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飲食店にとって「バズる」はマイナス…大成功した焼きそば専門店がバナナジュース屋に転換した本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年6月15日 9時15分

東京・調布の仙川駅内にあるバナナスタンド。 - バナナスタンド提供

元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして焼きそば専門店を始めた。相次いでテレビに取り上げられるなど成功したように思われたが、現在は全店を閉めて、バナナジュース店に業態転換している。なぜそうなったのか。黒田さんの元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(最終回)

■年商1億円を稼ぐバナナジュース専門店の秘策

黒田が経営するジュース専門店「バナナスタンド」の快進撃が続いていた。

2020年8月にオープンした仙川駅内の1号店を皮切りに、21年は池上店(3月)、八王子店(4月)、府中店(5月)、桜上水(6月)の5店舗に増やした。7月と8月の売り上げ(5店舗の合計)は、それぞれ1000万円を超えた。

9月は10%程度の減少、10月以降もその傾向は続いたが、4カ月連続出店と試行錯誤を続けたフードメニューの効果が大きかった。黒田の「バナナスタンド」の年間売上高は1億円に達した。

この短期間で、どうやって「年商1億円」をたたき出すことができたのか。駅近という立地の利点と、バナナジュースを習慣化させることの利益貢献は大きい。

どの店も客の半分以上はリピーターで、ポイントカードを携帯している。大事なのは待たせずに提供することで、安定した販売体制が不可欠だった。

難点は天候の影響だ。雨が降ると売り上げは下がるし、寒くなるとジュースは見向きもされなくなる。実際に22年1月から2月がボトムで、バナナジュースの売り上げは夏の半分程度まで落ち込んだ。

ただし各店舗をワンオペで回すことができれば、人件費は店舗当たり一日1万円程度に抑えることができる。原材料と家賃がそれぞれ売り上げの25%、15%なので、一日の売り上げが2万円まで落ち込んでも赤字になることはなかった。

大事なのは、落ち込んだ売り上げをどう補うかだった。

黒田は前年の冬まで「焼き麺スタンド」(東京・神保町)で焼きそばを販売していたが、21年6月以降は休業状態だ。バナナジュース一本でも経営が傾くことはないが、各店舗のスタッフを効率的に使うためにも、販売商品を多様化する必要があった。

■バナナジュースの最大の弱点

天候の影響を受けやすいバナナジュースの弱点を克服するため、黒田がまず取り組んだのはホットドリンクだった。しかしこれが意外とむずかしい。どうしてもバナナの味がぼやけてしまううえに、甘みが飲みにくくさせてしまう。

そこで黒田がはじめたのは、ホットミルクだった。バナナジュースと同じで、家で作るのは面倒だが、あれば買ってみたいというニーズがある。シロップを掛けて200円台なので、値ごろ感もある。同じ材料で作れるオペレーションも魅力だった。

冬の新商品焼きいも。シルクスイートの繊細な甘みが人気。
冬の新商品焼きいも。シルクスイートの繊細な甘みが人気。(写真提供=バナナスタンド)

しかしこれだけでは、バナナジュースの落ち込みを補うことはできない。3坪という限られた店舗のスペースを活用してできる商品はないか。ドリンクから離れて挑戦したのが、焼きいもや明石焼きといったフードメニューだった。

焼きいもの魅力は、調理がしやすいことだ。火が使えない店が多いので加工はできないが、手間がかからず人気もある。持ち帰りやすいこともあり、一日に30本程度出せばまず残ることはない。

明石焼きは桜上水の店舗でテスト的に始めたものだが、近くに扱っている競合店がない点が大きい。手軽に作れるし、焼きすぎたり時間がたって形が崩れても、ダシに入れて提供したりするので気にならない。香ばしい匂いにつられて買いに来る客は少なくなかった。

桜上水限定で販売した明石焼きとバナナジュース。
著者撮影
桜上水限定で販売した明石焼きとバナナジュース。 - 著者撮影

■「年商1億円」を支えたサイドメニュー

いずれもサイドメニューにはなっても、すべての店舗で販売するだけの看板メニューにはなりえなかった。しかもバナナジュースとの関連に違和感を持ってしまう。

バナナジュース屋が手掛ける商品としてふさわしいものはないか。

黒田が食べ歩きを重ねることで出会ったのが、クレープだった。

もともとクレープは、若者たちの間で持ち帰って食べる商品として人気が高い。生クリームやトッピングが豊富にある印象だが、黒田が面白いと思ったのは、クレープ生地にバターと砂糖を掛けるだけのシンプルなクレープだ。

参考にしたのが、渋谷のあるクレープ屋だった。もちもちしたクレープ生地にエシレバターが基本で、砂糖とレモンやキャラメルを掛けている。これを500円台で提供すれば、より広い層の客を期待できるのではないか。

重要なのは、バナナスタンドの客層が買いやすくすることだった。子ども連れの親にすると、生クリームばかりのものは食べさせたくない。バナナジュースとの相性も悪くない商品に仕立てたかった。

