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あっという間に「コーヒー販売数で日本一」に…セブンの「100円コーヒー」が大ヒットした本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年6月17日 11時15分

画像=セブン‐イレブン・ジャパン広報より

ヒットを生み出し続けるには何が必要なのか。セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文さんは「既にある商品からも、新しい価値や意味を作り出すことはできる。たとえば大ヒットした『セブンカフェ』は、『上質さ』と『手軽さ』という2つの軸の空白地帯を狙った商品だった」という――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■トレードオフを「二者択一」と考えてはいけない

新しいものを生み出すという意味のイノベーション(革新)には二つのパターンがあります。

一つはこれまで存在しなかった概念のものを生み出すことです。そして、もう一つは既存の概念のものに新しい意味をつけ加えて革新することです。

現実的には、前者のように、無から有を生み出されるケースは少なく、多くの場合、後者です。既存の概念のものであっても、いままでにない組み合わせや結びつきによって、新しい意味や価値が生まれるのでしょう。

既存の商品やサービスについて、新しい価値を生み出す方法として、「上質さ」と「手軽さ」をいかに組み合わせるかというやり方があります。

質の高さを追求する「上質さ」と、値段の安さ、入手のしやすさなどの「手軽さ」は、一般的にはトレードオフの関係にあるように考えられます。

トレードオフというと「二者択一」と訳され、白か黒か、二律背反のどちらか一方をとり、もう一方は切り捨てるというとらえ方が多いようですが、お客様のニーズに応えようとするとき、これは正しい理解ではありません。

「上質さ」か、「手軽さ」かのトレードオフの場合、「上質さ」なら上質一辺倒ではなく、その中にどれだけ「手軽さ」をちりばめるか、逆に「手軽さ」なら手軽一辺倒ではなく、どれだけ「上質さ」をちりばめるか、そこに価値が生まれます。これがトレードオフの戦略です。

■「上質さ」を実現しながら、価格面の「手軽さ」をちりばめる

「上質さ」と「手軽さ」という、タテとヨコ、二つの座標軸で市場をとらえたとき、競合も進出していなければ、誰も手をつけていない「空白地帯」を見つけ、自己差別化をすることです。

【図表1】「上質さ」と「手軽さ」のトレードオフ
出所=『鈴木敏文のCX入門』

セブンプレミアムも空白地帯を見つけ出した典型です。

流通のPB(プライベートブランド)商品は一般的に価格面での「手軽さ」に傾倒します。これに対し、NB(ナショナルブランド)商品と同等以上の「上質さ」を実現しながら、価格面の「手軽さ」をちりばめることにより、PB商品の空白地帯に投入したセブンプレミアムはコンビニ、スーパー、百貨店のどの業種、どの店舗でも大ヒット商品になりました。

さらに、本格的な味を求め、専門店と同等以上の品質を手ごろな値段で提供するワンランク上のセブンプレミアムゴールドのシリーズも、より「上質さ」を高めて、新たな空白地帯を開拓し、ヒット商品になりました。

金の食パンのように、一般的なNB商品より価格が上でも、「上質さ」をきわめたことで、食パン市場の空白地帯に埋まっていたお客様の潜在的ニーズを掘り起こすことができたのです。

また、セブンカフェは1杯100円という「手軽さ」の中に高品質という「上質さ」をちりばめて大ヒット商品になりました。

■なぜ拡大路線に転じたスタバの業績は急落したのか

トレードオフが不明確で、「上質さ」も、「手軽さ」も中途半端になると、お客様の選択からはじかれます。『トレードオフ 上質をとるか、手軽をとるか』(ケビン・メイニー著、プレジデント社刊)という本では、中途半端な状態を「不毛地帯」と呼んでいます。お客様が、特に価値を感じなくなる状態のことです。

一例として、一時業績が急落したアメリカのスターバックスをあげています。

スターバックスは「ゆったりとしたひと時を過ごすためのオアシス」という体験価値を提供し、「上質さ」を基本戦略としてお客様の絶大な支持を得ながら、そこにはコーヒーショップの「手軽さ」もちりばめられていた。

ところが、拡大路線に転じ、出店攻勢をかけて以降、手近な店になった半面、「上質さ」は薄れ、かといってマクドナルドほどの「手軽さ」もなく、不毛地帯に陥り、業績が低迷した。そこで再び、「上質さ」へと軌道修正したことで回復していったわけです。

■伸び悩む時こそ、座標軸で目指す方向性の見直しをする

アメリカのセブン‐イレブンの経営が1980年代に悪化したのも不毛地帯に陥ったからです。スーパーマーケットが24時間営業を始め、ディスカウント戦略を強化したのに追随し、同じ戦略に走ったことが原因でした。

商品アイテム数に勝るスーパーと価格で競争して成り立つはずがありません。「上質さ」もなければ、「手軽さ」が中途半端になり、セブン‐イレブンで買い物をするコトの価値がなくなり、経営は破綻。われわれに支援を求めてきました。

そこで、セブン‐イレブン・ジャパンの経営のやり方を導入。ファストフード類の品質や鮮度を高めるなど、「手軽さ」と同時に「上質さ」をちりばめる戦略を徹底し、再生を実現したのです。

もし、業績が伸びなければ、「上質さ」と「手軽さ」の二つの座標軸でどの方向性を目指すかというトレードオフの戦略が中途半端になっていないか、確認すべきでしょう。

■過去の延長線上にとどまれば、必ず「不毛地帯」に陥る

「上質さ」と「手軽さ」のトレードオフを考えるとき、もっとも注意すべきなのは、お客様が求める「上質さ」も、「手軽さ」も、どちらも価値軸が常に変化するため、それに対応して売り手も変化していかないと、いつのまにか気づかないうちに取り残され、不毛地帯に入ってしまうことです。

