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「マスクは人の目を気にして着用するものではない」現役医師が"マスク離れ"できない人たちに伝えたいこと

プレジデントオンライン / 2022年6月12日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rowan Jordan

海外では「マスク不要」となる国が相次ぐなか、なぜ日本人はマスクを手放せないのか。医師の大和田潔さんは「相手を感染させないためのマスクが、感染しないためのマスクとなり、最終的には自身の責任を回避するためのマスクになっている。これではマスクの意味がない」という――。

■どうすればマスクを外すことができるのか

新型コロナ感染症の影響で、マスクの着用がすっかり日常になってしまいました。家から一歩外に出ればマスク。職場や電車内もマスク。人がいない通りでも律儀にマスクをつけて歩く人の姿をよく見かけます。子どもたちの通学も運動時もマスクです。

こうした光景はいつまで続くのでしょうか。

米国では6月12日から空路で入国する旅行者への新型コロナ陰性証明などの提示義務が廃止されます。われわれは、マスクぐらい外して以前の生活に戻ることはできないのでしょうか。

最近になってコロナ専門家が、マスク着用に関する新たな発信を行いました。これまで私たちに自粛やマスク着用を求めてきた彼らは、一転して「マスク不要論」を語り始めました(※1、2)。5月23日には政府が、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を一部変更し、マスクが必要のない具体的なケースを示しました。

私は、マスクのない以前の生活に早急に戻るべきだと考えています。習慣になったマスクの常時着用は健康リスクを高めるため反対です。おのおのが自分自身で考え、自由にマスクを外すべき時期だと思っています。むしろ遅すぎるぐらいです。感染症の実態、心身への悪影響、経済を上向かせるなどの面からも、マスクに縛られず、必要に応じて自由に外して生活を送るべきだと考えています。

私たちは何のためにマスクの着用をしているのでしょうか。これからどうマスクを向き合っていくか、改めて考えてみたいと思います。

■マスクを着ける意味を見失った日本人

私は臨床の現場でコロナ陽性となった患者さんにお会いしてきました。

お子さんからもらって検査陽性になった患者さんは数日の発熱で喉が痛む程度でした。明らかに軽症の患者さんばかりです。私の外来では定期通院中の方がカゼ症状を訴えても、よっぽどでないと簡易抗原も行いません。治ればよいのですから検査する必要はありません。

このように新型コロナ感染症はすでに私たちの脅威ではなくなっています。それはデータでも確認できます。今も相変わらずPCR検査が1日に10万~20万件ほど行われて陽性者数は一定数判明していますが(※3)、重症者ゼロの県が半数近くになっています。

なぜ脅威ではなくなったのでしょうか。それは遺伝子mRNA型生物製剤の注射(※以下、便宜上ワクチン接種とします)のためではありません。3回目のワクチン接種をしても感染してしまう「ブレークスルー」が数多く報告されていますから「注射しても予防効果がない」ことは明らかでしょう。このことは海外では既に自明ととらえられており、米国では3回接種率が30%ほどと低迷しています(※4)。それでも流行が収束に向かっているのは、私たちの免疫力とウイルスの相互関係によるものと考えられます。

※筆者註:生物製剤は「遺伝子医薬製剤」と「抗体医薬製剤」に分類されます。抗体医薬製剤はリウマチや喘息治療薬などに実用化されています。今回の遺伝子を人体に直接投与するmRNA型生物製剤は、人類にとって初めての遺伝子医薬製剤です。このため私は、mRNA型生物製剤を従来の「ワクチン」と同じ呼称とすることに大きな違和感をもっています。詳細は私の書籍などをご覧ください。

陽性になっても無症状、軽症で留まる感染症です。これなら通常の風邪と変わりません。ではなぜ、私たちはマスクを着用し続けているのでしょうか。

■マスク着用の危険性…夏場に見逃せない落とし穴

そもそもマスクの常時着用は健康上のリスクを高めます。スポーツ選手は試合の時にはマスクをしません。当たり前です。呼吸を妨げるだけでなく、口からの放熱もできず身体がオーバーヒートするからです。

呼吸に関しては、マスクをすると外気と遮断された呼吸に寄与しない空間である死腔とよばれる空間が生まれ息をスムーズに吸うことを妨げます。また、マスク内部の炭酸ガス濃度が高いことも報告されています。