■バナナとクレープに共通する儲かるポイント

クレープは、黒田の考えるビジネスの3つの要素を満たしていた。競合の少なさについては、一時期のクレープブームの名残りで残っている店はあるが、ほとんどが若者向けの生クリーム主体の味で、シンプルさを売りにした店はほとんどない。

生クリームやトッピングをほとんど使わないので、コスト管理も容易だ。クレープ生地が売りなので小麦粉とバターにこだわるが、これに砂糖を掛けるのがベースで原価率も高くない。設備として必要なのは、クレープを焼く機械だけだ。

作る過程もシンプルだ。クレープの生地を焼く作業は、一日あればアルバイトでもマスターできる。トッピングが少ないので、客を待たせることもない。

商品化に至るまでは、何日も試食を重ねた。粉は複数のブランド小麦粉をミックスして、独特のもっちり感が出るようにした。発酵バターを使っているので、深いコクが感じられる。

店を閉めてから作りはじめるので、食べるのはいつも深夜だ。メニューを考えながら作っていくので、一日に4、5枚食べることもある。黒田は一週間で5キロ太ったという。

クレープを作る黒田さん。
筆者撮影
クレープを作る黒田さん。 - 筆者撮影

■クレープが生み出した相乗効果

2021年12月、黒田はクレープを売り出した。客の反応は上々だった。まだメニューは暫定的なものだが、一日20~30枚は出るし、仙川ではキャンペーンを打ったこともあって、60枚に達した。

クレープの魅力は利益率の高さだ。バナナジュースの原価率は25%程度まで引き下げたが、クレープはさらに低い15%程度だ。バナナジュースのすき間時間にスタッフが作るので、85%分の粗利益がそのまま残る。

一枚500円とすると、60枚出る週末はクレープだけで売り上げが3万円に達する。バナナジュースだけだと6万円程度なので、店の売り上げの3分の1はクレープだ。全店でフルに稼働すれば、夏場から落ち込んだ売り上げの半分程度を取り戻せる計算になる。

クレープを毎日食べる人はいないが、週に1~2回のスイーツニーズは強い。サラリーマンを中心としたプチぜいたくをターゲットにしていた。

問題はバナナをどう使うかだ。バナナジュース屋が提供するだけに、バナナを使ったクレープに対する期待は高い。クレープを食べることで、冬でもバナナジュースを飲むことに抵抗がなくなるような仕組みを作ることが理想だった。

■黒田のバナナジュース店の原点

黒田がバナナジュースの魅力に気づいたのは、8年ほど前のことだった。毎日のようにおいしいものを探して都内を歩き回る生活で、偶然見つけたのが東銀座にある「銀座バナナジュース」だった。

バナナスタンドのバナナジュース(筆者撮影)
銀座バナナジュース。12時の開店から行列が絶えない。(筆者撮影)

驚いたのは、その販売スタイルだった。店内に座席はなく、客はジュースを受け取ると歩きながら飲みはじめる。スッキリとした甘さで、どんどん飲めてしまう。260円という安さも、毎日飲むにはちょうどいい価格だ。味から値段、販売スタイルまですべてが計算されていたのだろう。女性がほとんど一人で回していた。

「銀座バナナジュース」の女性店主、大和田理恵だ。大和田がはじめてバナナジュースを作ったのは2007年。牛乳が嫌いな人でも飲めるようにと、バナナの量を多くすることでできあがった味だ。それがある日メディアで取り上げられて、行列ができるようになる。吸い寄せられるように客が集まってくるのは、毎日飲むことが習慣になっているからだ。

銀座バナナジュースの店主、大和田理恵さん。
著者撮影
銀座バナナジュースの店主、大和田理恵さん。 - 著者撮影

大和田のバナナジュースへのこだわりは徹底している。バナナは地元の八百屋から仕入れているが、4種類のバナナを味と熟成度合いに応じて使っている。自分で食べて確認するので、熟していないと思えばジュースは作らない。臨時休業だ。毎日来る客には味の違いがわかってしまうからだ。

頼るのは自分の舌と、ミキサーをかき混ぜる棒の感覚だ。少しでも手応えが少なければ、途中でバナナを追加する。トッピングのゴマは自分でするし、最近オーダーの多いアーモンドミルクも作る。すべてのバナナジュースは自分で作ることにこだわっているので、開店中トイレに行くこともできない。

一人でバナナジュースを作っていては店舗を拡大していくのはむずかしいが、ビジネス化することはできないか――。安くておいしいバナナジュースを、多くの店舗で効率的に提供するという黒田の夢を実現したのが「バナナスタンド」だった。