【図表2】市場の不毛地帯
出所=『鈴木敏文のCX入門』

セブン‐イレブンも、創業当初から、おにぎりや弁当の販売など、「手軽さ」の中にも「上質さ」をちりばめて、「手軽さ」と「上質さ」を両立させました。

その後も、セブンプレミアムやセブンプレミアムゴールドの開発に示されるように、「上質さ」を追求し続けました。「手軽さ」も、創業当初の近くにあっていつでも開いている「手軽さ」から、公共料金などの払い込み、ATM(現金自動預払機)設置、マルチコピー機を使って住民票の写しや印鑑登録証明書が取得できる行政サービスなど、利便性をプラスオン(付加)し続けました。これからも、「手軽さ」「上質さ」の両面でプラスオンは欠かせません。

過去の延長上にとどまっている限り、必ず不毛地帯に陥ります。

もう一ついえば、日本とアメリカでは不毛地帯の広さが違います。所得階層が大きく分かれるアメリカでは、ウォルマートのように低価格が「手軽さ」に結びつきやすい。

一方、一人の消費者が100円ショップから専門店まで使い分ける日本では求めるレベルが高く、不毛地帯のゾーンがはるかに広いのです。

重要なのは、常にトレードオフの内容を考え続ける戦略的な思考です。いま求められる「上質さ」「手軽さ」は何か、そこにどんな「手軽さ」「上質さ」をちりばめるか。ひとたび動きを止め、変化対応を怠ると不毛地帯が忍び寄ることを忘れてはなりません。

■ものごとを「再定義」することで新しい価値を生み出す

固定概念をくつがえす、あるいは、予定調和を壊すとは、ものごとの既存の定義を打破し、本質から外れない限りで、新しい定義を打ち立てていくことです。

このとき、忘れてはならないのは、ものごとの定義は固定的でもなければ、一つだけとは限らない、いくらでも再定義できるということです。そして、ものごとを再定義すれば、これまではなかった価値をお客様に提供できるようになるということです。

わたしがセブン‐イレブンでおにぎりや弁当の販売を提案したとき、まわりから「おにぎりや弁当は家でつくるものだ。売れるわけがない」と反対されました。それは、おにぎりや弁当についての既存の定義に縛られた発想でした。

おにぎりは、いまやセブン‐イレブンだけでも、年間約23億個販売され、おにぎりといえば、「コンビニで買うもの」という定義が定着するにいたっています。

■「年間10億杯以上」コーヒーを日本一売る店になるまで

既存の商品の再定義による大ヒットの典型は、セブン‐イレブンのセルフ式ドリップコーヒー「セブンカフェ」でしょう。

2013年に本格展開してから約1年間で、累計販売数が4億5000杯と、数あるカフェやファストフード・チェーン店を上回る規模の売り上げを記録し、ヒット商品番付で東の横綱にランクされました。

いまでは年間10億杯以上を売り上げ、セブン‐イレブンは「日本でいちばんコーヒーを販売する店」になっています。

セブンカフェは、コンビニコーヒーを「上質さ」と「手軽さ」の座標軸で再定義した商品でした。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)
鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

コーヒー豆は各国で収穫されるなかでもハイグレードなものだけを厳選し、コーヒー鑑定士の風味確認を経た素材を使用する。コーヒーの甘味をより引き出すため、2段階の温度で2工程かけて煎り上げるダブル焙煎を行った豆を、各店舗にチルド温度帯(10度以下)で配送して焙煎直後の品質を維持する。

水も抽出に最適な軟水を使い、1杯ごとに挽きたてをペーパードリップする。

デザインにも力を入れ、専用サーバーやロゴのトータルプロデュースを佐藤可士和さんにお願いしました。佐藤さんは、セブンカフェのトータルプロデュースをするにあたり、「コーヒーを楽しむ日常の時間をより上質にしていきたいという思いで取り組んだ」といいます。

■主婦やシニアなど新たな層を掘り起こした

レギュラーサイズ(150ミリリットル)が1杯100円という「手軽さ」の中にも、徹底して「上質さ」を追求した。セブンカフェは、「上質さ」と「手軽さ」の絶妙なバランスを実現したことにより、お客様に「日常の中のちょっとした上質な時間」という価値を提供することに成功しました。

注目すべきは、通勤客の多いオフィス街だけでなく、住宅地の店舗でも30~50代の主婦やシニア層が購入するなど、新しいニーズを掘り起こしたことです。

社会現象としても話題を呼び、日本経済新聞社の「日経優秀製品・サービス賞2013」においても、「『コンビニでコーヒーを買う』という新たな消費行動が根づいた」として、最優秀賞を受賞しました。

セブンカフェは、コンビニコーヒーの再定義により、新しい体験価値を生み出し、まさに市場の空白地帯を掘り当てたのです。

■新たな需要は常に領域「外」にある

既存の意味を再定義すると、これまでにない新しい価値を生み出し、新たな需要を掘り起こす可能性が見えてきます。

その際、忘れてはならないのは、新たな需要は既存の領域の“中”ではなく、常に“外”にあるということです。既存の意味を再定義すると、“外”にあるものに新たな意味や価値が見えてきます。

マーケットが変化するなら、売り手側も絶えず変化しなくてはならない。もし、いま手がけている事業や販売している商品の業績が低迷していたら、既存の定義に縛られて、予定調和に陥り、マンネリ化していないか、いつのまにか不毛地帯にとどまっていないか、自省してみることです。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。

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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文)

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