少年咳、灰色の背景に立ってフェイスマスクを着用
写真=iStock.com/Pikusisi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pikusisi-Studio

体温調節の面も重要です。汗腺が少なく汗をかかない犬を観察すると、暑い時にはハーハーしています。パンティングと呼ばれ、肺に冷たい外気を入れて体温調節をしているのです。私たち人間も同様です。暑い時に涼しい空気を吸うと落ち着くことを良く経験します。マスクを外したほうが身体に負担をかけず安全で健康的なわけです。

これからの季節に注意が必要なのが熱中症や窒息のリスクです。「体育大会で熱中症か 31人搬送 1人重症 大阪の中高一貫校」(※5)、「体育大会練習中10人熱中症か うち6人歩けず 兵庫・尼崎の中学校」(※6)と報じられたように事故が発生しています。

体温上昇は一定時間継続しますので、時折外したとしてもマスク下の運動を組み合わせることで熱中症のリスクが高まります。

窒息のリスクも見逃せません。不織布マスクは水分がつくと顔に張り付いて呼吸が難しくなる場合があります。水辺でのマスク着用が危険であると言われる理由です(※7)。汗かきの子供たちなら普段から危険性が高いと考えられます。幼児や小児は嘔吐しやすいので、嘔吐物による窒息の可能性もあります。

■コミュニケーション障害にしかならない

専門家の感染対策は間違いだらけでした。コロナウイルスはエアロゾル感染であることを厚労省が明記しています(※8)。エアロゾルは空気中を漂う5μm以下の非常に小さな粒子を指します。

小さな粒子は不織布マスクのフィルターを通過しますし、私たちは通常マスクの脇のすきまでから呼吸もしています。人が密でも疎でも、アクリル板やビニールあっても無くてもウイルス粒子は空気中を漂っていました。私たちはマスク着用し専門家の示した対策に協力しましたが、どれも無意味でした。人に盲従するというのはそういうことです。

人は表情を見ながらコミュニケーションをとっています。マスクは障害でしかありません。「口角泡を飛ばす」の「口元がゆるむ」ように感情のやり取りに重要な顔半分が、マスクで隠されてしまいます。マイクロ・エクスプレッションといい、微妙な表情のニュアンスも消されてしまいます。

特に子供たちには大きな負荷をかけることになりました。診察にやってきた保育園の先生が「マスクをはずして絵本を読むとすごく反応がいいんです。子供たちの会話の声も大きくなるんです。マスクをしている間は静かな感じで伸び伸び育たなかったな、と思っています」とおっしゃっていました。子育て中のお母様は子供への負荷を懸念し、「人の目がないときには外させてます」と教えてくれました。

また、マスクの意味が見出せない患者さんは自作のスケスケマスクなどを何枚も作られていました(写真)。付けていればよい腕章やワッペンと同じです。もはやマスクは感染対策にもならないどころか健康を損ない、コミュニケーションの障害物でしかありません。集団内で顔を隠すという、個を失わせて団体行動をとることにしかなっていません。

スケスケのマスク。
筆者撮影
患者さんの自作マスク。 - 筆者撮影

■自分で見切りをつけられない人が多すぎる

ご存じの通り海外ではすでにノーマスクが基本になっています。アメリカ野球のMLBやバスケットボールNBAの超満員の試合で、観客がノーマスクであることをご存じの方も多いでしょう。

テニスのジョコビッチ選手は、ワクチン接種をしていないため入国を断られ試合に参加できない事例もありましたが、5月のイタリア国際では見事優勝を果たしました。もちろん観客席の人々はノーマスクです。

世界では、マスクだけでなくワクチン接種に対しても冷静な対応がされるようになっています。米国ではワクチン3回目接種は国民の30%ほどで低迷しています。海外ではそれぞれの国民が、マスクにもワクチンにも見切りをつけて不要に思って行動しているということです。

こういったことも知っているはずなのに、なぜ日本人はいつまでもマスクをつけているのでしょう。

米国以上に問題のない日本では、昨年からすでにコロナは季節性・土着性に変化しています。必要な時以外は調べなければ存在もわからないので「コロナは消えて」います。

それにもかかわらず、私たち日本人はマスクをし続けています。コロナの恐怖と不安をあおり、様々な制限を加えてきた「コロナ専門家」が、何もせず無責任にフェードアウトし、私たちを放置してきたのが一因でしょう。

