残念ながらプーチンの暴挙は止められなかったが…それでも「国連は不要」という極論は間違っている
プレジデントオンライン / 2022年6月15日 10時15分
2022年3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて開かれた国連の緊急特別総会で、ロシアに軍事行動の即時停止を求める決議が加盟国193カ国中141カ国の賛成によって採択された(ニューヨークの国連本部の総会ホールにて)。 - 写真=EPA/時事通信フォト
※本稿は、倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■改めて明らかになった国連安保理の問題点
今回のロシア軍によるウクライナ侵攻において、国連安全保障理事会は紛争解決のために機能しなかった。拒否権をもつ常任理事国の一つであるロシアが、まさに侵略国となったのだから当然である。
紛争解決のために具体的な措置をとろうとしたとき、特に常任理事国が何らかの形で関与しているときに、国連安保理が機能しないことは珍しくなく、ほとんど常態化しているとも言えるが、今回はまさに常任理事国自身が侵略国になったというケースであったので、安保理の問題点をほかに類がないほど鮮やかに見せつけることとなった。
ロシアが関与したときに安保理が機能しないことについて、実はウクライナには特別の思いがある。1994年、当時のクチマ・ウクライナ大統領は米国、英国、ロシア3カ国首脳との間で「ブダペスト覚書」に署名した。これは当時ウクライナが保有していた核兵器をすべてロシアに移送する代わりに、これら3カ国がウクライナの「独立、主権そして現在の国境を尊重する」(第1条)ことを約束したものである。
■「ブダペスト覚書」はなぜ機能しなかったのか
ところが覚書の規定によれば、米英露の3カ国首脳には確かに「ウクライナの領土的一体性あるいは政治的独立に反するような武力による威嚇ないし武力の行使を慎む義務」(第2条)が課されているのだが、ウクライナが「核兵器の使用を含む侵略行為ないしそのような脅威の対象となった場合」の措置として規定されているのは、3カ国が「国連安保理により、ウクライナを支援するための行為が直ちにとられるよう求める(seek)」(第4条)ということだけなのである。
要するに、ブダペスト覚書による安全の保障は、国連安保理が機能することが前提となっており、これではロシアの行動が問題となったときに全く役に立たないことは自明であった。
2013年11月に、当時ヤヌコヴィッチ大統領がEUとの連合協定への署名を凍結したことに端を発する、首都キーウにおける民衆同士の大衝突(マイダン革命)、並びにウクライナ全土にわたる混乱の中、ロシアはクリミアを「併合」し、ドンバスでは独立を目指す武装勢力を支援して領土の一部を不安定化させる端緒をつかんだ。
これらはロシアによる明らかな国際法違反で、まさにブダペスト覚書が適用されるケースであったが、覚書は当然のごとくに機能しなかった。その際に英米がロシアに対して断固たる措置をとらなかったとして批判する者がいるが、これはそもそも同覚書に内在する問題であったのである。
■「核の恫喝」からいかに自国と国民を守るか
ブダペスト覚書の評価について、筆者はウクライナの政治家とよく議論したが、ウクライナにおいても考え方は一様ではない。核兵器は手放すべきでなかったと主張する人たちがいれば、そもそもソ連時代には核兵器の管理はすべてモスクワ中央が行なっていてウクライナには権限がなく、仮に核兵器を残したとしてもこれを実際上維持することはできないので、それよりは米国などからの経済支援と引き換えに核放棄するほうが得策である、と主張する人たちもいた。
当時の状況が実際どうであったかは不明な点もあるが、いずれにせよ事実としてウクライナは核兵器を放棄したのであり、そうであれば核兵器を放棄した国が核保有国から核の恫喝を受けた場合に、いかにして自国と国民の安全を守ることができるのかが明らかでなければならなかった。もちろん当時は、まさかロシアがウクライナに軍事侵攻するなどは夢にも考えられなかったであろうが。
■常任理事国に拒否権が付与された理由
今回、国連安保理は機能しなかったが、今後有効に機能するように改革され得るのだろうか。
五つの常任理事国に対する拒否権の付与という国連安保理の表決手続きの特殊性は、国際社会における二つの妥協の上に成り立っている。一つは主権平等という建前と、実際には強い国と弱い国が存在する現実との間の妥協、もう一つは、紛争解決に重要な役割を果たすべき大国を国連にとどめておく必要性と、紛争の公正な解決の必要性との間の妥協である。
後者の妥協は第一次世界大戦後の国際連盟が機能しなかったことの反省に基づいている。すなわち、国際連盟においてはそもそも設立を主導した米国が加盟せず、ドイツも当初加盟しておらず、その後加盟が認められ常任理事国となったものの、1930年代には脱退、同じく常任理事国であった日本とイタリアも脱退するなど、主要国がほとんど不在となってしまった。
