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大前研一「岸田首相が的外れな政策をやめない限り、日本人の給料は韓国や台湾よりずっと低くなる」

プレジデントオンライン / 2022年6月20日 9時15分

アジア安全保障会議出席のためシンガポールへ出発する前に、記者団の取材に応じる岸田文雄首相=2022年6月10日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

なぜ日本人の給料は上がらないのか。ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一さんは「岸田文雄首相は賃上げした企業に税制を優遇するというが、まったく的外れな政策だ。このままでは韓国や台湾に1人当たり名目GDPでも抜かれてしまう」という――。

※本稿は、大前研一『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■安倍元首相が残した「アベノミクス」という負の遺産

安倍晋三元首相が残した最大の「負の遺産」は、アベノミクスの失敗だ。

「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という3本の矢を放ち、名目成長率3%と2年で2%の物価安定目標を掲げ、異次元の金融緩和を続けたものの、7年8カ月という任期をかけても達成することができなかった。

今や日本銀行(日銀)の総資産はGDP(国内総生産)の約1.3倍と、米欧をはるかに上回っている。

高騰する物価を落ち着かせるために、FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)は量的緩和の縮小に向けて舵を切り始めているなか、日銀は身動きがとれないでいる。

本来なら、日本も量的緩和縮小に向けた「出口戦略」の準備に入らなければならないはずだ。だが、日銀は国債を民間金融機関から買い取り、自ら貯め込むことで、事実上の財政ファイナンス(国の発行した国債などを中央銀行が直接引き受けること)を続けている。もし日本が量的金融緩和の縮小を始めれば、国債が大暴落して大変なことになる可能性が高いからだ。

■政権は「3つの構造的問題」を理解していない

その結果、日本の国債残高は1000兆円を突破し、債務残高の対GDP比は256.9%(2021年)と先進国の中で突出している。少子高齢化で労働人口が減っているというのに、いったい誰がどうやってこの膨大な借金を返していくというのだ。

そうかといって、このまま金融緩和を続けても、経済のシュリンクに歯止めはかからない。国の借金は増え続け、行き着く先はデフォルト(債務不履行)だ。

自民党政権が日銀の金融緩和には効果がないことを理解していないことが、最大の問題かもしれない。

私がこれまでずっと言い続けているとおり、日本経済が低迷している3つの構造的問題は、少子高齢化と人口減少、そして日本が「低欲望社会」だからだ。若者は持ち家にも自家用車にも興味を示さず、将来が不安だと言って、20代のうちから貯金に励んでいる。一方で、高齢者は貯金があっても「いざというときのために」というよくわからない理由で使おうとせず、貯めた3000万円を使わないまま死んでいく。21世紀の日本はそういう国なのだ。

だから、みなが欲望をみなぎらせていた20世紀型の経済政策(低金利とジャブジャブのマネタリーベース)を実行しても、効果がないのは当たり前なのである。

■インフレ下でMMT理論はまるで通用しない

日米欧の消費者物価指数を見ると、2021年10月の段階で、アメリカ6.2%、ユーロ圏4.1%と明らかにインフレ基調だ。

しかもアメリカで進行しているのは、コストプッシュではなく、構造的なインフレであり、この先日本にも波及する恐れがある。

黒田東彦・日銀総裁やアベクロ推進のアドバイザーだった浜田宏一教授、そして元財務官僚で経済学者の高橋洋一氏のようなMMT理論の信奉者は「インフレは恐れるに足らず」というスタンスのようだが、私はMMT理論そのものがまやかしだと思っている。

MMTとは、Modern Monetary Theoryの略で、日本語でいう現代貨幣理論のことだ。政府が自国通貨建ての借金(国債)をいくら増やしても財政は破綻せず、インフレもコントロールできるのだから、借金を増やしてでも積極的に財政出動をすべきというのだが、これはどう考えてもおかしい。

MMTの論文を読むと、「インフレさえ起こらなければ」という但し書きがついているのである。

また、日本の国債の大半は日銀と日本の金融機関が保有しており、外国人の保有比率が低いので、今のところ金利は安定しているものの、借金であることに変わりはなく、いずれは誰かが返さなければならないのだ。

もし、アメリカのインフレが日本にも波及すれば、現在の国の過剰債務がどうなるかはわからない。もしかすると、これまで低欲望とデフレで表面化していなかった危機が顕在化するかもしれないのだ。

