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アメリカ人が顔をしかめるほどまずい…日本人が還元乳と普通牛乳の味の違いに気づかない残念な理由

プレジデントオンライン / 2022年6月14日 9時15分

記者会見で「飲むヨーグルト」を飲んで乳製品の消費をアピールする金子原二郎農林水産相(中央)と、牛乳を飲む中村裕之(手前)、武部新両副大臣=2021年12月17日、東京・霞が関の同省 - 写真=時事通信フォト

日本の食は本当に「世界一」なのだろうか。元農水官僚で、東京大学大学院の鈴木宣弘教授は「むしろ『安さ第一』となっている。たとえば牛乳では超高温殺菌ばかりで、アメリカ人なら顔をしかめるだろう。日本の牛乳は『刺身をゆでて食べる』ようなものだ」という――。(第1回)

※本稿は、鈴木宣弘『食の戦争』(文春新書)の一部を再編集したものです。

■日本人は「食の安全」への危機意識が低い

食料の自由貿易化が推し進められる中で、とりわけ心配されるのが「食の安全」である。

日本人もいつのまにか“安さ第一”の消費者になってしまい、国産の食料を支えることが難しくなっている中、日本のフードシステムに関わる人々が根本的な意識改革をすることが急務なのではないだろうか。

農場から食卓に至るまでの食の安全を確保するシステム構築をしないと、子供たちや子孫の健康に大きな影響が出る可能性があるのではないかと危惧され始めている。

果たして、アメリカ主導ルールのもとで「食の安全」基準もグローバルスタンダード化されてよいのだろうか。

人の生命に直結する仕事に関わる使命を、もう一度大きく問い直してみる必要があるだろう。

なぜ、このようなことを考えるのかといえば、世界的に見ても食の安全性に対する日本人の危機意識の薄さを感じないではいられないからである。

■雪印乳業の食中毒事故で露呈した「牛乳の闇」

消費者の食料産業に対する不信感を高める事件が相次いでいる昨今であるが、中でも、2000年に起きた雪印乳業の集団食中毒事故(※)は、様々なことを我々に問いかけたので、振り返っておきたい。

※2000年6月27日、雪印乳業大阪工場で製造された「雪印低脂肪乳」を飲んだ子供が嘔吐(おうと)や下痢などの症状を呈し、1万3000人あまりの被害者が発生した集団食中毒事故

いかなる理由があっても、食品の安全管理に手落ちが生じることは許されないことが、まず大前提であるが、このような事故の背景には、飲用乳市場における競争の実態があることも見逃せない。

つまり、我が国のスーパーはスーパー間の競争においては「弱く」、激しい価格競争によって、消費者に牛乳価格を転嫁することが困難で(原料価格が高騰しても、消費者の購入価格には反映されにくい)あるが、乳業メーカーに対しては圧倒的な取引交渉力を持っていて「強い」ため、メーカーの価格転嫁を許さない(スーパーへの卸値を上げにくい)。

原材料の高騰のしわ寄せに苦しむ生産者の窮状を救うため、メーカーが酪農家に払う乳価を引き上げる場合もあるが、その場合は、メーカーが板挟みになり、赤字に苦しめられることになる。

当時、筆者はテレビ(日本テレビ「ザ・サンデー」2000年7月16日)・新聞・雑誌などで乳業の赤字構造を説明した。

図表1が、そのときに用いたフリップである。

【図表1】乳業メーカーの市販乳事業の赤字構造の模式図
資料=筆者作成
出所=『食の戦争』 - 資料=筆者作成

飲用乳業メーカーは、スーパーの取引交渉力の増大によって安い小売価格設定とそれに応じたメーカーの卸値の引下げを余儀なくされる。

一方で、酪農家に払う生産者乳価も引き下げてはいたが、それほど大きな生産者乳価の引下げも困難なため、大きなしわ寄せがメーカーに行く構造があったのである。

図表1では、飲用乳の製造原価が1リットル150円程度になるのに、スーパーへの卸値は144円程度で、1本6円程度の赤字が生じていた可能性が示されている。

もちろん、赤字になるからといって安全性確保の費用を削減して手抜きしていいということにはならない。

したがって、これは言い訳にはならないのであるが、このように一部にしわ寄せが蓄積するような市場構造の改善が必要であることは間違いない。

容器に入れられる生乳
写真=iStock.com/SimonSkafar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SimonSkafar