第二次世界大戦を経て創設された国際連合においては、少なくとも5つの主要国に対しては拒否権を与え、組織が機能しなくなる事態が生じないような構成とした。ところが拒否権があるために組織は維持できるが、その代わり紛争解決のシステムは機能しないという事態が生じた。結果的に、紛争解決という意味では国際連盟の場合と同様の事態が生じることになったとも言える。
■草創期から始まっていた常任理事国間の対立
国連は第二次大戦中にローズベルト米国大統領の提唱に始まり、同大統領とチャーチル英首相が合意した大西洋憲章を経て、1942年1月1日、ワシントンで採択された連合国共同宣言、並びに翌1943年10月のモスクワ宣言がベースとなっている。
その後、1944年夏のダンバートン・オークス会議において専門家により憲章草案が作成されたが、拒否権の問題について米英ソ間に意見の対立があった(米英が拒否権の範囲を重要事項に限定しようとしたのに対し、ソ連はすべての事項について認めることを主張した)。この対立が翌1945年2月の米英ソ三国首脳によるヤルタ会談で最終調整が図られ、同年4〜6月のサンフランシスコ会議において最終合意に達し、第二次大戦終結後の1945年10月に正式発足、という経緯を辿った。
■国連の基礎にある「連合国」対「枢軸国」の枠組み
ここに言う「連合国共同宣言」とはその名のとおり、「枢軸国」たる日本、ドイツ、イタリアなど8カ国と戦争状態にあった米、英、ソ連を始めとする「連合国」26カ国によって採択されたものであって、①「敵国」(=枢軸国)に対する「完全な勝利」を目指し、②「三国同盟と戦うためすべての軍事的・経済的資源を動員すること」及び③「敵国との間に単独講和を結ばないこと」を誓うことを内容としている。
国際連合において、「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」(憲章第24条)は安全保障理事会が負うこととされ、そこでは大戦中に連合国を主導した英米ソなど主要国が拒否権を有し、これら主要国の一致がなければ実質的に機能しない仕組みとされている。これは要するに、国連が「日本やドイツ」対「英米ソなど連合国」という大戦中の対立を基礎に出来上がっているからである。
■世界構造の変化を国連改革に結び付けよ
あれから70年以上が経ち、今日の国際関係は当時とは構造的に異なるものとなった。いかなる国際的な枠組みもそのときどきの国際社会における力関係と無関係にはあり得ず、長い時間をかけて少しずつではあるが、現実の力関係に沿った形へと変容していく。国際連合、特に安保理についても、長い歴史の中では時代に合ったものへと変容していかざるを得ないであろう。
今日、世界の構造は間違いなく変化しつつあり、今や世界は5大国によって仕切られるような構造になっていない。今回のロシアによるウクライナ侵攻は、このような変化をさらに推し進めることになると思われる。そうであれば、それに伴い、国際機関の在り方も変化せざるを得ないであろう。
我々にはこの変化を紛争の公正かつ効果的な解決のための仕組みに結び付けていく努力が求められている。理想どおりにいかないからといって国連不要論に立つことは間違っている。
■漸進的に改革を進めるほかない
国際連合は特に経済社会問題、人道支援などでは重要な役割を果たしてきており、また安全保障にかかる問題で具体的な措置を打ち出すことができない場合であっても、国際世論の形成には重要な役割を果たしている。
今回のロシア軍の軍事侵攻についても、3月2日、国連緊急特別総会がロシアに対し「軍の即時かつ無条件の撤退」を求める決議を193カ国中141カ国、すなわち3分の2を優に超える賛成を得て採択したことは、国際世論形成にとって重要な意味がある。
この決議にはもちろん法的拘束力はない。しかしながら、「ロシアの行為は間違っている」という価値判断を国際社会として明確にし、かつ共有したことが重要であり、今後個別国家あるいは国際社会として何らかの措置をとる場合に、当該措置の説得性を内外に示す上で一定の役割を果たすものである。
国連については、矛盾はそれとして受け入れながら、現実に果たしている役割を大切にした上で、国際紛争の公正な解決のための改革を国際関係の変化と歩調を合わせつつ、漸進的に進めていくしかないであろう。ただ今回の軍事侵攻並びに国際社会の対応を経て、安保理が国際社会の新たな構造に合致した紛争処理機関となることに、一歩でも近づくことを心から望んでいる。
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元外交官、前ウクライナ大使
京都大学法学部卒業後、1981年、外務省入省。外務省欧州局中東欧課長、外務省国際情報統括官組織参事官、在大韓民国公使、在ロシア特命全権公使、在パキスタン大使を経て、2019年1月~2021年10月までウクライナ大使を務め、同月帰国。
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(元外交官、前ウクライナ大使 倉井 高志)
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