか。簡単には測れない。結納金はまさに「天の価格」にまで上昇したからである。
象徴的なのが「三斤三両」「万紫千紅一片緑」だ。
「三斤三両」は、一斤500g×3、一両50g×3、合計すると1650gである。肉でも野菜でもない。100元札で1650gが必要だという意味である。金額にすると、13万6000元(約258万円)ほどになるらしい。
■最低でも300万円近い現金、車や不動産が絶対に必要
「万紫千紅一片緑」とはどういう意味か。
万紫千紅とは、花が色とりどりに咲き乱れる様で、この場合、貨幣の色を指す。万の紫、紫色の5元札は1万枚、千の紅、赤い色の100元札は1000枚、それに加えて可能な限りの緑色の50元札が必要だという意味だ。合計すると、最低でも15万元(約285万円)になるという。
必要なのは現金だけではない。
現金に加え、欠かせないのが「一動不動」である。「一動」とは一台の車、「不動」は一軒の家である。金銀の装飾品から始まり、新居と新車は結婚にあたり「ひとつたりとも欠かせない」重要項目である。これに現金が加わるからたまらない。
問題は、高額な結納金。都市では形骸化しつつあっても、農村地区、特に貧困地域で、ますます過剰になっていることだ。
■一人っ子政策が生み出した「男女出生比率の歪み」
何故こんなことになったのだろう。
答えはただひとつ。男性の結婚難という現実があるからだ。一人っ子政策は、中国人社会に多くの影響をもたらした。なかでも最たるものが男女出生比率のアンバランスを生み出したことではないだろうか。
1980年から正式に施行された「一人っ子政策」とは、一組の夫婦に子供は一人だけ、というこれまでに類を見ない不思議な政策である。2015年に廃止が決定されるまで、なんと40年近く厳しく施行された悪政といっていい(2021年に子供を三人まで認めるという方針を発表)。
一人しか産めない、一人しか産んではならない、となると、一般的な中国人は男の子を選ぶ。男の子でないと家が途絶える、という伝統的な考え方とともに、老いては子供に養ってもらうというのが中国の習慣だからである。男の子は「労働力」であり、「老後の保障」だったのだ。
従って、事前に女の子だとわかると、あっさり中絶してしまう例も後を絶たない。一人っ子政策のもと、「ベストの状態で子供を産む」という考え方があるので、中絶のケースは驚くほど多い。そんなこんなで、生まれてくる赤ちゃんの数は、女の子より男の子が勝るという状態が長らく続いた。中国の出生人口の男女比は2014年、女性100に対し男性が115.88となった。国際的に正常とみなされる103〜107に比べれば、著しい男児偏重だ。
■新婚初夜に新郎が新婦を刺し殺してしまう事件も…
2021年に発表された中国版国勢調査(第七次全国人口数据統計)によると、2020年、総人口における性別比(女性100人に対する男性の数)は105.07で、男性の人口が女性を3490万人余り上回っている。結婚適齢期にあたる20〜40歳では、男性が女性より1752万人多いことになり、人口性比は108.9になる。
未来予測も暗い。2015年から25年、「結婚できない男」(剰男)は毎年15%ずつ増加し、平均して120万人の男性が初婚での結婚相手を見つけることができない計算になるという。
男女比のアンバランスは、社会に与える影響が大きい。
数年前、痛ましい事件が河南省の農村地区で起きた。新婚初夜に、新郎が新婦を刺し殺したというものである。なんでも結納金をめぐって口論となり、新郎が衝動的に刺してしまったという。新婦は初婚ではなく、結婚回数も比較的多くて、どうやらその都度高額の結納金を要求していたらしい。一種の詐欺のようだが、なんとなくわかっていても、目の前に結婚の可能性が提示されると、それに乗るしかないという悲しい事情がある。
男女比のアンバランスが引き起こす社会問題は、農村地区で特に顕著である。某農村では、結婚適齢期の男性は30人を超えていた。しかし相手になり得る女性は一人もいない。男性より年齢が上でも同じである。
■結婚を焦る独身男性たちが住宅価格を押し上げている
既婚であっても、夫婦仲があまり良くないという噂が流れると、その家の門前に「仲介役」の中年女性(有料の結婚相手紹介業か)が潜み、件の既婚女性を待ち受ける。そしてひそかに交渉を始めるのである。