■先進国にはほとんどない「還元乳」

もう一点、実は、食中毒事故が発生したのは、生乳から製造する「普通の」牛乳ではなく、脱脂粉乳とバターと水から戻した「還元乳」であったことにも注目しなくてはならない。

つまり、普通牛乳で赤字になる分を、還元乳の販売によって回復する構造が、この食中毒事故につながったのである。

しかし、脱脂粉乳に異常が生じて牛乳で食中毒が起こるというのは、普通の先進国ではほとんどあり得ないことなのである。

なぜなら、還元乳はほとんど存在しないからである。

通常、還元乳は生乳が不足している途上国で見られる現象で、十分な生乳供給のある先進国の中では我が国だけの特異な現象なのである。

他の国々のように余剰乳製品を海外で処分できない我が国にとって、還元乳が需給調整機能を果たすという役割も無視できないが、メーカーが還元乳でそれなりの利益を得られたのも事実である。

原価の安い還元乳が普通牛乳とあまり変わらない値段で売れたからであり、それは、多くの消費者が、それを還元乳と知らずに購入していたということでもある。

ここに大きな問題がある。

牛乳消費は全体としても伸び悩み、特に、問題となった「還元乳」消費は、「成分調整乳・加工乳」と記されているラインが示すように、しばらく落ち込んだまま回復しなかった(図表2)。

【図表2】事故後の数年間の飲用牛乳等の消費指数(平成12年度=100)
出所=『食の戦争』

全般的な牛乳消費の停滞の要因は様々考えられるので、食中毒事故だけで説明できるものではないが、還元乳について言えば、その影響は決定的であった。

これほどまでに消費が回復しなかったのは、食中毒が起こったこと以上に、事故で初めて、それが還元乳であることが広く認識されたことが原因なのである。

つまり、それまでは曖昧な表示で消費者をごまかしていた、と指摘されてもやむを得ない。

このように消費者の反発も加わって、還元乳に対する拒否反応が増幅されたと考えられるだろう。

■「まずい牛乳」に気づかない日本の消費者

しかし、なぜ日本の消費者は、味の違いで還元乳と普通牛乳が区別できないのか。

ここにもう一つ根本的な大きな問題が惹起(じゃっき)されるのである。

実は、日本の牛乳業界には、見方によっては、「経営効率重視で消費者が二の次」といわれてもやむを得ない側面がある。

日本の消費者が味の違いで還元乳と普通牛乳が区別できないのはなぜかといえば、日本では、120℃ないし150℃、1〜3秒の超高温殺菌乳が大半を占めているからである。

つまり日本人が飲んでいるのは、たとえ普通牛乳であっても、アメリカ人であれば「cooked taste」といって顔をしかめる風味の失われた牛乳であるから、還元乳との味に差を感じないのである。

アメリカやイギリスでは、72℃・15秒ないし65℃・30分の殺菌が大半であるから、日本で流通している普通牛乳とはまるで違うものなのだ。

鈴木宣弘『食の戦争』(文春新書)
鈴木宣弘『食の戦争』(文春新書)

1〜3秒の超高温殺菌というのは経営効率からなされた選択に他ならないが、この製法に慣れてしまった現在、また、消費者がむしろ「cooked taste」に慣れて本当の牛乳の風味を好まない傾向もあって、いまさら、業界全体が72℃・15秒あるいは65℃・30分の殺菌に流れることは不可能という見解も多い。

しかし、消費者の味覚をそうしてしまったのもこの業界である。

しかも、非常に重要なことは、「刺身をゆでて食べる」ような風味の失われた飲み方の問題だけでなく、超高温殺菌によって、①ビタミン類が最大20%失われる、②有用な微生物が死滅する、③タンパク質の変性によりカルシウムが吸収されにくくなる、などの栄養面の問題が指摘されていることである。

消費者の健康を第一に、もう一度、この国の牛乳のあり方を考え直してみる姿勢が必要ではないかと思われる。

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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。

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(東京大学大学院農学生命科学研究科教授 鈴木 宣弘)

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