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投資したくても、そんなに収入がない…「資産所得倍増」を打ち出す岸田政権は現実を知らなさすぎる

プレジデントオンライン / 2022年6月14日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

岸田文雄政権の目玉政策「資産所得倍増」は、どう評価すればいいのか。経済アナリストの森永康平さんは、「岸田政権が投資における非課税制度の改革を打ち出したことは評価すべきだろう。しかし、いまの家計には投資に回す余力がない。政策の順番が間違っている」という――。

■「資産所得倍増」は今やるべき政策なのか

今月22日に公示予定の参院選に向けて、各党の動きが慌ただしくなっている。筆者も都内をランニングしていると、街頭演説に出くわす機会が増えた。選挙カーとすれ違うことも多い。

参院選を前に、政府は5月末に「骨太方針」案と「新しい資本主義」実行計画案を発表した。報道では「資産所得倍増計画」と「一億総株主」という言葉が繰り返し報じられているが、どうも政府は実行すべき政策の順番を誤っているように感じてしまう。本稿ではその理由について述べていこう。

■「新しい資本主義」の目玉は「NISAとiDeCoの改革」か

政府が先月末に発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)」のなかに以下のような記載がある。

「個人金融資産を全世代的に貯蓄から投資にシフトさせるべく、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な改革を検討する。また、現預金の過半を保有している高齢者に向けて、就業機会確保の努力義務が70歳まで伸びていることに留意し、iDeCo(個人型確定拠出年金)制度の改革やその子供世代が資産形成を行いやすい環境整備等について検討する。これらも含めて、新しい資本主義実現会議に検討の場を設け、本年末に総合的な「資産所得倍増プラン」を策定する。」(出所:内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)」)

現時点では、具体的な改革内容については上記の内容から推測することしかできないが、おそらく以下のような改革を考えているのであろう。

①NISAは年120万円の枠内で買い付けた株式などの取引を通じて生じた利益が5年間非課税になるという制度だが、この上限枠を現行から引き上げる。

②iDeCoにおいては今年の5月に加入可能年齢を60歳未満から65歳未満に広げたばかりだが、企業に就業機会確保の努力義務がある70歳まで加入可能年齢を引き上げる。

SNS上では本件について否定的な意見も多く見られるが、筆者はこの改革案自体を否定する気はない。しかし、政府はこれらの改革を行う前にやらなければいけないことがあることを忘れてはならない。

■賃金が下がり、税・社会保険料の負担が増えている

日本経済を形容して「失われた30年」という言葉が用いられることが多々ある。平成元年(1989年)から令和元年(2019年)の30年間における社会の変容をまとめたものが図表1だ。少子高齢化が進み、非正規雇用労働者が急増し、雇用者に占める非正規の割合も倍増した。そして、何よりこの間に国民の賃金もほとんど上昇しなかった。

平成の30年間における社会の変容

日本では物価が長らく上昇してこなかったため、賃金が伸びなくても家計の影響は抑えられたという指摘もあるのかもしれないが、その間にも税金や社会保険料の負担割合は増え続けた。図表2は実収入に占める直接税と社会保険料の割合の推移をグラフ化したものである。直接税とは所得税や住民税を含んでいる。

実収入に占める非消費支出の割合

非消費支出の割合が増加傾向にある事は一目瞭然であり、なかでも社会保険料の負担の増加が顕著だが、これらに加えて消費をする際には消費税がかかってくるわけだが、この税率も3%から5%、8%、10%と引き上げられ続けてきた。それ以外にも電気代には「再生可能エネルギー発電促進賦課金」、いわゆる「再エネ賦課金」が上乗せされるなど、国民の負担ばかりが増えてきた30年ともいえよう。

■「持家の帰属家賃」を除いた物価は3%上昇

足元では物価上昇が家計を襲っている。

物価を見る際には総務省が発表している消費者物価指数を確認することが一般的だが、物価の趨勢を確認するためには天候要因や地政学リスク、投機資金の影響などを除くために「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」の数字を見ることが多い。

ただ、ここでは家計の体感的な物価上昇を把握するために「持家の帰属家賃を除く総合」を見ることにしよう。

「持家の帰属家賃」というのは、持家世帯が住んでいる住宅を借家だと仮定した場合に、そのサービスに対し当然家賃を支払わなければならないと考え、持家の住宅から得られるサービスに相当する価値を見積もり、これを住宅費用とみなした場合に支払われるであろう家賃を指している。