同時に、自分で考えて責任を引き受けて行動することを避ける国民性も大きく関係しているように思います。自分で考えず、言われないとやらない。一度言われると考えないで永遠にやりつづける――。マスク着用はまさに、責任回避行動の典型例です。

商店街で観光を楽しむ女性
写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

■感染対策ではなく、責任回避のための道具になった

それを証明するような会話も経験しています。「テレビでマスク着用は不要です、と言ってくれたらスッキリするのに」とおっしゃる患者さんがいました。

「マスクをしないで自分が陽性になったら、責任を問われるかもしれない。形だけでもマスクをしないと」「ワクチンを打たないで陽性になったら責任問題。打って陽性なら免責」と話してくれた患者さんの声はとても印象的です。

マスクはワクチン同様に、まさに責任回避のための道具に成り下がっていると思います。

人間は本来、自由な存在です。本人の体のことは本人が自由に選択して暮らしていくべきだと思います。けれども、日本では「指導者に責任を持ってもらって、言われたことを守り、周りの目を気にして生きていく」という風潮が強すぎるように思います。

以前、学校の先生をなさっている患者さんがこんなことを話していました。「熱中症の危険性はわかります。でもマスクを外したり、ワクチンを打たない学校でクラスターが起きたりすると世間に騒がれます。学校はそれを嫌がります。だから、どうしても横並びになっちゃうんです」と。

私は「自分や生徒の自由や命の安全を最優先に自分たちで考えます、と宣言すべきです。たとえ子供がこれまでの習慣からマスクをつけたいといっても、みんなの体のために外すことになったんだよ、と積極的に伝えるべき」と応えました。世間体より重要なことです。

私は15年ほど前にも残念ながら同様の経験をしました。アナフィラキシーショック治療薬のエピペンや、AED(自動体外式除細動器)を学校に導入指導に救急医として参加した時です。

当時、学校関係者は「命に関わる作業は自分達の仕事ではないから私たちはやらない。時間かかっても医療者を呼ぶ」とはっきり申し渡されました。生徒の安全よりも横並びの責任回避現象でした。

個人のレベルでも、組織のレベルでも同じことが、入れ子模様になっています。

「相手を感染させないため」のマスクが、「感染しないため」のマスクとなり、最終的には自身の責任を回避するためのマスクになってしまったと言えるでしょう。

■自由を自分たちで取り戻そう

ニューノーマルなんかでなく、コロナ前の社会に戻るべきです。必要のない場所ではマスクを外す。よく考えれば当たり前のことです。しかし今の私たちには、自分の行動に責任をもって自立して暮らしていく貴重な学びの機会になるでしょう。

欧米では日本よりも先に、マスク着用をはじめとするコロナ規制が撤廃されています。海外では、すでにコロナ前の生活に戻り経済が動いているのです。日本がガラパゴスのような状態で取り残されれば、経済も、国力も、二流以下に転落してしまいます。

感染対策を続けて他人と距離を起き続けることは、少子化につながります。2021年の合計特殊出生率は1.30で、6年連続で低下し、出生数も過去最少となりました(※9)

コロナ禍後に出生数を回復させる欧米に比べて、日本は人口減少に歯止めがかかりません。コロナ専門家が主導したマネジメントの失敗で、国民は貧しくなり、自殺者も増えました。新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけを2類相当のままにし、人災拡大と補助金垂れ流しを放置してきました。これは明らかな人災です。人口減少と貧困が悪循環になっていくことを防がないといけません。

私たちは「自主性を取り戻してマスク離れ」をすることができるのか、試されているようにも思います。それは、私たちがコロナ前の暮らしに戻るための試金石です。何かあれば、またつければいいだけです。

コロナ専門家にすべてを委ねるのではなく、私たち自身が考えて行動する時が来ました。日本の繁栄と私たちの豊かさを回復させるために「くだらないこと」をさっさと自分で終わらせてしまいましょう。誰もいないのにマスクを着けたり、人前だけマスクを着けたり――。周囲の目を気にしてマスクを着けるのは、もうおしまいです。