だから、これから先は長期金利の動きをはじめとした経済指標に注意し、同時に最悪の事態も想定して対策を立てておく必要がある。間違ってもMMT論者の楽観論を信じてはいけない。

■「新しい資本主義」とは何かがよくわからない

2021年11月、総選挙で勝利した自民党総裁の岸田文雄氏が、第二次岸田内閣を発足させた。

岸田首相が所信表明演説でとくに強調したのが「新しい資本主義」と「成長と分配」という言葉である。

ただ、所信表明演説を何度読んでも、新しい資本主義とは何かがよくわからない。そもそも「新しい資本主義」という言葉を打ち出すならば、それまでの古い資本主義は何なのかを定義しなければならないはずだが、それもない。それどころか、どうやら岸田首相は資本主義も経済もきちんと理解していないようなのだ。

たとえば、成長だけでなく分配も大事なのだと言うが、日本は分配ができていないのかというと、そんなことはないのである。

主要国の上位1%の富の保有者の割合をみると、一番大きいのはロシアで58.2%、次がブラジルの49.6%で、インド40.5%、アメリカ35.3%と続く。日本は18.2%で、主要国では最も小さい。つまり、日本は富の集中度が低い、分配の行き届いた国なのである。

では、日本の問題はどこにあるのか。これは、主要国の平均賃金の推移を見ると一目瞭然だ。この30年で主要国はみな賃金が右肩上がりなのに、日本だけが横ばいなのだ。3年前には韓国にも抜かれてしまっている。ちなみに、1人当たりGDPも、韓国に抜かれるのは時間の問題だ。

日本では、まじめに働いても給料が上がらないのは、要するに原資がないのだ。富の創出ができていないので、分配したくてもできないのである。

東京の横断歩道を渡る人々
写真=iStock.com/pigphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pigphoto

■「賃上げした企業に税制優遇」の的外れ

岸田内閣の目玉が「賃上げ税制」で、2022年度税制改正大綱にもこれが盛り込まれた。これは、賃上げした企業に優遇税制を適用し、法人税の税額控除率を大企業で最大30%、中小企業で最大40%引き上げるという。

だが、私に言わせれば、まったくの意味不明な政策だ。

たとえば、生産性を向上させて賃上げをしたとしよう。これは難しいことではない。DXツールやロボットなどを活用して、それまで100人で行っていた仕事を10人で行うようにすればいいだけの話だ。

この場合、問題は余った90人をどうするかだ。ドイツなら会社は躊躇なく外に出す。そして、出された人には国が責任を持って再教育を施し、戦力化するのである。

ところが、日本では正規労働者は解雇規制で守られているため、簡単にリストラすることができないのだ。無理やりやればできないことはないが、そうすると今度は「悪徳経営者」「血も涙もないのか」と叩かれるので、手をつけにくいのである。

だからといってリストラしなければ、DXで生産性を向上させても、効果は大して出ないということになってしまうのだ。

■首相は経済の勉強を一からやり直すべきだ

一方で、生産性はそのままで給料を上げると、人件費が上がって企業は収益が圧迫されて利益が減る。いくら法人税を下げてもらっても、利益が出なければ企業にとってメリットはないのだ。

だから、岸田首相は、企業に賃上げを求めるのであれば、「生産性向上で余った人員をどうするのか」という議論を一緒にしなければならないはずなのである。

岸田首相が今実施すべきことは、20年前にドイツのシュレーダー政権が行った構造改革「アジェンダ2010」型の取り組みだ。解雇規制を緩和すると同時に、職業訓練や職業紹介を充実させ、労働市場を活性化させるのである。「賃上げ税制」というわけのわからないことを行っている場合ではないのである。

それなのに、「給料を上げたら法人税を減らしてやるぞ」と上から目線で言ってはばからないのは、岸田首相が経済の原則をわかっていないからだ。

彼に必要なのはリカレント教育である。経済の勉強を一からやり直すべきだ。

■韓国、台湾に比べて労働生産性が著しく低い

日本の1人当たりGDPは、2020年時点では3万9890ドル(約452万円)と、韓国を25%、台湾を42%上回っていた。しかし、その後の数値を試算すると、2025年までに韓国は年6%増、台湾は年8.4%増であるのに対し、日本は年2%と伸びが鈍化している。

このままいけば、日本の1人当たりGDPは、2027年に韓国、2028年には台湾に抜かれるのは間違いない。

なぜ日本の1人当たりGDPは韓国や台湾ほど伸びないのか。1人当たり名目GDPは、国民全体の1年間の付加価値を総人口で割った数値のことで、労働生産性、平均労働時間、就業率で説明できる。つまり、日本は先の2国に比べ、労働生産性が著しく低いのだ。

