冷凍食品を「家で食べる」とは限らない…セブンの大ヒット商品「カップ入り冷凍チャーハン」誕生秘話
プレジデントオンライン / 2022年6月16日 11時15分
※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■最初の「満足」はやがて「飽きる」に変わる
IoT(モノのインターネット)などで集積したビッグデータをAIなどで解析し、特定のパターンを見出して解を導く。このビッグデータ解析は、企業の種々の業務・活動の合理化、コストダウン、リスク低減などについては有効でしょう。
しかし、消費者の購買動向や購買行動についていえば、疑問を感じざるをえません。
注意すべきは、これまでに集積されたビッグデータは、あくまでも過去のデータであるということです。それをAIで解析し、消費のパターンを導き出しても、すでに顕在化しているニーズに追随することはできても、これまでにない潜在的ニーズを発掘することはできません。
お客様が求める満足度のレベルは常に増幅します。顕在化しているニーズに対応した商品やサービスを提供しても、最初の「満足」が、次は「ただの合格点」になり、やがて「飽きる」に変わります。
お客様は常に新しい価値を求め、より大きな満足を求める。それに応えるには、仮説を立てて、潜在的ニーズを掘り起こすことです。
そのとき、販売データの個々の商品の売れ行きの動きから、問題意識をもって、新しい兆しはないかと探ってみると、新しい売れ筋や潜在的ニーズを察知して、先行情報として活かし、仮説を立てることもできます。
ポイントは、データの向こうにお客様の心理を読み、意味を見出せるかどうかです。
■冷凍チャーハンが学校近くの店舗で売れていた
セブン‐イレブンでの例を2つ紹介しましょう。
1つ目は、2018年11月に発売され、ヒット商品となったカップ入りの冷凍チャーハン「カップごはん」シリーズの開発の経緯です。
この新商品開発も、商品開発本部の担当者が、販売中の商品である一人前の袋入りチャーハンのPOS(販売時点情報管理)データを読んでいて、不思議な数字を見つけたことがきっかけでした。
学校の近くにある店舗に限って、その商品が売り上げ上位に入っていたのです。
このデータは何を意味するのか。不思議な数字の理由を知るため、担当者が現場の店舗に出かけてみると、そこには下校途中の学生たちが袋入りの冷凍チャーハンを店頭のレンジで温め、スプーンで食べている光景がありました。
■「冷凍食品=家で食べる」常識を覆したカップの開発
学生に聞くと、「おにぎり2個より安くてコストパフォーマンスがいい」「熱々のが食べられる」とのことでした。
学生たちは、袋入りチャーハンに、売り手が想像もしていなかった体験価値を見出していたのです。
そこで、担当者は、「カップ入りの冷凍チャーハンを開発すれば、チャーハンを自宅以外で食べるという潜在的ニーズを掘り起こせるのではないか」と仮説を立て、冷凍食品会社と交渉して発売にこぎ着けました。
その結果、いままで冷凍食品の需要が少なかったオフィス街の店舗でも、ビジネスマンが昼食に購入するという新しい消費スタイルを引き出すことに成功したのです。このヒットが評価され、担当者はビジネス系ウェブサイトが革新的なマーケターを表彰する「マーケター・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。
担当者が売り手の発想で「冷凍食品=家で食べる」という常識や固定観念にとらわれたままであったら、データを見ても“異変”に気づかず、新商品開発に挑戦することもなかったでしょう。
■オフィス街の店舗では、サラダが売れていた
2つ目は、セブン‐イレブンの店舗での例です。
都心のオフィス街にあるセブン‐イレブンの店舗では、昼のピーク時にサラダが大量に売れていました。主に女性客が弁当類と一緒に買っていました。
セブン‐イレブンでは、オペレーション・フィールド・カウンセラー(OFC=店舗経営相談員)といって、一人で7~8店舗を担当して、経営のアドバイスを行う社員がいます。
あるとき、POSデータを見ていた担当OFCが不思議な数字を見つけました。朝の出勤時のピーク時にも、数こそ昼とは比べものにならないほど、ケタ違いに少ないものの、サラダが売れているのを見つけました。
店舗スタッフに聞くと、出勤途中の若い女性客が買っているといいます。
ダイエット志向の女性は朝食にもサラダを買うのではないか。ここに「サラダを朝食として食べる」という潜在的なニーズがあるのではないか。OFCはオーナーと相談し、朝のピーク時に向けて、サラダの大量発注を仕かけました。