顔から保護フェイスマスクを取り外し、深呼吸してリラックスするビジネスウーマン
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

マスクを外すことは、自分に主体性をとりもどして有意義な人生を送っていくすぐにできる第一歩です。もう色々なことは終わりました。さあ、私たちも海外の人々と同様にマスクを青い空に放り投げ捨てて、自由に人生を謳歌していくことにしましょう。

※1. 後藤厚労相、マスク着用「もともと『外してよい』との考えだった」 産経新聞 5月20日
※2. 会話少ない屋外「マスク不要」 未就学児推奨も見直し―専門家ら提言・厚労省助言組織 時事 5月19日
※3. 厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html)
※4. 世界各国のワクチン接種状況 時事
※5. 体育大会で熱中症か 30人搬送 1人重症 大阪の中高一貫校 NHK 2022年6月3日
※6. 生徒22人が病院搬送 熱中症か 体育大会の練習中に 生徒は「マスクは皆していた」 尼崎市立中学校 関西テレビ 6月3日
※7.「足がついても溺れる?~マスクで水辺に近づく危険~」NHK 2021年9月10日
※8. 感染研がエアロゾル感染認める 飛沫、接触の報告書から一転 毎日新聞 3月30日
※9. 1年の出生率1.30 少子化対策見劣り、最低に迫る 日経新聞電子版 6月3日

■English Abstract

Lets Remove Our Masks and Regain Our Autonomy

Although people throughout the world no longer wear masks, most Japanese people have found this difficult. I am of the opinion that wearing masks to avoid infecting others with COVID-19 is mere pretense and an avoidance of ones own responsibility.

The government and specialists are of the view that masks are not needed when outdoors. However, I believe Japanese people should not wear masks at all. Wearing masks all the time increases health risks because they interfere with breathing and body temperature regulation. Accordingly, people should be free to remove them when necessary. New COVID-19 infections no longer pose a global threat. There have been numerous reports of numerous infections despite multiple rounds of mRNA-type vaccinations. I am of the opinion that this is due to the interrelationship between our immunity and the virus. Many medical practitioners have noted the inadequacies of the mRNA-type vaccine prophylaxis and data on adverse reactions, which the Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW) published.

As noted previously, people continue to wear masks despite the dangers thereof. Several students have developed heat stroke from wearing masks at school. Furthermore, masks thwart students from learning to communicate with each other with facial expressions.

People may continue to wear masks because those specialists who stirred up fear and anxiety about COVID-19 and implemented restrictions now appear to be absent.

In addition, I believe that Japanese people tend to avoid thinking for themselves and accepting responsibility for their actions. Furthermore, unless told to do something, they usually do not take the initiative. Moreover, they tend to continue behaving the same way indefinitely without thinking.

Japanese society is also under strict surveillance. For example, the Mask Crackdown Police abuse their authority to insist people wear masks when they attempt to remove them.

I am of the view that wearing a mask is responsibility-avoiding behavior that prevents people from thinking for themselves.

I recommend that we should not rely on specialists and follow them blindly. Rather, we should think and act independently. In order to restore Japans prosperity and our own wealth, it is imperative that we remove nonsense from our lives.

Removing our masks is the first step in regaining our initiative and living a meaningful life. We have had enough of many things. Now is the time to discard our masks and enjoy our freedom.

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大和田 潔(おおわだ・きよし)
医師
1965年東京葛飾区生まれ、福島県立医科大学を卒業後、東京医科歯科大学神経内科にすすむ。厚労省の日本の医療システム研究に参加し救急病院、在宅診療に勤務の後、東京医科歯科大学大学院にて基礎医学研究を修める。東京医科歯科大学臨床教授を経て、あきはばら駅クリニック院長(現職)。頭痛専門医、神経内科専門医、総合内科専門医、米国内科学会会員、医学博士。著書に『知らずに飲んでいた薬の中身』(祥伝社新書)など。監修書に『のほほん解剖生理学』『ホントは看護が苦手だったかげさんの イラスト看護帖~かげ看~ 』『じにのみるだけ疾患 まとめイラスト』(いずれも永岡書店)などがある。

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(医師 大和田 潔)

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