たとえば、行政面では、韓国や台湾が行政手続きの電子化を進めているのに対し、日本はいまだに押印やサインを必要とするなどアナログ中心だ。

新型コロナウイルス対策でも、台湾ではデジタル担当大臣のオードリー・タン氏が「マスクマップ」や「ワクチン接種の予約システム」を開発するなどして迅速に対応しているのに、日本はマスクや給付金を配るのにも手間取っている。

では企業はどうかというと、韓国も台湾も新型コロナウイルスのパンデミックが起こる以前から多くの企業がテレワークを取り入れ、仕事の効率化を図っていた。一方、日本はコロナ禍でテレワークが普及したものの、緊急事態宣言が解除されると、また元に戻りつつある。

■日本人の給料が上がらない理由①「労働生産性が低い」

日本の1人当たり労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)37カ国中26位(2019年)と、G7のなかで50年以上も最下位を続けている。

日本人の給料が上がらない理由は、大きく2つある。

1つは「労働生産性の低さ」だ。とくに間接業務でDXの導入が遅れているのが、致命的だと言っていい。

しかし、すでに述べたように、仮にDXを導入して必要な人員を10分の1に減らして間接業務の生産性を高めたとしても、現行の制度ではそれによって仕事を失った10分の9の社員をリストラすることができない。ここをなんとかしないとこの先も、DXは遅々として進まないことになる。

日本の労働市場が未成熟というのも、労働生産性が上がらない要因のひとつになっている。社員を解雇する際のハードルが高い解雇規制が諸悪の根源であることはもちろんだが、それに加え、日本にはリストラされた人たちが学び直すためのリカレントやリスキリングといった学び直しの機会や場所が用意されていないのも問題だ。

■公共職業訓練がアップデートされていない

職業安定所(ハローワーク)は、雇用保険に入っている人を対象としているため、失業保険を受給していないアルバイトやパートの人は、公共職業訓練を受けることができない。

また、職業訓練校のプログラムを見ると、左官工や溶接工といった19~20世紀の工業化社会を想定した科目がいまだに主流で、デジタル主導の21世紀型の教育がなされていない。これではスキルを身につけても、再就職に苦労するのは目に見えている。

それから、DXを進めようにも、日本企業にはそれを進められるIT人材が足りない。一般企業では年功序列でしか給料が上がらないため、優秀なIT人材はどうしてもIT業界に集中してしまうのだ。

■日本人の給料が上がらない理由②「終身雇用の弊害」

日本人の給料が上がらないもうひとつの理由として「転職をせず、最初に入った会社で定年まで勤めあげる」というスタイルが長らく働き方のスタンダードになっていたことが挙げられる。

アメリカでは、高い給料を求めて労働者が移動するのは当たり前のことである。別の業種のほうがいい給料を払ってくれるとわかれば、学び直して必要なスキルを獲得し、これまでとは違う仕事に就くのも珍しくはない。高給を求めて海外に移住するケースもある。

そうすると企業も、優秀な人材が欲しければそれに見合う給料を支払わなければならなくなる。高い給料を払うには生産性を上げなければならないから、DXもどんどん導入するわけだ。

■転職が少ない日本でユニコーン企業が生まれるはずもない

大前研一『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社)
大前研一『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社)

ところが、日本の労働者は給料が低くても転職をしようとしない。日本にも、32歳の平均年収が2000万円というキーエンスのような会社も存在するのだ。海外であれば入社希望者が殺到するだろう。だが、日本ではそんな話は寡聞にして存じ上げない。それでいて、同じ会社の中なら同期よりボーナスが10万円低いだけで、夜も寝られないほど悔しがるというのだから、日本人というのは実に不思議なメンタリティの持ち主と言うほかない。

大学を出たばかりのIT技術者でも、優秀なら1年目から1000万円以上の年収が支払われるというのが、世界の常識なのである。日本では新卒IT技術者の初任給は一律24万円で、それでも人が採用できるというのは、こちらのほうが異常だと言わざるを得ない。

転職をしないというのは、自らリスクをとって起業もしないということだ。これでは、ユニコーン企業が日本に生まれないのも仕方がない。

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大前 研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長
1943年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める。近著に『日本の論点 2022〜23』(プレジデント社)など著書多数。

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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一)

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