この部分については物価の上昇が影響しにくく、家計の体感的な物価上昇を把握するには適さないため、これを除いたのだ。

各種消費者物価指数の推移(前年同月比)

「持家の帰属家賃を除く総合」の物価上昇率は既に前年同月比で3%となっている。

この数字だけでも物価上昇が起こっていることが分かるが、体感としての物価上昇はもっとひどいと思われる方も多いだろう。

消費者物価指数を大まかに品目分けすると、最も上昇率が大きいのは水道光熱費であり、その幅は15%弱となっている。おそらくこのレベルでの物価上昇を体感している方も多いだろう。

十大費目別の消費者物価指数(前年同期比)

今回の世界的なインフレは主にエネルギー価格や資源価格の上昇が要因であるため、巷で言われているように、日銀の金融政策の転換、つまり「利上げ」では対応できない。まずは財政政策によって家計を支援すべきなのだ。財政政策とは必ずしも公共投資を指すわけではなく、消費減税も立派な財政政策である。

■政策の「優先順位」が間違っている

それにも関わらず、岸田首相は5月下旬の衆院予算委員会で、消費税を触ることは考えていないと断言した。普段は何事に対しても「検討する」と歯切れの悪い受け答えが多く見られるのに、本件については即答している。

ろくに家計への支援もしないままに、「貯蓄から投資へ」だけを推進すべく、非課税制度の内容を拡充する。それが岸田政権の経済政策なのである。

こうした政策を推進すると、数年後には、自己責任論がはびこる荒んだ社会が形成されてしまうだろう。

国は投資を支援する制度を拡充した。だから、生活に困窮する国民は、投資をしなかったのであり、自己責任だ。そのため、国が税金を使ってまで救う必要はない。

そうした意見がSNS上で飛び交っている姿が容易に想像できる。

当然のことで指摘するまでもないとは思うが、株式投資にせよ、投資信託を活用した投資にせよ、必ず資産を増やせるなどという保証はない。

非課税制度とは利益が生じた場合に課される税金が免除されるというだけで、損失が生じた場合に補填してくれるわけではない。収入が増えない中で物価が上昇し、かつ非消費支出の割合も増加する社会において、わずかに残った預金を投資に向けることが、本当に正しい選択だと言えるだろうか。

■「資産所得倍増」以前に所得が少なすぎる

金融広報中央委員会が発表している「家計の金融行動に関する世論調査」を見ても、現役世代の保有している金融資産がそれほど多くないばかりか、そもそも金融資産を保有していない世帯が3割前後いるという結果になっている。

年代別金融資産

岸田首相は昨年行われた自民党総裁選で「令和版の所得倍増を目指す」と宣言した。

それはいつしか消えてしまい、気付けば「所得倍増」ではなく「資産所得倍増」に代わってしまったが、いまこそ改めて「令和の所得倍増計画」を打ち出し、実行すべきだろう。

投資というのは自己責任の下で行うものであり、誰かに強制されて行うものではない。リスクを取って投資をしなければまともな生活が出来ないような環境を放置することは国として誤った態度と言わざるを得ない。

まずは目先の物価高対策として、財政政策で家計や企業を支えながら、中長期的には国内の供給能力を増強するような投資を継続し、失われた30年から日本経済を再起動させるべきだ。

岸田政権が経済安全保障を打ち出したことは評価すべきである。コロナ禍やウクライナ侵攻を受けて、国内の供給能力こそが外交や国防に直接つながることを我々日本人は実感している。

国が成長し、賃金も上昇し、国民から見て国の成長シナリオが具体的に見えていれば、その安心感から投資をする人も自然に増えていくだろう。

政策の順番を誤るかどうかで、日本経済の未来は大きく変わってくると指摘したい。

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森永 康平(もりなが・こうへい)
株式会社マネネCEO、経済アナリスト
証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。その後2018年6月に金融教育ベンチャーの株式会社マネネを設立。現在は経済アナリストとして執筆や講演をしながら、AIベンチャーのCFOも兼任するなど、国内外複数のベンチャー企業の経営にも参画。著書は『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)や父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)など多数。

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(株式会社マネネCEO、経済アナリスト 森永 康平)

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