新商品のクレープ。もちもちの生地にバターとシュガーだけを使う。
著者撮影
新商品のクレープ。もちもちの生地にバターとシュガーだけを使う。 - 著者撮影

■飲食氷河期を生き残るために…

「ウェブの連載記事が始まってから、よく電話がかかってきますよ」

2022年の正月、プレジデントオンラインに黒田を紹介する記事が出た頃のことだ。焼きそばはどこに行けば食べられるのかといった問い合わせが、黒田のスマホに相次いだという。黒田が経営していた焼きそば店「焼き麺スタンド」は、連絡先に黒田の携帯番号を載せていた。それを見た読者が連絡を入れているのだろう。

「すみません、もうやってないんですよっていうと、皆さん驚きますね。今ではバナナジュース屋ですからね」

ぼくの記事に対する同じような批判は少なくなかった。なぜつぶれた店を取り上げているのか。食べられない料理店に意味がない、と。わからなくもない指摘だが、この変化の早さこそ黒田の経営の魅力でもあった。

バナナスタンドのオーナ、黒田さん
バナナスタンドの黒田さん(バナナスタンド提供)

2018年に大手証券会社を飛び出して焼きそば店を開業し、メディアで紹介されて店の人気に火がつくと、1年も経たないうちに2号店に打って出た。コロナで客足の変化を察して、サイドメニューであるバナナジュースをビジネスの中心にして、専門の店舗を立て続けに出店する。焼きそば店からはあっさりと身を引いた。

街以上のスピードで、黒田のビジネスはどんどん変化していった。

黒田が将来目指しているのは、食の総合プロデューサーだ。食べることを通じて人々の生活を豊かにしたい、という強い思いがある。そんな黒田にとって、「テーブルのない飲食店」は思い描いていた理想とは大きく異なるかもしれない。

しかし夢を実現するため、まずは目の前のコロナ禍を生き残る必要がある。変化に合わせてメニューも店も柔軟に変える手法は、そのための方策だった。これからどんなことがあっても、経営者としてこの経験を活かすことができるはずだ。

■29歳の「脱サラ店長」の後悔と大きな夢

コロナ禍を生き残るためとは言え、状況に応じてメニューも店も変えてしまうビジネスのやり方に黒田自身は戸惑いも感じているようだ。

「がっかりして電話を切るお客さんの声を聞くたびに、本当にこれでよかったのかなって思うんです。食事って文化じゃないですか。ある焼き肉チェーン店も焼き肉では大成功したけど、しゃぶしゃぶを全国展開で収益化するには10年かかったっていうんですよ。ぼくたちが普通に食べてるものでも、地方によっては食文化として根づいてないところがたくさんあって、それを変えていくには時間が必要だっていうことなんだと思います」

「焼きそばをやめるのが早すぎたっていうことかな?」
「外食として定着させるには、2~3年じゃダメなんだろうなって思いました」
「持ちこたえられる体力があれば良かったけどね」
「今までは仕方なかったと思うんですけど、これからは焦っちゃいけないと思うんです。やり方が変わったんですから」

コロナが直撃した頃は、赤字を止めるのに一生懸命だった。生き永らえたからこそできる後悔といえるが、急ぎ過ぎて自分のことしか考えていなかったかもしれないという。

しかし、今から焼きそば店に戻るのは現実的ではない。焼きそば店はメディアという流行の波に乗るかたちでビジネスを拡大してきたが、その手法には限界がある。

バナナジュースは客の生活習慣に入っていくビジネスだ。コロナで変わった客のニーズを察知し、「流行から習慣へ」とビジネスの舵を大胆に切った黒田の選択は間違っていなかった。それはバナナスタンドの結果を見れば明らかだろう。

■若き経営者がたどり着いた新しい飲食店のかたち

脱サラして4年。黒田が学んだのは、流行に依存せず、客の生活習慣に根ざしたビジネスには時間がかかることだ。

「仙川駅に朝から立ってるとわかるんですけど、あの駅は一日6万~7万人の利用者がいるんです。でもうちの店に立ち寄るのはせいぜい200人。夏でも400人くらいです。これを倍にするのは簡単なようで、なかなかできない。利用者の生活が一気に変わるわけじゃないから、一緒に変わっていくしかないんです。スタバだって40年かかったんですよね」

今でも黒田が理想とするのは、「銀座バナナジュース」だ。バナナジュースを飲むことが習慣になった客が、自然と集まってくる。同じことがすべての店でできれば、バナナスタンドはもっと生活に溶け込んでいくはずだ。

流行は一瞬だが、生活習慣は変えるのに時間がかかる。大事なのは、バナナジュースを求めて店に通ってくれる客を大事にしながら、環境に合わせてビジネスの形態を変えていくことだ。

コロナを機に苦境を強いられている飲食店は少なくない。黒田のスタイルは、逆境を跳ね返すための一つの解答例といえるかもしれない。

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町田 哲也(まちだ・てつや)
作家
1973年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手証券会社に勤務する傍ら、小説を執筆する。著書に、天才投資家と金融犯罪捜査官との攻防を描いた『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)、ノンバンクを舞台に左遷されたキャリアウーマンと本気になれない契約社員の友情を描いた『三週間の休暇』(きんざい)などがある。

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(作家 町田 哲也)

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