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「タネ」の輸入がとまれば飢餓に…「食料自給率コメ98%、野菜80%」のカラクリと日本の食料安保のお粗末さ

プレジデントオンライン / 2022年6月9日 12時15分

ロシア軍の攻撃で破壊された食料庫の残骸=2022年3月29日、ウクライナ・ブロバルイ - 写真=AFP/時事通信フォト

日本の食料自給率について政府は「コメ98%、野菜80%、鶏卵96%」などと説明している。これを信じていいのだろうか。元農水官僚で、東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は「野菜の種の90%は海外頼みで、鶏のヒナもほぼ100パーセントが海外依存。どちらも輸入が途絶したときの自給率はすでに0パーセントに近い。コメも野菜と同様に種採りが海外でおこなわれるようになる恐れがある。そうなれば、近い将来、日本は飢餓に直面するだろう」という――。(第1回)

※本稿は、鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■NHKが予想した「日本の食料危機」

2021年2月7日に放映された「NHKスペシャル」『2030 未来への分岐点(2)飽食の悪夢 水・食料クライシス』は衝撃的な内容だった。

飽食の先進国と飢餓に苦しむ最貧国を隔てている現在の食料システムを、2030年までに持続可能な食料システムに変革しないと、2050年頃には、日本人も飢餓に直面することになるかもしれない、と警鐘を鳴らしたのだ。

実際に、2035年の日本の実質的な食料自給率が、酪農で12パーセント、コメで11パーセント、青果物や畜産では1パーセントから4パーセントと、現在の食料自給率38パーセントを大きく下回る危機的な状況に陥ると、農林水産省(以下、農水省)のデータに基づいた筆者の試算が示している(図表1参照)。

2035年の日本の実質的な食料自給率
出典=『農業消滅』より

このような状態で、2020年から世界的なパンデミックを引き起こしているコロナ禍や、2008年のような旱魃(かんばつ)が同時に起こって、輸出規制や物流の寸断が生じれば、生産された食料だけでなく、その基となる種、畜産の飼料も海外から運べなくなり、日本人は食べるものがなくなってしまうだろう。

つまり、2035年の時点で、日本は飢餓に直面する可能性がある。

我々は、そんな薄氷の上にいるのである。

■「鶏卵実質自給率0%」の衝撃

その一方、日本政府は農業の規模を拡大することへの支援政策を進めた結果、畜産において超大規模経営はそれなりに増えた。

だが、高齢化などによる廃業が増えていることで、全体の平均的な規模は拡大しても、その減産をカバーしきれず、総生産の減少と地域の限界集落化に歯止めはかかっていない。

それに加えて、飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉、豚肉、鶏卵の自給率は現状でも、それぞれ11パーセント、6パーセント、12パーセントと低い。

このままだと、2035年には、それぞれ4パーセント、1パーセント、2パーセントと、信じがたいほど低水準に陥ってしまう。

酪農に限っては、自給率が8割近い粗飼料の給餌割合が相対的に高いので、自給率は現状で25パーセントあり、2035年でも12パーセントと、ほかの畜産に比べればマシな水準ではある。

だが、それでもこの低さである。

さらに付け加えると、鶏のヒナは、ほぼ100パーセントが海外依存なので、それを考慮すると、実は鶏卵の自給率はすでに0パーセントに近いという深刻な事態なのである。

現状では、80パーセントの国産率の野菜も、実は90パーセントという種の海外依存度を考慮すると、自給率は現状でも8パーセントで、2035年には4パーセントと、信じがたい低水準に陥る可能性があるのだ。

「種は命の源」のはずが、政府によって「種は企業の儲けの源」として捉えられ、種の海外依存度の上昇につながる一連の制度変更(種子法廃止→農業競争力強化支援法→種苗法改定→農産物検査法改定)がおこなわれてきたので、野菜で生じた種の海外依存度の高まりが、コメや果樹にも波及してしまう可能性がある。

■コロナ禍によって発生した「輸出規制」

コメは、大幅な供給の減少が続いているにもかかわらず、それを上回るほど需要が落ち込んでいるので足りている、と思われがちだ。

だが、最悪の場合には、野菜と同様に、種採りの90パーセントが海外でおこなわれるようになったら、そして、物流が止まってしまうような危機が起これば、コメの自給率も11パーセントにまで低下してしまう恐れがある。

つまり、日本の地域の崩壊と国民の飢餓の危機は、「NHKスペシャル」が予言した2050年よりも、もっと前に顕在化する可能性を孕んでいるのだ。

FAO(国連食糧農業機関)によれば、コロナ禍によって2020年3月から6月の段階で輸出規制を実施した国は19カ国にのぼったという。

日本では、コロナ禍によって、中国からの業務用野菜などの輸入が減ったことや、アメリカから食肉などの輸入が減ったことなど、グローバル化したサプライチェーンに依存する食料経済の脆弱性が改めて浮き彫りになった。

日本の食料自給率は38パーセントと述べたが、FTA(自由貿易協定)でよく出てくる原産国ルール(Rules of Origin、通常、原材料の50パーセント以上が自国産でないと国産とは認めない)に照らせば、日本人の体はすでに「国産」ではないとさえいえる。