■出勤途中に買って、昼の混雑を避けたい需要
仮説は見事に的中しました。女性客が朝食がわりにサラダを買ってオフィスで食べるというニーズに加え、朝、出勤途中で買って会社の冷蔵庫に入れておいて、昼の混雑を避けることを目的とした需要もありました。
以降、その店では朝もサラダが大量に並ぶようになって、売り上げを3~4倍に増やし、潜在的ニーズを掘り起こしていったのです。
そのOFCはそれまでは、売り手側の発想で、「サラダは主に女性客が昼食と一緒に買うもの」と思い込んでいました。その思い込みのままであったら、POSデータを見ても昼のピーク時のサラダの販売個数に関心が向いたままで、朝のサラダの販売データを見ても、さほど気に留めなかったでしょう。
気づきをもたらしたのは、やはり問題意識でした。そのOFCは「健康志向が強いお客様には取り組み方次第でもっとサラダを買ってもらえるのではないか」という問題意識をもっていました。
もっと買ってもらうためには、「お客様の立場で」考え、お客様の心理を読まなくてはならない。そこで、売り手から買い手へ、視点を切り替えてPOSデータを見るようになって、初めて朝のピーク時の販売データが意味をもって浮かび上がったのです。
■過去の記録ではなく、潜在ニーズを探る“手掛かり”
忘れてならないのは、販売データを単なる過去の記録として見るのと、マーケティングに使うのとでは、読み方が違うということです。
マーケティングにおいて重要なのは、売れ方にお客様の潜在的ニーズを察知させるような新しい兆しや動きがないか、変化を探ることです。
それには、「冷凍食品は家で食べるもの」「サラダは主に女性客が昼食と一緒に買うもの」といった売り手としての先入観や固定観念を捨て、買い手の視点に転換して、頭をまっさらにして考えることです。
すると、個数はさほどではなくてもすぐに売り切れる商品や、売り上げが伸びている商品があることに気づき、「ここに潜在的なニーズがあるのではないか」と仮説を立てることができる。
どうすれば、数字の向こうにお客様の声を聴くことができるか。販売データは過去のデータですが、売り手から買い手へ視点を変え、問題意識をもって見れば、時間軸に沿ったデータの動きが浮かび上がって先行情報にすることができるのです。
■ビッグデータは仮説を立てる“ツール”にすぎない
そして、もう一つ明確にいえるのは、この潜在的ニーズはビッグデータの解析からは導くことはできなかったということです。
先ほども述べたように、AIは、集積したビッグデータの中から与えられた条件をもとに、特定のパターンを抽出するのは得意ですが、それは過去の購買傾向のパターンであり、これまでにない消費スタイルを見つけ出すことはできません。
どんなにデータを大量に集め、AIで分析しても、AIにはそのデータが出てきた理由はわからない。理由がわからなければ、その分析には意味がありません。データの向こうに買い手の心理を読み、仮説を立て、結果を検証して、データは初めて意味をもつ。
データはあくまでもツールにすぎず、仮説を立てないビジネスなどありえないのです。
人間は未来に向かって生きる存在です。常に新しい価値を求め、昨日求めたものを明日も求めるとは限りません。
売り手に求められるのは、どうすればお客様により満足してもらえるか、お客様の不満をいかに解消するかを、お客様の立場で考え続ける強い問題意識や目的意識です。その問題意識や目的意識が仮説を導き出していく。
とりわけポストコロナ社会は、在宅勤務が一定割合で継続し、自由時間が増え、その時間を有効に使おうとする「新しい消費」は、いままで誰も経験したことのない未知の世界です。「新しい消費」の時代に向けて、いま求められるのは、ビッグデータを離れ、自分の頭で考え抜くことです。
考えなければならないのは、社会はコロナ禍以前の状態にそのまま戻ることはないということです。ポストコロナ社会では、これまで以上に人間のもつ仮説力が問われることになるでしょう。
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セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。
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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文)
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