「離婚しないかい? 再婚相手を紹介するよ。結納金として数万元は用意できる」
このように、農村に独身女性はほとんどいないが、大都市になるとその数は多くなる。しかし大都市の独身女性は、収入も潤沢だし、自分で住宅も購入済みで、彼女たちと農村の独身男性を結びつけるとなると、非現実的である。
お金を積まないと花嫁がもらえない。それが結納金の高騰につながった。高額な結納金を用意すると、その後生活が困窮をきたす。それでも、永久に独身でいるよりはましなのではないか……。
家を持たないと問題外である。しかし、住宅価格はとてつもなく高い。
日本で住宅を購入しようとすると、平均年収約433万円の約8倍だが、北京だと、平均年収約263万円の約31倍、深圳では平均年収約132万円の約48倍とも言われる。
中国の住宅価格を押し上げているのも、結婚を焦る独身男性たちだという。どんなに無理をしてでも、とにかく競争の土俵に上がるためには、最低限の条件を整えなければならない。
その選択が正しいかどうかは別として、農村における高額結納金、また住宅取得問題は、現代社会の矛盾を映し出していることは間違いない。
2021年末、四川省の一都市での司法判断が中国社会で話題になった。24万元(約456万円)を超す結納金を支払って結婚にこぎつけたものの、45日後には離婚された男性が起こした裁判についてである。射洪市人民法院は一審で、「女性側は男性側に結納金24万元を返却すること」という判決を下した。
女性側はその24万元ですでに住宅購入の手続きに入っていたため、即上告したようだ。これが結納金目当ての結婚詐欺なのか、はたまたお金とは無関係で、夫婦としての感情のこじれの果てなのか、それは当事者にしかわからない。
■独身男性の人数はオーストラリアの総人口を超えている
2021年に発表された中国版国勢調査(第七次全国人口数据統計)によると、中国の総人口は14億1178万人で、男女構成別では、男性人口は約7億2333万人、女性人口は約6億8843万人で、総人口の男女比は105.07人(女性100人)となっている。単純計算で、男性は女性よりも約3490万人多い。
レコードチャイナの報道によると、2014年は男性が女性よりも3376万人多かったので、ほぼ横ばいといっていい。
問題は前述した通り増える独身男性の数である。2015年の時点で、福建省統計局人口調査センターの姚美雄副主任は、「中国の独身男性数は2020年にオーストラリアの総人口に迫る。その大多数が生涯を独身のまま送ることになる」との見通しを示した(レコードチャイナ、2015年9月2日)。
ちなみにオーストラリアの総人口とは、2500万人を超えているが、その懸念は現実のものとなった。
中国社会で大きな比重を占める「独身者」たちは、中国国家民生局の調査によると、2億人近くも存在するという。1990年より6%、2013年より14.6%上昇している。単身者は日を追って増えていき、今は第四次独身ブームを迎えているといっていい(「中国剰男剰女人数已近2億,哪里的単身妹子最多?」温州財経2015年11月28日)。
2018年の統計によると、中国の独身人口は2.4億人で、これはイギリスとロシアの全人口を合わせた数字に匹敵するのだそうだ(「中国統計年鑑」)。
それにしても、何故ここまで独身者が増えてしまったのか。
独身者は男性だけではない。独身女性も増え続け、「剰女」(余ってしまった女性)と呼ばれる彼女たちは、北京だけでも50万人いるという。そのなかで90%は、高学歴女性なのだそうだ。
嫁の来てがない農村男性、敬遠されがちなエリート女性、彼らは「剰男」「剰女」として、中国社会で大きな一群となっているのである。
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ノンフィクション作家
愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。
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(ノンフィクション作家 青樹 明子)
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