食料の確保は、軍事、エネルギーと並んで、国家存立の重要な3本柱の一つなのである。

輸出規制は簡単に起こりうるということが、2008年に続いてコロナ禍でも明白になったのだ。

■「食料危機」時に犠牲になるのは食料輸入国

アメリカは、自国の農業保護(輸出補助金)の制度は撤廃せずに、都合のいいように活用し、他国に「安く売ってあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」といって、世界の農産物貿易の自由化と農業保護の削減を進めてきた。

そして、安価な輸出をおこなうことで他国の農業を縮小させてきたのである。

それによって、基礎食料(コメ、小麦、トウモロコシなどの穀物)をつくる生産国が減り、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどの少数の農業大国に依存する市場構造になってしまった。

その結果、需給にショックが生じると価格が上がり、投機マネーも入りやすくなる。

さらに、不安心理が煽られ、輸出規制が起きやすくなってしまったのだ。

そして価格高騰が増幅されやすくなって、高くて買えないどころか、おカネを出しても買えなくなってしまった……。

それが2007年のオーストラリアなどの旱魃と、アメリカのトウモロコシをバイオ燃料にする政策に端を発した、世界的な食料危機につながったのである。

こうした構造ができてしまった以上、いま、おこなうべきことは、貿易自由化に歯止めをかけ、各国が食料自給率を向上させる政策を強化するしかない(図表2参照)。

2008年食料危機の教訓
出典=『農業消滅』より

食料自給率を向上させる政策は、輸入国が自国民を守る正当な権利である。

したがって、「2008年のような国際的な食料価格の高騰が起きるのは、農産物の貿易量が小さいからであり、貿易自由化を徹底して、貿易量を増やすことが食料価格の安定化と食料安全保障につながる」というWTO(世界貿易機関)などの見解には無理があるといえよう

では、メキシコ、ハイチなどでは、2008年に実際に何が起きたのか。

主食がトウモロコシのメキシコでは、NAFTA(北米自由貿易協定)によってトウモロコシの関税は撤廃されていた。

だから、国内生産の激減した分はアメリカから買えばいいと思っていたところ、価格の暴騰が起きて輸入できなくなり、暴動が起こる非常事態が発生してしまったのである。

アメリカには、トウモロコシなどの穀物農家の手取りを確保しつつ、世界に安く輸出するための手厚い差額補填制度がある。

それによって、穀物へのアメリカ依存を強め、ひとたび需給要因にショックが加わったときに、その影響が「バブル」によって増幅されやすい市場構造をつくり出してきた。

にもかかわらず、財政の負担が苦しくなってきたので、穀物価格の高騰につなげられるきっかけはないか、と材料を探していたのは間違いない。

そうしたなかで、ブッシュ政権は国際的なテロ事件や原油高騰が相次いだのを受け、原油の中東依存を低め、エネルギー自給率を向上させる必要がある、さらに、環境に優しいエネルギーが重要であるとの大義名分(名目)を掲げて、トウモロコシをはじめとするバイオ燃料を推進する政策を開始したのである。

その結果、2007年の世界的な不作をきっかけに、見事に穀物価格の吊り上げへとつなげたのだ。

つまり、アメリカの食料を貿易自由化する戦略の結果として、食料危機は発生し、増幅されたのである。

■「関税引き下げ」で自給率が低下した国が危ない

また、コメを主食とするハイチは、IMF(国際通貨基金)の融資条件として、1995年に、輸入するコメの関税を3パーセントにまで引き下げることを約束させられていた。

鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)
鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)

そのため、国内のコメの生産が大幅に減少していたところに、2008年の世界的なコメ輸出の規制で、おカネを出してもコメが買えないという状況になって暴動となり、死者まで出る事態になってしまったのだ。

コメの在庫は世界的には十分にあったが、不安心理から各国がコメを売ってくれなくなったのである。

コロナ禍で輸出規制が多発するなかで、FAO・WHO(世界保健機関)・WTOの事務局長が共同声明を発表し、輸出の規制を解除するように求めると同時に、いっそうの貿易自由化の必要性も訴えた。

だが、各国が輸出を規制した原因が、もともと貿易自由化を推し進めてきたことにあるのに、その解決策が貿易自由化にあるというのも変な話である(WTOは、そもそも貿易の完全自由化を最終ゴールとしていることに根本的な問題がある)。

なぜ、食料自給率の向上ではなく、自由化による海外依存を、というのだろうか。

よく似た事例は、世界銀行やIMFの行動にも見られる。

世銀やIMFは、貿易自由化を含め徹底した規制緩和を強要して、途上国の貧困を増幅させてきた。

グローバル企業が儲けをかすめ取っていくことを容認しておきながら、貧困が改善しないのは規制緩和が足りないせいだ、もっと徹底した規制緩和をすべきだ、と主張している。

貧困緩和の名目で途上国が食いものにされているのだ。

私たちは、このような一部の利益のために農民、市民、国民が食いものにされる経済・社会構造から脱却しなくてはならない。

バングラデシュ母と子
写真=iStock.com/pandamatto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pandamatto

食料の自由貿易を見直して、食料自給率の低下に歯止めをかけなければならない瀬戸際にきていることを、いま、もう一度思い知らされているのである。

TPP11(アメリカ抜きのTPP=環太平洋連携協定)、日欧EPA(経済連携協定)、日米貿易協定と畳みかける貿易自由化が、危機に弱い社会・経済の構造をつくり出した元凶であると反省すべきである。

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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授 専門は農業経済学
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。

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(東京大学大学院農学生命科学研究科教授 専門は農業経済学 鈴木 宣弘)

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